第26話 ハンス 小人の出現
夜も更けて、工房の中で、ハンスが疲れて眠っていると、耳元でささやく声が聞こえます。壁には、細いランプの火がともり、作業台においた、ろうそくは消えかかっています。目を開けても誰もいません。おかしいなと思いながら、もう一度寝ようとすると、
「私です。小人です」
という声が、はっきりときこえ、小人の影が大きく壁に浮かび上がりました。
「約束のときが来ました。あなたは、ヨハナと結婚したいですか」
約束のときと聞いて、ハンスは、幼かった頃、小人と交わした約束を思い出しました。あの時の小人が、またここにいました。机においた振り子式の置き時計は、ちょうど午前零時を示しています。
小人がたずねます。
「あなたは、ヨハナと結婚したいですか」
「いや、私は、この国の王様のために大きなオルゴールを作っている。それが王様の気に入れば、王女と結婚できるんだ。だから、ヨハナとの結婚は……」
小人の質問に答えるかわりにハンスは、ヨハナの気持ちを知りたいと思いました。
「ヨハナは、今でも僕と結婚したいのかな」
と小人にたずねると、小人は、
「ええ、ヨハナは、そう思っています」
それを聞いて、ハンスは、ヨハナを悲しませることになるのかと思いました。
だが、ここで、王様の気に入るオルゴールを作ることができなければ、今までの苦労はどうなるのでしょう。それよりも、小人が、自分の願いを叶えてくれないだろうかとハンスは思いました。確かに、ハンスは、立派なオルゴール職人になりたいと願ってきました。
ハンスの心を見透かしたかのように、小人は、
「立派なオルゴール職人になりたいと、あなたが願っていたのは覚えています。あなたは、自分で努力して、そうなったので、私の魔法は、少しだけ、お手伝いしただけです。あなたは、すでに立派なオルゴール職人です。王様の気に入る素晴らしいオルゴールを作りたいという、あなたの願いをかなえるのは、難しいことです。本当に、あなたがそう願うなら、私は大事なものをいただかなくてはなりません」
自分にとって、大事なものを差し出さなくてはならないと聞いて、ハンスは、
「それは、昔聞いた黒い魔法をかけるということかな」
とおずおずとたずねました。
「そうです。出来ないことをできるようにするには、特別な力が必要なことは、あなたにもわかるでしょう」
ハンスは、小人が、にやっと笑ったように感じました。
「ぼくが、あげることができるもの? お金なら少ししかないが」
と聞くと、小人は、
「あなたの脚をいただきたいのです」
と言いました。
えっ、脚だって、脚を取られたら、歩けなくなってしまうとハンスは、恐ろしくなりました。
「ご存知かどうか、あなたの体は、生まれる前に、魔女のものになっていたかもしれません。まあ、そうなりはしませんでしたが。全部とは、いいません。片脚だけですから、義足をつければ歩けるでしょう。それに、王女様と結婚できれば、自分の脚で歩くこともないでしょう」
と小人は、無造作に言います。
「えっ、生まれる前に、何があったんだろう」
と、ハンスは母の死と自分の出生が何か関係があるのかと改めて思いました。
小人の要求は、信じられないものでした。この世に二つとないオルゴールを作るために、自分を犠牲にしてもいいとは思っていましたが、体の一部を提供することまでは、考えていなかったのです。いや黒い魔法を願うのなら、どんなことを求められるか分からないのだとハンスは改めて思い知りました。
ハンスは、ヨハナと結婚して、オルゴール職人として生きていくのか、それとも王女と結ばれて栄華の人生を送るのか、どちらを選ぶのだと自分に問いかけました。答えが見つかりません。
しかし、誰もが成しえなかったことをするということには、惹かれるものがありました。片脚がなくなっても、心配はいらないという小人の言ったことに納得は出来ませんが、それしか方法がなければ、やむを得ないのかと、ハンスは思い直しました。左脚で、このオルゴールが完成するなら、
「よし、わかった。僕の左脚をやろう。その代わり、王様の気に入るようなオルゴールを作ってくれ」
しきたり通り、小人との約束は、羊皮紙にハンスの血で書かれました。もし、この契約を破った場合は、死ぬこともあるのです。それにしても、この小人は、悪魔だったのでしょうか。
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