12日目

第16話 いつかの記憶。

 夢を見た。

 独りで家にいる夢だ。

 両親が居なくなる前に住んでいた一軒家で、独りで目を覚まし、独りで食事をし、独りで遊び、独りで笑い、独りで泣き……そして独りでまた眠る。

 私には家族という物の記憶が無い。 

 両親のこともなんとなくしか覚えてないし、その後に預けられた家はとてもじゃないが家族なんて呼べるものではなかった。

 あの家を出てからも独り暮らしで、結婚もシェアハウスさえしていなかった。

 

 だから、だから私は――――――



 目が覚めると、泣いていた。

 ……なんだこりゃ、いい歳して悲しい夢で泣きながら目を覚ますとか……情けないな!!

 しかし……考えてみたら、初めて自分の家を持って、そこで他人と暮らすのが異世界になるのか……妙な話だな。

 そんなことを考えながらも体を起こし、着替え、顔を洗って玄関から外へ出ると……

「なるほど……便利なもんだぜこれは」

 家の前まで届いた食材を見ながら、ナックルが呟いていた。


 あれから10日が経ち、カートスさんは約束通りに毎朝 配達の人をよこしてくれて、毎回品揃えも品質も満足出来る食品を届けてくれる。

「正直、35キンスも出すなんて言い出した時にはどうかしちまったのかと思ったけど、元々金はいくらでも出せるんだしそれならこの形は良いと思うぜ」

 最初は文句を言っていたナックルも、初日に届いた食材を料理して食べた瞬間に、食べ物と同時に文句も飲み込んでしまった。

 それほどに美味しい食材だったのだ。

 同時に、ナルルの料理の腕も大したもので、こちらの世界の味付けが少し馴染まないこともあったが、「こうして欲しい」と注文すれば次からはちゃんと味を調えて出してくれる有能さ。

 ナルルと出会えて本当に良かった!!ありがとう!神様ありがとう!

 ……待て待て、神様は私だな……?

 じゃあ、カートスさんありがとう!

「あっ、あるじさま、おはようございます!」

 ナルルが家の中から元気に飛び出て来た。良い挨拶だ。

「おはようナルル。今から畑かい?」

「はい!おやさいのおせわはたのしいです!」

 本当に楽しそうに笑うナルル。

 畑、というのはこの10日の間に作った自作の畑だ。

 私たちが食べる分はカートスさんが高級な野菜を仕入れてきてはくれているが、この国の貧困を解決するにはやはり食物の自給率を上げるのが一つの手だと思ったので、実験的にどんな野菜がどの程度育つのか試したいと思い畑を作ってみた。

 と言っても、手で押すタイプの小型耕運機を使って家の近くを耕しただけの簡易的な畑だけどね。

 今はそれほど大きな畑ではないが、軌道に乗ったら人を雇って大量に作った野菜をチバイの街に卸せば、少なくともあの町の食糧問題はどうにかなるのでは……という算段だ。

 とはいえ、この国が貧困にまで追い込まれてるのはそもそも土がやせているというか……土壌が豊かではないというのが大きな理由の一つだったりするので、そんなに上手く行くものではないと思うけれど、上手く行けば儲けもの、とりあえずやってみないことには始まらない。

 ただ、正直農作業は毎日の世話が大変なので、日本に居た時に見たことのあるオートメーションである程度世話が出来るシステムを神様ポイントで構築しようと思ったのだが、ナルルが自ら世話したいと言いだしたので、私が言語を覚えた時と同じ要領でナルルにある程度の農業知識を植え付けてみたら、そこから毎日実に楽しそうに畑へと通うようになった。

 なぜそんなに楽しいのか私にはよくわからないが、ずっと食べるのに困る生活をしていたナルルからすると、自分の手で食べ物が作れるというのが嬉しくて仕方ないのだそうだ。

 切なさも感じる理由だが、希望を感じてくれるなら止める理由もないので、出来る範囲で頑張ってもらっている。

「そうか、でも無理はしないでおくれよ。ナルルが倒れたらウチは―――」

「ふんぎゃあああ!!」

 ……言葉を遮るように、なんだか滑稽な悲鳴と何かが割れる音がした。

 またセっちゃんだな……。

「……ナルルが倒れたら、ウチは回らなくなってしまうからね……」

「そ、そんなことないです!おねえちゃんもいっしょうけんめいなので!」

 いやまあ……一生懸命やってくれてるのは確かなんだけどね……。


 ナルルを見送ってから、食材を家の中に運び入れると……

「主!すまねぇ……救助を頼む……!」

 椅子に衣裳が絡まってほぼ逆さ吊りみたいになってるセっちゃんが居た……パンツ見えてますよ?

