第5話 代償
「作戦開始まで、まだまだ時間があるからウチで少し休むといいわ。ここまで色々大変だったでしょう?」
ライアにそう言われて、俺はこれまでのことを思い返した。
確かに【ニトロ】を打ち込まれてから一度意識を失い、そこから目が覚めた後は波乱の連続であった。
起きて鏡を見たら自分が化物の姿になっていて、外はクワイドと呼ばれる化物で溢れかえっていてそいつらには襲われ放題。助けてもらったライアたちによってこの町に連れてこられたら、スナイパーライフルの歓迎を受けるわ、住民たちには気味悪がられるわ、武装集団相手に正面から突っ込んでこいと言われるわ……。
「ああ、ぜひそうさせてもらいたいもんだな」
肉体的には疲れていない。だが精神的にはもうクタクタである。
「ちょうどランチの時間だし、あなたの歓迎会も兼ねて家で何かご馳走するわ。マルスもお腹空かせてるでしょうしね」
そういえば目が覚めてから――いや、もっと
にもかかわらず――だ、空腹感を一切感じていない。むしろ、飲食物が不要なものとすら思えてくる。
「そいつはありがたい。
俺は食べることが大好きだ。肉だろうが魚だろうが野菜だろうが、好き嫌いは全くと言っていいほどない。食べることは至福のひと時を与えてくれるし、生きていることを実感させてくれる。「何かご馳走する」なんて言われて嬉しくないわけがない。なのに――心が喜びで満たされない。
――なぜだ……。
妙なもどかしさを感じつつ、ライアの家に辿り着いた。
「今日は天気もいいし、庭で食事するのはどう?」
教会で見せた顔が嘘のように、ライアの表情が爽やかになる。
「おお、そいつはいいな」
「じゃあ用意してくるわ! そこの倉庫からテーブルと椅子を出して待ってて」
俺にそう言い残し、ライアは家の中へと入っていった。
庭の片隅にある、それなりの大きさをした倉庫の扉を開けてみると、木製で上品な感じのテーブルと椅子がすぐ目についた。椅子は残念ながら今の俺でも座れるようなサイズではなかったから、ライアとマルスの分だけ取り出す。
ふと、テーブルと椅子以外の物に目が留まった。
――ここの前の居住者はどうしているのだろうか? どこかへ無事逃げることができたのであろうか? あるいは……。
そんなことを思いながら、俺はテーブルと椅子を庭に置く。あくまでライアとマルスの食事の場だ。向かい合うように二人が座り、俺はその横にでもいればいい。
椅子のない俺はどうしたものか……二人が座って食べているそばで、立って食べるのは気が引けるしな。試しに芝生の上で胡坐(あぐら)をかいてみる。少しテーブルが低く感じるが、俺はこれでいい。
それにしても、これからどうすればいいのだろうか――。
自分の姿が元に戻る気配はないし、カーミアに戻れるならそうしたいものだが、クワイドの脅威は世界中にまで広がってしまったとライアが言っていた。それが本当なら、戻ったところで危険なことに変わりはない。〈CSF〉のみんなは行方不明だし、いずれにせよ、今の俺にはここしか居場所がないみたいである……。
色々考え込んでしまい、しばらく
「お待たせ! 作戦に備えて、英気を養いましょう!」
そんな俺の気分を吹き飛ばしに来たかの如く、料理が盛り付けられた皿を手にしたライアがやってくる。
「マルス、どんどん運んできてちょうだい!」
少し遅れて、他の料理の皿を手にしたマルスもやってきた。相変わらず警戒しているのか、俺の様子をうかがいながら皿をテーブルに並べていく。
「ママの手伝いをしてるのか? 偉いじゃねぇか」
俺は笑顔を作って声をかけたが、マルスはすぐさまライアの所へ逃げるように行ってしまった。
チクショー! 化物になるにしても、もう少し可愛げのあるリスとかウサギみたいなのにしてくれればよかったのに! なんでこんな近寄りがたい猛獣みたいな見た目にしたんだよ!
