第5話 神様、奴隷を買う。

「ここが奴隷商の屋敷だぜ!」

 案内されたのは、街の中心ど真ん中にそびえたつ二階建ての豪華な洋館のような店だった。

「……ここだけずいぶん豪華だな……」

 ここに来るまでに歩いた街並みは、お世辞にも活気があるとか綺麗とか言えないような、寂れた商店街のようだった。

 周りがほぼ木造平屋建てなのに対して、この建物だけが異彩を放つ高さと広さ、そして綺麗さをまるで見せつけて来るようだった。

「そりゃあ、この国で唯一儲かってるのは奴隷商だぜ。貧困の酷いこの国から安い値段で奴隷を集めて、他国の貴族や金持ちに高値で売るのさ」

 うーん、世知辛い。

 とは言え、日本でも昭和初期まで子供を奉公に出すなんてことは普通に行われていた。いわゆる口減らしというやつだ。

 貧困でまず犠牲になるのは子供たちなのだ。

 これから私はその子たちを買う側になるのか……うう、罪悪感。

 郷に入っては郷に従えとは言え、倫理観が邪魔をするなぁ。

「なぁナックル、一応聞くけど……奴隷以外で仕事として家事手伝いをしてくれるような人は居ないのか?」

「ええ?……うーん、居るには居るけど、だいたい金持ちの貴族か王族に雇われるチャンスを待ってるような奴らさ。大きな家に雇われるほどステータスだからな。ご主人は神様ではあるけど今のところ権威が無いし地位も名誉もない、雇われてくれるとは思えないぜ」

 ハッキリ言うな……まあその通りだけど。

「おとなしく奴隷にしときなよ。値段も安いし、一通り家事やらなんやら仕込まれてる場合もあるから日々の暮らしには困らないと思うぜ」

 ……そうだな、これはある意味この世界を知る第一歩だ。

 日本の価値観や倫理観でモノを考えるのはやめよう。

 将来的には神として変えていく部分もあるだろうが、今はこの世界を知り、馴染み、何をどう変えるのか……奴隷という身近に存在しなかった人を傍に置くのは、この世界の価値観を知るうえで役に立つだろう。

 ――――切り替えろーーここは日本じゃないぞー。

 ……よし! 切り替えられ……てはないけど、覚悟はした!覚悟完了だ!

 長い年月で培った感覚というのはそうそう消せるもんじゃないね!

 ただ、それにこだわるのではなくこっちの感覚にも馴染んでいく。

 流行りのアップデートというやつだな。……いやむしろダウングレードか?

 令和の価値観を江戸時代ぐらいまでダウングレード!それはそれで大変!!

「おーい、行くの?行かないの?どうするんだぜ」

「……わかってる、行く、行くよ。自分を納得させる時間が必要なんだよ。面倒臭いだろ?」

「うん!!めっちゃめんどいぜご主人!!」

 そうだろうとも!

 自分でもわかるよ!年を取るとガチガチに固まってしまうからな考え方が!

 しかし柔軟に。それがきっとこの世界を救うためにも役に立つはずだ。


「……よし、さあ行こうぜ!人生初の、奴隷を買いに行く!!」



 店の中に入ると、豪華な応接間に通された。

 向かい合わせのソファーが二つと、その間に机があるだけの簡素な部屋だが……そのすべてが高級なモノなのは見ただけでわかる。

 壁に飾られている絵画や花もセンスがいい。

 それだけで、信頼感が増すのだから不思議なものだ。

 他に人はいない、あとで担当者が来ると受付のお姉さんが言っていたらしいので、どうやら個別に接客が行われるようだ。

 ……考えてみれば、奴隷の購入なんてものすごくプライベートな情報だもんな。この世界に個人情報とか言う概念があるかどうかはわからないが、人に知られたくないような注文もあるだろうから、そこは気を使っているのだろう。

 さすが儲かっているところは違うな。

 待っていると、コンコンとドアをノックする音。

 異世界でもドアはノックするんだな。まあそうか、地球でもある程度文明の発達した国はどこでもやるものな。

 ドアがあればノックして、ドアの向こうの相手に存在を知らせる。これは人間が自然に身に着ける動作なのだろう。

「はい!」

 と思わず返事をしたが、言葉が違うんだった。

 察したナックルがすぐに別の言葉を発すると、ドアが開いた。

 そして親指を立ててドヤ顔のナックル。

 ……優秀なのは認めるけど、いちいちドヤ顔がめんどいぞ!


 さてドアから入って来たのは、意外なことに女性だった。

 なんとなく奴隷商と言えばおじさんがやっているイメージだったが、それも漫画やアニメや映画のイメージだろうか。

 美人だが少し性格のキツそうな30歳前後の金髪女性で、ドレス……という程 華美ではないが、日常生活できるには少し派手な印象を受ける服。

 貴族とかそういう階級なのかどうかはわからないが、良い暮らしをしているのだろうなと感じさせる佇まいだった。

 女性は軽く頭を下げると目の前のソファーに座り、何かよくわからない言葉で話し始めた。

「な、なんて……?」

 ナックルにこっそり耳打ちする。

「自己紹介だぜ。奴隷商のカートスさんだって」

 カートスさんはあいさつを終えると、こちらに話しかけて来た。

「名前はなんだ?って聞いてるぜ」

 雑な翻訳だなナックル。たぶん実際は「お名前は?」くらいの感じだと思う。見た目とは違って喋り方は物腰柔らかい感じだし。

 けど、そうか……名前、名前か……もちろん私には生まれてからずっと使い続けて来た名前はあるが……あまりに当たり前な日本名過ぎて、神様の名前としてはどうなんだろうか、と思ってしまうな。

 いっそもう「カミサマ」で良いのでは?

