第4話 偽りの楽園

 軍用トラックがゲートの中に入っていく。すると、このセラームとかいう町の住民と思われる人々が待ち構えていた。五十人ほどといったところだろうか、老若男女問わずこの町に居住しているようだ。皆軍用トラックの荷台に乗っている俺をまじまじと見ている。


「なんだよあの化物」

「ホントに大丈夫なのか、あんなの招き入れて」

「ライアの奴、気が狂ったのか」

「ママ、あの怪獣みたいなの怖い……」


 当然っちゃ当然ではあるが、住民たちからは俺への歓迎の声は聞こえてこない。


「あの……コンニチハ、みなさん……どうぞよろしく……」


 肩身の狭い思いで、俺は手を振りながら住民たちに挨拶する。


「あいつしゃべったぞ」

「気味が悪いわね」

「ママ、怖いよ!」


 ――ライア! 頼む、なんとかしてくれ! 


 と心の中で叫んだその時、ライアとブラスが軍用トラックから降りた。


「みんな大丈夫よ、安心して。彼はもともと人間だったの。それもラジュラに所属していた兵士だったみたいで、凄く強いわ。多数のクワイドと戦って、奴らを倒していたのをブラスと見ていたの。この通り、意思疎通もできるみたいだから、私たちの役に立ってくれるはず。そうよね、アルフ?」


 ――なんて空気の読める奴なんだ、ライア!


「あ? ああ、もちろん。みんなのために役に立つぜ」


 俺は住民たちに向けて力こぶしを作り、アピールした。


「アルフって呼んでほしいそうだ。どういうわけか見た目は化物だが、中身は人間だ。みんな安心しな」


 ――ブラス、お前に対する好感度もだいぶ上がったぜ! 


 ところが――。


「分かってるのか、ライア。そいつが変な病気でも持ってたら、状況は悪化するだけなんだぞ!」

「ただの言葉をしゃべるクワイドで、私たちを油断させといて、食べようとしてるだけなんじゃないのかい!?」


 おうおう……見事なまでに信用されていないようだな……どうしたものかね。


「彼に関する全ての責任は私がとる。どっちみち、今の私たちだけじゃ〈ムスタ〉の奴らに打ち勝つのは厳しいわ。彼は私の家にいてもらうし、常に見張っておく」


 よかった。ライアに自分の所で監視しておく、と言っておいてもらえれば、住民たちの俺に対する不安は多少取り除けるだろう。

 てか――〈ムスタ〉の奴ら? 一体誰のことだ?


「後で改めて作戦会議をするわ。戦闘に参加する者たちは一時間後、教会に集まって。それと、モースも呼んできて。あと、ジェスも来てちょうだい」


 作戦会議? 戦闘に参加する者たち? ――なんの話かよく分からない。


「分かったか!? 一旦みんな解散だ。心配するな。こいつが変なマネをしたら、俺がすぐぶっ倒してやるさ!」


 クレスがゲートから下りてきた。住民たちに向かって一声かけると、皆怪訝そうな表情を保ったまま、その場を離れていった。

 だが住民たちの中で、その場に留まっている人物が二人いた。

 一人は年端もいかない、整った短髪で茶色がかった黒髪に、綺麗な顔立ちをした少年だ。少年は俺に視線を定めたまま、固まって動かない。構図がまるで肉食獣である俺を前にした、おびえた小動物の少年、といった感じである。おまけに俺を見る琥珀色のつぶらな目が、それこそ子犬のようで、なおさらたちが悪い。

 俺は少年から視線をらし、もう一人の方を見た。

 もう一人は白髪しらが交じりのオールバックで濃い顔をした、やや筋肉質なタンクトップ姿の中年の男である。少年とは対照的に、俺のことを興味深そうな目で見た後、口角を吊り上げたまま背中を向け、その場から立ち去っていった。――何なんだよアイツ……。