としょうもないことを思っているうちに、水の入った容器とコップを手にしたライアとマルスが戻ってくる。
「これ全部、セラームの中で栽培した野菜や穀物と、育てた鶏の卵を使ったものなのよ」
テーブルに出されたのは、ふんわりとした丸いオムレツ、トマトやキュウリなどを使ったさっぱり系のサラダに、四角いパンであった。
「あなたの体だと、量が足りないかしら?」
「いやいや十分さ。ありがたく頂くぜ」
「あら? あなたの椅子は?」
「ああ、この椅子じゃ俺は座れないみたいだ。芝生に
「そっか、あなたも色々と大変ね」
「それとたぶん、フォークとナイフも俺の手じゃ使えないかも……」
「ああ、確かにそうね……」
なんだかもう、泣きたい気分である。
「じゃあ……大きめのトングと包丁を持ってくるから、それをフォークとナイフの代わりにしてちょうだい」
なるほど、それならいけるかも。ライアがそれらを取りに家へ駆けこむ。
そして、マルスと二人きりになった。マルスはテーブルに目を向け、肩を
「調子はどうだ? 元気にやってるか?」
俺はもう一度声をかけてみた。すると、視線を落としたままではあるものの、マルスが小さく頷いてくれた。
わずかな一歩だが、初めてマルスとの意思疎通ができたようである。
「町で恐い病気が
なんとか親しくなろうと、俺はさらに話しかけてみる。
「うん」
すると思いが通じたのか、マルスが俺の顔を見ながら声に出して頷いた。ようやく、心を開いてくれたのかもしれない。
「持ってきたわよ、これで大丈夫かしら?」
ライアが俺のフォークとナイフ代わりのトングと包丁を手にやってきた。
それを手にしてみると、不格好ではあるが、食べる分には問題なさそうであった。
「大丈夫だ、問題ない」
「じゃあ、頂きましょうか」
「ああ」
勢いに乗って料理に手を付けようとしたその時、ライアが俺を止める。
「ちょっとアルフ、食べる前にまずお祈りでしょ」
「お祈り?」
俺が「なんの話だ?」という視線を向けると、ライアが「何を言ってるの?」という視線で返す。
「姿が変わったからって、私たちシネスタ人の習慣を
忘れたも何も、俺たちの国じゃそういう習慣はない。
マルスが左胸に右手を当て、目を
「ああ、そうだ。すまない」
俺はとりあえず、マルスの真似をしておいた。
しばらく沈黙が流れる――そろそろやめてもいいのだろうか? 薄目で様子をうかがい、二人が祈りの仕草をやめたところで、俺も元に戻った。
「さぁ、食べましょう」
ライアとマルスがナイフとフォークを構えたのを見て、俺も代替のトングと包丁を構える。
「そういえばアルフ、トラックでのあなたの話、今日までずっと意識を失ってたってことが本当なら、食事をするのって随分久しぶりなんじゃない?」
「そうだな。八年ぶりのメシだ」
にわかに信じがたい事実である。それに――目の前の食事を口にした時、この体はどういう反応を示すのであろうか……。
「それじゃあ、思う存分に味わって食べてね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
言葉とは裏腹に、俺はなんだか急に不安を覚えた。
そんな俺をよそに、マルスが貪るようにして食べ始める。よほどお腹を空かせていたのだろう。その様子を見て微笑みながら、ライアもサラダを口にし始める。
俺もこのままじっとしているわけにはいかない。
オムレツに包丁を入れる。普通だったらもう二回くらい切った方がいいのだろうが、今の俺にはこの大きさでちょうどだ。切ったオムレツをトングでつまみ、恐る恐る口に運ぶ。
「――ッ!」
不安以上のものが、現実の形となって現れた――。
この食欲をそそられるような見た目にそぐわない、おぞましい苦味が俺の口の中で猛威を振るう。
マルスの方に向いていたライアの視線が、俺に移る。
「どう? 美味(おい)しい?」
「んぁ? 最高……だよ。久しぶりのこの感覚、これこそが生きている証……だぜ!」
俺は
「そうよ、食事のない人生なんて死んでるのと同じ。気が済むまで食べなきゃ」
