第8話 兄弟子ルンゲ

 兄弟子ルンゲは、親方が特別に目をかけていた職人です。小僧の頃から、飲み込みが早く、金属の細工に才能がありました。年季が明けて旅職人となりましたが、親方のもとで、働くようになってから、親方と意見が合わなくなりました。

 その頃、アラビアで、オートマタ(自動機械)というものが発明され、水力で動く、からくり仕掛けのウェイトレスがいるとか、人形の楽団に演奏させたなどという噂が伝わってきました。

 実は、ルンゲは、オルゴールの仕組みをもっと発展させることができないかと考え始めていたのです。シリンダーが簡単に交換できれば、奏でる曲は多くなります。ピンが交換できれば、もっと簡単です。櫛歯の材質を変えれば、音色を変えることができます。カムを使えば、音楽にあわせて、人形を踊らせることもできます。

 しかし、それよりもう一歩進もうとすると、どうしても超えられない壁がありました。音を出すにしても、ただ単に鐘をたたくような音であれば、簡単です。打楽器、木管楽器、金管楽器の音も工夫をすれば、音は出せそうです。

 しかし、弦楽器の音となると、今のオルゴールの仕組みでは、難しいとルンゲは判断したのです。フランスで、オートマタの技術が進んでいると聞いたルンゲは、それを学びに行きたいと親方に相談しました。親方は、それは、門外不出の技術であり、技術を習得するには、長い奉公が求められるとルンゲを止めました。

 しかし、どうしてもオートマタの秘密が知りたかったルンゲは、親方との契約が切れるとフランスに旅立ちました。

 実は、このフランスへの修行への旅立ちには、親方の娘ソフィアとの微妙な関係がありました。親方には、ソフィアという一人の娘がいました。ソフィアはルンゲを好きになったのです。

 ルンゲは、ソフィアの好意を自分の目的のために、少し役立たせてもらおうと考えました。ルンゲは、オートマタという、これからの時代に花形となる機械について修行するために、フランスへ行きたいと考えているとソフィアに話しました。親方の許しが得られないときには、旅費などのお金を工面してほしいと頼んだです。

 ルンゲの下心を知らず、ソフィアは、父にルンゲの願いを聞いてほしいと頼みました。ルンゲと親方の話し合いは、何日も続きましたが、親方は、ルンゲのフランス行きを許してくれません。

 明日にでも、フランスへ旅立つという日、ソフィアがルンゲを呼び出し、ルンゲにそっと、大金の入った袋を渡しました。

「これが精一杯、あちらに着いたら手紙をちょうだい」

「ありがとう、これだけあれば十分だ。愛してるよ」

ルンゲの甘い言葉に、ソフィアは、何も言えませんでした。

 翌日早朝、ルンゲの姿が消え、その後、数日して親方は、大金がなくなったことを発見しました。疑われたのは、ルンゲでしたが、確かめようがありません。次に、弟子、職人と調べられましたが、誰の仕業か、わかりませんでした。

 ところが、ソフィアがおかしな不思議な動きをしていたのを母親が、覚えていたのです。どうやら、娘が犯人らしいと思われましたが、その内に、ソフィアは、家に居づらくなりルンゲのもとに旅立ちました。

 パリまでの一人旅は、苦労の連続でしたが、ようやくルンゲの住居に着くと、ルンゲが、やさしく迎えてくれると思っていたのに、人が変わったような冷たい対応です。

「おや、なぜ来たんだ。俺は、オートマタだけでは、食っていけないんだ」

 せっかく、ルンゲが快く迎えてくれるものと思っていたソフィアでしたが、それは裏切られました。ただ、ルンゲにも、それだけの事情があったのです。

 ルンゲは、フランスでオートマタの制作では、一番と言われる親方のもとで働くことになりました。しかし、修行という形ではなく、雇われ職人として、昼間はオルゴール職人として働き、夜の空いた時間に仕組みを理解するというものです。

 こんなふうな働き方になったのは、ルンゲが、オルゴール職人としては、一人前の腕を持つと認められたからでした。

 オートマタの原理は、すぐに理解できました。だが、困った問題が、起きました。自分の思うようなオートマタを作るのには、かなりの金がかかるのです。

 注文を受けて、制作しても、それは、注文主にとどけなければなりません。しかし、注文主の希望と自分のやりたい事が必ずしも合うとはかぎりません。

 ソフィアは、ルンゲの苦境を少しでも、助けたいと思いましたが、問題はお金です。父親に無心をしようかと考えたソフィアは、いつまでも、そんなことが続くわけはないと思い直しました。

 そこで、ソフィアは、ルンゲに、お金持ちでもない普通の人々でも、所有できるようなオルゴールの制作をしてはどうかと勧めたのです。

 オルゴールは、だいぶ知られるようになりましたが、まだまだ高価で、お金持ちや貴族などにしか持てません。そこで、材料の質を落としたり、あるいは正確さを犠牲にすることで、値段を下げた製品を作ることを考えました。

 そういう製品は、故障しやすいので、安く修理をしてくれる職人がいれば、あまり問題にならないでしょう。

 「修理は誰がするんだ、そんないい加減なオルゴールを修理してくれる職人がいるかな」

 ソフィアは、ムントはどうかと言いました。確かに、ムントは、修行の途中で、逃げ出しましたが、簡単なオルゴールの修理くらいは、できそうです。しかし、居場所はどこでしょうか。

 ソフィアは、近くの時計つくりの親方のところに行き、自分が、ポール親方の娘だと名乗り、昔、弟子だったムントという職人の居場所を調べてくれるよう頼みました。

 少し、時間はかかりましたが、ムントの居場所がわかりました。どこかの工房にいるのではなく、旅職人として遍歴しているようです。

 ルンゲではなく、ソフィアがムントに、オルゴールを安く修理する仕事を頼みました。ムントが了解したら、ルンゲが、細かいところをつめました。

 売り歩くのは、ソフィアで、ムントが修理し、その売上げの一部をルンゲに返します。こうして、ソフィア発案の安価なオルゴールの販売というプランは、軌道に乗るかのように思われました。

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