第10話 オルゴール職人の旅

 ハンスは、オルゴール職人になりましたが、だからといって、オルゴール制作の依頼が、そうそうあるわけではありません。むしろ、時計の修理依頼のほうが多かったのです。

 時計の故障の大半は、ゼンマイの巻きすぎです。この頃のゼンマイは、まだ弱かったので、どうしても切れてしまいます。それを直すには、切れたゼンマイを取り外して、溶かし鍛錬して作り直すか、あるいは、新たに作るかしかありませんでした。

 ゼンマイの修理でさえ、ひと仕事ですから、旅の途上では、時計の修理は、かなり難しいものでした。鉄や銅を鍛錬する道具は、どうしても重くなります。旅職人は、各地を放浪して仕事をするので、あまり大きかったり、重かったりする道具は持ち運べません。ハンスが袋に入れていたものは、小さな鉄床、ハンマー、やっとこ、金鋸、ヤスリ、歯車、銅板などでした。それでも、合わせるとかなりの重さになります。

 村の地主などが、修理を依頼したい時は、前もってオルゴール職人の組合に話をしておくと、その近くにいる旅職人が足を伸ばして、仕事を請け負いました。

 そんなときは、依頼主が、仕事場を用意しておきます。用意できない場合は、旅職人が、近くの鍛冶屋で仕事をします。時計職人やオルゴール職人は、小さい部品を細工すると思われがちですが、鉄や銅を加工することが多いので、一通り鍛冶屋の仕事をすることができました。

 特に鉄は、なかなか溶けないので、炉の温度を高めるには、石炭とふいごのついた炉が欠かせません。鉄以外にも、銅、錫などの金属、それに色々な種類のヤスリも必要です。

 それらは、依頼主が準備してくれるのですが、それらを提供できるのは、貴族、教会、金持ちの商人などになります。

 依頼主が用意してくれた作業場で、仕事をするとなると、そこにしばらく滞在することになります。本来、旅職人は、色々なところを遍歴し、色々な人と交際することで、自分の技量と人柄を磨くのが目的です。

 その意味では、オルゴールの旅職人は、かなり異質な旅職人といえるでしょう。放浪するというよりも、あるところで仕事をしていると、次の仕事で呼ばれて、今の仕事が終わり次第、よそに移るということを繰り返すのです。

 依頼されたオルゴールが、小さければちいさいほど仕事が難しくなるというのも、他の仕事とは違っていました。オルゴールを小さくするには、もちろん、全体の部品を小さくする必要がありますが、難しいのは、小さな歯車を作ることです。

 歯車に規格があれば、いくつかのサイズを持ち歩いて、すぐに交換すれば、修理は簡単に終わるのですが、当時は、まだ規格というものがなく、独自に歯車のサイズを決めていました。

 歯車が壊れていれば、新しく作るしかありませんが、それが難しいのです。歯車は、旋盤で作ることができますが、旋盤のあるところまで、行くには日数が必要です。その作業場にいっても、すぐに使えるのはまれです。順番を待たなくてはなりません。しかも、水力を利用しているので、力が弱いのです。小さいものを細工するには、拡大鏡があれば便利ですが、当時は、まだまだ高価でした。

 だからといって、オルゴール作りに進歩がなかったわけではありません。旅職人の宿などで、同宿となれば、そこで、互いの知識や情報を交換して自分の技を磨くこともできたのです。

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