32日目
第22話 モチベーションは大事。
「……これはあなたの計算通り、ということですか?」
再び牢の外からカートスさんに話しかけられる。
前の時から……15日ほど経っただろうか。なんだか随分久々な気がする。
「計算という程の事は……っ、ない、ですよ……!」
ついに世論の声に押されて、明日王様が国民の前で演説をすることが決まったらしい。思ったよりも早かったな。
「そうですか……それより……これは、どのような状況なのですか?」
「なに……が、ですかっ!?」
「この牢の中の状況がです!!」
牢の中を見回すと……「主、それ終わったら変わってくれ」セっちゃんがエアロバイクを漕ぎながら私のペンチプレスをやりたがっている。
「―――っ!できた!あるじさまできましたー!やったー!」
ナルルがヨギボーに体を預けながらやっていたルービックキューブが完成して喜んでいる。その横に置いてある巨大なくまさんのぬいぐるみも心なしか嬉しそうだ。
「あっ、カートスさん喉乾いてます?よく冷えてますよ」
そして一通りメニューをこなした私は、小型冷蔵庫から冷えたスポーツ飲料を取り出してカートスさんに手を伸ばす。
「いやいらないですよ!?というか、ここ牢屋ですよね!?どうなってるんですか!?」
「ああ、いやほら、牢屋の中って運動不足になるじゃないですか。だからいくつか体を鍛えるための器具を出して、退屈した時にはくつろぎながら遊べるアイテムを出して、最近ちょっと暑いから冷たいものが欲しいなーと思って冷蔵庫と飲み物を出しました。……手品で」
「あなたの言う手品って何!?わたくしの知らない概念かなにか!?」
……まあ、神様ポイントなんて知らない概念でしょうから間違いではない。
「そもそも見たことないアイテムたち!!なんですかその鉄の器具に柔らかそうなクッションに氷もないのに冷えてるやつ!」
「この冷蔵庫はバッテリーで動かしてます。このバッテリーはエアロバイクを漕ぐことで充電される仕様なので運動と蓄電の一石二鳥なんですよ。それほど大きな電力は生み出せないですけど、小型の冷蔵庫を暑い昼の間だけ冷やすくらいならいけます!」
「……ごめんなさい、意味がちょっと……」
「ちなみにあのクッションは、人をダメにするクッションと呼ばれているものです。悪魔の発明です」
「怖いっ!……でも商売人としては興味ありますね……」
さすが強い。
っていうか、何の話ですかこれは。
「それより、決まったんですよね王様の演説」
「……はっ、そうでした。その話でした。ええ、明日の昼に」
「つまり、その時に王様はあの部屋から外に出られるわけですね?」
「……一応聞いておきますけど、その時に王様を助け出そうとか、そういう考えなんですか?」
カートスさんが期待と不安の入り混じった瞳を向けてくる。
その読みは中々鋭いし、正直それも考えたんだけど……。
「いや、助け出すっていうか……誘拐しちゃおうかな、と思ってます」
「―――――は???」
そして当日の朝。
王の演説は正午に始まるらしいからまだ時間はあるはずだが、既に外から多くの人間のざわめきと、これから起こる事に対する熱気のような空気感が伝わってくる。
「さて、まずは計画の説明をしようか」
「またか、何度も聞いたぞ主よ」
「まあまあセっちゃん、確認は大事だよ。単純なこと程ね」
そう、作戦はシンプルだ。
だからこそ一つのミスが全体の失敗に繋がりかねない。
……とはいえ、セっちゃんに関しては今回やることはシンプルだ。
真剣に話を聞いてくれているナルルも。
今回のカギは……
「頼むぞ、ナックル」
「いや、わかってるぜ、わかってるけどさ……オレっちの作業だけ責任重くない!?」
「うん、だから頑張れ☆」
「責任の重さに対して応援が軽いぜ!」
涙目のナックルである。
「まあ落ち着いてくれよ。大変なのはわかるけど、この役目はナックルにしか出来ないんだ。頼む、ナックルの力が必要だ」
「……そこまで言われちゃあ、やるしかないんだぜ……」
良い上司に必要なのは、やる気を出させる力だな、うん。
とは言え、ナックルはだいぶチョロい……違う、純粋で助かる。
ただ、皆がしっかりモチベーション高く挑むには、もう一つ何か必要だな。
「よしわかった。じゃあもしこの作戦が成功したら……自宅近くに、温泉を作ろうじゃないか!」
これは会心の提案だ!!
みんな絶対好きだよな、温泉!
「温泉は別に要らないぜ。風呂で充分だし」
「温泉……ってなんだ?」
「わ、わーい!うれしいなー!……???」
3分の2が温泉を理解していない!!
こっちには温泉の文化が無いのか……?
唯一理解しているナックルに関しては……確かに、妖精の小さな体では通常の風呂でも充分だろうけど!
「温泉って言うのは……まあ簡単に言うと大きな風呂だ。入ると凄く気持ちが良いんだぞ」
「……わお」
「いえの おふろ も じゅうぶん おおきいですよ?」
全然いいリアクションが来ない!!!
おかしいな、温泉はみんな喜ぶんじゃないのか!?
これは異世界だからこそ生じる文化的な違いなのか、それとも私がおっさんだから若い子の気持ちがわからないのか……?
どっちなんだ……両方か!?
「――――よしわかった!じゃあ、私が元居た世界で大人気だった高級料理、寿司を食わせてやろうじゃないか!」
「寿司!?話には聞いていたあの寿司かい!?」
「寿司……ってなんだ?」
「…わーい、うれしいなー。……??」
3分の2が同じリアクション!!
