第20話 やらかしました。

「おそらくですが、これはクーデターです」

 まずはそこをはっきりさせなければ話は進まない。

「しかし、それならば余を殺せばいいのではないか?」

「それは違います。王を殺して誰かが新たな王になるとなれば、反発を招くこともあるでしょうし、何より印象が悪い。それよりも、まだ幼い王を裏から操り、思うように国を動かした方が物事はスムーズに進みますよ」

 武力によるクーデターは、今の王に対して国民全体から大きなヘイトが溜まっているとき以外は得策ではない。

 それは結局、クーデターを起こした人間が武力をもって権力を欲したという以外の意味を持たないからだ。

 そんな人間が新たに王となっても支持が集まるはずもない。

 まあ、上手く世論を誘導して現王を悪だとすることも不可能ではないだろうが、今回のように幼い王の場合は無理があるし、なによりまだ幼い子供を殺すことを良しとしない人間は少なからずいる。

 どこか地方に幽閉したとしてもそれこそ逆にクーデターを起こされる為の旗印にされる可能性もある。

 となれば結局、まだ幼い王を傀儡としてしまうのが一番やりやすい形なのだ。

「しかし、それなら余はどうして閉じ込められたのだ? 都合よく教育すればよいではないか」

「……それですよ王様、それこそが、あなたをここに閉じ込めた理由です」

「……どういうことだ?」

「つまり、あなたが聡明過ぎたんですよ。あなたはまだ幼いにもかかわらず、話し方も考え方もしっかりしてるように見える。このまま普通に国政に係らせていては、いつか自分たちの思い通りにならなくなる……となれば、閉じ込めることで政治から遠ざけ、知識を与えないことで自分たちの脅威になる事を防ぎつつ、都合よく使えるバカな王様になって欲しいと、そう願ってるんですよ、きっと」

 傀儡の王なんて、愚かであればあるほど都合がいいからね。

 話していれば、この王がまだ幼く成熟していない部分は多くあるが、それでもこの年齢にしてはかなり利発で非凡な知性を持っている事は感じ取れる。

 このまま育てば偉大な王になれるのではという可能性すら感じる。

 だからこそ。

「――――あなたが優秀であればあるほど、それは都合が悪いのですよ。だから閉じ込めた。経験という最大の教育を受けさせず、正しい王に育たないように」

「そういう……ことか」

 王は拳を握りながら天井を見上げる。

 おそらく、自分でも本当は気づいていたのだろうけど、認めたくは無かったのだろう。

「――――となると、心配なのはママうえだ……」

 ……ママうえ……?母上様みたいなことか?

 まあそうか、父である先王が亡くなられて、子供が閉じ込められたとなれば母親……王妃の扱いがどうなっているのかは不安だよな……。

「ママうえ……ママ……うえ……」

 ぽろぽろと涙をこぼし始めた王様。

 うんうん、心配ですよね……何より会いたいですよねお母さまに、まだ幼い子ども―――

「うわあああああん!!!まままままままままうううえうええううえええ!!?!?ママうえ!?!?!?うわわああああああーーーんあいたーーーいだきしめてほしーーーい!!ママうえと一緒にベッドで寝たいよー!!びええええーーん!!」

 !?!?!?!?

 急に地面に倒れて手足をジタバタし始めましたよ!?

 待って待って、さっきまでの聡明さどこ行ったのですか王様!!!

 困惑する私の肩を、カートスさんがぽんと叩く。

「……大丈夫です、いつものことなので」

「これがいつもの事だったら大丈夫ではないですよ……?

「王は年齢に似合わぬ聡明さを持ち合わせておられる立派な方ですが……重度のマザコンであらせられるのです……」

「ふびやあああーーん!!ママうえーーーー!?!?ぶびやえーーーん!!!ママうえとちゅっちゅしたいーーー!!」

 …………重度過ぎません?もはや我を失ってますよ?

「でも、そこも可愛いですよね……!」

 カートスさん!? 謎に母性本能を刺激されておられる!?もしくはただの性癖なの……? そんなに頬を紅潮させてなんかいやらしい笑み……!

 こんなカートスさん見たくなかったよ!

 王様のマザコン発作はしばらく続いたが、急に収まったのかすっくと立ちあがり、何事も無かったかのように先程までの聡明な王に戻った。

 切り替えスイッチどうなってるんですか……?


