第27話 未来をこの手に。

 既に陽が落ち始めて薄暗くなっていた会場を揺らすほどの大きな声援の中で、今度は何の愁いもなく堂々と手を振り、その声に応える王の顔は晴れ晴れと、そして誇らしげだった。

 改めて国民に対して決意を述べて、皆のテンションが最高潮になったタイミングで……

「ではここで、皆に紹介したい。この国を救った英雄を!」

 とんでもない呼び込み方したな!!

 その声に応えて登場したのは私……ではなく、カートスさんだ。

 ざわざわする国民の声をかき分けて堂々と王の隣に立ったカートスさんは、両手で何かを掲げる。

『――――…えー、皆さん初めまして、ゴッドです』

 そこから響く私の声。

 そう、カートスさんにはバッテリー式のスピーカーを持ってもらい、そこに向かって私が声を飛ばしているのだ。

 私が直に出ていくという選択肢は、正直全く無かった。

 ここで顔を晒すことはプラスもあるだろうが、同時にマイナスになる事も多い気がしたからだ。

 なによりも、「王に近い立場の人間」という認識が広がってしまうと自由に動けなくなってしまう可能性がある。この世界を救うためにはこれから他国にもいかなければならないので、私自身に色がついてないに越したことはない。

 ただ、顔はともかく存在だけは知っておいてもらった方が、この国を貧困から救うための動きはしやすい部分もあると思うので、折衷案として声だけ届けさせていただく。

『今回、ご縁があって王のお手伝いをさせて頂きました。一応説明させていただくと、王を連れ去ったのはこちらが勝手にやった事。王には計画を知らせず失礼しました』

 ここはハッキリ言っておかないといけないだろう。

 王が自ら計画的に誘拐されることを了承していたとなると、わずかな時間とはいえ国民に不安と混乱を与える事を受け入れたというとになるので、イメージがよろしくない。

 王はあくまで高潔で民への思いやりがあって欲しいからね。

 ……いやまあ実際は、こちとら牢に入ってたし、王は軟禁されてたから計画を伝えるのが難しかっただけなんだけどさ。

 王が閉じ込められていた部屋が盗聴などされていない確証は無いし、カートスさんを通じて計画を伝えるのは危険なので、今回は強引に行かせて貰った。

 王には、先ほどちゃんと謝罪をして許してもらったので、良しとして欲しい。

『つまり、あの場で語られた王の言葉は、あらかじめ打合せされたものなどではなく、王が自らのお心で発したものです。……正直、私も驚きました。王があそこまで真っ直ぐに国を、民を想われている強い方だとは……。この国の皆様は、このような素晴らしい王がおられて幸せですね』

 少し持ち上げ過ぎたか?と思ったが、拍手と歓声が上がったので大丈夫だったようだ。

 さて……一通り褒めたので、少しはこちらにも利が無いとな。

『おっとみなさん、そう言えば自己紹介がきちんと出来ていませんでしたね、失礼しました。わたくしは、簡単に言えばそう……なんでも屋です。王に限らず、国民の皆様の困りごとも、条件次第で引き受けますのでどうぞよろしく。窓口は、この国で商人として活躍しておられる、このカートス女史にお願いしています』

 これに関しては、私の代わりに出てくれと頼んだ時に、それに対する報酬と同時に、窓口になってくれれば何かしらの依頼によって得た利益の2割を渡す条件で引き受けてもらった。

 窓口になるだけで2割はさすがにぼったくり過ぎだろうと思うが、まあこちらは金を稼ぐことが目的ではないのでそこは譲歩した。

 直接家に大量の依頼が来ても困るし、他に適役が見つからないので仕方ない。

 こうしておけば、この国の民がどんなことで困っているのか……そんな情報が勝手に集まってくる。それは貧困から救うための大きなヒントになるはずだからね。

 けど……

『とは言っても、顔も出さない怪しい人間に急に頼みごとをしようとはならないですよね。そこで……王の復帰のお祝いも含めて、私から皆さまへのプレゼントを差し上げます』

 空を見る。……うん、もう充分暗くなったかな。


『―――では、花を贈りましょう。空に浮かぶ、大輪の花を――――』


 その言葉を合図に、王城の裏でスタンバイさせていたナックル・ナルル・セっちゃんが動き始めるはず――――……そして次の瞬間……大きな破裂音と同時に、闇夜に大輪の花火が咲き誇った。

 この世界にも花火のようなものはあるらしいが、こちとら花火の本場日本出身だぞ!今まで見た様々な豪華で綺麗な花火を上げまくってやる!!

 ……と思ったものの、巨大花火は高価だから神様ポイントの消費も激しく、予定の3分の1くらいしか作れなかった。……まあそれでも充分インパクトはあるだろう。

 最後の花火が終わり、さぞみんな感激して大きな拍手を……と思ったが………あれ?

 凄く静まり返ってるぞ……そんな中、観客の一人が「うわわわわあああああ!!」と声を上げて逃げ出すと、弾かれたように一斉に逃げ出す国民たち……え?あ、あれ??まさか、オーバーテクノロジー過ぎて怖がられた!?

 それは想定外だった…!!

