第11話 新世界へ

 翌日、みんなで話し合って、このジュマーミと病院の居住地はラグナと名付けられた。〝楽園〟という意味らしい。


「さぁ、今日からここでの暮らしを本格的に始めていくわよ!」


 ライアの掛け声とともに、元セラームの住民たちは、ラグナでの生活体制を整えていった。

 俺と一緒に戦った戦士たちはラグナの警備を主に行い、戦闘行為を行わない若い住民や老人たちはジュマーミの畜舎の動物たちや、農園の野菜の世話といった感じである。

 病院の方では、唯一の医者であるモースが医療知識を持った人間を増やそうと、数名の希望者に対して研修を行っている。その希望者は、皆感染症で倒れた者たちであった。また、ここでは元教師のライアが警備の任に就きながら、子供たちに勉強を教えたりもしている。

 ジェスはミアと共に、農園の方にある納屋の新たな〝武器工場〟で色々やり始めた。どうやらそこの設備を見た感じだと、〈ムスタ〉の中に自分の助手だった人物がいた可能性が高いらしく、そのことを残念がっていた。ホントかどうかは知らんが……。

 そして俺はというと、施設周りだけでなく、少し離れた所まで出歩いての周辺警備や、力仕事が主だ。あとは、その日の勉強を終えた子供たちの遊び相手なんかもしている。子供たちはマルスも含めて七人。奴らの一番のお気に入りはジュマーミでのかくれんぼで、俺に見つからないように隠れることが、たまらなくスリルがあって面白いらしい。まぁ、全員短時間で見つけることは簡単なのだが、そこはあえて見つけるのに苦労しているかのような素振りをしておいた。ある意味、どんな仕事よりも大変なのだが、今の俺にとって奴らの相手をすることが、一番の息抜きなのかもしれない。

 そんなある日のこと。


「うわー! 助けてー!」


 とある少年の悲鳴が、ジュマーミの駐車場に響き渡る。


「どうだ! 捕まえてやったぜ!」


 今日は病院の学校が休みで、昨日ライアは夜勤警備だったから寝ていて、朝から子供たちは遊び放題である。水鉄砲のおもちゃで俺を攻撃しながら逃げ回る、という遊びに付き合わされている俺は、子供たちの一人を捕まえ、高々と持ち上げてやった。


「大変だ! テス、今助けるからな!」


 俺が持ち上げている子を助けようと、他の子供たちが俺に水のレーザーの集中砲火を浴びせる。


「ぐぁあああ!」


 俺はわざとダメージを受けたかのように振る舞い、テスを地面に放した。


「よし! テス、こっちまで来い! みんな! 一旦、間合いを取るぞ!」


 リーダー格で他の子たちよりも一回り大きいヤイスの指示で、子供たちは俺から距離を取り、再び攻撃に転じる。俺は奴らが放つ水のレーザーを浴びながらも、一人ひとりフラフラになるまで追い詰めてやった。

 だが、


「参った! 降参だ!」


 頃合いを見て、〝未来の戦士たち〟に対して白旗を上げる。


「よっしゃ! ギリギリ勝った!」


〝未来の戦士たち〟の面々が勝利の歓声を上げ、ハイタッチを交わす。よく見ると、その中に先ほどまで一緒にいたはずのマルスの姿がないことに気付いた。

 慌てて辺りを見回して探すと、俺たちから少し離れた所で、正面フェンスの方をじっと眺めているマルスの姿があった。


「ジュマーミの中でボードゲームしようぜ」

「アルフ、今度はかくれんぼだからね!」

「へいへい、分かったよ」


 マルス以外の子供たちがジュマーミの中へと走り去っていく。

 心配になった俺は、マルスの所まで行って声をかけた。


「どうした、マルス? みんなと一緒に遊ばないのか?」

「外の世界って、どんなものがあるんだろう……」


 死体が括り付けられていた正面のフェンスは、〈ムスタ〉と戦った時に俺が蹴り倒した部分などを修復し、外からこちらが見えないよう今ではシートが取り付けられている。

 それにもかかわらず、マルスは正面のフェンスの方を見続けていた。まるで、そこから先の空想上の景色を見ているかのように。


「どうしたんだ? 急に」

「セラームからここに来る時、車の窓から景色を見ていたけど、もっと色んな所を見てみたいなって思って……」

「出てみたいのか? 外に」

「うん……今までずっと、ママが外は危ないからって言って、セラームから出たことなかった。ここに来て、また外へは出るなって言われたけど、そんなの本当は嫌だ」


 そういえば、ライアが「この子が産まれてから、すぐに世の中がこんな風になってしまった」って言ってたっけな。ということは、マルスが物心が付いた時には、すでにセラームにいて、そこからライアは外に出さないようにしていたのかもしれない。

