第25話 工房で悩むハンス

 ひとり、工房に戻ったハンスは、大臣たちの話をもう一度、思い出していました。まず、宮廷楽団と同じような大きな音を出し、しかもそれに匹敵するほどの音色も出さなければなりません。オルゴールの大きさも相当なものになることが予想されました。

 ハンスは、これほど大きなオルゴールを作ったことはありません。大きさは、材料を集めれば何とかなると思いましたが、金管楽器の音に加えて、弦楽器のバイオリンのような音色は、どう作ったらいいのでしょう。材料は何がいいのか。まるで見当がつきません。

 音色も大事ですが、管弦楽を途切れなく演奏するのも難しい問題でした。管弦楽の演奏時間は、短くても十数分、長ければ三十分以上になり、それだけ、シリンダーの直径は、大きくなります。しかも、それを同時に数十本も動かすとなれば、ゼンマイで果たして、その力を維持できるのか、考えなければならない問題は、次から次へと出てきます。

 水力で動かすことも検討しましたが、新たに王宮の中に水路を引くことは、できない相談です。ハンスは、大聖堂のパイプオルガンに注目しました。あれほど巨大なパイプから音を出すためには、何人もの人間がふいごを踏んで送風しています。あの風の力で、シリンダーを回せばいいのではないか。

 ハンスは、音色のことは後回しにして、ふいごで動くシリンダーの図面を描き、試しに一台目を作ってみました。シリンダーは、動きました。ふいごを踏む力を最大限に利用できれば、五、六人で、動力の問題は解決しそうです。

 動力の次は、音色です。ハンスは、親方に、管弦楽を演奏できる櫛歯があるのかと手紙を出しました。また、修行中に、書き留めた手帳をもう一度、見返しました。

 親方からの返事は、ハンスが求めるようなものは、見たことも聞いたこともないということでした。また、手帳にも、参考になるようなことは、見当たりませんでした。

 しかし親方の手紙の最後に、これは言い伝えだがと断って、禁じられた技を用いて、妙なる音色の出るオルゴールを作ったというオランダの職人の話を聞いたことがあると書いてありました。そのオランダの職人は、この世のものとは思われないオルゴールを作り上げた後、永遠に諸国を放浪することとなったと。

 親方の手紙の最後の「禁じられた技」という言葉が気になりましたが、どこから手を付けて良いのか分からないハンスは、とりあえず金、銀、銅、鉄、青銅、錫、鉛と集められる限りの金属を揃えました。これらを加工して、何とか、管弦楽の音を出す櫛歯の一つも、作り出そうと考えたのです。

 最初は、トランペットの音だけでも作り出そうとしましたが、とても管楽器の音にさえなっていません。最初から、完全なものができるはずはないと思っていたので、ハンスは、くじけませんでした。だが、二台目、三台目と作り続けても、目指した音は出なかったのです。

 楽団と聴き比べる必要がないほど見劣りするものしか作れないのかと、ハンスは、がっかりして、これ以上、どうしたらいいのか、わからなくなりました。

 その頃、色々な音色を出すオルゴールが作られていましたが、小さなリード・オルガンを備えたものがありました。リード・オルガンを工夫すれば、吹奏楽器の音が出せるのではと考えて、ハンスは、トランペットを作ってみました。

 ある程度の音色は出ますが、ハンスは、これでは、オートマタに似てきたと感じました。さらに、多数の吹奏楽器に空気を吹き込むとすると、その動力をどうやって確保するかという難しい問題があります。

 考え、試作して、また試みる。そんなことを繰り返している内に、王様の望みのものがつくれないのに、期日は迫ってきています。ハンスは焦り始めました。そんな自分の弱みを見せまいと、ハンスは、自分の工房に他人が入ることを禁じました。注文主である王様でさえ、入ることができません。

 気になって仕方がない王様は、オルゴールは、いつ完成するのかと家来を遣わしてきます。そんなとき、ハンスは、

「もう少しです」

と答えることしかできませんでした。

 そうして、競争相手のムントのオルゴールの進み具合をたずねました。ムントは、国中のオルゴールを集めて分解は終わったようですが、それ以上のことはわかりませんでした。

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