仕方ない、寿司を知らないのだからな。しかし、今回はナックルが味方に付いたぞ。
「寿司というのはな、私が以前住んでいた国では大人気の料理で、わざわざそれを食べに外国から人が来るほどだったんだぞ」
「そんなに美味い料理があるのか?」
「ああ、世界中で大人気さ!」
私の言葉に、ナルルのお腹がグーと反応する。
「えへへ、た、たべてみたいです!」
「……アタシもまあ……そこまでのものなら食べてやらんでもない」
よし、全員の心に火がついた!
……ついたということにしよう!!
難しいな、人を雇う側になるって難しいな!
そんなことを実感しつつ、いざ決戦へ!!
王の姿を神々しく照らし出すためだと言われても信じてしまう程に、雲一つない晴天。
城の城門の中も外も人で溢れかえっていて、今日という日の注目度の高さをうかがわせる。
「……主、これはどういう仕組みだ?」
そんな外の様子を見ている私に、奇々怪々なものを見る目線を向けて来るセっちゃん。ナルルも頭の上に大きなハテナマークが浮かんでいる。
というのも、私が見ているのは外の様子を写したモニター画面だったからだ。
牢屋の上の方にある小窓の隙間からコードを引き込み、ナックルに設置してもらった、全体が見渡せる木の上に設置したカメラからの映像がリアルタイムで確認できる。
無線で出来れば一番良いと思ったのだが、さすがにリアルタイム映像を無線でやり取りするのはちと厳しかった。
Wi-Fiなどのネット回線を通じてなら出来るのだろうけど、プロバイダも存在しないこの世界ではさすがに厳しい。
シンプルな無線でも音声だけなら飛ばせるのはしっかり確認したのだけど、映像は有線でなければほぼ無理だった。
外は芝生なので、神様ポイントで保護色の緑色のコードを作って、念のために上に草をかぶせて貰ったのでまあバレないだろう。今警備は演説会場に集中してるし、わざわざこんな地下牢近辺を気にすることもないハズ……まあ映像で会場の全景はしっかり把握できたのでもうバレたとしても計画実行にそこまで大きな支障は無いんだけど。
さて、そろそろ演説の時間が近づいてきてる。
「ナックル、準備は万全かい?」
私の髪の毛をベッドにするように、頭の上でぐったりと横たわっているナックルに声をかける。
「ああ、なんとかなったぜ。全く、機械の設定ってやつはなんであんなにややこしいんだ?」
「だからこそ、ナックルに頼んだんだよ。セっちゃんやナルルに出来ると思う?」
「……ま、オレっちがやるしかないぜ」
悪い気はしないの顔だ。チョロ可愛い。
「聞き捨てならねぇな主、アタシだってやろうと思えばできるぞ」
「……掃除機すら壊すのに?」
「ぐぬぅ!」
クリティカルヒットしたようだ。
セっちゃんの機械音痴っぷりは本当に酷いものだからな……。
「ナ、ナルルもがんばるですよ!」
「うんうん、ナルルは頑張れば出来るかもしれないね。でも、今日はナルルにはナルルにしかできない大切な役目があるから、そっちで頑張って欲しいな」
「は、はいです!!!ナルル、やるですよ!!」
むふー、と鼻息を吐きながら両手でガッツポーズを作るナルルの愛しさよ。
「……なあ……前から気になってたけどよ……アタシとそいつの扱いに差があるんじゃねぇか」
「え?」
まさかセっちゃんがそんなことを言うとは意外だ。
確かにナルルは可愛いからデレっとしてしまう部分はあるが、どちらが上とか下とかそういう扱いをしたつもりはないのだけれどな……。
こういう時はアレだ、照れずに真っ直ぐに気持ちを伝えよう。話に聞く夫婦関係と同じだな。言わずに伝わると思ってはいけない。
「そうか……そう感じさせてしまったのなら申し訳ない。私にとってセっちゃんは大切な存在で、絶対に必要だと思ってる。それだけは信じて欲しい」
深く頭を下げて謝意を示し、そのうえで真っ直ぐに目を見つめて心を伝える。
それなりに長く生きてきて理解したことは、真摯に向き合え事で伝わる気持ちはちゃんとある、ということだ。
……まあ、伝えたくとも受け取り側にそのアンテナが存在しないことも多々あるが……セっちゃんは大丈夫だと信じられる。
「……そうか、よっしゃわかった!信じよう。けど、今後はその想いがもう少し伝わりやすいように接してくれると、その、助かるというか、そうしろよ!」
不機嫌そうにふんっ、と鼻を鳴らすとくるりと後ろを向いてしまうセっちゃん。
わかったと言ってくれてはいたけど……ちゃんと伝わっただろうか。
すると、背中を向けたその方向に居たナルルが、セっちゃんの顔を覗き込み不思議そうに尋ねる。
「……おねーちゃん、どうしたの?おかおがまっかっかだよ?」
「……気のせいだろう」
「……そうかなぁ?だってこんなにあかーいよ?」
「気のせいだ。赤い理由が無い」
「そうかなぁ」
いや、正直後ろ姿でもわかるくらいエルフ耳が真っ赤なので、顔が赤いのだろう。
これは、想いが伝わったからちょっと照れてくれてる、とかそういう解釈で良いのかな?
……あまり自分に都合よく解釈すると後が怖い気もするが……まいっか!なんたって今の私は神様だからな、少しくらい尊敬の気持ちを貰っても罰は当たるまいし、そんな尊敬する主から褒められたらうれしくて紅潮することもあるだろう。
うん、なんかすげぇやる気出て来たな!!
頑張ろう!!私は今日という日を成功させて、神様として、主としてさらに尊敬される存在になるのだ!おーーー!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます