第6話 まさかこれは……くっころ!?

 連れて行かれたのは、屋敷の地下。

 奴隷が集められている場所と言えば薄暗い牢屋の中というイメージだったが、部屋は明るく綺麗で、真っ直ぐ奥まで長い赤いじゅうたんの敷き詰められた廊下が続いている。

 そして左右には、檻ではあるのだろうけど、やはり赤い格子の向こうに窮屈ながらも普通に生活出来そうな少し縦長の狭い部屋があり、そこで奴隷たちが思い思いに過ごしているのが見える。

 中にはこちらに気付いて、笑顔で手を振ってくる者も居たし、皆それぞれ綺麗な服に身を包んでる。

 ……なんか、何かを思い出すな……そうだ、映画で見た吉原の遊郭だ。

 外から自由に選べるようになっているんだな。

 考えてみればそれもそうだ。

 どう見てもまともに食事も与えていないような不衛生な環境に置かれていたら病気の危険もあるし、買う側がそのあとで色々と面倒を見る事が多くなる。

 適当な商売をしている奴隷商ならそれでも良いのかもしれないが、ここまでの屋敷を構えるようなしっかりした商売をしているのなら、高級志向の層に向けて綺麗に整えていても不思議ではない。

 ……大丈夫かな……残り10ポイントで出せるお金で買えるのか……?

 不安になりながらも先へ進むと、先ほどとは違い檻の色が青くなった。

 ナックルの通訳によると、

「ここから、人間以外の異種族ゾーンだって言ってるぜ」

 だそうだ。

 種族で色分けしてるのか。効率化も考えられてるな。

 もう少し進むと、カートスさんが立ち止まり、何か説明を始める。

「……えっと、この辺りが生殖機能の無い種族だそうだぜ。今いるのは……妖精、エルフ、亜人、モンスター、選り取り見取りだぜ、と」

 なるほど、妖精とエルフと……エルフ!?

「エルフが居るのか!?」

 エルフメイドさん!?!?何その夢のようなやつ!!

「っていうか……ナックル、エルフって生殖機能ないのか?」

「あー、そこは個人差だな。この世界のエルフは俺たち妖精と同じで性別が無いんだ。繁殖期になると男女どちらか選んで変態するんだけど、その時に生殖機能を有するかどうかは選べるんだ」

「……男女どちらかになるのに生殖機能は付けない、ってのを選ぶ理由はなんだ?」

「理由はいくつかあるぜ。例えばエルフの社会で大人として扱われるにはどちらかを選ぶ必要はあるけど、まだ大人として責任を負いたくないと思えば付けないことも選べる。あと、特に多いのは戦士や研究者かな、生殖機能を付けないとその分のエネルギーが肉体や知能の強化に使えるんだぜ。まあ、どうせ100年に一度、生きてる限り何度でも繁殖期は来るからその時に選び直せるしな。エルフは長生きなんだ」

 へぇー、この世界ではエルフはそういう設定なのか。

 ……いや、設定ってのはおかしいな。そういう生き物なんだもんな。

 まあともかく、エルフは実に興味がある。それはもうある。

 亜人ってのも気になるけど……やはりエルフ、エルフの魅力には抗えない!!

 エルフの希望を伝えると、ちょうどいい奴隷が3体いると教えられた。

 案内されると、最初のエルフはいかにもエルフって感じのスレンダーな金髪美女だ。これは王道で素晴らしい。

 二人目は、ショートカット金髪で……豊満なボディ!!

 カートスさん曰く、エルフは種族的にスレンダーが多いのでこういう肉感的なエルフは珍しいのだそうな。

 ただ、生殖機能が無い故にそのボディの使い道が限られるので、少しお安くします、とのことだった。

 ……いかんいかん、倫理観が壊れていく音がするぞ。落ち着け。

 そして最後に案内されたのが――――

 美しい、銀髪のエルフだった。

 その美しい銀髪と、切れ長で鋭い瞳が印象的だが……なによりもまず目に入るのは、彼女だけが壁から伸びた鎖に両手を繋がれていた。

 背後の壁に繋がれた鎖に両腕を一本ずつ繋がれていて、なんというか……上手い表現が見つからないが……アレだ、パロ・スペシャルだ!

 ウォーズマンの必殺技、パロ・スペシャルをかけられているようなポーズをしていると言えば伝わるだろうか……いや伝わらないよな…? 30代以下には伝わらないよな?おっさんの悪いところが出てる。キン肉マンとドラゴンボールで例えれば伝わると思ってる悪いとこが出てる!

 まあとにかく、拘束されているのだ。

「彼女はどうして拘束されているんだ?」

 ナックルを挟んで受けた説明によると、腕に傷がつくので本当はやりたくないが、酷く暴れるので仕方なくそうしているのだとか。

「そんなに暴れるのに奴隷としてちゃんと働いてくれるのか?」

「大丈夫だぜ。奴隷は正式に契約すると、魔術による強制力で主人には逆らえなくなるからな」

 そういうのもあるのか……しかし、なんだろうかこの銀髪のエルフから感じる気品のようなものは。

 とても奴隷とは思えない。

「彼女はどういう出自なんだい?」

「えーとね……ふんふん……へぇー凄いな。えっと、この世界にはエルフの里ってのがいくつかあるんだけど、彼女はその中の一つの里で姫だったらしいぜ」

「エルフの姫!?どうしてそんな子が奴隷に?」

「たまにあるんだぜ、エルフの里は自然が豊かだから食料や資源を目当てに人間に侵略されることが。彼女の里もその中の一つで、彼女自身も姫でありながら騎士として戦ったんだけど、敵に捕まって捕虜にされてる間に里が滅びて最終的には奴隷として売られたらしいぜ」

 ……そうか、つまりは亡国の姫ってことか。

 姫が奴隷にされるってのはエロシチュエーションとしてはよく聞く話だけど、生殖機能が無いならそういうのとも少し違うのかな。

 しかし……姫騎士エルフか……なにかこう、ぞくぞくする響きだ。

 その時、銀髪のエルフがこちらを見て何かを叫んだ。

 相当怒っているようだ。

「なんて言ってるんだ?」

「……いっそ殺せ!!ってさ。こんなところで奴隷として売られるのは姫としてのプライドが許さないんだろうよ」


 ――――――!!!

