第13話 ハンスの偽物 ムント

 ハンスの夢は、修行を終えて一人前の職人となり、工房を構える親方になることでした。そうすれば、おばあちゃんを引き取って暮らすことができます。そのためには、いい仕事をして評判を高めることが一番の近道です。

 修行の旅に出て、そろそろ三年めも終わりになる頃、すこしずつ、ハンスの名前が知られてきました。若いが、腕は確かだ。安い手間賃でいい仕事をしてくれる。

 初めて足を踏み入れた町で、自分の名前を聞くと、嬉しいものです。ところが、ハンスが、初めて訪問した町で気にかかることがありました。ハンスが、その日の宿に入ると、オルゴールを見てほしいと依頼があったのです。ここまでは、どこでもあることです。

 聞けば、旅の職人がオルゴールを直してくれたのは、いいが、すぐに壊れてしまったので、もう一度見てほしいとのことでした。ハンスが中を調べると、一応修理は、してありますが、一時しのぎで、しばらくは音も出るでしょうが、じきに故障するような、いい加減なものでした。

 誰が、こんな仕事をしたのかと聞くと、ハンスという旅職人だったそうです。ハンスは、自分の他にも、同じ名のオルゴール職人がいるのかと思うと嫌な気がしました。ただ、話はそれだけでは終わりませんでした。そのようなことが、二度、三度と重なると、ただの偶然ではないように思えてきたのです。

 大きな町に入ると、どこの旅職人が、どこの村にいるかということは、その町でも有力な親方が把握しています。ハンスは、その親方に、自分と同じ名前の職人がどこで仕事をしているかたずねてみました。

 すると、この町を目指しているのか、近くまで来ているとのことでした。ハンスは、一度、その職人と話をしてみようと考えていました。ハンスというのは、仮の名で実は、ムントというのが本名のようです。

 ハンスは、ムントが仕事をしているという村に、赴きました。鍛冶屋の一角を借りて、確かに仕事はしています。背は、ハンスより低く、普段から力仕事をしているとは、思えません。ハンスは、鍛冶屋に入り、ムントの仕事が一段落したころを見計らって、ムントにたずねました。

「ムントさん、私は、ハンスです。あのポール親方のもとで一緒に働いたことがありますね」

 ポール親方という言葉を聞いて、ムントが顔を上げました。ハンスが続けます。

「気にさわったら申し訳ない。あなたの修理したオルゴールがまた壊れたと言われて、修理したが、すぐに故障するような仕事だったが、あなたは、こんないつも仕事をしているのですか」

 ムントは、ハンスを上から下まで眺めながら、ハンスに久しぶりにあったということは、おくびにも出さず、

「客に、安いお金で、早くしてくれと言われたから、それに見合う仕事をしただけだ。誰にも文句を言われる筋合いはないはずだが」

と面倒くさそうに返答します。

「それでは、なぜ、ハンスという名前を使っているんですか」

と、重ねて質問すると、

「ハンスというのは、あんただけの名前じゃない。旅の職人が本名を名乗っても覚えられるはずもないから、その時々で適当に思いついた名前を名乗っているだけだ」

と、これまたと平然としています。

 ハンスが、

「丁寧な仕事をするのは、職人としての誇りでしょう」

と言っても、

「仕事が丁寧かどうかは、お客が問題にすることだ。同業者だからといって、なぜ、そんな質問をするんだ」

と食って掛かるしまつです。

 ハンスは、このような男とは、話し合うだけ時間の無駄だと悟りました。ハンスがこれから、どのような名前を使っても、真似をしたい者は、真似るでしょう。それであれば、誰が見ても、ハンスだとわかるようにすればよいのです。ハンスは、金のピアスをもうひとつ右の耳につけることにしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る