第17話 カートスさんのお誘い

「ゴッド様、突然の訪問失礼いたします。お時間よろしいでしょうか?」

 玄関で深々と頭を下げるカートスさん。礼儀がしっかりしている。

「ええ、まあ時間は問題ないですけど……何か御用がおありで?」

 カートスさんが訪ねて来るのは実は初めてではない。

 食品を注文する最初の時に、元の世界のように細かい住所が設定されているわけではないので場所を上手く説明できず、直接家に同行してもらったのだ。

 それを元にカートスさんが地図を制作し、最初の数日は業者の方がその地図を手に配達してくれていた。

「……ええ、少し確認事項と、お話しさせて頂きたいことがあるのですが……それにしても、凄い家ですね」

 以前来た時は、家の中には入らずに場所だけ確認して帰ったので、初めて内装まで見て驚いている様子のカートスさん。

 あの時も「上がってお茶でも飲んでいきますか?」とお誘いしたのだけど、断られてしまった。

 けど冷静に考えてみれば、治安が決して良い訳ではないこの世界で、まだ出会ったばかりのよく知らない男の家に女性が一人で上がり込むというのは相当危険な行為なので断られるのも仕方ない。

 日本の感覚で誘ってはむしろ失礼だったな、と反省したものだ。

 とは言え、訪ねてきた相手をこのまま玄関に立たせておくのも気が引ける。

「よろしければ中へどうぞ。セっちゃんもいますし、ナルルは……今外ですけどもうすぐ戻って―――――って、こらこらセっちゃん、顔顔」

 どうぞ、と振り返った途端 目に入ったのは、セっちゃんの親の仇でも見るかのような睨み顔だった。

 まあ、セっちゃんからすればそれなりの期間自由を奪われて金で売り買いされたのだから、カートスさんに良い感情は持ってなくても当たり前なのだけど。

「す ま ん な 主 ……!」

 言葉では謝りつつも、歯を食いしばって怒りを表すのをやめないセっちゃん。

 しゃー!……って怒ってる猫を思い出すなぁ。

 そう考えるとナルルは犬系だな……とか考えつつも、セっちゃんを「どうどう」と抑えつつカートスさんを居間へと案内する。

 どうやら今回は家の中に入ってくれるようだ。少しは信頼されたのかな?

「すいません、セっちゃんがあんな感じで」

「セっちゃん、という名前にされたのですか?不思議なお名前ですね。まあともかく、こんな商売をしていれば恨まれるのも仕事のうちですわ。お気になさらず」

 口ではそう言いながら、手は持って来ていた小さなカバンの中に入れられている。

 おそらく中で武器を手に持ち、いつ襲われてもいいように準備しているのだろう。

 それでも表情には緊張を出さずに笑顔を崩さない辺り、かなりの手練れだな、と言う印象を受ける。

 タダモノではないなカートスさん……。

 しかし、そんなカートスさんの表情も居間に入ると大きく崩れた。

「……なん、ですか?この家は。見たことないものばかりなのですが……」

 興味津々であると同時に、理解の出来なさに畏怖している様子が見て伺える。

 そう考えると、セっちゃんとナルルのリアクションはわりと控えめだった気がするけど……たぶん二人とも世間知らずだったからだな。

 エルフはあまり文明を好まないイメージがあるし、ナルルはそもそもお金持ちの家を見たことが無いからこういう物なのかと思っていた節がある。

 全くの一般人……というか、この世界の「常識」を隅から隅まで知ったうえでこの家に入った最初の人なのだカートスさんは。

「そうですか?まああまり気にしないでください。どうぞ座ってお待ちください。今お茶を持ってきます」

 ナルル……は畑か。セっちゃんはまだシャーシャーしてるので到底任せられない。毒でも入れかねないよ。いやまあ毒なんて無いけどこの家には。……昔見たOLさんの漫画みたいに、雑巾の汁を絞ってお茶入れてやったわ、くらいのことはやりそうだな……雑巾は無いけど布巾はあるし。

