オルゴール職人ハンス
@chromosome
第1話 教会のオルゴール
ハンスという男の子の名は、ありふれていますが、ヘルシェンヘリングサンドウンターデンリンデンという長い名前のある村は、ドイツで一つしかありません。
この物語は、ヘルシェンヘリングサンドウンターデンリンデン(あまり長いので、ヘルシェンと呼ぶことにします)という村で、生まれ育ったハンスという男の子とヨハナという女の子の話です。ハンスは、八才、ヨハナは六才になっていました。
ハンスが、オルゴールというものを初めて見たのは、村の教会で結婚式が催された六月のことでした。西欧には、六月の花嫁という言葉があります。一年間で最も雨が少なく、天気の良い日が多いこの時季は、まだ夏にならず過ごしやすい季節です。
バラやジキタリスのような冬の花が終わり、ポピー、ラベンダー、プリペットなどの美しい夏の花が咲き乱れ、長く寒かった冬のことも、すっかり忘れてしまえるほどです。
日曜日の礼拝が終わると、新し物好きの村の地主が、教会に寄付をしたオルゴールがお披露目されました。ハンスの眼の前にあったのは、きれいに彩りがされた箱だけでした。そこから、きれいな音楽が鳴るというのです。
家に帰ろうとしていた村人が、何が始まるのかという顔をしています。地主の腕は、自慢げに大時計のゼンマイを巻くように動いています。それがすむと、箱の蓋が開けられました。すると、今まで聞いたこともないような音楽が鳴り出したのです。こんな小さな箱から、どうして音楽が鳴るのか、何もしないのになぜ音が出るのか、とにかく、オルゴールの音楽を聞いた時の驚きをハンスは、大きくなっても鮮明に覚えていました。
オルゴール職人となってから、もう一度、そのオルゴールを見て、音を聴いた時は、音も悪く、それほどの出来ではないことが分かりました。
しかし、そのとき村で、初めてオルゴールを見たのは、ハンスだけではありません。殆どの村人が、初めてその音色を聞いたのです。こんな箱から、どうして、そんなに美しい音楽が聞こえるのか誰も不思議でした。
女友達のヨハナも、その音色にうっとりとなった一人でした。ヨハナが、
「きっと、小人が中でバイオリンを弾いているんだわ」
と言うと、ハンスは、
「小人なんか、いるように見えないよ」
と否定しましたが、実は、ハンスは、小さい頃から、妖精や小人などを見かけていたのです。
「夜になれば、出てくるのよ」
とヨハナは、自信たっぷりに言いました。ハンスは、ヨハナも妖精や小人を見たことがあるのかと思いました。
しかし、ハンスは、ヨハナに、妖精をみたことがあるのかと聞こうとはしませんでした。なぜなら、逆に聞かれたとき、どう答えたらいいかわからなかったからです。
ヨハナが、小人が中でバイオリンを弾いていると言ったのは、おばあちゃんから、魔女、妖精、悪魔、エルフなどの話をたくさん聞いているからだとハンスは思いました。
たしかに、どの家のおばあちゃんも暖炉の前で暖まっているときや子供がベッドに入ったときに、森や湖には、妖精や悪魔がひそみ、怖い狼が、幼い子どもを狙っているという話をしていました。
特に、ヨハナは、ヒキガエルにされたかわいそうな王子様の話しや継母にいじめられる美しい女の子の話を何度も何度も聞いて、自分も継母にいじめられたら、きれいになれるのではないかと思うほどでした。
教会からの帰り道、オルゴールというものを、初めて味わったハンスは、どうしても、そのからくりを知りたいと思いました。そうだ、おばあちゃんが、話してくれた小人は、真夜中に外に出てきて、色々仕事を手伝ってくれるんだから、誰もいなくなったときに、もう一度来てみようと。
ハンスはあたりを見回し、誰もいないことを知るとヨハナに言いました。
「ねえ、小人を見たくない。あのオルゴールの中にいる奴さ。真夜中になら、きっとあの箱から外に出てくるよ」
小人が見られるというハンスの誘いに、ヨハナは迷いました。でも、これを逃すと二度と、小人を見る機会はないでしょう。
「じゃあ、真夜中近くに迎えに来て、家の納屋の前で待っているから」
とヨハナが決心して言いました。
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