第11話 オートマタ(自動機械)
旅職人が遍歴するのは、ただ商売のためだけではありません。オルゴールの制作のヒントとなるような機械を見ることも大事な修行でした。
時計やオルゴールから派生し、発展してきたたオートマタ(自動機械)は、絵を描く、音を奏でる、文を書くといった流れるような動作も可能になりました。
その一つが、「文筆家」と呼ばれるオートマタで、小さな人形が、文字を書くときに、インク壺にペン先を浸し、インクが滴り落ちないように、余分のインクを振り落としてから文字を描くなど、実に細かい動きができました。
フランスで制作された女性の人形は、オルガンを弾くことができました。人形の指が、小さなオルガンの鍵盤を押すことで実際に音がでます。五つの曲を演奏できるようになっていました。
写真などがない時代ですから、とにかく実物が見たい場合には、自分の脚で、そこまで行かなければなりません。それらオートマタを見るには、見物料が必要でした。大勢の見物人の中には、職人らしき者も混じっています。大時計の下で動く人形とおなじような仕掛けがあるとハンスは、見て取りました。その仕掛けの中心になるのは、おそらく台座の部分だろうと見当がつきました。
見物人には、機械に興味がある者だけでなく、むしろ反感を抱くような人も混じっていました。このような機械仕掛けの人形が、生命が宿ったかのようにリアルな仕草をすることに、眉をひそめる人々がいたのです。
バチカンを頂点とするカトリック教会から、田舎のプロテスタントの教会の牧師まで、そのような人形は、偶像崇拝につながるおそれがあるのではないかと感じていたのです。
彼らにとっては、無機質な機械が、人間の動作を真似るということは、あってはならないことだったのです。
一方、職人達が泊まっている宿では、夕食の後、今日見てきたオートマタ(自動機械)の中身がどうなっているかで話が盛り上がっています。動きのもとになるのは、ゼンマイで、あとは、歯車とカムの組み合わせだけだということは、分かっています。
人の動きを縦、横、奥行きに分解し、それが再現できれば、いいとは分かりますが、長さの単位も統一されていない時代のことなので、気の遠くなるほどの作業が必要になることに、その場にいた職人たちは、呆然としたのです。
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