「ごめんなさい、アルフ。今この町は複雑な事情を抱えているの。とりあえず、あなたは私といてちょうだい」


 ライアにそう言われたところで、俺は軍用トラックの荷台から降りた。


「怖がらないで、マルス。平気よ、彼は何も悪いことしないから」


 ライアが少年のそばへ行き、膝をついてその頬(ほお)を優しくでる。


「その子は?」

「ああ、この子はマルス。私の息子よ」


 なるほど、綺麗な顔立ちは親譲りってわけか。


「よぉ、マルス。元気か?」


 俺は手を振りながら声をかけてみたが、マルスは怯えた表情のまま、ライアの後ろに隠れてしまった。臆病なのだろうか? なんだか可愛(かわい)げのある子だ。


「この子が産まれてから、すぐに世の中がこんな風になってしまった。クワイドであふれる前の世界を知らないのよ。だから、警戒心が強くて」

「そいつは気の毒に。その子の父親は? つまり、あんたの旦那だ」

「――死んだわ。クワイドに襲われてね。きっとこの子には、父親のことが記憶にない」


 ――しまった、余計なこと聞くんじゃなかった……。


「悪い、そういうつもりじゃ……」

「別にいいの。それはともかく、まずはこの町を案内するわ。ついてきて。マルスも一緒にいらっしゃい」


 いたたまれない気持ちになる俺をよそに、ライアが一歩二歩と歩き出す。

 意外とさっぱりしてるんだな、ライアは。


「俺はトラックをしまってくる。また後でな」


 ブラスが軍用トラックに乗り込み、走り去っていった。

 マルスと手をつなぐライアを真ん中に置き、俺は二人と共にセラームの中を歩いてみることにした。

 やはりこの辺は高級住宅街だったのだろう。町の中にも、広い敷地を持った邸宅が並んでいた。合間には畑や鶏小屋があったり、レストランのような看板が立てかけられた施設などもある。そして、後ほど作戦会議とやらをするらしい教会の建物も見えた。


「セラームはもともと富裕層向けの住宅街だった所の一部でね、太陽光発電システムや貯水池が備えられているの。私たちのようにクワイドの侵略から生き延びた人たちがここに辿り着き、協力し合って周囲に壁を築き上げ、今の町を作っていったわ。この町の人々が従事していた職業は様々で、建築に携わっていた人もいれば、農業に携わっていた人もいる。その人たちの知識のおかげで、こうやって生活が成り立っているの。レストランやバーのようないこいの場も作った。住民の中にはブラスみたいにシネスタ軍の兵士だった者もいて、彼らからみんな生きるすべを学んでいる」

「なるほどね、この中では文明的な生活が成り立っているわけだ。たいしたもんじゃねぇか。ライアはこうなる前、どんな職業に就いてたんだ?」

「私? 学校の教師をしていたわ」

「ほう、教師ね」


 確かに住民たちの前で話すライアの姿は、それを彷彿ほうふつさせるものであった。ひょっとして、この町のリーダー的な存在なのだろうか?

 それにしても――丸太のフェンスで囲まれているとはいえ、インフラは整っており、自給自足の体制ができている。おまけに、住める家は元高級住宅街の邸宅だ。一見ここには何不自由ない暮らしがあるように思える。さっきライアが言ってた〝複雑な事情〟って何なんだ? 


「なぁライア、さっきお前『今この町は複雑な事情を抱えている』って言ってたよな? それに『作戦会議』だの『戦闘に参加する者たち』だのって一体何なんだ? 俺にはこの町がそんな物騒な所のようには全く見えないんだが」


 町を歩いてみた感じ、景観的にも、今ライアから聞いた話という面においても、外の状況を考えた限りでは、百人中百人は俺と同じ疑問を持つはずである。


「そのことについては、後で作戦会議の時に説明する。あなたにも出てもらうわよ」


 すると、ライアはある邸宅の前で止まった。


「マルス、しばらく家の中で待っていてちょうだい」


 ここがライアの家なのか。目の前に広大な庭が広がっている。マルスはライアの言葉に頷き、くりくりした目で俺を見た後、何も言わぬまま家へと駆けていった。


「どうしたらあの子と親しくなれるもんかね。やっぱこの姿じゃダメなのか」

「しばらくしたら慣れると思うわ。状況が落ち着いたら遊んであげて」

「状況が落ち着いたら?」

「そろそろ会議の時間だわ。教会に行きましょう」


 再びライアが歩き出す。俺はその背中についていった。

 ふと周りを見渡すと、町の住民たちが不安そうな表情で家の窓や庭から俺たちを見ている。


「後で一軒一軒、改めて住民のみなさんに挨拶回りでもしないといけないのかもな」

「みんなに信用されたいのなら、町のためにまずは行動で示すことね」


 まったく、どの世界でも新入りっていう存在になってしまうと、周囲に溶け込むのに苦労させられるもんだ。特に今の俺には、そのハードルがとりわけ高く設定されていて、前途多難である。

