第4話 健康第一!健やかに!

 異世界クライシル。

 女神曰く、ここには四つの国があり、それぞれ戦争・貧困・差別・格差の問題が酷く、ちゃんと解決しないと絶対に100年で滅びるという話だ。

 ナックルによると、その4つの国と言うのが。


・戦争の国 ギタッチ。


・貧困の国 ムネーマ。


・差別の国 イティバ


・格差の国 ウーセ。


 だそうだ。

 ……とりあえずメモしておくか。メモ帳とペン……無いな。

 神様ポイントで作ると……お、セットで1ポイントだ。お得。

 一個作っておくか。これで今日の残りポイントは11、と。

 いつの間にか3ポイント減っているが、これは自転車を3ポイントで出したからだ。

 街はすぐ近くだとは言うが、さすがに歩いて移動するのはかったるいので、電動アシスト付き自転車を出した。普通の安いママチャリみたいな自転車なら1ポイントだったが、さすがに山の中なので行きはともかく帰りがめんどいので、アシスト付きだ。

 車を出すことも考えたが、異世界にガソリンがあるとは思えないから、頻繁に燃料代としての神様ポイントが必要になることを考えると今日のところは自転車で良いだろう、近いし。ということになった。

 まあ、家のソーラーパネルで生み出した電気で走る電動自動車というのも選択肢ではあるが……正直ソーラーパネルだけでどの程度電力が賄えるか不安なのて、最初のうちは大事に使いたい。


 そんなわけで私は今自転車で平野の馬車道を走っていて、ナックルは私の肩に乗っている。

 日本ではそうそう見られないような広い異世界の平原を自転車で走るというのは、なんとも不思議な気分だけれど、これはこれで風が気持ちいいものだ。

 ああ、なんか失われた青春を取り戻しているような気持ちだな……あの頃はとにかく必死で、自転車で走りながら景色を眺める余裕も無かったもんな……。

 そっか……みんな、こんな気持ちだったんだなぁ……あっ、ヤバいなんかちょっと泣きそうだ!!

「……それでナックル、私たちが今いるこの国はどこなんだ?」

 涙をこらえる為にも関係ない話をしよう。

「ここはムネーマ。貧困の国さ。ほら、もうすぐ街が見えるぜ」

 顔の横でナックルが前方を指差す。

 確かに街……のようなものが見えるが、遠目に見ても街を取り囲んでいる木の柵がボロボロで、今にも壊れてしまいそうなのがわかる。

「……あんなんでモンスターとかに襲われて大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫、ここらはめったにモンスター出ないから。モンスターだって食べ物のいっぱいあるところが好きだし、この辺の痩せてる人間食うよりそこいらの動物でも狩った方がよっぽど美味いぜ」

 なるほど……貧困と言うことは食事に困るという事。

 モンスターもそれは変わらないか。

「まあ、ごくまれに極限まで腹を空かしたモンスターが暴れ狂って人を襲うこともあるけど、そんなのに当たるのは本当に運の悪いヤツだけだぜ」

「……ナックルよ、そういうのはフラグって言うんだ。覚えとけよ」

「なんだいそれ?」

 可愛く小首をかしげて見せるナックルだが、こっちとしては嫌な予感しかしないんだよなぁ……まあ、今更引き返すのもさすがに面倒だから行くけどさ。


 街に近づくと、遠くから見た印象はさらに強まる。

 ちょっと触っただけでも腐り落ちそうな柵に覆われているのが、この異世界で私が最初に尋ねる街……えーと……読めない!!!

 ちっくしょうクソ女神!そこは言葉が理解できるようにしとくとこだろ!!転生モノってそういうヤツだろ!?

「おっ、どうしたご主人?字が読めないのかい?そこでこの、秘書妖精にお任せなんだぜ!」

 凄いドヤ顔が鼻につくが、まあこの秘書を用意してくれたことには感謝するべきだろう。

 少なくとも今日一日はナックル秘書による通訳で乗り切るか。

「えっと、この街はチバイ。この国の中ではそれなりに大きな街だから市場とかもあるぞ」

 それなりに大きな街でこれか……貧困はだいぶ根深そうだ。

 にしても、やはり文字が読めないのはつらいところだな。

 明日以降余裕があれば言語を習得したいところだが……80ポイントかぁ……こんな調子で下準備に何日もかけてたら、世界を救うのに何日かかるんだ?

 とは言え、滅びるのは100年後だ。

 まあ時間はたっぷりあるだろう。

 待てよ……そもそも私は100年後まで生きられるのか……?

 クソ女神への怒りや新しい世界への対応でそこまで頭が回って無かったな……私ももうすっかりおじさんと言われる年齢に近づいている、最近は腰も痛くなってきたし――――……あれ?痛くないな?

 腰だけじゃない、視力も落ちていたはずなのに裸眼でよく見えるし、そもそもここまでアシスト付きとは言え自転車で走って来たのに息も切れてない!

 

 ………健康体!!健康体だ!!

