第21話 世論という水物。

「……さすがのわたくしも、これは完っっ全に予想外でしたわ」

 カートスさんが片手で頭を抱えておられる。

 ……檻の外で。

「いやぁ、お恥ずかしい」

 そう頭を掻いて見せる私は、城の地下牢の中である。

 私とセっちゃんとナルル、まさかの3人同じ檻の中に収監された。

 普通は別々にするものだと思うのだが……

「ところでカートスさん。この地下牢……随分と盛況ですねぇ」

 ここに連れてこられるまでにチラリと見まわしたところ、地下牢はほぼ空きが無く囚人が収監されていた。

 見た限りの印象では、身分の高そうな御仁も多く居られたような……。

「……宰相が、王党派の人間を何人も逮捕してここに入れてるんです。ありもしない罪をでっちあげてね」

 なるほど、クーデターもそれほどすんなり成功したわけでもない訳だ。

 つまり、ここにいる人たちは味方になり得ると。

「まあ、全ての人が無実かというとそうでもないですけどね。普通に罪が暴かれた人たちもいますし……というか、半分くらいはそうです」

 ……そうなると、この人たちを助けるかどうか悩ましいな。

 とは言え、宰相やその周りの人間を追い出すことが成功したら、王様に実権を握ってもらわなければならず……その時に、ここの人たちは少なからず役に立つだろう。

 毒と知っていても飲み込まなければいけないこともあるよな……。

「主、腹減った。飯ー」

「セっちゃん、今真面目な話をしてるんだけど?」

 まあでも考えてみたらもう昼過ぎか……ここ食事は出るのか……?

 その瞬間、セっちゃんの言葉に釣られたのかナルルのお腹が大きな音を立てた。

「……えへ、えへへ、えへへへへへ」

 頬を染めて恥ずかしそうに笑うナルル。

 この可愛い食いしん坊め!!

 仕方ない、一瞬カートスさんに背を向けて……と。

「ほら、今日はホットドッグだ。お食べ」

「えへへへ、わーい。うれしいのです!」

「セっちゃんにはメロンパン。高貴なパンだよ」

「おう、アタシにふさわしいな」

 本当は庶民的なパンだけどメロンだし高貴ではある。

「……ゴッド様?今そのパンをどこから?」

 カートスさんが驚いておられる。

 手の内を明かしても悪くは無いかなとは思うけど、まだ内緒にしておこう。

「手品です。得意なんですよ」

「……いやしかし……さすがに牢に入れられる時には荷物没収されましたよね?いったいどこから……?」

「それは秘密です。手品ですから」

「まさか体内から……そしてそれを奴隷に食べさせる……? 高等なプレイの一種……?」

 何か凄い誤解をされている気がするが、否定したとてタネは明かせないので黙っておこう。

「あっ、食事と言えばカートスさん。言うまでもないですけど、食料の宅配はストップしておいてくださいね。もちろんその間の料金も払いますので」

「もうしてありますし、お金は当然貰います」

 さすが、しっかりしておられる。

「ところでカートスさん、良く面会が許可されましたね。私たちみたいな大罪人を城内に引き入れた罪に問われなかったんですか?」

「……引き入れたのは王ですからね。わたくしは王の命で案内しただけ……という形に収めてくださいました。王の恩情には感謝しかありません」

 王様の立場がより厳しくなってしまった気がするが……こちらとしてはカートスさんが自由に動ける状況はありがたいので、最大限利用させてもらおう。

「ではカートスさん、作戦を始めましょうか」

 私はあらかじめ物質錬成しておいたメモ用紙に作戦を書いて手渡す。

「……その紙も手品で出したのですか?というか作戦って何の――――」

 メモを目にしたカートスさんの動きが一瞬止まる。


「決まってるじゃないですか、ひっくり返すんですよ。クーデターをね」



「主ぃー、寝るのもう飽きたぞー。暴れさせろ―」

 あれから5日ほど経った頃、セっちゃんが不機嫌な顔を隠そうともせずに。不満を伝えて来た。

 ポイントで柔らかい布団を出したので牢屋の中でも居心地は良いが、さすがにやることが無さすぎる。

 ちなみに布団は何度も没収されたが、その度にまた出したので見張りの兵士もさすがに諦めたようだ。

 一度、布団の出所を探ろうとずっと見張られていたことがあったが、ほんの数秒目を離した隙に出したら「ど、どこから!?」と困惑したので「最初からあったじゃないですか。あなた、疲れてるのよ……」と告げると、頭を抱えてふらふらとどこかへ行ってしまった。

