第24話 想定外の流れ。

「宰相殿はあの……アレかい?趣味とかあるのかい?」

「……急に何の話だ?」

 意外と口下手だな私!!

 いや待て思い出せ。仕事では初対面の人と話すのも重要なスキルだったじゃないか。

 異世界だし、相手の情報無いけど、なんとか話の糸口をつかみ取れ!

 そのためにまず観察!

 ……ん?あれは……

「いや、その腰から下げている懐中時計、とても趣味が良いと思ってね。さぞ こだわりの品なのだろう?」

「……なぜそんなことを聞く?」

「私も時計が趣味でね。それほどの物となるとさすがに気になってしまうのだ」

「……王を誘拐したように、これも盗むつもりではあるまいな」

 盗られないようにポケットの奥深くにしまい込む宰相。

 警戒心が凄い。そりゃそうだろうけど。この流れで急に時計の話する奴なんて怪しくて仕方ないよな!

 しかし今は時間が必要だ。

 ほかにとっかかりもないのでそこを攻めるしかない。

 しかたない、こっそり神様ポイントで……

「まさか、時計は自分で買ってこそ意味があるものさ。ほら、これが私の時計だ」

 以前時計店で見かけた、金無垢で装飾が美しく、何より値段が恐ろしく高かったので印象に残っていた時計をポケットの中でポイントを使い生み出し、取り出して見せる。

 うげぇ、25ポイントも使うのか……高級時計恐るべし。

「……!?な、なんだそれは!?このワシでも見たことのない時計だ!そんなもの、どこで買った!?」

 おっ、食いついた!!

「どこで、とはお教えできませんが……よろしければ手に取って見てみますか?」

「いや、しかし、それは……そ、そんなことより王を返せ!!」

 む、だいぶ興味ありそうだったがさすがにこの場では王が優先されるか。

 けど、もう少し時間稼げそうなんだよな……。

「まあそう言わずに、おい、これを宰相殿のところまで持って行って差し上げろ」

「はいです!」

 私と同じように黒い目元を覆う仮面を付けマントを羽織ったナルルが、私から時計を受け取って宰相の方へ駆け寄る。

 しかし、慣れないマントが足に引っかかり、うっかり転んで時計が地面に叩きつけられて転がる!!

「ぎぁああああ!!!な、なんてことを!!そんな見るからに貴重品であろう時計を!!」

 たまたま足元まで転がっていった時計を慌てて拾い上げる宰相。

「き、傷は、傷はついてないか?」

 じっくりと隅々まで時計を眺めるが、じきにその目つきが変わってくる。

「これは……なんと美しく細かい装飾……そしてこの純度の高い美しい金はなんだ……?こんなものを作れる人間がこの世界に居るというのか……?」

 その美しさに魅入られ、思わず世界に入り込む宰相。

 25ポイントの価値はあったな!!

「ご、ごめんなさい ころんじゃいました……!」

 とナルルが小声で涙目で謝ってくるが、

「大丈夫、むしろ良い仕事したぞ!えらいナルル!」

 と頭を撫でてあげました。

 普通に持って行ってもはねつけられた可能性が高いが、転がったからこそ慌てて手に取ってしまったのだ。お手柄だナルル。

 本人は、なぜ褒められたのかよくわからず困惑しながらも褒められて嬉しそうだ。可愛い。

「おい、これを作った職人を教えろ!」

 完全に時計に魅入られた宰相が怒鳴りつけるように尋ねてくる。

「申し訳ない、それは出来ない約束なんです」

「ぐっ……し、しかし失敗したな!こうして一度手渡してしまった物が、素直に自分のもとへと帰ってくると思ったか?」

「ああ、良いですよ。差し上げます」

 どうせポイントで出したものだし、腕時計の方が便利だし。

「な、なんだと!?こんな素晴らしい品を手放すとは……!? 」

「いやぁだって……」

 私は再びチラリと横へ視線を向ける。

 ―――――よし、OKが出た!!


