第4話 真夜中の教会

 真夜中の教会というものは、ろうそくが灯されていて明るいとはいえ不気味なものです。お墓はないものの、扉を押して入ると、当たり前ですが誰もいません。正面の壁には、十字架がかかっています。ハンスとヨハナは、それに向かって十字を切りました。

 オルゴールがあるのは、説教壇の脇です。二人は、忍び足で近づくと見つからないように長椅子の下に隠れました。

 ヨハナが、小声で言いました。

「どうしたら、小人をみることができるの。オルゴールを鳴らせば、小人が出てくるかもしれないけど、でも音を出すと牧師さんが起きてしまうし」

 ハンスも小さな声で、

「おばあちゃんが、小人は、真夜中の零時になると出てくると言っていたよ。それに、ぼく、とりもちを持ってきたんだ。別に小人を捕まえて、誰かに見せたり売ったりするわけじゃないよ。ただ、逃げられないようにしたいんだ」

 ハンスは、まだ夜の零時にならないことを確認してから、長椅子の下から、はいだし、とりもちをオルゴールの箱の近くに塗りました。

 しばらくして、もうすぐ午前零時になるというときでした。二人が、長椅子の陰に隠れて、そっと覗いていると、オルゴールの箱の横の板が扉のように開きました。

「あんなところに、秘密の扉があったのか」

とハンスは、驚きました。

 小人はあたりをうかがいながら、一人ずつ出て、三人になりました。やはり、小人はいたんだとハンスの心臓が高鳴ります。小人は、どこから持ち出したのか、油差しをもって、オルゴールの機械の部分に油をさしています。もうひとりは、ゼンマイを磨き、後の一人は箱の外を拭いています。

 その時、あっ、これは何だと三人の小人たちが、小さな声を出しました。なんか、ねばねばするな。動けない。そこは、ハンスが、とりもちを仕掛けておいたところでした。ハンスは、誰もいないことを確かめて小人に近づきました。

「ごめんね。とりもちで、君たちを捕まえて売ろうなんては考えていないよ。僕は、君たちと話がしたかったんだ。でも、逃げられると、僕が小人を見たと言っても誰も信じてくれないから」

 小人は、逃げようとすればするほど、とりもちが体にくっつきます。とうとう、小人は、

「あなたの願いをかなえますから、このねばねばから放してください」

と頼みました。ハンスは小人をとりもちから外して、説教壇の上に置きました。

「願いをきいてくれるの」

ヨハナが目を輝かせています。

「ええ、まあ」

「それじゃ、私とハンスが大きくなったら、結婚させてくれない」

ハンスが驚きました。いくら何でも、結婚なんてと。小人は、二人の心を見透かしたかのように、

「二人の気持ちは、分かりました。でも、先のことは誰にも分かりません。無理に結婚させることなど、魔法の力をもってすれば、たやすいことですが、二人の心をしばりたくはありません。人の心は、変わるものです。白い魔法をかけてあげましょう」

と言いました。

「白い魔法ってなんだろう」

とハンスが、聞き返しました。ヨハナも不思議そうです。

「魔法には、白い魔法と黒い魔法があります。白い魔法は、罪のないものですが、黒い魔法は、人を生き返させることも死なせることも、ただの石を黄金にも、ダイヤモンドを色ガラスにも、どんなことでもできる魔術です。そして、黒い魔法は、見返りを求めます」

 ヨハナがきっぱりと、

「心変わりなんか、絶対しません」

と言ったのに対して、ハンスは、黒い魔法という言葉が気になり、

「僕の気持ちに変わりはないよ。変わることはないと思うよ」

というのが、精一杯でした。

「あなたたちの願いは、きっとかなうでしょう」

「うれしい」

ヨハナが返事をしました。ヨハナは、結婚ということに、少し夢中になっていたようです。

 ハンスの願いは、立派なオルゴール職人になることでした。小人は、

「それも、難しいことではありません」

と言って、オルゴールの中に入ろうとしました。ところが、小人は何を思い出したのか、振り返ると、にやっと笑って、ハンスに

「ハンス、大事な話があります。あなたが大人になったとき、もう一度会いましょう」

と言って、姿を隠しました。

 今度は、箱から別の小人が、出てきて歌いだしました。

「人の心は、わからない。人の心は、すぐかわる。女の心は、すぐかわる。男の心もすぐかわる。白い黒いの違いでも、後の結果は大違い」

歌が終わると、いつの間にか、小人の姿は見えなくなっていました。

 当時、小人や妖精は、森の木陰、湖のほとりなど至るところにいました。普通は、見えないのですが、純真さを失わなければ見ることができました。小人は、悪魔ではありませんでしたが、不思議な力を使う者は、暗黒の世界に通じていたのです。

 それからハンスとヨハナが、もう一度、小人を見ようと真夜中の教会に行っても、二度と見ることはできませんでした。

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