「セっちゃん……何をどうしたらそうなるんだい?」

「いやその、電球を掃除しようと椅子の上に立ったらバランスを崩して、気づいたらこんなことに……」

 さすがにちょっと恥ずかしそうだが表情だけはキリっとさせたままなの、どんなプライドなのさ。

「おのれ、おのれ椅子め……許さんぞ……!」

「椅子は何も悪くないので許してあげてください」

 そんなやり取りをしつつ、あまり足や下着を凝視しないように気を付けつつ、絡まった服を解いてあげました。

「危なかった……独りだったらあのまま一生を終えていたに違いないな……」

「そうだね、おそらく史上初の椅子に殺されたエルフになるところだったね」

 セっちゃんはたまにボケなのか本気なのかよくわからないことを言うと、ここ10日くらいで知った。基本は天然さんなのかもしれない。姫だし。姫ってそういうものだし(偏見)

「それにしても、セっちゃんは本当に家事が苦手なんだね……」

「し、仕方ないだろ。我は姫ぞ? 身の回りの世話なんて家臣たちがやってくれて当然だったし、大半の時間を勉学や鍛錬の時間に当てられて忙しかったんだよ!」

「いや、わかるよ?きっとそうなんだろうな、って最初は思ったから、仕方ないと思ったんだけど……10日経っても基本的なことすら全然出来ないし、そもそもシンプルに不器用なのでは……?って言う疑惑が確信に変わりつつあるところだよ」

「失礼な!アタイは子供の頃から何でも出来る優秀な子だと褒められて育ったんだぞ!!」

「ん?今なんでも出来るって言った?」

 私は、少し離れた位置に散らばっている、床に落ちて割れたであろう皿に視線を送る。

「……何でもできる優秀な子だって、褒められて……!」

 ……泣きながら言わないでよ……ごめんて。

「まあ、人には向き不向きがあるからね、セっちゃんにはボディガードだったり、戦い方面で活躍してもらうから。適材適所と言うやつさ」

「それはそれで、諦められているようで屈辱なんだが……!」

「どうしろと」

 いざとなれば神様ポイントで掃除スキルを覚えさせるということも出来るのだろうけど……セっちゃんプライド高いから絶対嫌がるだろうし、なんでもかんでもポイントで解決というのも芸が無いし、努力を忘れてしまう気がする。

 まあ努力しなくても成功出来れば良いじゃないか、というのも一つの考え方だとは思うのだけど……結局努力と言うのはそのまま自信に繋がるんだよな、これだけやって来たぞ、っていう自信。

 だから、謎の能力で勝ち続けられるうちは良いけど、それでも勝てない相手が出て来た時に自信が無いと心で負ける。

 そうなるとやっぱり、心を鍛えるためにもある程度の努力は必要なんだよなぁ。

 チート全盛の時代にゃ流行らん考え方だとは思うけど、まあこちとらおっさんなので、根性みたいなものに美学を感じてしまう部分もあるのです。

 とはいえ、ただひたすら根性論を振りかざすのはくだらないのも知ってるので、バランスよくやっていきたいものだ。

 若者でもなく老害でもない、おっさんならではのバランス感覚で!

「なにをぶつぶつと言ってんだ主? 脳みそを虫にでも食われたか?」

「ああ、ごめん、何でもない。あと例えが怖い」

 ぐちぐちと理屈を考え込んでしまうのはおっさんの悪いところだ。反省。

「まあともかく、セっちゃんのペースで頑張ってよ。皿や椅子はどれだけ割ってもすぐに出せるし。……とは言え、仕事に緊張感が無いのも良くないから、壊した分はお給料から引いておくね」

「ちっ、仕方ねぇな……って、ちょっと待ってくれ。……給料……ってのは給金の事か?」

「ん?ああ、もちろんそうだよ」

「給金が貰えるのか!?アタシは奴隷だぞ!?」

 ものすごくビックリしてる。ああそうか、奴隷って給料もらえないモノなのか。そうか、そりゃそうだよな。

「給料はちゃんと出すよ。働いてもらってるんだから当然でしょ。休みも、週に……じゃない、7日に1日ね。この前も一度あったでしょ?仕事しなくていい日」

「確かにあったけど……何かの気まぐれじゃないのか……?7日に1度?確実な休みが?????」

 この世界には一週間という概念が無いみたいだけど、週に1日くらいは休みが必要だろうという現代の感覚が抜けないのでそのまま適用した。

 本当は週休二日にしてあげたいところだけど……私は料理が苦手なので、3人分3食の食事に神様ポイントを使うのはそれなりにポイント消費するし、せっかくカートスさんから届く食材もあるし、完全休みは週一で、食事の用意以外の家事はしなくていい半休のようなものをもう一日作ろうかなと考えているところだ。

「セっちゃんはどう思う?やっぱり2日は完全な休みが欲しいかな?もし半休を作るとしたら、休みの日と続いてた方が良い?それとも休みの日と半休の日は2、3日離れてた方が良い?」

 一気に休みたいか、少しずつ休みたいか……悩ましいところだよね。

「待て待て待て、何を言ってんだ主。アタシたちは奴隷なんだぞ!?奴隷の扱いって、そういうもんじゃねぇだろ?ないよな!?アタシがおかしいのか!?」

 完全に困惑が顔に出ているセっちゃん。

 目がぐるぐるしてるよ。

「そうなの?まあこの世界ではどうか知らないけど、私の常識としたら家事をやってもらうならそれなりの見返りは出して当然だと思うんだけど。大変じゃないか家事って」

 実際、ハウスキーパーさんとか出張お掃除とか頼むと結構な料金とられるもんな。

 それだけの価値がある仕事なのだ。

「で、でもよぅ、主はアタシたちを買うために大金を払ったんだろ!?」

「うん、100キンス」

「100キンス!?!?!?そんなに!?アタシたちってそんな価値あったのか!?」

 自分の価値を知らなかったのかセっちゃん。

「そうだよ、セっちゃんには100キンスの価値がある。それはカートスさんも認めるところなわけだね。やったね!」

 まあ、本人がそれを喜ぶかどうかは微妙なところだと思うけど。

「それだけの金を払ったのに、まだ金を使うのか?」

「だって、100キンスはカートスさんの懐に入る訳で、その中からセっちゃんたちが何割か貰ったりとか無いでしょう?」

「そりゃあ、当然そうだけど」

「じゃあセっちゃんたちは給料貰わなかったら、これから先全くお金が稼げないじゃないか。それじゃあ欲しいものとかあっても困るだろう?」

「困るって……奴隷ってのは、何も持たざる者に対して衣食住を提供することで好きなように使役する権利を持つってことだ。そのうえで給金を出すなんて聞いたことないって!」

「だから、この世界の常識ではそうかもしれないけど、私の常識では違う。それだけの事さ。例えばそうだな……私の世界にはプロのスポーツ選手というのが居てね。優秀な人を雇うためにまず契約金というお金を払うし、それとは別に仕事に対して年俸という給金のような形でも払う。それは、相手にそれだけの価値があると思ったから払うわけで、私にとって二人はそういう存在だよ」

 私の言葉に、セっちゃんがまるで腰を抜かしたようにへなへなとその場に座り込み、頭を抱える。

「わからん……主の考え方や価値観が、あまりにも違い過ぎて理解出来ん。……別の世界からやって来たって話も今なら信じられるけど……主の元居た世界って、いったいどんな世界だったんだ……?」

 どんな、って言われると説明が難しいな……。

 まあ確かにこの時代と比べたら制度や倫理観は成熟されていたとは思うが……かといって、元の世界の方が絶対に良い世界だったと胸を張れるかと言われるとそうでもない。

 なにせ、こういうファンタジーな世界へ転生する物語が流行るくらいには、みんなあの世界の現実から逃げたがっていたのだから。

「まあ、アレだ。どんな世界にも一長一短があるから、一概には―――」

 その瞬間、突然チャイムの音が鳴り響き

「すいませーん!ゴッド様は御在宅でしょうか?」

 女性の声がそのあとに続いた。


 今の声は……カートスさんかな?

 なんだろう、向こうから直接家に尋ねて来るなんて初めてのことだ。


 ………何か、あったのかな……? 

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