第23話 計画のはじまり。

「これより、王の御言葉を伝える!国民よ、しかと耳を傾けよ!」

 宰相が自分を大きく見せようと身振り手振りを交えつつ声を張り上げる。

 舞台は王城のバルコニー。

 城の前面に広がる広間と庭園、そしてその向こうに並び立つ街並みを一望できる、まさに支配者の眺望をその目に写し、さながら主演俳優のようだ。

 しかし、ここに集まった大観衆が見たいのは、残念ながらあなたではないのですよ、宰相様。

 それを証明するかのように、宰相が何を話しても観衆たちはざわざわと声を上げ続け真摯に耳を傾けようとはしない。

 中には、噂を信じて宰相を諸悪の根源だと睨みつける人間も少なくない。

 さすがに王の演説の前にそんな声を上げては不敬罪で捕まる可能性があるので声こそあげないが、怒りも伝わってくる。

 しかし―――その声が一斉に静寂へと変化していく。

 鐘が鳴り響いたのだ。

 王の演説の時間を告げる、正午の鐘が。

 その場に居る全員の視線が、バルコニーの奥……城の中へ続く扉。

 王はいつも、そこからお出ましになるらしい。

 誰もが息をのみ、二年ぶりの王の登場を待ちわびる。

 本当に王は姿を現すのか。

 不安と期待が渦を巻く……その空気を振り払うかのように、扉が――――開かれた。



 ここで少し、話は巻き戻る。

 王の演説の数日前、私は再び面会に来てくれたカートスさんに現状を確認していた。

「――――告発はしない?」

「ええ、王は公の場でご自分の現状を告げることはしないと、そう仰られているわ」

 正直、王が自ら世論に訴えてくれれば、流れを変えることは容易だろうと思っていたけど……そう来ますか。

「……まあ、あの宰相が、全てを正直に話す王に演説させる訳はないですよね」

「……その通りです。国民の混乱を収めるために、体調を崩されていたと本人の口から告げることを条件に演説は許可されたわ」

「―――王様にその願いを聞く義理があるとは思えませんけどね。出てさえしまえばなんとでも言えるわけですし」

「あの方は……優しすぎるのです。宰相たちも長年国に仕えてくれた恩があるから、事を荒げたくないと……。発表したらその途端に、宰相たちは反逆者として最悪死罪にするしかなくなってしまいますから」

「すればいいのに、と思わなくもないですが……そう簡単にはいきませんかね」

「ええ、本当に……すればいいのに、と思いますが……ねぇ」

 カートスさんの瞳に宰相たちに対する怒りが見える……本当に殺しかねない勢い!

「とは言え現実的に考えれば、発表したとて城の中はほぼ宰相に牛耳られているわけで、強引にクーデターを続けられてしまう可能性もあります。王を完全に幽閉……もしくは殺害し、怒る国民を武力で押さえ付けてでも、ね」

 それは最悪のパターンだし、結局今の王に国を動かすだけの力が無い以上は王一人で戦っても勝ち目はない。

「ではどうしろと?このまま、王は都合の良い傀儡として宰相たちに都合のいい発言するだけの存在になるしかないのですか?」

「まさか。王の優しさは素晴らしくもありますが、私の考えとは違います。罪には相応の罰を負ってもらわないとね」

 クーデターの結果としてこの国が良い方向に向かっているのならそれはそれで仕方ないと思っただろうけど、貧困は広がるばかりだ。

「一応聞いときますけど、宰相やその近辺の人たちって、私腹肥やしてたりします?」

「……わかりきった質問にいちいち答えるほど、わたくし暇ではございません」

 丁寧な口調からはっきり感じるその怒り。

 良いでしょう!


「……ならば、心おきなくやったりましょう。誠に勝手ながら、王の優しさ、踏みにじらせてもらいます!」



 そして、今―――――長い沈黙から、王が光の下へと姿を現した……!

