第2話 神様ライフの始まりです。

「どこだここは……?」

 気が付くと、山の中に居た。

 空が近く斜面が多く、木々が乱立している。

 ここが山の中じゃなかったらどこなんだという程に山の中だ。

 木々や植物は見覚えのあるようなものもあれば、妙に捻じれていたり見たことのないような鮮やかだったりくすんだりした色のモノもあり、自分の居た世界とは違う印象を受ける。

 どうやら本当に来たようだな、異世界に。

 不良債権の異世界に……。

「おのれ女神……今度あの部屋に行くことがあったら、畳の一部にだけ紫外線ライトを当てまくって変色させてやるぞ……!」

「仕返しが陰湿だぜぇ!」

 突然耳に届いたツッコミの声に周囲を見回す。

 ……しかし、人の気配はない。

 ……いや待て、そもそもここは異世界だ。モンスターとか居るんじゃないのか?

 女神の言うことを信じるのなら私は神になっているハズだが……なんだか特に自分が強くなったり、不思議な能力があるような感じがしない。

 これ、モンスターに襲われたりしたらどうするんだ?

 ――――それでもし死んだら……どうなる?

 くそっ、説明まで足りな過ぎるぞ女神ぃ!!

 とりあえず大きな木を背にして、周囲を観察する。

 モンスターが居たらどこから襲ってくる……?

 木陰、草むら、はたまた上空からと言うのも考えられる。

 いきなり命の危険を感じて、張り詰めた空気の中で汗が一つ流れた瞬間――――

「ばぁぁ!!」

 と、上から小さな人が逆さになって顔の前に現れた。

 !?!?!?

 人……?が、空を飛んで、空中で逆さまになってる。

 物理法則も航空力学もあったもんじゃないが……それもそのはず、良く見るとそれは……

「―――妖精?」

 小さな体に、透明な4枚の羽。

 服は着ていないが、上も下も何の突起も無いつるんとした体。

 絵本などで見た妖精そのものだ。

「やあやあ初めましてご主人!ボクっちは秘書妖精のナックル!女神様からご主人の案内役兼お世話係を頼まれたんだぜ!よろしく頼むぜ!」

 くるくると空中を飛び回りながら、人懐っこい笑顔を見せる……ナックル、だったか。

 どうやら気配はこの妖精だったようで一安心だが―――

「そうか、よろしく……ね!」

 握手の様に手を差し出しつつ、隙を見てナックルの体をがっしりと掴む。

「えっ、ちょっ、ちょっと、ご主人……?」

 困惑するナックルに、言い放つ。

「驚かされたのがムカついたので、罰を与えます」

「待って待ってご主人!!ごめんて!妖精はいたずらが好きなんだって!だからついついやっちゃうんだぜ!」

「なるほどわかった。つまり、これからも主人であり神である私にちょいちょいイタズラをしないように、最初に主従関係をはっきりさせておかないといけないね」

 にっこり。

「いや、ごめんてごしゅじぃぃぃぃいいぃいいいいいいん!!!」

 がっちりつかんだまま、腕をぶんぶん振り回してあげよう。

 さらには、そのまま自分もぐるぐると回る!!

 ははははは、どうだ!人力ジェットコースターだ!!思い知れ神の力!!


