第28話 ここで得たもの。

「さて、じゃあ帰りますか」

 王様は「もう暗いから城に一泊して行ったらどうだ」と言ってくれたが、同時に「帰るなら最高級の馬車を用意しよう」とも言ってくれたので、そちらを選んだ。

 さすがにそろそろ家のことも心配だしな。まあカートスさんに定期的に様子を見てくれるように頼んだから大丈夫だとは思うけど、久々に家の風呂に入って自室のベッドでゆっくり寝たい気持ちも強いのです。

 用意してくれた馬車は10畳くらいはある広い荷台にふかふかのカーペットと柔らかいソファのような椅子が置かれていて、それを大きくて毛並みの良い馬3頭で引っ張るという装飾も豪華な凄いものだった。

 速度も速いらしく、これならワープゲートを通らなくても夜中になる前には帰れるというので、本当に助かる。

 ワープゲートを使った方が速いのだろうが……途中の乗り換えが面倒臭い。一本で行ける特急があるならその方が楽だよな、みたいな話だ。

 王様や、少し苦々しい顔をしている宰相たちに見送られ、しばらく馬車に揺られるうちにウトウトしかけたタイミングで、一緒に乗っていたカートスさんに疑問を投げかけられた。

「ゴッド様……一つ疑問なのですが……あの時、王様になにをされたのですか?」

「あの時、って?」

「ショックを受けていた様子の王が突然快活になられた時です。……正直、あの流れではお母さまを溺愛しておられた王は立ち直れないと思っていたのですが……」

 カートスさんはあの場には居なかったが、民衆たちと同じように外で音を聞いていた。王をよく知るカートスさんだからこそ、そこに違和感を感じたのだろう。

「あの時は……実はそれほど特別なことはしてないというか……いやまあ、普通の事ではないのですが、でもそんな凄いことでもないというか……」

「なんですかハッキリしませんね。値上げしますよ」

 何をですか!?

「いやだからその……私はただ、与えただけですよ。……勇気を」

「―――勇気?」

「そう、私は決して王の考え方を変えたり、誰かほかの言葉を喋らせたわけじゃない。ただ、辛いことや悲しいことを乗り越えて、先へ進むために必要なモノ――――勇気が出せるような、ちょっとした魔法をかけただけです」

 実際には能力付与だけど、まあ魔法みたいなものだ。

「それだけ、ですか……?」

「ええ、王様には最初から、あの想いがあったのですよ。ただ、心の弱さから出せなかっただけ。だから、勇気さえあれば良かったんです」

 最初に出会った時も、王様はまず最初に民を貧困から救いたい、と口にした。

 彼の中には常に民を想う心が存在していたのだ。

おそらく王の中にはずっと、いろいろな想いが渦巻いていたのだろうけれど、自分の置かれている環境や、年齢による大人たちへの遠慮などでそれを声に出せてなかったのだろう。