ライアの言葉が、笑顔が、この耐えがたい苦痛を助長させる。
他の食べ物はどうだ? 卵が今の体に合わないだけなんじゃないか? そう考えた俺は、サラダやパンにも手を伸ばす。
――なんてことだ……。
どの食材も、同じ味がする。このおぞましい苦味――できることなら、吐き出したい。でも、そうするわけにはいかない。
「遠慮しないで食べて。おかわりが欲しいなら言ってね」
どうすればいいんだ……今すぐここから逃げ出したい気分である。三品の量はそれほど多くないが、少ししか口にしてないにもかかわらず、なぜかもう満腹感を感じている。
このまま食事を続けるのは、自らを拷問しているようなものだ。しかし、ライアがせっかく作ってくれたのだし、すぐ横にはマルスがいる。ここで放り投げるわけにはいかない。
意を決した俺は、この旨そうな〝毒〟をなくなるまで摂取し続けることにした。不審に思われないよう、ペースを落とさず口にし続ける。
――苦しい……。
幸いコップに入った水だけはそのままの味で、ほんの少しだけ気持ちを和らげてくれた。
この苦行に
「どうだった? 久しぶりの食事は。もっと食べる?」
一瞬ライアが、サディストの尋問官に見えた。もう勘弁してくれ……。
「いや、結構だ。ちょっと胃袋を慣らしていく必要があるのかもしれない。ありがとよ、久しぶりに味わう至福のひと時だったぜ」
「それはよかった。デザートにリンゴでもどう? それもセラームで育てたものなんだけど」
「マルス、リンゴだとよ。頂いたらどうだ?」
おそらくそのリンゴを口に入れたとしても、同じ味がするのだろう。俺はなんとかライアの意識がマルスの方へ向くように言った。マルスが首を縦に振る。
「じゃあ切ってくるわ。でも、お皿に残ってるそれをちゃんと食べないと、あげないからね」
サラダが装われていたマルスの皿を見ると、ピーマンだけが皿の隅の方へ
「マルス、言ったわよね。この世界では、いつ食べられなくなってもおかしくない。どんなものだろうと、出されたものはちゃんと食べなさい。生きるために必要なことなの。リンゴを切って戻ってくるまでに食べていなかったら、ママ怒るわよ」
そう言い残すと、ライアは家の中へ向かっていった。
マルスが目の前のピーマンを
もう見てられない――俺は再び奈落の底へと自ら飛び込む決意をした。〝緑の悪魔〟を掴み取り、口の中に放り込む。さっきよりも強く激しい苦味が、俺の口の中を支配する。あまりの苦痛に、今度ばかりは顔が歪んだ。
マルスが驚いたような顔で俺を見る。俺は必死にその苦痛を堪えながら、親指を立ててマルスに自身の無事を伝えた。家の方に目をやると、ライアが程良いサイズに切られたリンゴの皿を手にし、こちらへ戻ってくるのが見えた。急いで俺は〝緑の悪魔〟を飲み込む。
「お、ちゃんと食べたのね。やればできるじゃない」
ライアがマルスの頭を撫で、リンゴの皿をテーブルに置いた。
「ピーマンの栄養や魅力を教えたら、ちゃんと食べてくれたぜ」
「そうだったの。ありがとね」
ライアが安堵の表情を浮かべて視線を落としたところで、俺はマルスの方を見てウィンクした。真実は二人だけのものである。すると、マルスも笑顔を浮かべながら俺にウィンクを返し、安心した様子でリンゴを口にし始めた。
だいぶこの子との距離を縮められた感じがする。油をかぶって火に突っ込んだ
それにしても、俺の食に関する感覚は一体どうなってしまったのだろうか……何を食べても、受け入れがたい苦味が口の中を支配する。しかも少し食べただけなのに、破裂しそうなほどの満腹感を覚えてしまう。
こんな思いをするくらいなら、食事なんてとらないほうがいい……。
俺はなんだか、自分にとっての尊い存在が失われてしまったかのような絶望感に襲われた。この姿になって、圧倒的な力を手に入れた代償がこれだとでも言うのだろうか……。
「それじゃ、食後の祈りを捧げましょう」
ライアとマルスが再び左胸に右手を当てて目を瞑ったのを見て、俺もそれに