 そ、それはまさか……くっころ!!

 くっころエルフ姫騎士!!!なんだそのオタクの夢のような存在は!!!!

 しかも、その子をメイドさんとして雇える……!!

 

 ……ふー……いつからだろうな……自分のことを大人だと思い、いろいろなものを我慢してきたのは。

 いつまでもアニメだ漫画だと言い続けるのは違うのではないかと、そんなことを考えた日もあったっけ……だがしかし!!!

 真面目な社会人をしながらも、政治の世界で夢を追いかけながらも!!

 私の心の中にはいつも居たのだ……そう、メイドさんがな!!!!


 決めた、この子にしよう。

 この銀髪くっころ姫騎士メイドを雇うのだ!!


 私は、熱く滾る胸の内を表には出さずに、極めて冷静にナックルにそれを伝えた。

 しかし、カートスさんから返って来たのは商談成立の言葉では無かった。

「……そっか、あのな……このエルフは確かに上物だし、ご主人の希望通り生殖機能は存在しないけど、そもそも姫で騎士だから家事の手伝いとしてはだいぶ不安があるんだってさ」

 む……そうか、そう言われれば確かに姫騎士が家事万能というのもおかしな話だ。

 なにせ姫だからな……これって偏見なのかな……?わからん。

 まあともかく、しかしこの子は何と言うか……家事がイマイチという理由で手放すにはあまりにも惜しい存在だ。

 悩んでいる私に、カートスさんは提案を持ちかけて来た。

「もう一人一緒に買うつもりはないか?って言ってるぜ。亜人の子だからイマイチ人気はないけど、家事はかなりの実力だから掘り出し物だって」

「……亜人の子は人気ないのか?」

「そりゃあな、人間とモンスターの間に生まれたのが亜人だからな。子供でも力が強いし、暴力的なやつも多いし、パワーが強いから本人にそのつもりが無くても軽く叩かれただけで子供やお年寄りなら大怪我だぜ。なかなか買うヤツは居ないよ」

 そういう物なのか……しかしその考え方で行くとウチには子供やお年寄りは居ないし……家事が出来るなら欲しい人材だな。

「……一応聞いとくけど、ナックル……キミは大丈夫だよな?亜人の子に捕まってキュッとされて死んだりしないよな?」

「ふっ、ご主人……ナメてもらっちゃあ困るぜ。妖精はそんなにヤワじゃないし、そもそもこのボクっちともあろうものが、亜人なんかに捕まったりするもんか」

 ………なんか不安が残るが、まあ本人が大丈夫だというなら大丈夫だろう。


「じゃあ、ちょっとその子も見せて貰えますか?」



 そして案内されたのは、薄茶色の檻のゾーンに居た……小さな女の子だった。

 黒髪で、おそらく私の半分もないような身長の女の子はその身を小さくして丸くなって眠っている。

 どこかで見たことがあると思ったら、犬や猫が眠るときの丸くなり方だ。

 よく見ると髪の毛に交じって同じ色のケモノ耳が付いているし、少し短めの尻尾も生えている。スカートを履いているが、尻尾は外に出ている……尻尾用の穴が開いているのかな?

 むぅ、ワクワクしてしまう自分が居る。自制。

 カートスさんが檻をカンカン、と叩くと女の子は目を覚まして、眠そうな目をこすったかと思いきやすぐに笑顔になって尻尾をパタパタと振り始めた。

 かと思えば、カートスさんから何かを言われると、急にシュンとして尻尾の動きも止まって耳も垂れた。

「ナックル、今何があったんだ?」

「ああ、ご飯かと思って喜んだらご飯じゃないよ、って言われて落ち込んだんだぜ」

 ……なんて感情表現のわかりやすい子なんだ……可愛いな!!

 女の子はカートスさんの後ろに居る私に気付くと、ペコリと軽く頭を下げた。

 そこへ再びカートスさんが何か告げると、慌てて立ち上がってしっかり腰から頭を下げた。かわいい。

 今のは通訳されなくてもわかる。ちゃんと挨拶しなさい、みたいなことを言われたのだろう。

 しかし、見た感じは……まだ小学生……9歳か10歳くらいという印象だ。

「この子が本当に家事全般できるのですか?」

 ナックルを介した私の質問にカートスさんは

「そこは間違いなく保証します」と言ってくれたらしい。

 うーーん、さてどうしようか。

 二人、二人か。

 いきなり二人増えるというのも少し悩ましい事態ではあるのだが……。


 するとその時、突然誰かが慌てて地下へと駆け込んできた。

 なんだろうかと注目すると、何かを大声で叫んでいる。

 その瞬間、カートスさんもナックルも一瞬で顔が青ざめる。

 言葉は分からなくても、突然入って来た人の顔と声色、そして二人の反応で何か大変なことが起きたのだと理解出来た。


「ナックル……何があった?」

「……来たぜ……」

「何がだ?」

「―――モンスターだよ!!強力なモンスターが街にやってきて暴れてるんだぜ!!」


 それを聞いたとき、私の脳裏によぎったのは――――


 だからフラグだって言ったじゃんかよ!!


 という言葉だった――――。



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