第7話 オルゴール
オルゴールにしろ、何にしろ、新しい道具や機械というものは、突然、世の中に出現するものではありません。むしろ、いままであった機械を参考に、それを改良して現れるほうが多いのです。
オルゴールは、スイスの時計職人の手によって作られましたが、その原型となったのは、一五世紀のオランダで発明されたカリヨンと呼ばれる複数の鐘を鍵盤で演奏するものです。このカリヨンに改良が加えられて、一定の間隔で鐘を鳴らすことができるようになりました。オルゴールの発明には、もう少しです。
ハンスが弟子入りした時には、オルゴールは、大きな箱型のものから、小さな箱型のものとなり、一番小さなものは、懐中時計に組み込めるようにまでなっていました。
しかし、オルゴールの原理は同じです。箱型のものは、一般に販売されるようになりましたが、懐中時計に組み込んだものは、高価だったために、貴族や裕福な商人からの注文を受けて、作っていました。
奉公に上がり三年目になって、小僧どもが、時計の仕組みは理解したようだとポール親方が認めたとき、初めてオルゴールの仕組みについて、説明がありました。
「兄弟子や先輩の職人の細工をみていたと思うが、オルゴールとは、これだけのカラクリ仕掛けだ」
ポール親方は、まだ組み込まれていないオルゴールの機械部分をもって、小僧達に説明を始めました。
「カリヨンを見たり聞いたりしたことは、あるだろう。あれがオルゴールのもとになったものだ。カリヨンとは、難しく言うと、音階の異なる鐘を鍵盤で鳴らす装置のことだ」
ハンスは、音階という言葉を初めて聞きましたが、ドイツ語で「スカーラ」、英語で「スケール」と言います。音階とは、単純に言えば音の階段です。ある間隔毎に分けられた音を高さの順に並べると物差しの目盛りのようになるので、「スカーラ」(物差し)と言ったようです。ハンスは、音の物差しと言われて、なんとなくそのイメージがつかめました。
親方が続けて説明します。
「音を出すだけなら鐘でなくてもいいのではないかと考えた人がいる。代わりに、鉄の棒でもいいんじゃないかとね。ただし、音の高さがばらばらでは、きれいなメロディにならない。最初は、鋼鉄の棒(歯)を、一本一本ネジでとめていたが、ピアノの弦からヒントを得て、一枚の鋼鉄の板に、長さが異なる刻み目を入れ、歯と歯の間が狭い櫛のようにした。これを『櫛歯』と言い、これが、発明されたことで今のオルゴールがある。櫛歯を弾くのは、シリンダーのピンだ。シリンダーとは金属の筒で、その表面にピンが植え込まれている。シリンダーの幅は、櫛歯の幅と同じで奏でる曲の音程を決め、シリンダーの外周の長さは、曲の演奏時間を決定する」
シリンダーとそれに付けられているピンを見て、ハンスは、水車小屋の軸を思い出しました。あの軸にも、ピンのようなものがついていた。そのピンで、杵を上下に動かしていた。他の小僧も同じようなことを考えていたとみえて、
「水車小屋で見たものと似ている」
と言いました。
ハンスは、そのあまりの単純さに、こんなことが、どうして思いつかなかったのかと思いました。そんなハンスの思いを見て取ったのか、親方が、
「誰だって種明かしをされれば、そんなものかと思うが、人は、そんなことが思いつかないのさ」
と言いました。ここまで来るのに、どれだけの職人が苦心したことか、想像もつかないほどだと。
覚えることは、いくらでもありましたが、今日は、何をするのか、何を作るのかという興味が、単調な仕事の中でも、ハンスを励ましてくれました。
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