 騒いで喉が渇いたのか、背中を向けて水を飲んでいる王様を待ちながら、こちらも気を取り直してカートスさんにひとつ、疑問をぶつけてみる。

「カートスさん、あなたならとっくに気付いてたんじゃないですか?王の置かれた現状には」

 私のクーデターの話に口を挟まず、ただ黙って聞いていたカートスさん。

 彼女ほどの人間が気付いてなかったハズもないのに、今まで王に告げなかったのだろうか。

「――――わたくしは、あくまでも一商人に過ぎません。雇っている従業員も、大切な取引先も多く居ります。わたくし一人の思いだけで、この国のありようを変えてしまえることなど、出来ようはずもありません」

 確かに、下手に王様にそんなことを告げたら、今政治を動かしている人たちに商売を邪魔される可能性はある。

 王様への忠義……と何か特別な想いはあるようだったが、その為なら全てを捨てるのが必ずしも正しいとは限らないからな。それは理解できる。

「けど、それならどうして私をここに呼んで、そして話すことを止めなかったのです?こうなることは……あなたなら予想できたのでは?」

 その問いかけに、カートスさんは少しだけ笑った。

「どうしてでしょうね……あなたは何か……理(ことわり)やしがらみの外にいるように感じたので……何か変えてくれるかも、と期待したのかもしれません。もしくは――――」

「もしくは?」

「今のつまらないこの国より、あなたに付いた方が儲けられると考えたのかもしれません。わたくしは、商売人ですので」

 冗談めかして笑って見せるカートスさんだが、おそらくずっと思うところがあったのだろう。

 そんな時に出会った、どこにもしがらみのなさそうな私の事を上手く王に話を吹き込んで私を呼ぶように仕向けたのだろう。

 ……で、ここへ連れて来さえすればこの変な奴は確実に何かしでかすだろう……と。その結果、国がどう変わるかは未知数だろうけど……変えたかったんだろうな、何かを。

「……どうですか?私はあなたの想像通り役に立ちましたか?」

「……さて、何のことでしょう?わたくしは何も想像などしていませんよ。面白そう、とは少しだけ思いましたけどね」

 うぬぬ、イタズラっぽい笑顔の美しさ。

 なんだかカートスさんの掌の上で踊らされているような気もするが……まあ、それも良いだろう。

 どうせなら、最高に楽しく踊ってやろうじゃないの!!

 うぇーい!うぇぇぇぇーーーい!!


 ……無理すんな自分!そんな陽キャなノリの痛いおっさんではないだろう!!



「さて、そうなればまず、現状を変えましょう」

「変える……とは具体的にどうするのだ?」

 大きく首をかしげる王様。こういうとこ子供らしくて可愛いな。

「そうですね、まずは―――」

 具体的な話を始めようとしたその時だった。


「―――王、失礼いたします」


 入口の方から突然に低い声が響き、全員の視線が集まるとそこには……立派な髭をたくわえた初老の男性が立っていた。

 扉をくぐって中に入って来……でかっ!!

 いや、背たかっ!!

 2メートルくらいはありそうなその男性は、見るからに高級な質感のローブに身を包んでおり、身分の高さを伺わせた。

「おや、来客中でしたかな。失礼しました」

 そう言いながら私たちに視線を向けるが……値踏みするような嫌な視線だ。

「どなた様ですかな?」

 どちら様……と言われると、はてなんだろう。

 どうも神様です!と言ってやりたい気持ちはあるけど、言ったとて。

 ただそうなると、じゃあ私はどちら様だろうか……?

 はっ……気づいてしまった……私、現状無職だ!!!!

 なので、どちら様と言われても、無職の者です、としか答えようが無い。

 怪しすぎるだろ!!奴隷二人連れてる無職怪しすぎるだろ!!

