第11話 姫騎士セっちゃんの憂鬱

 朝ごはんは1ポイントで食パン一斤を出して、切って焼いてみんなで食べた。

 日本でよく食べていたふわふわの食パンだったのだけど、こんな美味しいパンは初めて食べた!と皆感動していた。やはり不思議と嬉しい。

 そして食後には、いろいろとやって欲しい家事について説明タイムが始まった。

 と言っても、基本的に掃除・洗濯と料理をやってもらえれば大助かりだ。

 便利な機器の使い方も教えつつ、足りないものは順次出していく。

 使いやすくて軽いスティック掃除機が5ポイント、拭き掃除用のクイックルワイパーと埃取り用コロコロがそれぞれ1ポイント、ポンと1粒入れるだけの洗濯洗剤(大容量)が2ポイント……これで掃除と洗濯は問題ないかな?

「ちょっ、ちょっと待て。それはなんだ!?なんでその、何もない空間から謎の物体がどんどん出てくるんだ!?」

 姫騎士セっちゃんが困惑を隠せずに質問してくる。

 亜人ナルルちゃんはただただ「すごーい!すごいですあるじさまー!」と喜んでくれているというのに。

「純粋さをどこに捨ててきてしまったんだいセっちゃん?」

「どこにも捨ててないからこそ気になるんだろうが……!」

 そういうものだろうか……まあ確かに、気にするなと言う方が無茶だよな。

「そうだな、じゃあ二人にもちゃんと説明しておくか……」

 そこから私は、今までの事を嘘偽りなくありのまま話して聞かせた――――


「嘘だッ!!!」

 名作アニメの有名なシーンみたいに叫んだなセっちゃん。

「何が嘘なのさセっちゃん」

「何って……何もかもだよ!アンタが別の世界から転生してきて、女神様からこの世界を救う神の役目を与えられて、神様ポイントで何でも出来る!?」

「何でもは出来ないよ、出来る事だけ」

 こちらも負けずに名作アニメのセリフで対抗してみる。

「……なんて?意味が解らないぞ」

 ……それはまあそうだよね、ごめんごめん。

「ともかく、そんな話を信じられるわけが無いだろう?」

「 別に信じなくても良いけど、それが本当の事なんだよ。じゃあセっちゃんはそれ以外に、この世界では見たことないであろうこの家の中のモノたちや、それを何もないところから急に出す能力の説明がつくのかい?」

「それは…………つかないけど!でも信じないからね!!」

 感情で理屈をねじ伏せていくタイプだ!

「……まあ別に信じないならそれでもいいよ。仮に信じられたからってどうなる訳でもないし。私のことは、なんか不思議な能力を持った主人とだけ思ってくれていればいいし、欲しいものがあったらどうぞ利用してくれて良い。昨日だって、戦いのときに役に立ったでしょ?」

「あの時は確かに……急に凄い力が湧いてきて、自分でも信じられないくらいだったけど……あれもその、神様ポイントとかの力なのか?」

「そう、5ポイント」

「ごっ……たったの5!?100のうちの5か!?」

「そう、5」

 頭を抱えるセっちゃん。

 自分に湧いて出た謎の超パワーがたったの5ポイントによるものだと知ってショックだったようだ。

 なんかごめんな。

「あの力が5ポイント……? かつてない高揚感と全能感に満ち溢れたあの瞬間が、たった5ポイント……?」

 なんだか凄く考え込んでしまった。

 ど、どう声をかけてあげるべきだろうか……迷っていると、何か考えがまとまったのか顔をあげて、こちらに強い視線を向ける。

「ひとつだけ、質問してもいいか」

「……なんなりと」

「その能力で、死者を蘇らせることは可能か?」

 それは……昨日のナックルの話では確か出来ないと言ってたような――――……確認のためナックルに視線を送ると、ゆっくりと首を横に振る。

 やはり無理か。それは「本当の神様」の領域なんだよな。

「すまないが、それは無理なんだ」

「そうか……」

 その目に悲しみが宿ったが、まだ光は消えていなかった。

「なら、人を探すのはどうだ?里を蘇らせるのは?」

「里を……?」

「ああ、知ってるかもしれねぇけど、アタシの住んでいたエルフの里は人間に襲われて……みんな死んじまった……。でもそれと同時に、10人以上はアタシと同じように捕まって奴隷として売られたらしいんだ……アタシは、そいつらを探し出してもう一度里を再建したい……それが出来るつーなら―――――奴隷に身を落としても生き続ける覚悟が出来る……と思うんだ」

