第15話 商売のお話。

「そりゃぼったくりが過ぎるぜ!!」

 手を結んだ直後だというのに、ナックルがカートスさんに向けて声を荒らげる。

 セっちゃんに関しては怒りの表情でトライデントを構え始めたし、ナルルもほっぺを膨らませて可愛く怒っている。

「まあ落ち着いてよナックル、そんなに酷い値段なのか?」

 皆が怒っているのは、カートスさんが食材の値段を口にした直後だった。

 どうやら相場よりだいぶ高いようだが……

「酷いなんてもんじゃないぜ!!普通なら1ノンス程度で買えるキレセが1テンスだぜ!?とんでもない値段だよ!!」

 キセレ……指差してるのは、見た目キャベツっぽい野菜だ。

 それがどうやら法外な値段らしい。

「わたくしどもの食材は品質が良いうえにしっかり鮮度を保った状態で保存されてますので、割高なのは当然でございます」

 二人の目から火花が散っている様子が見えるのだけど……

「まあ落ち着けって。……ナックル、ちょっと相談があるから来てくれ。二人とカートスさんはちょっと待っててくれますか? ……セっちゃん、絶対に手を出しちゃだめだよ」

「……なるべく我慢する」

「なるべくじゃなくて絶対ね!?」

「……出来る限り我慢する」

 どうやらそれが最大限の譲歩らしいので、それで良しとしよう。まあ実際は奴隷契約で手を出せないだろうし。

 私は念のために重い扉を開けて部屋の外に出て、扉を閉めてから少し階段を上り確実に部屋の中まで声が届かない距離をとる。

「なんだいご主人こんなところまで」

「いや、こんなこと聞いたらカートスさんにバカだと思われると思ってさ……あのさ、この世界のお金の単位とか価値ってどうなってんの?」

「今更!?」

 いやわかる、そのツッコミはわかる。

 昨日奴隷二人を100キンスで買って、たぶんそれは大金なのだろうということは分かったが、実際問題どの程度の価値なのか全くわかっていないのが現状だ。

「……まあ確かに、考えてみればボクっちも説明してなかったぜ……えーとね……どう説明したらいいのかな」

 そうだよね、知ってて当たり前の事を改めて説明するのって難しいよな。

「まずその、この世界の最小の単位が1ノンスなんだぜ」

 1円みたいなことか?

「で、1ノンスが10枚集まると1テンスになって、1テンスが10枚で1シンス、その上が1キンスだよ」

「……なんて?」

「だから、ノンス、テンス、シンス、キンスだぜ」

 ……×10するごとに単位が変わるのか……ややこしい!!

「じゃあえっと……一番小さいのが…ノンスだっけ?それはどのくらいの価値なんだ?……そういやさっきえーと……野菜が1ノンスで買えるみたいな話してたっけ?」

「そう、安い日用品や食料品はだいたい1ノンスで、それ以下の価値のやつは2個で1ノンスとか3個で1ノンスとか、そうやって値段を合わせるんだ」

 ……ってことは、1ノンスは1円とかじゃなくて……100円くらいか?

 妙な貨幣価値だな……と一瞬思ったが、全部の店が基本100円ショップみたいなものだと考えると少し納得できるかな。

 ここにあるものは基本100円で、高いヤツは500円とか1000円だったりもする……みたいな。

 消費税なんて当然無いだろうから、小銭が出ずに会計が出来ると考えればそれはそれで利便性を追求した結果なのかもしれない。

 まあそれなら100ノンスとか1000ノンスで良いだろうという気もするが……千・万・億・とか単位が変わっていくような感覚で使い分けているのかもしれないな。

 ……待てよ、1ノンスが100円だとすると、えーと……

「ごめん、なんだっけ?もう一回。」

「ノンス・テンス・シンス・キンス」

 ふむ、となると1テンスが1000円で、1シンスが10000円で、1キンスは……10万円!?

 ってことは100キンスは……1000万か!!!