 一応確認しよう。

「なぁナックル……この世界で、「カミ」って言葉はなんか変な意味とかないよな?」

 小声でナックルに確認を取る。

 もしも、「カミ」がウンコみたいな意味だったら、「私はウンコです」と名乗ることになってしまう。

 私は大人なので、そういうの後から後悔したくないのだ!!

 若ければ若気の至りで済むけど!おっさんの失敗見てられないから!

「そうだなぁ、そんなに変な意味はないけど……でも……」

「でもなんだ?やっぱり何か意味のある言葉なのか?」

「いやその……『金持ち』って意味だぜ……」

 ………凄く嫌な奴じゃない!?

 お名前は?って聞かれて、金持ちですって答えるやつ、凄く嫌な奴じゃない!?

 となると……仏……は意味が違っちゃうか……

「じゃあ、ゴッドは?」

「ゴッドは……泥、だぜ」

 んーーーーーーーー……まあその方がマシかぁ!!!名前であんまり悩むのも面倒だし!

「じゃあそれで」

「いいの?」

 驚いた顔を見せるナックルだったが、私はもうそれでいいや、と思ってしまったのでこれ以上考える力もない。そもそもゲームとかでもキャラの名前を決めるのに悩みまくる人間なんだ私は。

 ここでそんなに時間使ったらカートスさんも不審がるだろうし。

 いやまあ、名前聴いただけでこの時間使ってるからもうすでにだいぶ顔に不信感が出てるけど。

「泥様ですか?って驚いてるぜ」

「ああー……アレだ、泥で作ったボールは丁寧に磨くとピカピカになるから、そうやってお前も汚い泥からピカピカに這い上がれよ、と願いを込めて作られたんです。とか言っておいてくれ」

 とっさに出てきた嘘としては悪くない。

 カートスさんも苦笑いはしているけど、納得してくれたようだし。


 さて、ここからようやく商談に入る。

 ナックルによると、「どのような奴隷をお探しですか?」とまず聞かれたようだ。

 どのような、か……

「出来れば一通り家事や料理が出来ると助かりますね。家のことを任せたいんです」

 どうせ通訳を通すのだから別に敬語である必要はないのだけど、そこは社会人経験がそうさせる。

 カートスさんは頷いて、次の質問をしてくる。

「……奴隷は男が良いか女が良いかって」

 ……はっ、そうか。

 メイドさんが頭にあり過ぎたけど、家事を任せるだけなら別に男でも良いのか……いやでもメイドさんを雇いたい……!!!

 神様になったんだからそのくらいの夢かなえてもいいだろう!!

「出来れば女の人で。綺麗な人ならなお最高!」

 ここは欲望を隠さない!!どうせ奴隷を買うとかいう倫理観の欠片もないことするんだし!!我慢してどうする!

 その私の意見に、頷くカートスさん。

 軽蔑されてないかな?……いやまあ、この程度で軽蔑するような人が奴隷商なんてやる訳ないか。

 その考えが正しかったことは、次の質問で確信に至る。


「……性的な御奉仕はお望みですか?って言ってるぜ」


 ――――――性的な!!ご奉仕!!!!メイドさんの!!!!

 それはなんて蠱惑的な響き!!!


 いや待て待て待て待て、さすがにそれはダメでは?

 いくら異世界とは言え、それはあれだ、外国へ行って女の子を買うゲスいおっさんと同じレベルの話では?

 恥を捨てるとは言ったけど、そこは大人として超えてはいけない一線なのでは!?


 好きだけども!!

 メイドさんのエロいやつ大好きだけども!!

 しかしまだ倫理観が邪魔をする。

 そもそも私はこの世界を立て直しに来たのに、メイドさんとエロイことが自由にできるとなったら、絶対にそっちに夢中になってしまう!!

 自信がある!!!

 私は、エロに負ける自信がある!!


 ダメな自信だな!!!!


 まあでも実際その通りだと思う。

 うん、ここはちょっと抑えよう。それは無しで行こう。

 それをナックルに伝えて貰う。

「本当に良いのかい?せっかく奴隷買うんだし……」

 とナックルにまで性ロードを歩くことを推奨されたが、そこはしっかり断ろう。

 ナックルからその話を聞くと、さらに次の質問が飛んできた。

「えーと……それは、積極的には求めないという話ですか?それとも絶対に要らないという話ですか? 絶対に拒否する場合には、そもそも生殖機能の無い種族の奴隷を紹介できます。……って言ってるぜ」

 ……悩ませてくれるじゃん……。

 絶対に要らないって程ではないんでよな……もしかしたら、もしかしたらだよ?そのメイドさんと、主人とメイドという関係性を超えた愛が生まれないとも限らないじゃん?それは別に悪いことではないじゃん?


 ………いやいやいやいやダメダメダメダメ!!


 結果としてエロに溺れる未来は変わらない!!

 無しで!!無しの方向で!!

 ……いや待てよ……そもそも生殖機能の無い種族ってどんな感じだ…?

 人間とかけ離れた外見だと、メイドさんを雇うという夢がちょっと崩れるな……。

 ナックルに聞いてもらおう。


 その質問を聞いたカートスさんは、少し考え込むような顔を見せたかと思うと、おもむろに立ち上がる。

 しまった……あまりに世間知らずな質問だったりしたのか?

 あきれて接客拒否か?

 そう落胆しかけた私の耳に届いたのは、それとはまったく違う言葉だった。


「それなら、自分の目で確認しますか?って言ってるぜ。奴隷たちの居る場所へ連れてってくれるってよ!」

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