 なるほど………彼女の目が決して死なずに居たのはそれが理由か。

 まあ、くっころ的なことは言っていた気がするが、本当に死ぬ気はなかったのだろう。死ぬ気があるならモンスターとの闘いで手を抜いて死ぬことも出来ただろうしな。

 ……確かエルフって長生きなんだよな。

 そして私にはこれから100年の時間があり、この世界を救うために世界中を回ることになるだろう。

 そのついでに彼女のかつての仲間たちを探すというのは、出来ない話ではない。

 が――――

「なあナックル。人探しの能力ってあるのか?」

「うーーーん、そういうピンポイントなのは無いかなぁ」

 無いのか……そうなると厳しいな。

 ナックルの言葉に、明らかに肩を落とすセっちゃん。

 ……マズイな、彼女にとってそれは確実に生きる理由になりえるし、なによりもモチベーションの向上に繋がる。

 奴隷をするにしても戦士として戦うにしても、最終的に英雄として君臨してもらうにしても、モチベーションが無ければどうにもならない。

 無理やり隷属の契約でやらせることも出来なくはないが……英雄が操り人形というのも違う気がする。

 ある程度彼女に自発的に動いてもらいつつ、こちらに協力してくれる。

 そういう関係が理想的なのだ。

 ……となると……だ。

「なあセっちゃん。例えば、エルフって独特の匂いがしたりとか、そういうの無いのかな?」

「……はぁ!?」

 こんな時に何言ってんだこの野郎変態か?という目で見られた。

「こんな時に何言ってんだこの野郎。……変態か?」

 実際に言われた。意外とダメージ!!

「違う違う。私の前に居た世界では、特定の匂いを感じ取って人を探す動物が居たんだよ。だからそういう匂いがあれば、この世界の似たような動物にその能力を付与することは可能かもしれない、と思ったんだよ」

 警察犬を創造出来ればいいのだけど、神様ポイントでは命は作り出せないんだよな確か。

 でも、その能力を何か似ている動物に与えるなら不可能ではない気がする。

「匂いか……そういうものは聞いたことねぇけど……エルフの魔力には特徴があって、特定の魔力を検知出来るアイテムを使えば探せる……っていう噂に聞いたことがあるな」

「おお、それならいけるかもね。これからいろんな国に行く予定だから、その時にそれを使って探すくらいなら問題なく協力するよ」

「本当か!?――……でもさ……そのアイテムはすげぇ値段が高くて……奴隷が主人に頼んで買ってもらえるようなものじゃあ……」

「いくらするの?」

「……100キンスだ……」

 なるほど、二人を買ったのと同じ金額だ。

 人生二人分と同等ならそりゃ高い買い物なんだろうな、普通なら。

「いいよ、100キンスなら安い安い」

 神様ポイント1だもんな。

「ほ、本当か!?100キンスだぞ!? 叶える必要のない奴隷の願いの為に簡単に払うような金額じゃないぞ!!!」

 まあ普通ならそうかもしれないけど、なにせ1ポイントだからなぁ。

 とは言え、それを言うと二人の値段が1ポイントの価値みたいになってしまうので黙っておく。それはきっと尊厳を傷つけるだろうからね。

「大丈夫、買えるよ。それでセっちゃんが未来に希望を持てるなら安いものさ」

 信じられないような顔でこちらを見ていたセっちゃんが、ふと目をそらしたかと思うと、目の前で頭を垂れて片膝をついた。

「本当は……諦めかけてたんだ……。奴隷にされて、里を失って帰る場所もない……それでも最後の心の支えとして、里を、仲間たちを取り返すんだと……それだけを生きる糧にしてきたけど、何度何度も……よぎった……そんなものは不可能な夢物語なんじゃないかって……」