 行動で示せ、ね。どんな作戦会議だが知らないが、やればいいんだろ、やれば。そんなことを思っているうちに、俺とライアは教会に着いた。

 教会の中では二十五、六人ほどの住民たちが座っていた。よく見ると、ブラスや、ゲートの所で俺を撃ったスキンヘッドのクレスと迷彩の鉢巻き男もいる。それに、さっきの気味悪いタンクトップ姿の中年の男までいた。

 ライアが祭壇に上がる。やはり彼女はこの町のリーダーであるようだ。

 俺は席が狭くて座れないから、後ろの方で通路の真ん中に立って話を聞くことにした。


「モース、状況はどう?」

「なんとかみんな一命を取り留めてはいるが、一刻を争う状況だ。早めに抗生物質を入手しないと、手遅れになる」


 ライアに何やら訊ねられた、モースと呼ばれる眼鏡を掛けた若い男が、切羽せっぱつまったような声で話す。


「そう、分かったわ。ちょっと後ろにいる彼に、事情を話してあげてもらえる?」


 深刻そうな表情を浮かべるライアに言われてモースが立ち上がり、俺の方を向いて話し始める。


「僕はこの町で医者をやっているモースだ。今セラームで悪性の感染症が発生している。患者は十二名。僕の診療所で隔離していて、状況は先に述べた通りだ。治療にはその感染症用の抗生物質が必要だが、ここにはないんだ。手に入れるためには、ここから二十キロほど離れた郊外にある、僕が勤めていた病院に行かなくてはならない」


 悪性の感染症? しかも、患者が十二名もいるだって?


「へぇ、そいつは大変だな。じゃあ、さっさとその抗生物質とやらを取りに行った方がいいんじゃないか?」

「そう単純な話じゃないの、アルフ。そこはね、〈ムスタ〉っていう武装集団がずっと支配しているのよ」


 ――なるほど、ワケありってやつか。感染症に、武装集団の〈ムスタ〉ね。いよいよ話がややこしくなってきた。


「それにそいつら、どうも何かしらの高度な戦闘訓練を受けている集団みたいなんだ。おそらく、俺やお前のような元シネスタ軍の兵士もいるんだろう」


 ブラスが浮かない顔をして話す。


「どうしよう、このままじゃあの人が……」


 その場にいた、三つ編みでポニーテールの若い女が、涙をこらえている。


「抗生物質を手に入れるのに、他の大きな病院じゃダメなのか?」

「街の方の大きな病院に行ってみたんだけど、クワイドが巣食っていて近づけなかった。大量のクワイドを相手にするよりは、大量の人間を相手にする方がまだマシだわ。それに、目的は抗生物質だけじゃない。ここ最近、町の食料が不足気味なの。居住者が増えてきたこともあって、食料の供給が追い付かなくなってきているわ。奴らはモースが言ってた病院に隣接するジュマーミと合わせて拠点にしている。食料も物資も豊富な環境で、私たちより安定した生活を得ているけど、それを私たちのものにしてやるわ」


 突然、ライアの表情が鬼気迫るものに豹変ひょうへんした。


「ジュマーミ? なんだそれ?」


 そんなライアに少し驚きつつ尋ねると、その場にいた住民たち全員が「お前何言ってんだ?」という顔でこちらを見た。

 ジュマーミ――シネスタの昔の言葉……なのか? 俺はラジュラくらいしか分からないんだが。拠点って今言ってたよな? ということは、どこか場所の名前なのか?


「嘘だろお前……ジュマーミに行ったことないのか?」


 クレスが驚いたような声を上げる。

 そう言われても……この辺では誰もが行くような所なのか?


「えっと……あれだ。さっきそこの眼鏡の……モースだっけか。『ここから二十キロほど離れた郊外にある』って言ってたろ? 結構遠くにあるみたいだから、行くのめんどくさいし、気にしたこともないんだ。ちなみに、どんな場所なんだ?」


 俺は軍用トラックでのライアとブラスの時みたいにごまかしながら、そこがどういった場所なのか探りを入れた。


「はぁ? ラジュラの隊員は庶民的な生活もできないほど訓練漬けだったってか? 食料品から日用雑貨、衣料品に家具や家電まで、ありとあらゆるものを扱う巨大スーパーだろうが。今どれだけ物資が残っているのかは分からないが、人間に必要なものは全て揃った、この世界じゃ楽園みたいな所さ。フードコートがあったりして、週末は家族連れで大賑わ(おおにぎ)いだった。しかも敷地内に食育の一環として、野菜を栽培する農園とか、牛や羊なんかが飼育されてる畜舎もあるんだよ。そこの野菜とかチーズとかが食料品コーナーに直売されてたりして、それが絶品だったんだ。おそらく奴らも食料確保のために、今も利用しているはずだ」