「―――だって、あなたはもうすぐクーデターの罪できっと死罪になるでしょうから、せめてもの手向けとして、棺桶に良い時計でも入れてください」


 さあ、ここからが本当の勝負だ。


「なんだと……? ……ふふん、なるほどな。貴様もあの噂を信じた愚か者か。嘘に騙され正義を気取るとは滑稽だな!」

「ふむ、事実ではないと?」

「当然だろう!我等は王に、この国に忠誠を誓った身。クーデターなど起こすわけがない」

「しかし、王は2年近くも城のはずれにある塔の中に監禁されていたようですが?」

「……どこから聞いた……? まあいい、監禁とは人聞きが悪いな。王の命を狙う不届きものが居たようなので、守るために外出を控えて頂いただけの話だ」

「話によれば、現王の御父上も暗殺されたのだとか?」

「――――なぜその話を……!…… まあ、確かにその通りだ。だからこそ我らは王の命を守るための処置として、狙われぬように表舞台へ立たぬよう忠言していたのだ」

 王にチラチラと目線を向けながら話す宰相。

 王がこの場に居る以上、それが嘘だとは絶対に言えないのだから、過去と同じ説明を繰り返すしかないだろう。

「……それはつまり、国の王を殺されておいて、2年ものあいだ犯人を捕まえられずに野放しにしているということですか? この国の兵士は随分無能なのですねぇ」

 ここで初めて、少し怯む様子を見せる宰相。

 王の幽閉にどんな理由を付けようとも、そこは言い訳出来ないところだからな。

「……それは違うな。先王殺害の犯人は既に捕まえて処刑済みだ」

 その言葉に、周りの兵士たちも一瞬ザワっとした。

「な、なんだと!?それは本当か!?」

 王すらも、セっちゃんに拘束されたまま声を上げるほど驚いている。

 これはどうにも嘘っぽいが……さてはて。

「へぇ、それはどんな犯人だったのですか?」

「それは極秘事項だ。国民にも知らせず内密に処理したことを、なぜキサマに語らねばならん?」

 まあ筋は通っているが、いかにも嘘くさい。

「なぜそんな重大なことを王に、そして国民にも隠すのですか? 王が暗殺されたんですよ?」

「それは……犯人の身分や立場を考えると、発表することによって国全体に混乱が及ぶと考えたからだ。王が亡くなられた結果は変えようが無いのなら、現王の統治に影木が無いように隠すことが正しい選択肢だと思ったのだ」

「イマイチよくわからないですね……発表することによって混乱……?犯人が誰か偉い貴族様だったとか、別の国からの刺客だったとか、そういう話ですか?それを内密に処理したと?」

「細かいことは言えん。特に貴様のような素性もわからんやつにはな」

「……それはごもっとも。では……王にはどうですか?どうして王にもそれを黙っておられたので? お父様を殺された犯人ですよ?」

「そうだ、それは余も知りたい。なぜ黙っていた!?」

 さあ、どうしますか宰相さん。

「―――――すいません、それは相手が王であろうと言えません……」

 秘して謝罪、か。

 しかし、それで話が終わるはずもない。

「なぜ言えぬ? おかしいではないか!余はこの国の王であるぞ!!」

 私はセっちゃんに目で合図して、王の拘束を解く。

 この場は王に自由に問い詰めて貰う方が良いと思うからだ。

 とは言え、あまり檻に近づくと長い剣や槍で刺される可能性もあるので、その辺りは注視しないといけないが。

「それでも……いえ、あなただからこそ、言えないのです……」

「なぜだ!?なぜ言えぬ!?理由を言え!」

「……理由は、言えませぬ」

 言え、言えないの押し問答はしばらく続く。

 ……何かおかしい。

 なんだこの状況は?

 そもそも、こんなにも頑なに理由を言わないのなら、犯人が捕まった事も言わなくて良かったはずだ。だがそれは告げた。

 この国の兵士は2年近くも犯人を捕まえられない無能ではない、ということをどうしても言いたかったのだとしても、王が居るこの場で話せばこうなることは予想できたはずだ。


 私は何か、根本的な部分で間違えているのか……?


 王と宰相の言い争いは続き、終わりは見えない――――何か次の手を考えなければ……と思っていたところに、救いの声が響いた。

「――――もうやめましょう、宰相様」

 その声は……別の牢に閉じ込められていた王政派の一人だった。

 この牢屋の壁に掛けられていた黒い布の奥にちょっとしたスペースを作り、壁破壊から王誘拐のどさくさの間に事前に調べた重要そうな人物を連れ出し、そのスペースに潜んでいて貰ったのだ。

 ちなみに牢の鍵は普通に身体強化したナルルが壊した。パワーは全てを解決する。

 今いるこの牢は、重要な人物たちが閉じ込められている牢から遠い場所に作ったので、このどさくさの中で牢から人が消えている事に気付いた兵士はいないだろう。

 一応、神様ポイントで作ったマネキンっぽいものを硬いベッドの上に寝かせるように指示したし。

 そんな王政派のうちの一人が、こちらの合図を待たずに出てきてしまった形だが……膠着状態の現状を壊すには必要かもしれない。

「貴様……侍従長……!なぜここに……!」

 侍従長……王族の身の回りの世話をする人たちの中で一番偉い人、だよな。

 大ベテラン執事、みたいなことかな。

 長年投獄されていたのか少し外見はくたびれているが、立ち振る舞いと佇まいからは上品さが感じられる、白い髭が特徴の初老の男性だ。

「……あなたも、本当は分かっているのでしょう? もうそろそろ黙っているのも限界だと……だからこそ、本当は犯人が捕まっている事を口に出した……けれど、いざとなったら言えない……本当にあなたという人は……中途半端に優しいから困ったものです」

 全てを理解しているような侍従長の言動……なんだ?この人は何を知ってるんだ?

 それに対して、下を向き黙り込む宰相……誰も口を挟めない異様な緊張感に空気がピリついて肌を刺す。

「……あなたが言えないのなら、ワタクシめが申し上げましょう。王よ……犯人は―――」

「待て!!」

 手を伸ばし、必死に侍従長の言葉を止める宰相。

 しばらく視線を泳がせたのち、一度深く目を伏せて……次に顔を上げたその時、そこにあったのは――――決意だった。

「ワシが話そう……それが……この件を隠すと決めた人間の責任だろう……話そうと提言した貴様を投獄した責任もあるしな」

 その言葉に対して、音を立てずにお辞儀をして言葉を促す侍従長。

 この二人の間にもいろいろあったのだな……。

 しかし、そこまでして隠したい真実とはいったい……?


「王よ、落ち着いてお聞きください。先王と、そしてあなたを殺そうとしたのは―――――――――――!」

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