第6話 親方のところへ

 親方のいる町に着きました。今までいくつかの町を通り過ぎてきたので、それほど驚くことはありませんでしたが、これから住むことになる町には、大きな教会を中心に石造りの建物が立ち並び、商店や職人の工房も見えました。偉そうにステッキを手にした紳士や、美しく着飾った女性が行き来しています。

 案内された親方の仕事場兼住宅の入り口には、大きく「時計職人ポール」という文字が並び、そのわきに小さく、オルゴール職人と書いてありました。ハンスは、おやと思いました。オルゴール作りが本職ではないのか。オルゴールを専門に作る職人は、後の時代になってから、増えましたが、当時は、時計職人が仕事の傍らにオルゴールを作っていたのです。

 ハンスが、驚いたのは、町の人々は、皆早口だったことです。後になって思えば、それほどではなかったのですが、村と町の生活のリズムの違いによるものだったのでしょう。ハンスは、一つ一つ町の生活に慣れていきました。

 その年、弟子入りしたのは、ハンス、ムント、ルンゲの三人でした。ハンスが一四歳、ムントは一六歳、ルンゲは一七歳です。ムントは、途中で、奉公が嫌になったといって、親方のもとから、どこかに行ってしまいました。三人は、生涯を通じての競争相手になりました。

 親方は、仕事の上では厳しい人でしたが、親方の奥さんは、やさしいお母さんでした。見知らぬ街に来ただけでも不安な子どもたちは、また子供から大人へとなっていく途上にいましたが、しつけが十分に出来ていない子には、言って聞かせ、良いところは、ほめてくれました。

 親方は、これからの時代は、時計やオルゴールが今まで以上に求められると予想して、弟子を多く取るようになっていました。ですから、親方の工房には、四人の兄弟子とハンスたちで、七人もの弟子が住み込みで働いていました。

 弟子たちに個別の部屋などはなく、寝るところが、自分自身の居場所です。寝る部屋は、皆一緒ですが、兄弟子が、寝る前に、怖い話をして年下の弟子を怖がらせたりするのは、どこでも同じです。

 ルンゲは、ハンスより二つ年上で、しかも大きな町から来たこともあって、良きにつけ悪しきにつけ様々なことを教えてくれました。それに、通いの職人も二人いましたが、ハンスにとっては、まったく雲の上の人のように感じられました。

 ハンスは、オルゴールの前に、時計の作り方から学ぶ必要がありましたが、実は、それ以前にも学ばなければならないことがありました。機械製造というものがようやく形づくられた時代であり、工業の基礎となるネジ、歯車、ゼンマイというものが使われていても、皆が知っているというほどではありませんでした。

 ですから、親方が、弟子に歯車というものについて教えようとしても、見本となるのは、工房にある歯車以外にはありませんでした。さらに、歯車に求められる機能によって、種類が決まり、どのような素材で製造が可能かということは、まだ経験に頼ることが多く、それらは一つ一つの作業の中で身に着けることとされました。

 さらに、この奉公は、手先が器用だけでは勤まらず、複雑な時計の動きを理解できる才能が必要でした。幸い、ハンスには、父親譲りの手先の器用さと母親譲りの熱心さがありました。

 それに木工細工と金属細工の両方を学ばなければなりません。特に、金属の細工には、旋盤が必要ですが、まだ蒸気機関もなかった時代ですから、作業場は河のほとりにあるのが普通でした。水力を利用して旋盤を回転させるのです。

 力の弱い旋盤でも加工できる金属は、まだ高価であり、それを無駄なく利用するには、金属の性質について学ぶ必要があります。時計の歯車は、村の水車小屋で見ていた歯車よりも、格段に小さく、又その動きも正確です。ハンスは、世の中が進んでいることを実感しました。

 ハンスに与えられた仕事は、大きな時計つくりでした。勿論、最初から時計の機械部を作ることなどはできないので、外側の箱作りから始めます。木材から適した部分を選び出し、設計図通りに切り出します。これが、意外に難しいのです。ノコギリで切ることは、お父さんが大工職人だったので、家では見様見真似でやっていたのですが、正確に切るということは、ある程度の余裕を残しながら切るということでした。その余裕で、全体を組み合わせた時の少しのズレを調整し、最後にぴったりとはめ込みます。

 時計の機械の部分は、予想していた以上に複雑でした。特にゼンマイの力が、少しずつ歯車を動かす仕組みには、よく考えたものだと感心させられました。

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