「マジか、そんな所があるのか!?」


 クレスの説明を聞いて、俺は大げさに体をのけぞって演技したのだが、内心本当に驚いてしまった。

 そんな場所を支配できれば、確かにこの世界でも安泰だ。

 けどちょっと待てよ……クワイドもいて、他にもライアたちみたいにそのジュマーミを狙う人間も間違いなくいただろう。にもかかわらず、そこを支配し続けている〈ムスタ〉って相当な連中なのではないだろうか。


 ――てか、そもそもの話としてだ。


「その〈ムスタ〉とかいう連中とは協力し合わないのか? 事情を話して、抗生物質も食料も分けてもらえばいいじゃねぇか」


 俺が率直な疑問をぶつけると、ライアは大きなため息をついた。


「アルフ、ここはもう〝力ある選ばれた者たち〟だけが生き残れる世界になってしまったの。もちろん協力し合えるのなら、そうするわ。でも、誰もが気の合う善人ばかりじゃない。奴らは冷酷非情。そこに行けば、よく分かるわ。みんな生き残るので必死なのよ。食料や物資にも限りがある。それは私たちも奴らも同じで、時には手段を選ばない」


 さっきの表情といい、これまで一緒にいたライアとはまるで別人のような言動である。


〝力ある選ばれた者たち〟だけが生き残れる世界――ね。


「それで、作戦はどうするんだ? こないだ偵察に行った感じだと、また奴らは仲間を増やしたみたいだし、警備はかなり厳重だぜ? 奴らがどのくらいいるのか、完全に把握しきれたわけじゃない。それに、このデカブツをどうするんだ? 行かせたところで、目立つからいい的になるだけだろうよ」


 クレスが親指で俺を指差しながら言う。この町に来てからというもの、ずっと俺に対してこの態度である。


「そのことについてなんだけど、ゲートの門番で使っているスナイパーライフルって、あなたが作った武器の中で最も威力が高いのよね? ジェス」

「ああ、そうだとも! ありゃ俺の作品の中でも最高傑作のモノさ! 間違いねぇ」


 教会の中に威勢のいい声が響き渡る。声の主は、あのタンクトップ姿の中年の男であった。

 ジェスっていうのか、あいつ。俺がゲートの所で撃たれた、あのスナイパーライフルを作っただと?


「あなたたちが撃ったジェスのスナイパーライフルを食らっても、アルフは平気だったでしょ? つまり、彼に銃の弾丸は効かない。ジェスがいないのに、あのスナイパーライフル以上の武器を奴らが持っているとは考えにくい。そこで考えたんだけど、小細工なしで彼には正面から突攻してもらい、混乱に乗じて私たちが不意をついて奴らを片付けていく、っていうのはどうかしら?」


 おいおいおいおい、随分な提案だな……。


「何を言ってんだ、ライア。さっきのはたまたまだったのかもしれないし、あれだけの武装した連中相手に正面から突っ込ませるなんて、無謀にもほどがある」


 ブラスが立ち上がり、ライアに食って掛かる。


「じゃあ他に方法がある? クレスの言うように奴らがどのくらいいるのか、完全に把握しきれたわけじゃない。だから隠密で行っても成功する確率は低いし、彼はどうしても目立つから一緒には行動しにくい。ならいっそのこと、彼に注目が集まっている隙をつく方が安全だわ。それに、彼は身体能力も非常に高い。人間が相手したところで、きっと束になってもかなわないわ」


 ライアの言葉を聞いてブラスは舌打ちすると、「それでお前は平気か?」と訊くような顔で俺の方を見た。ブラスに釣られるかのように、他のみんなも一斉にこちらの方を向く。


「俺はまぁ……大丈夫だと思うぜ。そこのスキンヘッドと鉢巻きのおかげで、今の俺の体には銃の弾も通らないって分かったしな。クワイドに比べりゃ、人間なんてラクショーよ」


 俺は思わずその場の空気に流されてしまった。

 すると、急に「これならイケるかも」という雰囲気が漂い始めた。


「安心しな化物の旦那。シネスタ軍にいたってんなら、少しは俺のこと聞いてんだろ? お前らが使ってた武器のほとんどは、この世界最高の武器職人こと、ジェス様が生み出したモノよ。その腕は世の中がこんな風になっても変わっちゃあいねぇ。あんたのために、何かいい武器を作ってやるからよ」


