第26話 目覚め。

「無茶を言うな!王は今、傷心であらせられる。この状況で何が出来るというのだ」

 甘やかし宰相さんのことは無視して、私は王に語りかける。

「王……酷なことを言うようですが、今この時が、この国の未来を決める分水嶺です。あなたがこの国を率いる王で有り続けるならば、立ち上がらなければなりません」

 まあ、その状況にしたのは私なので、どの面下げて言ってんだという話ではあるが、嘘は言ってないので許してもらおう。

「しかし、余は……余はもう……」

 うーん、完全に心が折れている。

 ――――仕方ない。やってみるか。

「わかりました。では――――私が、あなたに力を授けましょう」

 私は以前セっちゃんに対して初めて能力付与した時のことを思い出す。

 ちょうどいい、目撃者もたくさんいる事だし、ちと演出強めで行きますか!

「ナックル」

「はいはい、なんだぜ」

 私はナックルを呼び寄せると、指示を与える。

「……まあ良いけど……そんなことして大丈夫なんだぜ?」

「大丈夫さ。……たぶんね」

 ナックルはやれやれと首をすくめつつも、私の指令を実行するために飛び立つ。

「―――さて、では、いきます」

 マントを必要以上にバサリとひるがえらせ、空気感を作り出す。

「おい待て、何をするつもりだ!」

 宰相が外から怒鳴っているが、私は首だけで振り返り、不敵にニヤリと笑う。


「そうですね―――――あなたたちにもお見せしましょう。神の力というものを―――」

 空気を揺らすようにスッ……と手を上げると、壁に等間隔に設置されている地下を照らすランプの明りが次々と消え始める。

 良いぞナックル、良い仕事だ。

 ここは地下牢なので、明かりが消えるとほぼ真っ暗になる。

 当然、突然の暗闇に動揺する宰相や兵士たち、その時―――私の周囲に、いくつもの丸い光球が出現し、辺りを照らす。

「な、なんだそれは!?」

 戸惑う声が聞こえてくるが、とくにどうということもない、ただの丸い電池式のセンサーライトだ。100均でも似たようなものが売っている。

 それを、神様ポイント1個1ポイントで次々と物質創造し、周囲に円を描くように置いていく。

 ついでにサイリウムのウルトラオレンジ創造し、ペキペキと折りながら地面に形を整えながら置いていく。

 これで、まるで魔法陣が輝いているように見える事だろう。

 さらに、電池式の小型卓上扇風機で風を起こす!!私に向けてと、牢の外へ向けてだ。マントがはためいて良い感じになるし、外にも地下なのになぜか風が吹いている感覚を伝えられる。

 うむうむ、だいぶ雰囲気が出て来たぞ。安上がりだけどもね!

「な、なにこれ?」

 戸惑う王に手を伸ばし、そっと頭に手を乗せる。

「王よ……これからあなたに――――いや、そなたに力を与えよう。それは困難を乗り越え、未来へ進む力……」

「えっ、えっ……?」

「なに、怖いことなどありはしない。私の……神の力に身を委ねるのだ。―――さあ、万物に宿る精霊よ、神秘なる言霊に耳を貸し、その思念を集結させよ」

 特に意味のない、それっぽい言葉をなんとなく羅列する。

 こういうのは雰囲気が大事だからね。

「路傍の堅牢なる宝珠よ、……足りて推したる保冷剤よ、……ソレスタルビーイングのユージュアルサスペクツに眠りしコミケットランドリー!」

 どんどん語彙力が無くなっていくのが自分でもわかる!!

 まあ、こっちの人には理解できない言葉だろうから良し!!


「矮小なる人間に、明日を見つめる瞳を与えたまえ……はぁぁ!!!」


 ここで能力付与!!


 そして、足元で明りを消しつつウルトラオレンジを回収するナックル、ナルル、セっちゃん。ナックルには先ほど計画を伝えたが、上手く二人に指示してくれた。

 ……ってセっちゃん!そんな面倒そうにダラダラやらないで!!

 雰囲気だから!!こういうのは雰囲気だから!!


 ライトが消えると、再び地下のランプに明かりが灯り始める。

 ごめんよナックル……やっぱり君だけ圧倒的に仕事量が多いな……!

 小さくて目立たないうえに素早く飛び回って仕事が出来る君が有能過ぎて好きだぞ!

 

 暗闇と、困惑する兵士たちのどよめきから回復すると、しばしの静寂。

 いったいこの謎の男は、王に対して何をしたのか――――その興味と不安がそのまま視線となって王へと注がれている。

 しかし、王は座ったまま動かない……息をしているのかすら、離れた位置からでは確認出来ないほどにその動きを止めている。

「―――王!!貴様、王に何をした!?」

 あちこちから問い詰める声が上がるし、侍従長は慌てて駆け寄ってきて王の肩を揺らす。

 ……おかしいな、そんな変なことはしてないハズだが……とは言え人の心だ、どんな作用が起きてもそれは不思議では――――

 少しだけ後悔をし始めたそのタイミングで、王が……ゆっくりと、立ち上がった。

「お、王。大丈夫ですか!?お怪我など……」

 心配する侍従長の前に手をかざし、その言葉を止めさせる。

 そしてゆっくりと周囲を見回すと……

「そなた、ゴッド……と言ったな。今ここでの言葉が国民に届いているというのは本当か?」

 私の方に目線を向けて、問いかけて来る。

 その瞳は先ほどまでの怯えは消えて――――いや、消えてはいない、しかしそれ以上に、怯えをねじ伏せる強さが見える。

「ええ、本当です。……もし王が、直接語り掛けたいと願うなら―――」

 私は、あちこちに置いてあったマイクの一つを手に取り、王に近づけ、向ける。

「ここに語り掛けてください。この先に、あなたを想い、あなたが導くべき国民が居ます」

 少しの戸惑いと疑いの気持ちを表情に出しつつも、王はゆっくりと語り始める。

「――――国民の皆よ。余はショルタン・コルテンス・ムネーマ23世である。……まずは、皆に心配をかけてしまった事、深く詫びたいと思う。……全ては、余の心の弱さが生んだことだ」