 3分後、二人とも吐いた。

「おええ……ふ、ふふふ、これに懲りたら、二度とイタズラなんてするんじゃないぞ……おええええ」

「は、吐きながら言う事じゃないぜ!!おえええ」

「仕方ないだろう!!私は三半規管がすこぶる弱いのだ!!」

「じゃあやるなよこんなこと!!」

 ごもっとも過ぎる意見ではあるが、無視しよう。

「もし次に何かしでかしたら またやってやるぞ。吐く覚悟でな!!」

「なんなんだぜ そのしなくていい覚悟!?」


 さらに3分後、ようやく二人とも落ち着いたのでちゃんと話をする。

「ご主人……アンタ聞いてた話とだいぶ違うな……エリートのいい子ちゃんだって話だったぜ?」

「ふん、外交官と政治家秘書が良い子ちゃんに務まるか。強くならなきゃやってらんない世界だったよ」

 ひたすら腹を探り合い、いかに裏をかき、情報を集め制するか。

 弱さを見せればすぐに足をすくわれる。

 強くもなるだろうそれは。

「ふうん、まあいいや。それはそれでこっちとしても助かるぜ。頼りない神様に来られても困るしな」

「困る……ってことは、キミはこの世界の人……妖精?なのかい?」

「ああそうだぜ。この世界の中から、あのクソ女神に押し付け……頼まれて、アンタの世話役を任されたんだぜ。だから、ボクっちとしてもこの世界が滅ぶのは勘弁だぜ」

 周囲の木々や空を見上げ、その瞳に悲しみを宿すナックル。

「……やっぱり、この世界は相当ヤバいのかい?」

「ああ、そりゃもう酷いもんだぜ。……ったく、人間ってのはなんでああなのかね。奪い合い殺し合い、分け与えず抱え込み、人を人とも思わない……この世界の害悪さ」

 そう言いつつも、その言葉と表情には憎しみだけがある訳では無かった。

 きっと、優しい人間もいると知ってはいるけど、そんな風に言いたくなるほどに嫌なモノも見てきたのだろう。

「それは、余裕が無いからだよ。人に優しく出来るのは、余裕のある時だけさ。中には本当に優しくて、自分に余裕がなくても誰かを助ける事の出来る人間は居るけど……そういう人は、厳しい環境で長生きできない。結局は自分とその家族、仲間だけを思ってその他に厳しく出来る人間の生存率が上がるのは当然の事だろう?」

「それは……そうかもしれないけど……そんな世界、ボクっちは嫌いだぜ」

 ナックルはきっと優しい妖精なんだろう。

 だからこそ、今のこの世界が気に入らない。

「―――同感だね。そんな弱肉強食は、理性の無い動物に任せておけばいい」

 私も気に入らないよ、そんな世界は。

「人間には文化的な生活を出来るだけの知恵がある。ただの奪い合いでは到達しえなかった場所までたどり着いたのが、私の元居た世界だ。それでも争いはなくならないし問題は山積みだったけど……そこを超えて見せるさ、この世界で」

 元の世界では出来なかった事、こっちの世界でやってみせる!

「……いいね、気に入ったぜご主人!!」

 私の決意を感じ取ったのか、満面の笑みで手を差し出してくるナックル。

 おそらく握手を求めているのだろうけど……握るには手が小さいな。

「そうだ、こういう時は……ほら」

 私は拳を握って突き出す。

「なんだいそれは?」

「私の世界の挨拶の一つでね、拳と拳を軽くぶつけるグータッチさ。友情のサインだよ」

「いいね!」

 軽く、と言ったのに思い切り拳をぶつけて来るナックル。

 思ったより強いパンチが来た。ナックルの名は伊達じゃないな。まあ、別にそういう意味でつけられた名前ではないだろうけど。

「ボクっちのナックルって名前は、その拳で未来を切り開け!って願いを込めてつけられた名前なんだぜ!」

 そういう意味だった。

 英語圏なのか?

 いや、そもそも異世界で日本語が通じている時点で、いろいろな言葉がこっちに理解しやすい言葉に置き換えられているのかもしれないな。

「へぇ、良い名前だな、誰がつけてくれたんだ?」

「クソ女神!!」

 ……じゃあやっぱり微妙なセンス!

 っていうか、さっきもちらっと口にしていたが、あいつがクソ女神であることは認識が一致しているんだな。気が合いそうだ。


「よし、じゃあまずは拠点に案内するぜ!付いてきてご主人!」


 おお、拠点があるのか。それは助かる。

 まず住むところを見つける、なんてのもなかなかに面倒だからな。

 私は言われるがままナックルのあとをついていく。

 どんなところだろうか。言っても私はこの世界の神になったわけだからな、神の住処として相応しい豪華な建物であって欲しいものだ。

 まあ、あのクソ女神の部屋から考えるに和の屋敷かな。

 どちらかと言えば洋間の方が落ち着くが、異世界で和室というのも趣があっていいか。


「着いたぜご主人!ここが拠点だぜ!」

「ほお、さてさてどんな家が――――」


 そこにあったのは……ただの広い空き地だった。

「………ん??」

 待て待て、空き地?

 木々の生い茂る山の中で、この一角だけ木を切り倒したのか、綺麗な……なんというか、学校のグラウンドのような平地が広がっている。

 広さとしては……自分の小学校には小運動場と大運動場があったのだが……小の方だな。真四角ではなく長方形なので、長い方を縦に使えば25m走はギリギリ出来そうなくらいだ。

 ………で?

 どうしろと?

 ここでどうしろと?野宿?野宿なのかい?

「ナックル……」

「ん?どうしたんだいご主人?」

 私は近づいてきたナックルを再びがっしりと掴む。

「………もう一度味わいたいのかい? 人力ジェットコースターを」

「わーーー!!待って待って!!違うんだよご主人!これはイタズラとかじゃないんだぜ!!」

「じゃあどうしろってんのさこんな空き地に連れてこられて!家を自分で建てろって!?」

「そう、そうなんだぜ!そうすればいいって言われたんだぜクソ女神に!!」

 あんのクソ女神!!

「どうやって建てるんだ!? 私は手先に関しては全く器用じゃないぞ!?」

 こんな山の中まで業者が来てくれるんだろうか?

 いや、来てくれるにしても支払う金が……。


「使うんだぜ!神様ポイントを!!」


 ……神様ポイント……?


 なんだそれ?????

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