 ジェスとかいう奴は武器職人なのか。シネスタ軍の武器を作っていた? つまり、こいつに俺たちや他の国がさんざん苦しめられていたワケか……。


「それはいいわね! アルフの身体能力にジェスの武器があれば、まさしく鬼に金棒よ! ジェスならささっといいものを作ってくれるわ」


 視界が開けた、とでも言うかのようにライアが声を上げる。

 完全にもう俺をおとりにするという流れになってしまったようだ……。


「できれば今日の夜中にも作戦を実行したいんだけど、いけるかしら?」

「当たりめぇよ! 俺を誰だと思ってやがる。時間的にベストなモノとはいかないまでも、奴らに風穴を開けてやるくらいのモノなら、チャチャっと作ってやるさ!」

「決まりね。それじゃ、作戦に備えてみんな準備しておいてちょうだい」

「安心しろデカブツ。お前が巨大なハチの巣にならねぇように、俺たちがしっかりサポートしてやるからよ」


 クレスの嫌味が最後に出たところで、作戦会議は終了となった。

 てか、お前らがハチの巣にならねぇように俺が先陣を切るんだろうがよ……まぁ、口には出さないでおいてやるか。

 集まった面々が立ち上がり、教会を出ようとしたのを見て、俺も外に向かう。

 俺はライアと一緒にいなければならないことになっているから、外で彼女を待った。

 出てきた連中から、「期待してるからな」だの「思いっきり暴れてくれよ」だのと声をかけられる。中には「無理しないでね」とか「俺たちもちゃんと援護するからな」と一応俺に気遣いをする奴もいた。

 そして、ライアが神妙な面持ちでゆっくりと出てきた。


「ごめんなさいアルフ、とんだ無茶振りよね。でも、今はあなたの力が頼りなの。分かってちょうだい」


 申し訳なさそうな声で俺に言う。


「まさに、『時には手段を選ばない』ってやつだな。なんていうか、お前の印象が少し変わったよ」


 俺は笑いながら、冗談交じりにライアの発言をいじる。するとライアが、暗い顔をして黙り込んでしまった。


「まぁいいさ。確かにお前らは今の俺と違って、一発でも弾丸浴びたらアウトだもんな。俺を囮にするってのは、いい作戦かもしれないぜ。その代わり、ちゃんと援護してくれよな」


 慌てて俺はその場を持ち直す。


「ええ、任せて」


 ライアの表情が戻ったところで、最後にジェスが出てきた。


「おーい、旦那。武器を作るのに、まずお前さんの寸法を色々と測りたいから、俺と一緒に来な」


 どうやら、本当に俺専用の武器を作る気でいるらしい。


「どうすればいい? ライア」

「一緒に行くわ。用が済んだら、私の家に戻りましょう」


 なんというか、これじゃまるで飼い犬みたいな扱いである……。


「いいぜ、ついてきな」


 勢いよく歩き始めたジェスの後を、俺はライアと共についていった。


「それにしても、いい体してんじゃねぇか旦那。俺の最高傑作を食らってもピンピンしてやがるなんて。いつか、お前さんの体に風穴を開けてやれるようなモノを作ってやるさ。おかげでまた一つ目標ができたってもんだぜ」


 おいおい、あんまりシャレになってねぇぞ……。


「そうかい、せいぜい頑張ってくれや」


 俺はジェスのノリに合わせてやった。


「冗談だよ、冗談! ガッハハハハハ!」


 ジェスが胸をらせ、大笑いする。そうは言うものの、こいつならマジで俺を実験台とかにしかねない……こういう奴に限って、割と職人気質だったりするしな。


「ところでお前さん、ラジュラにいた時、俺の作品でどれが一番気に入ってたよ?」


 ――要するに、一番苦しめられた武器はなんだったかってことか。


 小さな外観からは想像もつかないほどの威力を持ったハンドガンとか、一体何発弾入ってんだよ? と聞きたくなるような大容量弾倉のアサルトライフルとか、それこそ家一軒まるごと貫通してくるスナイパーライフルとか……そんなものをラジュラの連中は扱っていた。


「そうだな……マシンガンの如く連射できるショットガンだったか、あれはトラウマ――じゃなくて最高だったな。敵を隅に追い込んで、あれをブッ放した時の快感といったら、もうたまらなかったぜ」


 ここで言う〝敵〟とは俺のことである。いつだったか、屋内で隅に追いやられ、あの武器を持ったラジュラ三人に囲まれた時には、死を覚悟した。あの時は運良く、〈CSF〉の部下たちに助けられていた。