「落ち着くのだ我が愛する国民たちよ!!!!」

 王の声も騒ぎに紛れて届かない、マズイマズイ。

「ちょっ、ちょっと!パニックになってるよ!どうするんだぜご主人!?」

 慌てて駆け込んでくるナックル。

「ああっ!ちょうどいいところに来た!!これを王様に!!そんでもってボリューム最大!!」

「―――なるほど!!承った!!」

 理解が早い!!

 ナックルにマイクを手渡すと、ほんの十秒ほどで―――

『落ち着くのだ!!我が愛する国民たちよ!!!!!!!!!!』

 先ほどの数十倍もの音で、王の声が響き渡る!!

 その声に驚きつつも冷静さを取り戻したのか、少しずつ騒ぎが収まっていくのがわかる。

『すまない、驚かせてしまったな。ゴッド氏なりの祝いだったのだがな、ははは』

 喋りながらボリュームが調整されてちょうどいい音量になる。

 ナックル……音響さんとして成長したな……!

『……それにしても、これは便利な道具だな。大きな声を出さずとも皆に声が届く。実は少し喉が痛かったのだ。なにせ……久々に人前で喋ったものでな』

 その言葉で、少し笑いが湧く。

 おお……凄いです王様。空気を作るのが上手い……!

 これが王族として生まれ育った人間の資質なのか、教育された帝王学の一種なのか……興味深い。私も神様をやるからにはこういうカリスマ性が欲しいものだ。

『しかし、ゴッド氏よ。先ほどのあれは花火であろう?しかしあのように色とりどりなものは見たことが無い。どうだろう、もう一度見せてくれんか?』 

 しかも挽回のチャンスをくださった。

 神様ポイントの残りは心許ないが……まあ一発くらいなら何とか。

 王様に渡したのとは違うマイクを手に取る。最初から、私たちの声と宰相たちの声の両方を拾えるように数本設置しておいたのだ。

『了解しました、少しだけお待ちください』

 状況を察して、こちらに駆け付けてくれたナルルがちょうど到着したので、そっと花火を手渡した。

 それを受け取ると、ビシっと敬礼をして再び打ち上げ場所に戻るナルル。可愛い。

 そして少しの時間の後……花火の音が響いた。

 今度は、拍手と歓声が起こる。

 ああ良かった!ありがとう王様!


『では愛すべき国民よ。名残惜しいが本日はこれにて失礼する』

 王様が別れを告げると、「ええー」と声が上がる。

 ライブやイベントの終了間際か、とツッコミを入れたくなるが……まあ考えたら似たようなものか。

『最後に、皆に告げたい。今回余は、本当に己の未熟さを痛感した。……自分一人では、今この場に立ってこうして言葉を告げることも出来なかっただろう。しかし今回、ここにいるカートス女史やゴッド氏、そして私を守ってくれていた側近の皆のおかげで、私は王として新たな一歩を踏み出すことが出来た』

 不意に静かで、しかし決意を込めたトーンに全員が聞き入る。

『余はまだ幼い。……しかし、それが王という重責にとって言い訳にはならぬことも理解している。これからも必死に、全力で研鑽を積み、皆が誇れる王になれるよう努力を続けるが、それでも至らぬ部分はあるだろう。そんな時は――――どうか、助けて欲しい』

 王が深く頭を下げると、ざわざわと困惑が広がった。

 この世界はかなり階級制度がハッキリしているようなので、一国の王ともなれば平民たちに頭を下げるなんて、考えられないことなのだろう。

『この国を作っていくのは、余の力だけではない。この国に住まう国民全ての力でこの国を……ムネーマを作っていきたいのだ!誰もが飢えることなく、幸せを享受し、笑顔で生きていける……そんな国を、余と、そして皆で力を合わせることで作り上げていけると信じている!!皆の力を、想いを、信じている!!』

 王はそこで右手を高く上げ、マイクを外して自らの声を届けようと叫んだ。

「未来を、この手に掴もう!!」

 かなり決めに行ったセリフではあるが、まだざわざわしている国民たちには戸惑いが見える。

 仕方ない、ここは私が手助けを――――そう思った瞬間、声が響いた。

「未来を、この手に!!」

 それは、カートスさんだった。

 王と同じように右手を高く上げ、同じ言葉を叫んだのだ。

「未来を、この手に!!」

 もう一度、右手を突き上げながら叫ぶ。

 三度目、

「未来を――……」

 少し溜めからの……

「この手に!」

 集まった国民たちの何人かが、同じ動きをし始めた!

「未来を、この手に!」

 四回目からは、観衆からも声が上がり始め、五回目六回目と繰り返す事にその数は増えていき、ついにはこの場に居るほぼ全員が同じ動きをしながら同じ声を上げる。

 こうなればしめたもの。カートスさんは王にもう一度やるように促し――――


「未来を――――この手に!!!」

「「「「「「「「「「この手に!!!!」」」」」」」」」」

 王の声と動き、それが大観衆と完全に一体化した時、かつてないほどの盛り上がりが場を包んだ。


 こうして、文字通り王と国民が一体となり、今日という記念すべき日は幕を閉じたのだった―――――。

 

 カートスさん……やっぱあなた、飛び切り優秀ですね!!!

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