 勇気が全ての壁を打ち壊すことで、生まれたのだ、あの堂々とした王が。

「そうですか、あの王が……そうですか」

 なんだか少し嬉しそうなカートスさん。王とも付き合いが長いみたいだけど……まあ年齢差的に恋愛ってことはなくとも、何かしらの想いがあるのだろう。

 成長を見守ってるみたいな感じなのかな?母性炸裂してたしなぁ。

「……そういえば、私もカートスさんに聞きたいことが」

「なんでしょう?」

「確か、宰相が私腹を肥やしてるみたいな話してましたけど……あの感じだと、本当に国を想ってるみたいでしたけど……どうなんですか?」

 少なくともあの場では、悪人には見えなかった。

 しかし、カートスさんはこともなげに言い放つ。

「ああ、肥やしてますよ普通に。私腹を」

「……そうなんですか?」

「最初のきっかけや、王に対する気持ちがどうであれ、権力を手にすれば私欲は膨らむものです。そうでしょう?」

 それはまあ、確かにそうだ。

「ちなみに、王もそのことはご存じでしたよ。それでも……あの人の能力が必要だと、飲み込んだのでしょう」

 清濁併せ呑む……か、確かにそれは上に立つものに必要だ。

 そもそも人間は、簡単に善と悪に二分できるようなものじゃない。状況によって、相手によって、どちらの面も併せ持ち、使い分ける。それが人間だもんな。

 そういえば、そもそも私たちが投獄されたのだってあの宰相がスケベおやじだったからであって、その時点で良い人ではないよな。うん。

 それでも、能力と国を想う気持ちは確かにあった……それが今は必要、そういうことなのだろう。侍従長さんというお目付け役も置いたことだし、良い方に出ると信じたいな。……出なかったら、多少介入するかもだけど。

「はいはーい、アタシも聞きたいことあるんだけど」

 ビシッと手を上げるセっちゃん。

「どうぞ」

 どうせ家に着くまでやることもないんだ、話をするのも悪くない。

「最後の王様の挨拶の場面さ、なんでアタシを出さなかったん? 英雄にするとか言っていたじゃんか。あんな都合のいい場面はないでしょ?」

「ああいや、だってその直前に王様をさらったじゃないか。まあ、それは作戦の為だってある程度は理解してくれると思うけど、なんとなくどこかに少しダーティなイメージがこびりつく可能性があるというか……セっちゃんには、もっと曇り無き英雄になって欲しいんだよね。あの場に出ていくのは確かに名を売るには手っ取り早いけど、でもちょっと違うな、と思ったんだよ」

 一度ついたイメージというのはなかなか消えない。

 あの場で知名度を優先するよりは、これから先のチャンスを待って少しずつ名をあげていく方が結果的には理想の英雄になれる可能性が高い気がしたんだ。

「ふーん……しっかりとしたプランがあるんだな?なら、いいや。主の言う事に従うよ。アタシは所詮、奴隷だしな」

 言いながら少し自虐的に笑うセっちゃんに、私は脳天チョップを食らわせる。

「いたっ!なにすんだよ主!!」

「そういう自分を落とすようなことを言うんじゃないよセっちゃん。確かに関係性として今はそうだけど、だからって心まで奴隷にならなくていい。どうか、高潔であってよ。誇りを胸に、生きていてよ」