「あの子か! ありゃ作るのに随分手間が掛かったっけな。確かにあの子の前じゃ、どんな奴だろうと、ひれ伏すしかないってもんさ。全世界が嫉妬するほどの腕前を持つこのジェス様だからこそ、生み出せた逸品よ!」


 ――「あの子」……ね……。


「ホント、ジェスの武器はどれも扱いやすいし、性能もいい。メンテナンスもしてくれるし、味方でいてくれてよかったわ。きっといいものを作ってくれるはずよ」


 ライアもジェスの武器に太鼓判を押す。まぁ、確かに敵としてはかなりの脅威であったが、味方としてこいつの腕を頼れるのなら――しかも、今の俺に合わせたものを作ってくれるとなれば――。


「着いたぜ、ここが俺の〝武器工場〟さ」


 そんな期待を膨らませていると、車五台分くらいの車庫が付いた立派な邸宅にやってきた。なぜかここだけ他の邸宅と比べ、やたらと敷地が広い。車庫の中に車はなく、ホントに工場みたいな機器や設備、作業台が設けられている。中では帽子を後ろにかぶり、カールした髪を肩まで垂らした、白いTシャツにデニムのショートパンツ姿の若い女が、何か作業をしていた。


「こりゃすげぇな……」


 ジェスが〝武器工場〟と呼ぶその車庫に、俺は思わず感心してしまった。


「だろ? よし、さっそく取り掛かるか! どんなモノを作るかはもうだいたいイメージしてあるからよ、寸法だけ測らせてもらうぜ。おい、ミア! ちょっと測定器メジャーと脚立を持ってきてくれ!」

「はーい!」


〝武器工場〟の中から威勢のいい返事が響き、ミアと呼ばれた若い女が測定器メジャーと脚立を持ってやってきた。


「彼女は?」


 俺が尋ねると、ジェスは若い女の肩を抱き寄せた。


「ああ、こいつはミア。俺の娘さ」


 ――なんだって!? ジェスの娘だと!?


「こんにちは、アルフさん。よろしくね!」


 他の住民たちとは違って、俺を恐れたりする様子が全くない。――なるほど。ジェスの娘だというのも、まんざら嘘ではなさそうだ。


「ミア、今度の作戦が今日の夜中に決行されるそうなんだが、この化物の旦那のために武器を作ってやらなきゃならねぇ。手伝ってくれるよな?」

「マジで!? アルフさんの武器? そんなのやるに決まってんじゃん!」


 そして、このノリである。


「ミアには小さい頃から、俺の仕事を手伝ってもらっているのさ。俺の最高の助手よ!」

「アタシ、武器ってチョー好きなの。見てるだけでチョーワクワクする。アルフさんにも、チョーイカしたモノ作ってあげるから!」


 まったく、どんな親子なんだよ……チョー理解に苦しむぜ……。


 するとジェスが測定器メジャーを手にし、俺の手や胸回り、太ももなど色々と測り始めた。


「しっかしでけぇ体だな。どうなりゃこんな風になれるんだよ」

「俺だって、こうなりたくてなったわけじゃねぇよ。……って、おい! ベタベタ触ってんじゃねぇよ!」


 どさくさに紛れて、俺の体のあちこちを触ってやがる。俺はそういう趣味じゃねぇんだよ!


「いや、俺の最高傑作を食らっても、びくともしない体ってやつの感触を確かめたかっただけよ。まるで限界までパンパンに膨らませたボールの中に、ダイヤモンドをぎっしり詰めたような硬さだな。こいつはすげぇ!」

「分かったから、もうやめてくれ!」


 俺が拒絶反応を示すと、ようやくジェスが手を離した。


「よし、寸法はオーケーだ。あと旦那、利き手はどっちなんだ?」

「利き手? 俺は基本的に両方不自由なく使えるぜ」

「そいつはいいな! もし銃とナイフ、両方構えるとしたら、どっちの手で何を持つ?」

「その場合は左手に銃で、右手にナイフだな」

「そうか、分かった! じゃ、夜の作戦までには旦那にピッタリのモン作っておくからよ。それまでゆっくりしてな!」

「へいへい、よろしく頼んだぜ」


 一体どんなものが出来上がるのやら……。


「頼んだわよ。ジェス、ミア」

「任せてちょうだい! 楽しみにしててね!」


 俺は手を振るミアに応えてやりながら、ライアと共にジェスの〝武器工場〟を後にした。

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