 いやまあ……もともとは姫だった人間を奴隷として買うとなればそりゃそのくらいの値段になることもあるのか……?めったに市場に出るような存在ではないだろうからな……。

 漫画とか映画で見たような、貴重な人間を高値で売買する闇の人身売買オークションみたいな、ああいうヤツだと考えれば、1000万はまああり得る金額かもしれない。

 ……仮にぼったくりだとしてもわからないし、どうせ1ポイントで出したお金だからどっちでも良いんだけどさ。

 なによりも、その価値はあると思ってるし。

「……んで、つまりさっきの会話は野菜が一つ1000円は高いだろって話か……」

 まあ確かに高いが……高級品ならあり得る金額だよな、というのは日本の感覚なのだろうか。

 正直言えばお金なんていくらでも出せるからその値段で買っても良いのだけど、あまりいいなりになるのも舐められるよな……何かちょうどいい解決策はないものかな……。

 ―――――――あっ、そうか。

 あれがあるじゃないか。

 これはいけるぞ。というか、この国を貧困から救うために自分のすべきことが少し見えたような気付きすらある。

「……なあ、ナックル。話は変わるが、この世界にも1年はあるよな?」

「……何言ってんだ?当たり前だぜ。1年は400日で、80日毎に季節が変わるんだ」

 季節が五つあるのか……まだまだ覚えることが多いな。

 けど、一年という概念があるなら………よし、これで行けるかな。



「いやぁお待たせしました」

 部屋の中に戻ると、目を血走らせて息も荒く歯を剥き出しにカートスさんを威嚇するセっちゃんが今にも飛び掛かりそうなのを、ナルルが必死に止めている図が見えた。

「セっちゃん、ダメ!」

 動物を叱るように言うと、セっちゃんのエルフ耳がしゅーんと下がってちょっとしょんぼりしてしまった。

 エルフ耳ってそんなケモ耳みたいな動きもするんだ。

「ナルル、えらい」

 頭を撫でると、「えへへへへ」と嬉しそうに笑って耳と尻尾がピコピコ揺れる。かーわいいな。


 ――――さて、ここからは商売の……経済の話だ。

「カートスさん、例えばの話ですけど……この3人……と妖精の分、1日3食分の食糧を適当に見繕ってください、と言ったらいくらくらいになります?」

 人数としては4人だが、ナルルは子供だしナックルは体が小さくそれほど食べないので、実質2.5人分くらいか。

「そうですね……」

 考え込むカートスさん。頭の中ではそろばんを弾いているのだろう。……この世界にそろばんがあるかどうか知らないけど。

「皆さんの一日分で1シンス……でどうでしょうか」

 えーと、一万円ってとこか。

 まあ、野菜一つで1テンス……1000円だから、肉とか卵とかいろいろ考えたら1食3000円くらい、それが3食分で9000円。

 まあ、野菜を一個丸ごと、肉は塊で買えば一人一食で食べきれる量でも無いだろうから3人で分けられるだろうし、そこに副菜とか色々つけて1シンス……1万円はカートスさんからしたら多少はサービスした値段なのだろう。

 3人は高すぎると怒っているが、それほど悪い値段じゃない。

 だが――――ここからが交渉だ。

「じゃあ例えば、それを私の家まで配達してくれと言ったらどうですか?」

「……お宅はどちらにありますか?」

「ここからそう遠くない距離です。なあナックル」

「まあそうだな、馬車ならあっという間だぜ」

「……そうですね、購入いただけるなら、配達料金はサービスさせていただきます」

 ……ここだ、ここが勝負!!!


「―――――じゃあ、一年間、毎日届けてくれますか?」


 その提案に、カートスさんはもちろんナックルもセっちゃんもナルルも驚いて声をあげる。

 おそらくこの世界には存在しないのだろう……定期便というシステムは。

「ま、毎日ですか!?一年間!?そうなるとえーと……一年で40キンス……ということですか?」

 1年が400日らしいから、1シンス(1万円)×400日で40キンス(40万)は正しい計算だ。

 けど―――それじゃつまんないよな?

「いえ、35キンスでお願いします」

 定期便ってのはちょっとお得にしてもらわないとね。

「ほほほ、御冗談を。それではわたくし共は5キンスも損するじゃありませんか。そのようなことは……」

「本当にそうですかね?これは、双方にとって得な話だと思うのですが」

 でなければ、元の世界であんなに広まる訳がないのだ。サブスクや定期便が。

「どうして得なのですか?」

「だって……確かに全部売れれば40キンスですけど……食料品を一切腐らせずに全部売り切ることは可能ですか?」

「……それ、は……」

 いくら冷凍冷蔵しているとはいえ限界はある。フードロスの問題は食料品を扱う以上はどうしても生まれるのだ。

「考えてもみてください。1年で契約すれば、一気に35キンスというまとまったお金が手に入るうえに、確実に届ける分だけ仕入れればいいから損失が抑えられるし、お金は最初に払ってるからもし食品の価格が下がれば、下がった分だけそちらの利益になるんですよ」

「……確かに、そうですね……」

 もう一押しって感じかな。

「もちろん、その為に質の悪いものを届けるようになったら、それは信頼関係の破綻なので途中であっても返金してもらいますけど……逆にこちらが満足すれば、来年もその次も契約します。そうなれば、『毎年確実に35キンス手に入る』んです。良い取引だと思いませんか?」

 そう、ここが定額サービスの強いところだ。

 先の読めない商売において、信頼のおける仕事さえすれば確実に毎年一定額が入ってくる。そしてそれは、契約者が増えれば増えるほどに収入が安定するのだ。

「どうでしょう?いっそ、この商売のやり方……決まった額で商品を届ける定額サービスをあなたの店で始めませんか? 私は一年ですけど、最初は例えば80日……季節ごとの契約などいろいろな形を選べるようにすれば契約してくれるお客さんは必ずいるはずです」

「……そんな商売、上手く行くのでしょうか? なにより、もし食材の値段が上がったら損失が大きくなるのではないですか?」

 まあ最初は不安ですよね、だからこそ―――

「ならば、私で試してみませんか?実際に一年間やってみて、どの程度 利益が出るのか出ないのか……最初の2年は特別に、オーバーしたらその分も払いますよ。逆に安く済んでもお金を返せとは言いません。これでも……そちらが損だと思いますか?」

 これは、もちろん自分の食糧問題が解決するという意味もあるが、それと同時に実験でもある。

 元の世界で有効だった商売のやり方や経済の考え方が、はたしてこちらの世界でも通用するのかどうか……それを確かめるための第一歩だ。

 私は神様ではあるが、自分ひとりが頑張って問題が解決できるとは思わない。

 最も効果的な方法は結局、「人を導くこと」なのだ。

 その為には、今までの仕事や生活で得た経験の中から、この世界でも通用する商売や仕事を生み出して広める……それが一番効果的に違いない。

「いかがですか?」

 私の問いにカートスさんはしばらく歩き回りながら考えて―――――時間にして10分ほど経過し、セっちゃんがイライラしてシャドーボクシングを始めてナルルが立ったまま寝そうになっていたタイミングで……ピタリと動きを止めてこちらを見た。

 そして、大きく息を吐きながら――――


「わかりました。その仕事、引き受けましょう」


 覚悟を決めた瞳でそう言葉を吐き出した。


 ―――――よし、貧困の国を救うための第一歩、ここからスタートだ!!!

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