第8話 英雄誕生と、もう一人。

 外へ出ると、夕日に赤く染まった街にはいくつかの死体と血の跡……そして、物陰や建物の中に隠れた人を狙った後だと思われる大きな爪痕が、あらゆる場所に残っている。

 そんな惨劇の街の中心では――――3メートル近くはあるであろうか、巨大な熊と虎を掛け合わせたようなモンスターがその存在を主張するように仁王立ちしている。

 巨大な爪と鋭い牙は赤く染まり、その飢えた腹を血肉で満たしたであろうことは想像に難くないが、まだまだ物足りないと言わんばかりにその目は血と肉に飢えていた。

 そのモンスターに対峙しているのが……三叉の槍、トライデントを構えた我らが姫騎士だ。

 さあ、見せてくれ……神様ポイント5ポイントの強さ!


 警戒して唸り声をあげ、四足歩行でジリジリと距離を測るモンスターに対して、どっしりと構えて動かない姫騎士。

 ……さすが姫ともあろうもの、貫禄があるな。

 失っていた自信も力を与えられたことで戻ったのか、怯える様子もない。 


 ――――時が凍り付いたような緊張感のある睨み合いが続き、喉の渇きを潤そうと一口唾を飲み込んだ、その瞬間


「ぐおおおああああああ!!!!」

 しびれを切らしたモンスターが、その四つの足を一気に加速させ、凄まじい勢いで姫騎士に迫る!!

 対する姫騎士はまるで力を溜めるように一瞬腰を落とし――――それは、刹那の瞬きだった。

 何か技名のようなものを叫ぶと同時に、姫騎士の槍は稲光と同時に光の速さで突き出され……気づいた時にはモンスターの頭から下半身まで貫く大きな穴が開いていた。

 その空いた穴と訪れた死に気付かないようにモンスターは少しの間走り続け、そして微動だにしない姫騎士の横を駆け抜けると……少しずつ速度を落とし、ゆっくりと崩れるように倒れた。

 倒れたモンスターを一瞥すると、姫騎士は体より長いトライデントを器用に勢いよく回し、刃先に付いた血液や肉片を振り落とす。


 ――――それは、見惚れる美しさだった。


 遠くから見守っていた街の人たちも少しずつ近づいてきて、確かにモンスターが絶命したことを確認する。

 誰も言葉を発しない時間がしばらく続いたが――――小さな子供が何かを言って拍手を始めると、それがきっかけとなり街中から歓声が響いた。


 その中心に居るのは――――銀髪エルフの姫騎士。


 間違いなく私は、私たちは――――英雄が誕生する瞬間を、この目で見たのだ。

 この世界を救ううえで、これは大きな武器になる……!!


 世界を救う、というあまりにも漠然とした大きな目標に対して、完成させるために必要なパズルの一ピースを手に入れた……そう確信する出来事だった――――。



 その後、街の人たちからひとしきり感謝されたが、そもそもが貧しい街なので特にお礼の品みたいなものは無かった。

 まあ、それを期待して助けたわけじゃないから良いけど。

 とはいえ、感謝されるのは悪い気分じゃない。

 これから世界を救う第一歩……の前の準備体操として、街を危機から救ったと思えば、初日としては充分だろう。


 一通り後処理を済ませて、さて帰ろうかと歩を進ませ始めたタイミングで、カートスさんが後ろから声をかけて追いかけて来た。

 ……おっと、これは街を救ったお礼か?儲かっている奴隷商のカートスさんからならいいお礼が期待できるかも?

 いやまて、なんなら街を救った私に恋をしてしまったなんて言う展開もあり得るな。異世界転生と言えばモテモテになるものだからな!

 とか浮かれていたら追いついたカートスさんが何かを差し出した。

 やはりお礼か?何かな何かなー……って、指輪だ。先ほども見た、支配の指輪。

 どうしてこれを?と尋ねようとした瞬間、カートスさんの後ろからひょっこり顔を出したのは、先ほど店で見た亜人の女の子だった。

 女の子の首には首輪が付いている。もちろん隷属の首輪だ。

 ……どういうことだろう?

 この指輪を渡すということは、所有権を私に譲るということだ。

 しかし、姫騎士とは契約したけど女の子は……?

 ナックルに話を聞いてもらうと……

「なんか、さっきの契約の時にもう二人分の料金貰ったから、って言ってるぜ。二人とも欲しそうにしてたから、って」

 ……なんだって??

 あの非常時にどさくさに紛れて、二人分の料金を請求されていたのか……そして、私も慌てていたからそれを言われるままに払ってしまったと……不覚!!!

 女神との契約の時ですら、契約書をきっちり確認したのに!!

 くそぅ、やられたな。商魂たくましいわカートスさん。

 まあ、金はいくらでもポイントで出せるから惜しくはないけど……このしてやられた感!

 初日の大成功がちょっと苦い思い出になった気分だ。

 しかし――――

「$%&@@@@#**::~~」

 亜人の女の子は、嬉しそうに私の足に抱き着いてきた。

 かっ、可愛い!!!

 そして痛い!!力強いっ!でもかわいい!!

「買ってくれてありがとう、って言ってるぜ。お役に立ちますご主人様、ってな」

 その言葉と同時に、私に向けて歯を見せてニカッと笑う女の子。

 なにこれ超かわいい!!

 絶対大切にするからね!!

 ……いやでも冷静に考えると、こんな小さい子が奴隷という立場に身を落としながらも、買ってくれた人に愛想を振る巻いているのだとしたら、それはそれでなんだか切ないものを感じるな……この可愛い笑顔の裏には様々な想いがあったりするのだろうか……。

 でも、そんな子が外道な人間に買われて酷い目にあったりすることもあるかもしれないと考えたら、この子は私に買われたことでそんな悲劇を避けられたのだ。

 うむ、じゃあやっぱり良かった!!この子も買えて良かった!!

