二日目

第10話 初コミュニケーション。

「おーい、ご主人、寝ちゃったのか?」

 気が付くと、目の前にはナックルと、風呂上りの女の子二人が居た。

 一瞬混乱しかけたが、ああそうか……待ってる間にウトウトしてしまったのか。

「ああ、ごめんごめん。初日だし疲れてたのかもな。……あ、服はちゃんと乾いてたか?」

「うん、一回止まった時に見たらまだちゃんと乾いてなかったから、もう15分やっといた。風呂は気持ちいいからずっと入ってられるしな!」

 ……ナックル、お前さてはめちゃめちゃ優秀だな?

 確かに一緒に風呂に入った時に洗濯機や乾燥機についても軽く説明したが、すぐに使いこなすとは……。

 まあでも、助かる。明日から家事は奴隷の二人にやってもらうことになるけど、ナックルが居れば家電製品の説明も任せられそうだ。

「じゃあ寝ようか!」

 となれば歯磨きだな、虫歯になったら困るし。

 さっき洗面所を見たときについでに確認したけど、洗面台の中には3本の歯ブラシがとチューブの歯磨き粉が入っていた。

 ここでも「家族で暮らす家」が活きた。両親と子供3人分だ。

「こっちの世界には歯磨きの習慣はあるのか?」

「そりゃあるぜ。虫歯は誰でも嫌だろう?」

 それもそうだな。

 二人を案内して歯を磨かせる。

 歯磨き粉の味には眉をしかめていたが、歯磨き自体はすぐに理解してくれた。こっちの世界でも似たようなものなのだろう。やはり人が生きていく上で必要なことと言うのは何となく同じような答えにたどり着くのだろうな。

 3人順番にしっかり口をゆすぐと、さあて寝室へGO!


 ……と言っても、寝室はちゃんと確認しなかったな。

 まあイメージはしっかり残ってるから平気だろう。

 やはり妙に緊張している二人を連れて二階へ。

 二階は長い廊下にドアが4つという簡素な作りで、確か……夫婦の寝室と、子供部屋と、収納部屋と、書斎の4つだっけ。

 階段に近いドアを開けると、大きなダブルベッドと小さなタンスとクローゼットがあった。ここが夫婦の寝室だろう。

 隣の部屋は、勉強机に本棚にシングルベッド、子供部屋だ。

 後の二部屋はまあ明日以降で良いだろう、眠いし。

「じゃあ、二人はそっちの大きなベッドの部屋を使ってくれ。私はこっちの部屋で寝るから」

 そう告げると、途端に困惑したように何か問いかけて来る。

「ナックル、どうしたんだ?」

「いや、一番大きなベッドにご主人が寝るんじゃないのか?って」

「なんだでよ、私一人ならシングルベッドで充分だけど、そっちは二人なんだから狭いだろう?」

 なにを当たり前のことを。

「あと、そもそも初日から別々に寝るのか!?自分たちを夜の慰み者にするのではないのか?だってさ」

「……は?しないよ。しないから、生殖機能が無い二人を買ったんだろう?」

 でなければわざわざそんな注文はしない。

「わかってないぜご主人。生殖機能なんてのは、むしろ子供を作りたくないヤツには都合が良いんだ。いくらでも好きなようにできるからな。だから好んでそういう奴隷を買うやつもいるくらいだぜ」

 ……なんとまあ……人間の欲望ってのは底知れないな。

 考えてみれば元の世界だってパイプカットとかするやつ居たもんなぁ。ただただ娯楽の為の性を享受するために。

 そうか、だからさっきからなんか緊張してたのか。

 その前提があるなら、風呂入るのなんて夜の準備でしかないもんな。

 しかしそれは一緒にされては困るな。

「えーと、私はそういうつもりで二人を買ったんじゃない、ってちゃんと説明してくれ」

「……じゃあなんで買ったんだ?って困惑してる」

「明日から、家事手伝いをしてもらうし、騎士の貴女にはいざとなったら戦ってもらう。その為だ。じゃあそういうことでおやすみー」

 もう眠いので説明も面倒だ。

 明日になったら神様ポイントで真っ先に言語を習得しよう。

 説明するにしてもそれからの方が効率が良いだろう。

 他にも細かく足りてない日用品を創造して……なかなか地味な二日目になりそうだな。

「では、また明日。ゆっくり寝るんだよ」

 まだ戸惑っている二人を残して、私は子供部屋と思われる部屋へと入る。

 程よい狭さで勉強机もデスクとして使えるし、ここを自室にするかな。

 眠気に支配される寸前の頭でそんなことを考えながらベッドに潜り込むと、心地良い布団の感覚が疲れを呼び覚ましつつ吸い上げてて全身を包んでいく。


 ああ、これはすぐに寝てしまうな―――――その言葉を最後まで思い浮かべる事も出来ずに、神様生活の初日は幕を閉じたのだった……。



 何か謎の生き物の声で目が覚めた。

 わりとうるさいな……部屋の外から聞こえてくる。

 まあここは山の中だから、いろんな動物が居るのだろうけど……この世界におけるニワトリみたいなものだろうか。

 ゴロロンポップルーって言ってる。謎だ。

 外から入ってくる光は朝日特有の眩しさで目を刺すけれど、だいぶゆっくり眠れた気がする。これも健康体の恩恵かなー。やっぱ歳とると睡眠の質が落ちるからな……。

 とか、朝から老化について思いを馳せてる場合ではない。

 とりあえず起きるぞ!!

 おおお……パッと身体が起こせる。寝起き特融のダルさがほぼ無い。

 なんて素晴らしい若き健康体!!