 少し、声が震えている。

 彼女の送ってきた人生と、味わった絶望を想うと胸が苦しい。

「―――――けど、アタシはここに奇跡みてぇな幸運を得た。万に一つの可能性と、そこへ至る希望を得た」

 セっちゃんの顔が上を向き、私に向けるその真っ直ぐな視線に鼓動が高まる。

 そして先ほどまでとまるで違う、貴族のような……姫の高貴さを身にまとい、丁寧に言葉を紡ぐ。

「主(あるじ)よ。我は奴隷の身ではあるが、隷属の契約とは別に我の意思で、そして心で誓おう。――――主に絶対の忠義を」

 ……どうやら私は成功したようだ。

 彼女にモチベーションを……いや、生きる意味と価値を与えることに。

「……わかった、頭をあげてくれ。そういう堅苦しいのは苦手なんだ」

「……ああ、わかったよ主。けど覚えといてくれよな。アタシは、主が裏切らない限り命を懸けて仕えてみせる」

 ―――――それは逆に言えば、裏切った時には……という意味にも思えるが……まあそれも当然だろう。

 ニンジンだけぶら下げて本当は食べさせる気が無いとなれば、希望を怒りが上回るものだ。

 真摯に向き合おう。奴隷と主人ではなく、人と人として。

 それを、心に誓った。

「―――――ところでセっちゃん。君にどうしても言っておかなければいけないことがある」

「……なんだい主。なんなりと言ってくれ」

 立ち上がり姿勢を正し、何を言われるのかと身を固くしているセっちゃんに私は――――


「じゃあ、これを着てもらえるかな?」


 神様ポイントで生み出したメイド服を手渡した。


「―――――――――――――は??????」


 ああ、きょとんとしている。凄くキョトンとしている!!!

 そうだろうそうだろう。ごめんね、絶対このタイミングじゃないな!と思ったんだけど、後になればなるほど言い出しにくくなるかと思って!!

「こ、この服を着るのか!?この……白と黒のひらひらしたミニスカートで、胸元がざっくり空いたこの破廉恥な服を!?アタシが!?エルフの姫騎士であるこのアタシが!?」

 顔を真っ赤にして怒っているが、これはマストなので仕方ない。

「仕方ないじゃないか!これが私の夢にまで見たメイドさんの衣装なんだから!絶対着て欲しいんだから!!」

「ふ、ふざけるな!!こんなの、エロ……ダメだろ!!なんだこのスカートの短さは!!少しでもかがんだら下着が丸見えじゃないか!」

「違う!!そのふわっとしたスカートの中にはたっぷりのフリルが付いているから、パンツはそうそう見えない!!バカにするな!!そんな安易なパンチラを期待する程度の萌え要素など求めるモノか!!」

「モエ……なんだって?じゃ、じゃあ胸元はどうなんだ!?」

「ヌーブラが用意してある!!」

「ぬー……?」

 頭の上に大きなはてなが浮かんでおられる。

「簡単に言えば、その服はセクシーではあるが簡単に下着などは見えないし見えたとしても大丈夫なものを用意してあるから安心してくれ、ということだ」

 彼女の反論を論理的につぶしていく。

 だって絶対に着て欲しいから!!!

「いや、でも、だって……は、恥ずかしいだろうこんなの!」

「むしろそれが良い!!」

「ちくしょう変態め!!!エロイことしないって言っただろ!」

「しない!見るだけだ!」

「そんなわけないだろ!」

「絶対見るだけだ!」

 力強く言い切る。何の確信もないが言い切る。

 そういうのは言い切ったもん勝ちなのだ。実際、そういうことする気は今のところ本当に無いしな。

 まあそれはそれとしてメイド服は見たいんだけど、絶対似合うし。

「……くそっ、わかったよ!着ればいいんだろ着れば!!」

 あまりに力強く言い切るので押し切られたのか、セっちゃんは服を奪いとって、脱衣所に向かった。

 ……命令すれば目の前で着替えさせることとかも出来るんだろうけど……せっかくの信頼を失いそうなのでやめておこう。


 しばらく待っていると、不機嫌そうな足音が近づいてきて――――私の前に現れたのだ。


 そう、メイドさんが―――――――……!!


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