 王は深く頭を下げる。

 しかし、この映像は当然国民たちには見えていない。

 けれど、王が謝罪として頭を下げている、という事実が伝わるのと伝わらないのとでは、心証がまるで違う。

 私が言っても良いのだけど……

「ナルル、ちょっとマイク持ってて」

「は、はい…!」

 マイクに入らないように小声でやりとりをして、王様のマイクフォローをナルルに任せ私は侍従長に駆け寄り耳打ちをする。

 すぐに理解してくれた侍従長は、

「王!頭をお上げください! 人の上に立つものが、そのように簡単に深く頭を下げるモノではありません」

 実に自然にこの状況を声だけで外へと伝えてくれた。

 有能ですね侍従長!!

「いいや、侍従長。余は戴冠してから2年、まともに王としての仕事も出来ずに居た……これを謝罪しないようでは、ここからの未来に進むことも出来ないではないか」

「――――未来、でございますか?」

「ああ、そうだ。未来だ」

 王は深呼吸するように深く息を吸いゆっくり吐き出すと同時に決意を口にした。


「余は、今日この日から王として、全力でこの国を統治してゆくことを誓おう。この国を、国民を、貧困から救うために!」


 よしっ!来た来た理想の展開!!

 突然の宣言に呆気に取られている宰相に、王は強い口調で語りかける。

「宰相よ……貴公のしたことは、許されることではない」

「―――はっ、はは!」

 慌てて膝をつく宰相に、さらに言葉を続ける王。

「……母を処刑したことは……法に照らせば当然の事……それを責めるつもりはない。だが、余にそれを告げなかったこと、そして国民を偽った事……それは、いかに余やこの国のことを想っての行動であれど、やはり間違いだったと、余は思う」

「――――……っ……仰せの、通りです」

 一瞬、何か反論をしたそうな仕草を見せたが、宰相は言葉を飲み込んだ。

 ここで宰相は自分の正しさを強く訴える事も出来ただろうが、果たしてその先に勝利はあるのかと考えれば、黙るのが得策だろう。

 王を言い負かすことが出来れば罪を逃れることも出来るかもしれないが、このやり取りが国民に聴かれている現状において、悲劇から立ち上がり国を率いていく王がいきなり言い負かされたという展開は、国民の王に対する期待を大きく削ぐことになる。

 宰相もまた、この国の未来を愁う一人であると、沈黙をもって証明して見せたのだ。

「罰として……宰相を罷免する」

「―――了解、しました……」

 この件は、宰相の任を解くことで落着させる……そういう意図が読み取れたし、だからこそ宰相もそれを受け入れたのだろう。

 少し苦い決着ではあるが、落としどころとしては悪くない――――

「……だが、貴公の国を想う気持ちと、その能力を私は買っている」

 !?

 この先があるのか?

「故に、これから先は余の補佐としてその命の全てをこの国の為に捧げよ」

 意外な言葉に、宰相は声を震わせる。

「―――このわたくしめを、許して下さるのですか……?」

「誰が許すと言った?これは罰だ。命尽きるまでそなたの才の全てを、この国の為に使うのだ。……そして侍従長。あなたにはこの補佐のお目付け役を頼みたい。もし暴走するようなことが有ったら、今度こそ余に知らせるのだ。良いな?」

「――――仰せのままに……」

 侍従長は深く腰を折り、その言葉を受け入れた。


 これは……想像以上だ。

 処分が甘いと思われる危険性はあるが、それ以上に慈悲深さと、母を殺した憎い相手を身近に置いてでも本当にこの国を変えたいのだという強い意志が伝わる宣言になったのではないか……?

 そしてさらに、王は言葉を続ける。


「では……わが愛すべき国民よ! やり直そうではないか!先ほど中断された演説を、そしてこの国を!もう一度!もう一度だ!成功するまで、何度でも!!」


 その猛りすら感じる雄々しい言葉に、外から大歓声が聞こえて来た。

 ―――届いた!

 王の言葉が、国民の心に届いた……!

 変わる、変わるぞ!この国はこれから変わる!


 よかったー、計算外もあったけど……これでひとまず私の仕事も一段落して、しばらくは様子を見て、その間に他の国も――――

 そんな風に次の段階に思考を巡らせていると、王がこちらに近づいてきて、スッと手を伸ばした。

「……なんでしょう?お腹でも空きましたか?」

 パンでも欲しいのかな。ってそんなわけあるかーい、とセルフボケツッコミ。浮かれ気分だ。大きな仕事を終えて浮かれ気分でロックンロールだ。

 しかし、次の王の言葉で浮かれていた心が突然地に足を付けなければならなくなった……


「これから国民の前に出る。貴公も共に行こう!!この国を救った立役者として紹介したい!」


 ………はっ!?


 いや、それは……それは――――――――――困るな!?

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