 ご苦労様です。

 そんな感じなので、実際問題ここから出るのは簡単だ。 

 セっちゃんかナルルを身体強化して、ハンマー的な武器でも出してあげれば壁を壊すのも容易だろう。

 だが、下手に騒ぎを大きくするよりも、いったんカートスさんに任せてみようと思っている。

 上手くすれば、そろそろ作戦の効果が出始めているとは思うのだけど……。

 その時、外から何か大きな声が聞こえて来た。

「王様のお姿を見せろーー!!」

「宰相の横暴を許すなー!!」


 ―――来た!!やってくれましたねカートスさん!

「ううん……なんだ?何の騒ぎだ主?集会か?」

 文句を言いつつ結局寝てたセっちゃんが目を覚ますほどに声が聞こえてくる。

 声は一つや二つではなく、集まった多くの人間がそれぞれに声を上げているのだ。

「これは、民意さ。ただし、上手く誘導された、ね」

 やったことは至極単純で、カートスさんに商売に向かう先々で「王が宰相によって幽閉されているらしい」という話を、あくまでも噂として振りまいて貰っただけだ。

 それとは別に、「最近さらに景気が悪くて困ってしまいますね」という話もしてもらう。

 これを、「幽閉はっきりと事実であり、そのせいで景気が悪かった」という話にすると宰相に味方する誰かが居た場合に反逆者として捉えられる場合があるが、あくまでもそういう「噂」であり、景気が悪いのはそれとは別の話でしているだけだ。

 だが、話を聞いた人間は無意識にこの二つを結びつける。

 王を幽閉して宰相が好き勝手やっているせいで景気が悪化しているのではないか、と。

 そうなればしめたものだ、と思ったのだが……計画よりだいぶ早いな。

 思ったよりも行動力のある国民性のようだ。

 とはいっても、今集まってるのは一部の過激派だけだろう。

 しかし、これが国民全体を巻き込んだ大きな動きになれば、宰相たちも動かざるを得ない。

「ええい何の騒ぎだ!!」

 城の衛兵が集まった国民を怒鳴りつける。

 ここは地下牢だが、わずかに日の光を取り込むため小さな隙間が上の方に開いていて、外の音がよく聞こえるのだ。

「王様が閉じ込められてるってのは本当なのか!?」

「王様のお姿を長く見ていないぞ!」


「やかましいぞ!そんなものはただの噂だろう!事実ではない!」


「なら、お姿を見せてくれ!以前は年に一度は王の演説会があったではないか!」


「それは、その、体調を崩されてだな」


「去年一年ずっと、そして今年もか!?重大な御病気なのか!?」


「いやその、詳しく事は言えぬ。国家の一大事ゆえ……」


「一大事!?やはり大変な御病気なのか!?」


「そうではなくてだな……」


 困ってる困ってる。

 なにせ国民が望んでいるのは、王の顔を見せてくれ、という至極単純なことなのだ。それが出来ない理由を正しく話せるはずがない。

 仮に今方便として使っている「王の命を狙うものが居る」という話も、2年もの間犯人を突き止められないとなればそれは軍の無能さをアピールするだけになる。 

 結局は、嘘に嘘を重ねてごまかす以外の選択肢はないのだ。

 次第に、噂は真実になり、真実は嘘を追い詰める。


 その声に押されて、王をあの塔から出した時……きっとそれが勝負の時だ!


「……それまで、みんなここで待機ね」

「それまでって……あと何日くらいだよ」

「……30日くらい?」

 うわぁ、セっちゃんからの凄いブーイングだ。ごめん、ごんめよぉ。

 もうしばらく退屈と付き合っておくれー!


 しかし、その日はそれほど遠くなくやって来た――――





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