 いやまあ、さすがにそんな小さい反撃はしないと思うけどさセっちゃんは。

 とは言えまたカップを割られてもたまらないし、セっちゃんもカートスさんの前でミスしてる姿を見せたくないだろう。

 つまり、私が自らお茶を淹れるということになる。よしやろう。

 ……この世界の人って何飲むんだろうな……一応、神様ポイントで出した緑茶と紅茶とコーヒーがあるけど……中世っぽい世界観だし紅茶が安定かな。

 カップにTパックを入れてポットのお湯を注いで……と。

 実に簡単だ。……セっちゃんはこれすらたまに失敗してるけど……何処に失敗する要素があるのだろうか……不思議だ。

「どうぞ、ミルクと砂糖はお好みで」

 カップの皿に、パキっと開けていれるタイプのコーヒーミルクと、スティック砂糖を添えてお出しする。

「……これ、は……すみません、その……どう使うのですか?」

「え?ああ、これはですね、こっちのミルクはここをこうして……開けると、中にミルクが入ってます。砂糖の方は、中身を片方に寄せて、空いた方を破ってください」

 ナルルとセっちゃんにも同じこと聞かれたので、説明も慣れたもの。

 実際に自分の紅茶にも入れながら説明する。

 ちなみに私は割と甘党なので、普通にミルクと砂糖は一個ずつ入れます。

 スプーンでかき混ぜると、その様子を見てカートスさんも真似をする。

 紅茶にミルクや砂糖を入れるくらいは昔からあるやり方だと思うのだが……この世界ではそういう習慣が無いのかな……?

 疑問に感じつつも、一口飲む。うん、まあまあこんなもんだろう。Tパックだから誰が淹れても変わらず普通に美味い。

「―――甘いっ……!」

 恐る恐る飲んだカートスさんが凄くビックリして声を上げた。

「なんですかこれ!?」

「えっ、紅茶ですけど……」

「そうじゃなくて、それはわかります。この、あとから入れたものです!」

 あとからって……

「ミルクと砂糖ですけど」

「これただのミルクじゃないですよね?そして、貴重な砂糖をこんな形で保存してるなんて……それをたった一杯の紅茶に全部入れるなんて、聞いたことも無いです……!」

 ……そう言われると、コーヒーミルクって牛乳とは違うよな……成分なんだっけ……袋ごとポイントで出したから、あとで成分表確認してみよう。

 ただ、砂糖は砂糖……だよな?

 ああでもこういうのはグラニュー糖か。まあそれほど大きな違いは無いと思うけど。

「これ、どこで手に入るのでしょう?わたくしどもに預けて頂ければ、高値で売って見せますわ」

 すぐ商売の話に繋げる辺り、根っからの商人だなカートスさん。

 けど……

「いや、すいません。個人で使う分ならまだしも、商売として成立するほど大量にはちょっと」

「そうですか……残念です」

 心から残念そうな顔のカートスさん。

 ……正直、スーパーで売ってるような大きな袋に入った砂糖をいくつか渡すだけなら簡単だし、貴重品ならそれでも大金を稼げるのかもしれないが……別に私はお金が欲しい訳ではないし、それをやったところでこの国の貧困が解決されるわけではない。

 カートスさんが金持ち貴族に売って儲かるだけで終わるだろう。

 ……たとえば、この国でサトウキビとか育ててその事業を大きくしていけば国の貧困を解決することは出来るかもしれないが……砂糖の作り方って細かく知らないな……。

 神様ポイントでその知識を得ることが出来れば可能性はあるか……?

 選択肢の一つとして記憶にとどめておくとするけれど、まだ実現可能かどうかわからないうちに迂闊なことを口に出すのは控えよう。

 特にカートスさんの前でそんなこと言ったら、あっという間に商売の主導権を握られそうだ。


「そういえば、うちにはいったいどのようなご用事で?」

 紅茶の味に感動したり家の中の様子を興味深そうに見回すばかりで全く本題に入らないカートスさんに改めて問いかける。

「あ、ああ、そうですね。すいませんわたくしとしたことが、少々取り乱してしまいました……」

 少し頬を赤らめて、背筋を伸ばして咳払いをするカートスさん。

 ちゃんと人間らしい可愛い部分もあるのだな、と少し失礼ながら思ったり。

「要件は二つ。ひとつは、わたくし共からお買いあげ頂いた奴隷がしっかりとお役に立っているのかの調査とアンケートと申しますか……ちょっとしたアフターケアでございます」

 アフターケアの概念があるのか、凄いしっかりしてるな。

「なるほど、それなら心配しなくても大丈夫ですよ。二人とも……よくやってくれてます」

 今のところよくやってくれてるのはナルルだけのような気もするけど、セっちゃんもまあ頑張ってくれてるし、わざわざ悪く言う程のダメさでもない。愛せる駄目さだから。

「それは良かった。今後もまた、何かありましたらご用命くださいませ」

「いやいや、奴隷は当分必要ないですよ。食品の件も助かってますし」

「そう、もう一つの要件は、その食事の契約に関することなのでございます」

 契約……?なんだろ。今更解約とかされると困るんだけどな。

「このような提案をされたのですよ、と話したら興味を持たれて、ぜひその人に会ってみたいと仰る方が居りまして」

「会いたいって……私にですか? まあ……時間はだいたい空いてるので構いませんが……どなたにでしょう?」


「それは……このムネーマ国の王……ショルタン・コルテンス・ムネーマ23世に、でございます」


 ―――――は!?

 この私が、王様に!?

 ってか、王様の名前初めて知ったな!

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