――神様よ、あんたの存在を俺は信じてないが、もし本当にこの世にいて願いを叶えてくれると言うのなら、どうか食に関する感覚だけは元通りにしてくれ。
そう信じてもいない神に、俺はそっと祈りを捧げたのであった。
歓迎会の片付けが終わると、
「マルス、この後は一緒に家で勉強よ。アルフ、あなたは住民たちとの約束だから、作戦の時までこの家の庭から動かないでちょうだい」
ライアからマルスには家での勉強、俺にはこの場から出ないようにと指示が出された。
そういえば、ゲートの所で住民たちとそんな約束をしてたっけな……チクショー、町の中を散歩でもして時間潰そうと思っていたのに。これじゃ本当に飼い犬じゃねぇか。まぁ今下手に出歩いて、住民たちと何か面倒事にでもなったら、元も子もないしな。
今度の作戦にしっかりと貢献して、無事に成功させれば、住民たちの俺に対する見方も変わってくるだろう。
俺は暇潰しにストレッチをしたり、腕立て伏せをしたり、芝生に寝転がったり――そんなことをしながら、作戦実行の夜が来るまで待つことにした。
ランチが終わってから日が暮れるまで、これほど長く感じたことはいまだかつてない。
昼寝でもして時間を早めようと試みたりもしたのだが、全く寝られなかった。大抵ランチの後というのは眠気が襲ってくるものである。やることのない暇な状態ともなれば、なおさらのはずだ。なのに、ずっと目がパッチリしていた。しかも、たまに通りかかる町の住民に声をかけてみるも、皆何も言わずにさっさと通り過ぎてしまう始末である。
なんだか、散歩にも連れてってもらえない犬のストレスが分かった気がした。
ようやく辺りもすっかり暗くなり、各邸宅に明かりが灯り始める。明かりの色は温かみのある薄いオレンジ色で統一されており、少しばかり幻想的な雰囲気を醸し出していた。
先ほどライアから夕飯の誘いが来たのだが、今回ばかりは断っておいた。相変わらず空腹感は一切ないし、あんな苦しみはもう二度と味わいたくない。いずれ食に関する感覚が戻ればいいのだが……もしそれがなければ、正直にこのことを話すしかない。
あー、マジで退屈だ。早く暴れてやりてぇな。
そんなことを思っていると、家の玄関のドアが開き、ライアが中から出てきた。そして、暇を持て余す俺に声をかける。
「どう? 体の方は休められたかしら?」
「休むも何も、ずっと体の方は絶好調さ。なぁ、そのジュマーミとやらにもう行こうぜ」
「ダメよ、準備には万全を期してから。そういえば、あなたの武器はどうなってるのかしら。 ジェスとミアの所に行ってみましょうか?」
武器って作るのに結構手間が掛かるだろ……さすがにまだ早いんじゃないか? とは思いつつも、このままじっとしているのはもう耐えられない。
「あんまり期待してないが、行ってみるか。現状どんな感じか見るだけでもいいだろう」
「アルフ、あの二人を甘く見ちゃいけないわよ。どれだけ凄い仕事してきたか、元ラジュラのあなたが一番よく分かってるでしょう? 娘のミアだって、今やジェスに匹敵するほどの武器職人よ」
「へぇ、あの小娘がねぇ……」
俺は少し
明かりが灯された〝武器工場〟に到着すると、ジェスとミアが、作業台に載っている何やらデカイものを磨いている様子が見えた。
「ジェス、ミア、武器の方はどう?」
俺より早くライアが二人に問いかける。すると、
「よう、旦那! ちょうどいい時に来たな! 旦那用の武器、いい感じに出来上がったと思うぜ!」
「アルフさん! アタシらチョーイカすやつ作っちゃったよ!」
親子揃って自信満々の返答が返ってきた。
「もうできたのかよ!? ホントに!?」
昼頃に作戦会議が終わってから俺の寸法を測った後で、俺専用の武器をもう作り上げただと? にわかには信じがたかった。
「ホラ、こいつさ。持ってみな」
ジェスが指差したものは、バズーカ砲くらいの大きさはありそうな、巨大なハンドガンであった。銃身部分が長く、縦幅も少し大きめで、ゴツい感じである。手にしてみると、グリップ部分は俺の手に合うように調整されており、握りやすかった。