 いくらマルスを守るためとはいえ、マルスにとっては気の毒な話である。

 しかもそれが、もし本当に俺たち〈CSF〉のせいだったとすれば――。

 しばらく、二人で沈黙の時間を共に過ごす。


「……それじゃあ、俺と少しだけ、外に出てみるか?」


 俺は色々考えた末、外に出てみたいというマルスの願いを叶えてやることにした。


「ホント?」


 すると、マルスのくりくりした目が輝いた。


「ああ。ただし、ホントに少しだけだからな」

「うん!」


 ――とは言ったものの、どうやって一緒に外へ出ようか……。


 こっそりと、どこかから抜け出す? いや、ダメだ。そんなことをして俺やマルスがいなくなったと知り渡れば、どうなってしまうか分からない。あらかじめ、何かしらの許可はとっておいたほうがいいだろう。ライアはきっとダメだと言うだろうが、幸い今は眠りについている。今警備の任に就いている人間で一番地位が高い奴といえば、ブラス……じゃない、あいつも昨日は夜勤警備だった。とすれば――クレスだ。

 皮肉屋で嫌味たらしい奴だが、こんな時は意外と頼れるのかもしれない。しかも、奴には俺に借りがあるしな。そこを突いてみよう。


「クレス、ちょっといいか?」


 新しく設置された、ラグナのゲートの見張り台にいるクレスに声をかけてみた。


「なんだ? デカブツ。お前、びしょ濡れじゃねぇか。ガキどもにやられたのか? まったく、人気者は大変だな」


 そして、相変わらずのノリの返答に対し、俺は切り出した。


「お前に頼みがあるんだが、マルスを少しだけ外に連れてってやろうと思うんだ。ライアには内緒でな。だから、見張りをしてるみんなに、無線でそのことを伝えておいてほしいんだ」

「はぁ!? 正気かお前!? そんなの許されるわけないだろ。それに、もしライアに知られたら、大目玉を食らうぞ」

「だから、ライアが目覚めるまでには帰って来るさ」

「そういう問題じゃなくて、もしマルスの身に何か起きたらどうするつもりなんだよ」

「大丈夫だ。俺が守るから」

「いやいや、お前なぁ」


 クレスが何時いつになく、真剣に話し出したところで、切り札を使う。


「お前、初めて俺に会った時、何をした? 確か……そのライフルで俺のことを撃った、よな? それに、『俺たちがこうしていられるのも、お前のおかげだぜ、デカブツ!』とかこの間のパーティで言ってなかったか? だったら、俺の頼みを一度くらいは聞いてくれてもいいんじゃねぇのか?」


 すると、クレスは図星を指されたかのような表情を浮かべ、軽く舌打ちをした。


「……分かったよ。でも、どうなっても俺は知らんからな」


 なんだか、初めてクレスのことを屈服させてやった気がした俺は、薄ら笑いを浮かべる。


「へへ、悪りぃな。それじゃあマルス、耳栓をジュマーミから取って来い」

「なんで?」

「万が一、俺が銃を使わなきゃいけない場合に備えてだ。至近距離の銃声は、結構耳に来るからな。取ってきたら、ここで待ってろ」

「うん、分かった」


 そう言って、マルスはうきうきした様子でジュマーミの方へ走っていく。俺も農園の納屋まで、自分の武器を取りに行った。


 しばらくして、マルスとゲートの所で合流した。


「よし、じゃあ俺の肩に乗って、ツノにでも掴まってろ」

「うん」


 俺は片膝をつき、マルスを左肩に乗せる。マルスは俺の肩に座ったような状態になり、俺の頭から生えているツノを手で掴んだ。


「せーの」

「うわー、凄い! 高い!」


 俺が掛け声とともに立ち上がると、マルスがはしゃぎ出した。

 自分の身長よりもはるかに高い所からの眺めは、マルスにとって相当なもののようだ。


「準備はいいか?」

「うん!」

「しっかり掴まってろよ」

「うん!」

「ところで、どういう所に行きたい? 自然が綺麗な所か、街の方か」

「うーん……じゃあ、自然が綺麗な所!」

「了解。それじゃ、俺が見つけた〝とっておきの場所〟に連れてってやる」


 お互い出かける準備ができたところで、俺は正面フェンスと同様にシートで覆われているゲートの扉を開け、外へと踏み出した。


「おい、あんまり長くいるんじゃねぇぞ。それと、何かあったらすぐに戻ってこいよ」


 クレスが見張り台から俺たちに釘を刺す。


「分かってるよ。あと、これで貸し借りはなしにしといてやる」


 俺の言葉を聞いたクレスの呆れたような顔を拝んだところで、マルスが振り落とされない程度の速さで俺は走り出した。

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