第5話 ハンス職人になる
当時、ゼンマイ時計に端を発して、オルゴールやからくり人形などが、盛んに作られるようになってきていました。
昔、時を知らせるのは、教会の役目で、鐘つき男が鐘を鳴らしていましたが、大きな町には、時計台が作られ、時計人形が代わりに鐘を鳴らすようになりました。その他にも時報にあわせて人形が踊ったり、鳥がさえずったりと様々な趣向が繰り広げられていました。
しかし、ハンスは、まだ、そのようなしかけを見る機会がありません。大工職人のお父さんは、昔、遍歴していたとき、ストラスブールの大聖堂の時計台で踊る人形を見たことはありましたが、ゼンマイ時計が出来てから、オルゴールが広まったので、オルゴールは時計のからくりを利用しているはずだと言うだけで、その仕掛けはお父さんにも分かりません。
ハンスは、教会で見たオルゴールのことが、頭から離れず、大きくなったら、オルゴールを作る職人になりたいと思うようになりました。
ハンスが一三歳になったとき、お父さんが、仕事中に、屋根から落ちて大怪我をしました。隣町に住む医者が、都の医者なら助けることができるかもしれないと言いましたが、都までは、二週間もかかります。医者を呼ぶことなどできない相談でした。
一週間ほど、苦しんで、ハンスのお父さんは亡くなりました。後に残されたのは、ハンスとおばあちゃんだけでした。今までも、家の手伝いなどをしていたハンスでしたが、これからは、生活を支えなければなりません。
ハンスは、奉公に出ようとしましたが、その当時の法律では、奉公は一四歳になってからでないと認められませんでした。それまでの間、ハンスは、勉強に一生懸命に取り組みました。
ヨハナが時々、遊びに来ますが、ヨハナは、この頃女の子らしくなって、ハンスは、一緒に遊ぶのが恥ずかしいような気がします。
ハンスは、小さいときに教会で見た小人のことが、忘れられなくて、ヨハナに、
「あの小人さんなら、僕の願いをきいてくれるのかな」
と言いました。
「今度の願いはなあに」
とヨハナが聞くと、
「家にもっとお金があったらなあ。もっと、勉強ができるのに」
自分でも無理な願いとは、知っていましたが、奉公は、もう少し後にしたかったのです。ヨハナには、ハンスの気持ちがよく分かりました。
十四歳になったときハンスは、村から遠くはなれた大きな町のオルゴール職人の親方のところに徒弟奉公をすることになりました。村外れまで、おばあちゃんとヨハナが見送ってくれました。
早朝ですが、街道に通じる道には、既に近くの町まで物を売りに出かける者や、どこまで行くのか旅の職人が歩いています。大きな材木を運ぶ馬車も、ゴトゴトと音を立てながら通り過ぎます。
ヨハナが、
「あのときの約束は、忘れないで」
と言いましたが、ハンスは恥ずかしそうに、
「忘れてはいないよ」
と一言、言っただけでした。
前夜のうちに、話すことは話したおばあちゃんは、悲しみをこらえながら、一言、
「ハンス、正しく生きるんだよ」
と別れの言葉を告げました。
目的の町までは、歩いて一週間ですが、口ききの男がハンス一人だけを連れて行くのではなく、他の村も回って奉公に出る子どもたちを集めなければなりません。集められた子供は、計五人となり、しばらくの間、一緒に旅をすることになりました。
旅の途中で、ハンスは、初めて宿に泊まり、今まで口にしたことがなかった料理も食べました。短い間ですが、奉公に出る子どもたちと一緒にベッドに入り、身の上話をすることもできました。
街道を歩いていると、遠くにきれいな景色が見えます。ハンスと同じくらいの子どもたちが、学校で学んでいるそばを通り過ぎたこともありました。
小さな町を通ると、奉公先で弟子たちが親方から大声で怒られている光景も目にしました。しかし、ハンスは、そんなことでくじけたりはしません。そんなことには、おかまいなく、これから先、どんなことが待っているかと、心が踊っていたのです。
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