 結果的にやっぱり大勝利だ!!


 改めてカートスさんに別れを告げて、さて家に帰ろう……と街の外まで出て気付いた。

 そういや自転車だったな……まさか二人も増えるとは思ってなかったからどうしよう。

 とりあえず自転車のところまで行くと、二人が見たことない乗り物に驚いていたが、それはともかくどうしよう。

 ……まあナックルは別に私の肩でも胸ポケットでも入ってもらえばいいから……そうだ。

 自転車の後ろの荷台の部分に、二人乗りできるように柔らかい座布団みたいなのを乗せて、そこに姫騎士を。

 そして自転車の前カゴの部分に子供を乗せられるチャイルドシートを付けてある自転車を思い出し、それを作り出す。

 座布団とチャイルドシートでそれぞれ1ポイントずつ。

 これで100使い切ったかな……?

 いや、99かな?まあ、とりあえず今日はこれで打ち止めだろう。あとは家帰るだけだし。

 再び驚いている二人を有無を言わさず自転車に乗せて、さあ帰るぞ!!


 重い!!3人乗ってるとさすがに重いな!!

 電動アシスト付きで良かったー。

 まあでもなんか……この草原のような場所を、自転車で3人乗って走るってのも良いもんだ。

 家族が出来たような、そんな気持ちに少しだけなった。

 暖かい気持ちに………。


 いやまあ、二人奴隷買ったやつが何言ってんだって話だけどもさ!



 家に着いた時には、もう辺りは暗くなり始めていた。

「よし、着いたよー、っと。なんだ、どうしたんだ二人とも?」

 姫騎士と亜人の子は、家を見て呆然としている。

 ……ああ、そうか。この世界じゃこんな現代建築の家は無いよな。

「まあともかく入ってくれよ、これからここが二人の家になるんだから」

 二人を招き入れつつ中へ。

 スイッチを入れると……おお、電気付く。昼の間に蓄電できてたんだな。

 とは言え、そんなに大量にでは無いだろうから今日のところは早く寝た方がよさそうだけど。

 二人は電気にも一瞬びくっとしたが、魔法の類だと思ったのかすぐに明りには慣れたようだ。

 私はリビングのソファーに座って一息つく。

 やれやれ、なかなかに波乱な初日だった。まさか奴隷を二人も買ったりいきなりモンスター退治することになるとはね。

 ただ、初日から異世界感は満載だったな。悪くない。


 ……と、そこで奴隷二人が所在無さげに部屋の隅に立っているのに気付いた。

 そうか、奴隷だから休むにしてもこっちから指示出さないと駄目なのかな……けど、正直なんかこう……いかにも奴隷的な扱いをするのってどうにも性に合わないんだよな……。

 家事さえやってくれたらその他の時間は普通に生活しててほしい。

 なんなら給料も出すし。

 大金払って買ったからって、そのお金がこの子たちに入る訳じゃないもんな。

「まあとりあえず好きなところに座っていいよ。どうぞどうぞ。椅子はたくさんあるし」

 一家四人で暮らす想定のモデルハウスそのまま建てたから、リビングにはL字型の大きなソファがあるんだよな。

 ナックルに通訳してもらうと、二人は戸惑いつつもソファに座る。

「!?!?!?」

 二人の戸惑いが伝わってくる。いいよねこのソファ。めっちゃ座り心地最高。

 姫騎士はソファを何度も触って感触を確認しているし、亜人の子はぴょんぴょん飛び跳ねては行儀が悪いと気づいて姿勢を正すも我慢できずに座ったままちょっと跳ねている。

 何この二人可愛いな。

 しばらくして落ち着くと、二人の視線が一点に集中する。

 そこにあるのは……テレビだ。

 ……そういやモデルハウスそのままテレビあるけど……なんも映らないよな?

 リモコン……はある。電池は……入ってる。

 リモコンには電池が入っているもの、というイメージがそのまま創造されたんだな。

 電源押してみよう。

 あっ、点いた。……けど、やっぱり何も映らない。ただの青い画面が映るだけだ。

 しかし二人は驚いて飛びのき、ソファの影に隠れて警戒している。

 あははは、かーわいい。

 とは言え、映らないテレビをつけていても仕方ないので消す。

 二人は陰から顔を出してまだ警戒しているので、もう一度つけてやろうか……と考えたけど、電気の残りがどの程度あるのかわからないから無駄遣いはやめよう。

 いや待てよ……確かキッチンに蓄電機の電気残量が確認できるモニターがあったはずだな……ちょっと見て来るか。

 立ち上がってキッチンに向かうと、二人が付いて来ようとしたのでそれを制する。

「あーあーいいよ座ってて。ちょっとキッチン行くだけだから、のんびりしててよ」

 ナックルがそれを通訳すると二人は顔を見合わせて不思議そうに首を傾げた。

 奴隷なのに?という感じだろうか。

 姫騎士はともかく、亜人の子も、「奴隷と言うのはこんな丁寧に扱われるものではない」という共通認識を持っているのがなんとも言葉に詰まるな。


 さてキッチンへ、確かここに……おっ、あるあるモニターが。

 これはテレビと違って蓄電器からの情報が表示されてるだけだからちゃんと見られる。えーと……とりあえず、今日一日はわりと余裕あるかな?

 この感じなら、風呂も沸かせそうだ。オール電化万歳!!

 けどそうなると、風呂の前にご飯食べたいな……こういう時こそ家事の出来る亜人ちゃんの出番……と思ったけど、そういや食材とかかってくるの忘れてたな……。


 えー……今日のご飯、どうしようかな……?

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