 刹那、国全体を揺らすような大歓声が響き渡る。

 これが王の人気の正しい姿なのか、それとも反宰相という熱狂が生み出したかりそめなのか……半々くらいでとらえておく方が無難だろう。

 だが、この熱狂はおおいに利用させてもらおう。

 民意の無いクーデターなど成功しないのだからな。

 地割れのような歓声の中、一歩一歩ゆっくりと前へと進む王。

 いよいよ、その時が近づいてきている。

 大歓声は次第に緊張を帯びた空気へと変わり始め、誰もが王の第一声を聞き逃すまいと耳を傾け始める。

 王がいよいよバルコニーの先端へ立ち、ゆっくりと周囲を見回す。

 大きく息を吸い、二年ぶりの声が民へと届く――――

「愛すべき国み――――」

「今だナルル!!」

「はいですっ!!」

 全ての国民が待ちわびていたその声は……ナルルが巨大ハンマーで牢屋の壁を砕く轟音によって完全に打ち消されてしまった。

「なんだ今の音は!!」

 聞こえ方によっては爆発音にも聞こえるその音に、城内場外問わず騒然となる。

 そして、普通なら王を真っ先に守るはずの兵たちが一瞬宰相を守るために動いた。

 誰が上司かわかりやすいね!!そして、ある意味優秀で忠実だ。

 けれど、その明らかな隙を逃がさない!

「よし行くよセっちゃん!!」

「任せるがいい!!」

 兵たちが、この場で守るべきは王だと気付いて駆け寄るほんの僅かなタイムラグがもう致命的だった。

 その時にはもう――――疾風のような速度で接近したセっちゃんが、王を小脇に抱えていたからだ。

 ……身体強化済みだからまあ出来るだろうけど……仮にも一国の王を小脇に抱えるのはちょっとどうかと思うよセっちゃん!!

「何者だ!!」

 宰相の問いにセっちゃんは答えず、そのまま王を小脇に抱えたまま城の中へと走る!!

「止まれ!!」

 当然兵士たちが立ちふさがるが、身体強化したセっちゃんの前では壁どころか障子の紙のようなものだ。

 あっさりと吹き飛ばし、そのまま城内へと王を抱えたまま姿を消した……。


 何が起きたのかと、一瞬理解出来ずに静寂に包まれる会場。

 そこへ……

「さ、攫われた!!王が、攫われたーーーー!!!!」

 観衆の誰かの叫びによって、たちまち混乱の坩堝へと姿を変えた。

「何をしている!!追え!!追うのだ!!

 宰相の号令で一斉に兵たちが後を追い城の中へと駆けていく。

 わずかな兵士と共に残された宰相は、なんとかこの騒ぎを収めようと声を上げるが―――

「国民よ落ち着くのです。城の中に逃げ場など無い!すぐに捕まえて―――」

「アンタは追わないのか!」

 観衆からヤジが飛ぶ。

「どうせ、王がこのまま死んでくれた方が良いとか思ってるんだろ!!なんならこれもアンタの策略じゃないのか!?王に真実を語られないためにやったんだろ!!」

「なっ…!そんなわけは無かろう!!」

「どうだかな!!ずっと王様を閉じ込めていたくせに!!」

 そのやり取りは、観衆たちの混乱した意識を宰相への怒りへ導いていく。

「そうだそうだ!!宰相の企みだろ!!」

「あんたも探しに行けよ!!大事な王様だろ!!」

 徐々に宰相を責める声は大きくなっていき、会場全体の空気感を作り替えていく。

 その結果……

「皆の物、安心せい!この宰相自ら王を救い出してみせよう!」

 逃げるように城の中へと戻る宰相。

 ……よし、これでいい。

 宰相にはこの場を去ってもらわなければならなかったからな。

 じゃあ……野次飛ばして民衆を扇動することにも成功したし、私も移動するかな。

 広場の隅でタイミングを伺い無線でナルルに指示を出し、その後ヤジを飛ばして会場の空気を作る。それが私の今日最初の仕事だ。


 今日、とは言うが、実は数日前から準備は整えて来た。

 牢の鍵は神様ポイントで普通に作れたので、夜な夜な抜け出しては城の構造を把握したり、いろいろと機器を設置したり……と。

 そして迎えた当日、私が失敗するわけにはいかないので、実は意外と緊張している!!