 なんだか少し悲しくなってしまうじゃないのさ。

「……言いたいことはわかるけどよ……奴隷契約をしている主が言うことか?」

「いやまあ、それを言われると辛いんだけど……だって一応契約しとかないとセっちゃん私を攻撃したりどっか逃げたりしそうじゃないか」

「するぞ!!」

「そんなハッキリと!……まあ、今はそれでもいいさ。いつか、セっちゃんに信頼してもらえる存在になれたらその時は……まあ、また考えよう」

 奴隷契約を解除する……ということもあるかもしれないけど、でも今それを口に出してしまうのはなんだか違う気がした。

 その未来が待っていると分かれば、従順になったふりをしてしまうかもしれない……正直、そんなセっちゃんは面白くないし魅力も半減だからね。

 今のままのセっちゃんに認められてこそ意味がある。

 そうなるために、頑張ろう。

「ふん、まあ良いさ。そんな日が来るとは思えねぇけど、せいぜい目指せ。アタシが仕えたくなる史上最高の主をなっ!」

 いや別に勝負のつもりは全然ないのだけど……まあ、なんだかご機嫌なので良しとしよう。

「ナルルもなにか質問―――」

 と問いかけようとしたが、もうすっかり夢の世界へ行ってるようだ。

 そうだよな、大変な一日だったもんな。

 大変と言えば……

「ナックル、今日は本当ーーーーーーーーに頑張ってくれたね!ありがとう、キミが居なければ絶対に成功しない作戦だったよ」

 ナルルの隣でこちらもウトウトしてるナックルにお礼を告げる。

「ん?ああ、良いぜ別に。それがオレっちの仕事だからな。それより、寿司忘れるなよ……寿司……す……くー……」

 寝た。寝る直前まで寿司の事とは……よほど楽しみのようだ。

「そうだ、寿司だ。帰ったらアタシもしっかり貰うぞ」

「はいはい、わかってるよ」

 セっちゃんもか。まあ、それで釣ったのは私だから約束は果たすさ。

「寿司……ってなんですの?」

 カートスさんも食いついてくる。

「ああ、寿司っていうのは私の地元では大人気の食べ物なんですけど……」

「大人気……!?それはどんなものなんですか?」

 あっ、カートスさんの目が$マークに見える。いやまあ、実際にはこの世界には$マークなんて存在しないからあくまでも比喩だけど。っていうか、そんなこと言ったら別に元の世界でも目がお金のマークになるのなんて全部比喩だわ。何言ってんだ私は。

「どうって……簡単に言うと、米の上に魚の切り身を乗せて握って形を整えたものです」

「……それだけですか?」

 うん……まあそうですね……言葉だけで説明すると全然美味しそうではないな我ながら!

「……そんなもののために頑張ったのかアタシたちは……」

 セっちゃんが凄くがっかりした顔してる!!

「いやいや待って!美味しいから!食べたらきっとおいしいから!!」


 先に結果を言うと、翌日にポイントで出した寿司はセっちゃんもナルルもナックルも、生魚はあまりお気に召さなかったようだった……ただ、玉子やイクラ、肉寿司などは気に入った様子だったので、やはり根本的に味覚の違いがあるのか、それともこの三人が子供舌なのか…。

 逆にカートスさんはいたくお気に入りで大変美味しそうに食べてくれたが、生魚を使う料理はその世界の流通事情では難しいとのことで「商売にはならないわね……」とガッカリもされていたので、まあ……トントンということで。



 その後私たちは馬車に揺られ、月……のような大きな星が真上に到着する頃、夜中に家に到着した。

「ほらほらみんな起きてー、降りてー。家に付きましたよー。すいませんお疲れ様でしたありがとうございました」

 寝てる皆を起こして、御者さんにお礼を言って馬車を降りる。

 夜遅いのにこれから帰り道があるのか……ご苦労様です。

 スープでも渡して栄養付けて貰おうか……と思った時にはもう出発していた。プロの仕事を見た……。

「カートスさんも休んでいってください。なんなら泊っていきますか?」

「襲います?」

「襲いません」

「……そんな即答されるとそれはそれでちょっと傷つきますが……けれど、それなら遠慮なく休ませていただきます。そちらから誘ったのですから、宿代はとらないですよね?」

「はいはい、もちろんとりませんよ。どうぞ無料で食事とお風呂と柔らかいベッドをお楽しみください」

「やった♪」

 くっ、金に汚いだけなのにリアクションが可愛い。美人め。


 ようやくゆっくり休める解放感を全身にまとってドアを開け、家に入って行く皆の背中を見て、なんだかふと……とても暖かく感じた。

 まだ皆出会ってそんなに時間が経っていないのにまるで……そう、家族と家に帰って来たような、不思議な感覚。


 その瞬間私は、ようやく初めて本当の意味でこの世界の住人になれた気がした。

 生きていくのだ、この世界で。

 その為に、救うんだ、世界を。


 今回の事で分かったのは、神に出来る事なんてそれほど多くないということだ。

 特別な能力があっても私は決して万能ではないし、間違えることもある。

 だからこそ、この世界を救うためにはこの世界の人たちの力が必要だ。


 私がすべきことは、この世界に生きる人たちの生きる力を手助けすること。

 そうして少しずつ何かを変えていけば、いつか……それが世界を救うことに繋がると、信じる。


 ここが私の家で、私の世界だ。

 一歩一歩着実に、確実に進んでいこう。

 世界を救う、その日が来るまで――――


「――――ただいま!さあ、ご飯にしよう!」


 しっかりここで、生きていこう!!


                  第一部 おしまい。







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滅びゆく異世界の神に任命されました。 猫寝 @byousin

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