「……こちらは、カートス殿の友人だ。いろいろと楽しい話を聞いているうちに会いたくなってな、余の客だ」

 どういうべきか悩んでたところに、王様から救いの手が差し出された。

「そうですか……ですが、お気を付けください。どこに王の命を狙うものが潜んでいるとも限りませんからな」

 背の高い男はこちらを睨みつけるように見下ろしながら、体ごと向き直り近づいてくる。

 おおう……デカイ、というのはそれだけで武器だな……圧力が凄い。

「……お初にお目にかかる。ワシはこの国の宰相を務めておる。クムマレスと申します。お名前を伺ってもよろしいかな?」

「……はい、名乗るのが遅れて申し訳ありません。私は……ゴッドと申します。その……まあ、何でも屋、みたいなものです」

 宰相か……日本で言うと総理大臣クラスだな。

 まあ、王政であっても実務を取り仕切る宰相が居るのは珍しくない。

 ただ……クーデターを起こすとしたら、宰相が無関係……なんてことはありえないよなぁ……。

「ほほぅ、何でも屋……具体的にはどのようなことを?」

 とりあえず言ってみただけで具体的には考えてません、とはさすがに言えない。

「その名の通りなんでも、ですよ。何か欲しいものがあれば調達してまいりますし、雑用があると言われれば駆け付けます。ペットの世話から用心棒まで何でもです」

 実際、今の私は神様ポイントのおかげで何でも出来る。

 そもそも、神様なんて何でも屋みたいなものだろう……と言ってしまうと暴言だろうか。まあいいか。

「ふん……そのような仕事で、だいぶ儲かっておるようですな……奴隷を二人も連れておられる」

 宰相はセっちゃんとナルルの「隷属の首輪」と私の「支配の指輪」に目をやる。そうか、指輪は目立たないけれど、首輪は見ればすぐ立場はわかるのか……やっぱ外してあげたい気持ちもあるな。

「いやぁ、まあ、なんとかやってます」

 宰相はふん、と鼻を鳴らすとセっちゃんの方に近づいていく。

「しかし、これはまた珍しいですな。見事な銀髪のエルフだ。見た目にも気品がある」

「ありがとうございます」

 ふふん、そうだろうそうだろう、セっちゃんは凄いんだぞ。と謎に自慢気な気持ちになるが、それはそれで奴隷を自分の持ち物であるという自覚があるみたいでなんか嫌だな……と突然の自己嫌悪。

 セっちゃんはセっちゃんという一人の人格であり、私の所有物ではないのだ。

 まあ、とは言え、家族が褒められたら嫌な気はしない訳でそういう気持ちだと思っておこう。

「いや本当に羨ましいですな……この美しい奴隷と毎夜共にしているかと思うと」

 あっ、宰相の目が完全にスケベモードに入ってる。

 おっさんのスケベな目線ってなんであんなにバレバレなんだろうな。自分も気を付けないとな。

「この透き通るような白い肌……」

 あっ、セっちゃんの顔触ったぞこの野郎。

 今すぐぶっ飛ばしたい気持ちはあるが、今私は王の客人としてここに来てるわけで、揉め事を起こすとそれは王の立場がさらに悪く―――

「こちらも柔らかそうで―――」

 と、セっちゃんの尻に手を伸ばそうとしたので、おいてめぇそれは絶対に許さんぞぶっとばーーーす!!

 そう決意を決めて一歩目を踏み出した瞬間……既に宰相の体は宙を舞っていた。

 セっちゃんが見事に腕を捻り上げ、そのままよくわからな体術で宰相を体ごと回転させ、地面に叩きつけた。

「主ー、こいつめちゃめちゃ無礼だから殺しても良いよな?よし、ありがとう。殺人の許可をありがとう」

「さすがに許可してないよ!?」

 確かに私も殴ろうとしてたけど!!殺意が強いよセっちゃん!!

 姫のプライドが抜けてない!それはそれで好きだけど!

 うつぶせに倒した宰相の首に膝を乗せて動きを封じるのをやめてあげて!

 武力が高い!それはそれで好きだけど!

「キサマァ!どういうつもりだ!奴隷の分際で貴族に逆らうとは!」

 怒ってる怒ってる!スケベおじさん怒ってるよ!

「いくら王の客人とは言え許さんぞ!!こいつらを捕まえろ!!」

 怒ったスケベおじさんの命令で、一斉に部屋の外から駆け寄ってくる兵士たち。

 多いな!10人以上来たぞ。この狭い部屋に。

「なぁ主よ。こいつらはぶっ殺して良いのか?」

「……ダメです」

「それは残念だ」


 こうして、僕らは城の地下牢に収監されることになったのでした。

 ……やれやれ。

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