 けど、初手はまず成功のようで一安心だ。

 ただ、ここからが本当の勝負だ。


 さてさて、どう転ぶのか……いや、転がすのか。

 それは私の腕次第、か。


 神様なのにめっちゃ緊張する!メンタル!!強いメンタルが欲しい!

 でもそれポイント使ってまでやる事でもないよな!?

 頑張ろう!!おー!



 ―――――陽の光に暖められた外気よりも少しひんやりとした空気がしんと張り詰める。

 それを切り裂くように遠くから聞こえてくるのは、鎧を着た兵士のガチャガチャとした歩く音と―――

「宰相様!こちらです!」

 案内する戸惑いの声。

「―――……なんだ、これは?」

 そして、その戸惑いをさらに凌駕する宰相の戸惑い。

 まあそれも当然だろう。

「ふふん、驚いたかね?宰相殿。それもそうであろうな。地下牢の中にこんな部屋が出来ているとは、到底思うまいて」

 数多く存在する無機質な地下牢の一室に、真っ赤なカーペットが敷き詰められ、壁は黒いカーテンで覆われ、天井から吊るされた小さなシャンデリアの下には、まるで玉座のような輝く椅子と、そこに悠々と腰掛ける……黒いマントに黒い仮面をつけたこの私が居るのだから。

「貴様、何者だ!なぜこんな……ええい、それよりも王はどうした!」

 だいぶ混乱してるようだな。そりゃまあ、牢屋がいきなりこんなことになってたらそうなるだろうけど。

「慌てるな。王はほら、ここに」

 椅子の後ろに控えていたセっちゃんが、王の喉元に小さなナイフを押し当てながら姿を現す。

「王!!今すぐ王を返せ!!」

 鉄の檻を手でつかみ、顔を真っ赤にして叫ぶ宰相に対して、私は冷静に話を進める。

 人を閉じ込める為の檻は、人を入れることを拒絶する為にも使えるのだ。。

「―――返して、どうするのだ?」

「……なんだと?」

「返して、また幽閉するのか?ならば返すことに何の意味がある?ただ、あなたが「王をさらわれてそれを救い出せない無能な宰相」もしくは「計画的に王を誘拐させた極悪人」の汚名を晴らすためですかな?」

 どちらも私が作って擦り付けた汚名ではあるが、しっかりダメージはあるようで、みるみる怒りで顔が真っ赤になっていく。

「ええい やかましい!!何をしている!!さっさとこの檻を開けて王を救出せぬか!!」

 矛先を変えて兵たちを怒鳴り散らす宰相だが、兵たちは総じて浮かない顔だ。

 その中の一人が意を決して声を上げる。

「……申し訳ありません……実は、牢の鍵が開かないのです」

「なんだと!?そんなはずがあるか!ここは王城の地下牢だぞ!鍵はどうした!」

「鍵はここにあるのですが……なぜか、どれを使っても鍵が合わず……」

「ええいよこせ!!」

 苛つきを隠しもせずに鍵束を兵士から奪い取り、次々と鍵をさしていくが……一向に開く気配が無い。

「なんだこれは!どうなっている!?」

 どうなってるかと言われたら、扉ごと付け替えた、が答えですよ。

 鍵だけ取り換えようかと思ったのだが、扉と一体化していて難しかったので、だったら扉ごと付け替えてしまえ、というわけだ。

 扉も工具もいくらでも出せたからね。


 そこで私は、ちらりと横へ視線を向ける。

 ……ふむ、なるほど……。


「まあ落ち着いてください宰相殿。まだまだ時間はたっぷりあります。――――少し、お話でもしましょうか」

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