 感動しつつ、軽やかな足取りでリビングへ向かうと、奴隷二人はもう背筋を伸ばしてソファに座って待っていた。

 まだ寝てていいのに、と思ったがまあ二人からしたらそういうものなのかもしれない。

 ナックルはソファの上で眠っている。……もしかして夜からここで寝てたのか?

 そうか、ナックルは小さいし二人と一緒に眠れるだろうと思っていたが、奴隷と一緒に寝る訳にはいかないみたいなのがあるんだろうか……悪いことしたな。

「おーい、ナックル起きてくれ。朝だぞー」

「……んあ?ん、んんんーーー……ああ、おはようだぜご主人。良く寝たー」

「すまんな、ナックルの寝床もちゃんと用意しとけば良かった。ずっとここで寝てたのか?」

「え?ああ気にすんなよ。ボクっちからしたら、このふかふかの椅子は広くてサイコーのベッドだぜ!これからもここで寝てもいいか?」

 そういうもんか……まあ確かに、わざわざ小さなベッドを用意するよりも、ソファを広々と使ってもらった方が良いのかもしれないな。

 私たちは寝る時は二階に行ってしまうから、防犯と言う意味でも1階にナックルが居るのは意味があるかもしれないし。

「わかった、じゃあこのソファは夜の間はナックルのベッドだ。好きに使ってくれ」

「やったぜご主人大感謝!!」

 幸せそうだ、お互いに理があるならそれが一番!!


 ……さて、まずは――――言語の習得だな。

「ナックル、この二人は同じ言語を喋っているのか?」

 昨日説明したはずなのに、まだどこか怯えた目をしている二人を威嚇しないように笑顔で見ながらナックルに問いかける。

「ああそうだぜ、この国……ムネーマの言葉だ。この世界は四つの国があるって話はしたと思うけど、それぞれの国にそれぞれの言語がある」

「ってことは、場合によっては4回言語の習得にポイント使わなきゃならないのか……」

 確か80ポイント必要だと言っていた。

 一日に使えるポイントの大半を取られるのが4回あるのか……正直面倒だな。

「まあ一応、共通語みたいなものもあるにはあるけど、使えるのは王族や大都市の人間たちだけで、他の国とのやり取りが無い田舎の地域に住んでる人たちはみんな母国語しか喋れないぜ」

 そこはどの世界でも変わらないな。

 まあそういうものだと覚悟するしかないか。

「わかった、じゃあさっそくムネーマ語を習得したいんだが……どうすればいいんだ?」

「神様ポイントの使い方は全部同じだぜ。まずイメージすればガイドラインみたいなものが出て来る。あとはそれを使うかどうか心で決めるだけさ」

 なるほど……では……ムネーマ語の習得をイメージ……!

 おお、なんか空中に本が出て来た。この本が「知識」の象徴ってことかな。

 そしてその本が自分の体に入ってくるように近づいてくる。

 ――――よし、習得!!

 心で決めると、本が体内に入って弾ける感覚。

 次の瞬間、私はもうムネーマ語を習得しているのが感覚で分かった。

 さっそく話しかけてみる。

「えーっと、おはよう二人とも」

「「!?!?」」

 二人が目を白黒させている。ははは、どうだ神様の力は。

「な、なぜ話せるんだ!?昨日まで、いや、ついさっきまで意味わからん言葉で喋ってただろ!?」

 おお、姫騎士の言うことがわかる。凄いなこれは、今までにない不思議な感覚だ。

「す、すごいです あるじさま!おぼえたんですか? いちにちでおぼえたんですか? さてはてんさいですかー!?」

 喋り方可愛いな亜人の子。全部ひらがなで聞こえるタイプのちょっと舌足らず感がキュートだ。

「実はそうです」

「ふわわわわわー!て、てんさいあるじさまー!」

 なんだこの生き物可愛すぎる。私の理性がもうちょっと脆弱だったら今すぐ抱きしめてたぞ。

 うむ、やはり会話が出来るというのはコミュニケーションにおいて最重要だな。

 80ポイントは大きいが言語習得して良かった。

「さてさて、これから二人にはこの家の家事手伝いとして働いてもらうことになるんだけど……まずは名前を聞いても良いかな?」

 いつまでも姫騎士とか亜人ちゃんとか呼ぶわけにもいかないしな。

「はいっ!あるじさま! ナルルはナルルっていうのです!おみし、おみしり……おしみり……おしり……よろしくおねがいします!」

 日本語で言うところの「お見知りおきを」みたいな難しい言葉を使おうとして諦めたのが、亜人のナルルか。

「―――……我はセルガンティア・モーリスパント・タルメッソミーティだ」

 姫騎士さん名前が長いよ……まあ王族だからいろいろあるんだろう。

 あと一人称「我(われ)」なんだ、位の高い人って感じだ。

「わかった、セっちゃんだね」

「縮めすぎだろ!?せめてセルガンティアかミーティにしろよ!」

「セっちゃんと、ミっちゃん……どっちが良い?」

「その二択で決定なのかよ!?」

 姫騎士さんなんかこう、喋り方のイメージとしてはヤンキーとギャルの間みたいな感じだけど、ツッコミが出来る子だな。

 優等生姫様ではなく、わりとわんぱくなタイプの姫だったと見た。

「……ちっ、まあ良いよ好きにしろ。どうせ買われた身だ。昔の名前に意味はないさ。……どうせ、滅んだ国だしな……」

 そうか……王族だもんな、名前の中にも国を示す言葉が入っていたりするのかもしれない。

 ……彼女にとって名前は、今は失われた故郷が確かに存在することを示す大切なものなんだろう。


「じゃあセっちゃん」

「結局それかよぉぉ!!!」


 だって呼び方は短い方が楽でいいじゃん。

 それはそれ、これはこれ。

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