 もはや失われたと思っていた健康体!!

 帰ってきてくれたんだね健康体……!


「どうしたんだぜ急に泣いたりして……?」

「ナックルにはわかるまいよ……健康体が再び手に入った喜びは……!!」

 思い出や郷愁では泣かなくても健康が戻って来た実感では泣くよ!おっさんだし!

 もう、毎日どこか調子が悪い日々とはおさらばなんだ!

 こんなに嬉しいことはない!!

 ……そう言えば、少し出ていた腹もスッキリしたような……鏡、鏡は……ある訳ないか。

 えーと……手鏡…いや、持ち歩くのが面倒だな、コンパクトでいいか。

 折りたためて、ポケットに入るサイズで……四角い……よし、1ポイントだ。

 残り10ポイント……まだ昼だからな、何かのアクシデントに対応するために10ポイントくらい残しておきたい。

 って、それはともかく確認だ!!

 コンパクトを開いて鏡を見ると……若い!!

 これは……アラサーだった頃のノリに乗っていた私!!

 外交官の仕事内容の大変さと上司のパワハラに耐えるためには体力勝負だ!とジムにも通い、海外で迂闊なものを食べて体を壊してはならないと節制していたら妙に健康体に仕上がったあの頃の私!!

 おかえりあの頃の私!

 その後心身共に病み始めてジム通いどころではなくなって2年弱で失われた私!

 しかしこれはどういうことだ?あまりに自然なので気づかなかったが、服は長袖のワイシャツと、下は動きやすく伸び縮みするスーツのスラックスパンツ。

 どちらも私が長年愛用していたものだ。

「これは……どういうことだ?」

「そこはあのクソ女神の最大限のサービスらしいぜ!なにせ長期間の仕事だからな、元気に動けて動きやすい格好で、ってな」

 いやまあありがたいけど……その気遣いが出来るなら言葉も通じるようにしといて欲しかったな……。

「さすがの神様ポイントも不老不死にすることは出来ないから、そこは向こうでやってくれたんだと思うぜ」

 なるほど……出来ることは自分でやれと、不可能なことはこっちでやってやると。そういうことか。

 ナックルのような便利な案内役を用意してくれたのも命は生み出せないからだし、若い体をくれたのも不老不死には出来ないから……そう考えるとある意味理にかなってるな。

 いやまあ、逆に言うと必要最低限の事しかしてくれないって話ではあるのだが。

 転生モノってなんかこう……いきなり最強でお金持ち助けて大金持ちになってヒロインが寄ってくるとかそういうのじゃないの?

 ………待て落ち着け冷静になれ、確かに転生モノってそういうのだけど、それは10代の少年が主人公の場合だよな……40近いおっさんが転生して最強ハーレム大金持ちー!とかやってたらちょっとアレだよな……?

 あまりにも、欲望丸出し過ぎるよな?

 現世で報われなかった欲望を剥き出しにし過ぎて見てられないよな???

 そう考えると、この制限があって良かったのかもしれない。

 一歩一歩、地道に行こう。

 おっさんの人生、それが大事だ、うん。

「どうした?急に考え込んだりして……心配なんだぜ……」

「すまんなナックル。おっさんには必要なんだ、自分を納得させる時間と理屈が。若い頃のようにノリと勢いでは勧めない……そういう面倒な生き物なんだ」

「……へぇ」

 淡泊リアクション!まあそうだよね!おっさんの戯言になんて付き合ってられないよね!よし、気持ちを切り替えるぞ。

「ではいくぞナックル!まずは情報収集とメイドさん探しだ!」

「メイドさん?」

 しまった本音が出た。欲望丸出しだ!恥ずかしい!

 待て落ち着け、別にメイドさんは悪いことでは無いぞ。

「ああ、私の住んでいた場所では、身の回りの世話をしてくれる人をメイドさんと呼んでいたんだ。メイド、という職業に親しみを込めてメイドさん、とね」

 うむ、本当の事しか言ってない。

「へー、そうなんだ。初耳だぜ。じゃあその、メイドさん?とやらを探しに行こう!」

「探すって……何処に行けばメイドさんが雇えるんだ?」

 メイドさんの概念が無いっぽい世界で、まさかメイド喫茶や派遣会社があるはずもない。

「ようは下働きだろ?だったら決まってるぜ」

 ――――はっ!まさか、まさか――――あるのか、アレが!!

 ファンタジー世界ではお馴染みのアレが!!


「奴隷商のところだぜ!!」


 ど、奴隷だぁぁぁぁぁぁ!!!!

 倫理観!!こちとら大人だから倫理観がちょっと痛む!!


 とは言え、当然この世界では合法なのだろうし……だいたい酷い扱いを受けているものだから私のような良識ある人間が雇うことはむしろ人助けなのだ、うん、そうだとも。


 そんな理屈で自分を納得させつつ、日本で暮らしていたらまず見る事のないであろう奴隷商という未知の体験に、なんだかいろんな意味で心臓の鼓動が早くなる私なのでした。

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