「旦那の手にピッタリみたいだな! そいつと弾倉を身に着けるためのホルスターも、ちゃんと作っておいたぜ!」
「銃だけじゃないわ。近接戦闘用に、軍用ナイフも作っておいたよ! まぁナイフというより、アルフさんの体の大きさに合わせて作ったから、刀身長めの〝軍用ソード〟って感じだけど。それ用のホルスターもしっかり用意してあるわよ!」
ミアが手で示す別の作業台には、軍用ナイフと同じような形状をした、〝軍用ソード〟が置かれていた。試しに持ってみると、これも刀身が長くて厚いわりには扱いやすそうだった。
「大人数を相手に戦うんだったら、片方の手で近くの敵には剣を、もう片方の手で遠くの敵には銃を使えればいいと思って作ったワケよ。旦那なら両方同時に使えるだろ?」
なるほど、それならどんな状況でも戦える。おまけに各武器用のホルスターまで作ってあるなんて、どんだけ手際がいいんだよ。
「射撃場で銃の方を試してみたらどうだ?」
「射撃場?」
「〝武器工場〟の横にあるぜ」
ジェスが指差す先に、建物で隠れていて気が付かなかったのだが、ドラム缶の上に置かれた水入りペットボトルや、吊り下げられたフライパンなどが的になっている射撃場があった。道理でこの邸宅だけ敷地が広かったワケだ。
「こんな所があったのか。じゃあ、ちょっと試させてもらうぜ」
俺はさっそく銃を手に、射撃場へと向かった。
銃を左手で持ち、腕を伸ばした状態で構える。
「いくぜ」
ジェスとミア、それにライアが見守る中、俺は的の水入りペットボトルに向かって引き金を引いた。甲高く鋭い金属音の銃声が響き、ペットボトルは蒸発したかのように
「予想通りの出来栄えだな!」
自慢気にジェスが言うと、
「ホント! チョーイカしてる!」
ミアも自画自賛する。
俺は置いてある残りのペットボトルを射抜いていった。確かにこれは使いやすい。威力も申し分なく、何より俺の手と一体化しているようなこの感覚が素晴らしい!
「こりゃすげぇな……」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
「よくやったわ。ジェス、ミア」
ライアが二人に称賛の声を送る。
短時間でこんなものを作り上げるような奴らを俺たちは敵に回していたのか……恐ろしい。
「あとは、武器を身に着けるためのホルスターが合えば完璧だろ。こっち来てみな」
〝武器工場〟に戻ると、ジェスが俺の体にホルスターを着け始めた。
左のももに巻き付けたホルスターには銃を、右のももに巻き付けたホルスターには弾倉を、そして右肩から腰の左側に巻き付けたホルスターには、剣を収めるという想定で作ったらしい。どれもちょうどいいサイズに作られており、抜き差しもスムーズにできた。
「よし、バッチリみたいだな! そうそう、その子たちに名前も付けておいてやったんだぜ。銃の方はレサイド、剣の方はルーカムだ」
レサイドとルーカム――またシネスタの昔の言葉だろうか。どんな意味なのだろう?
「〝狩り〟と〝裁き〟ね。いいじゃない」
と俺が疑問を持ったところで、すぐさまライアが答えを言う。まぁ名前なんてものはどうでもいい。ジェスがそう呼びたいのなら、その通りにしておいてやろう。
「その子たちで〈ムスタ〉の奴らをブチのめしてきな! 病気のみんなを治して、食い物に困らないようにしてこい!」
「頑張ってね! チョー期待してるから!」
チョー凄腕武器職人、と認めざるを得ない親子の言葉を聞いて、俺はなんだかその気になってきた。
「おう、任せな!」
「ええ、やってやるわ! 明日にはセラームのみんなに平穏が訪れるはずよ」
俺が意気込むと、ライアも続いた。
そして、チョー凄腕武器職人の親子に見送られ、〝武器工場〟を後にした。
「ね? ジェスの腕、落ちてなかったでしょ?」
「ホント、恐れ入ったぜ。あの小娘も、あんな身なりのわりにはすげぇんだな」
「あともう少ししたら、作戦開始よ。それまでウォーミングアップでもしておくといいわ」
「へいへい」
俺としては今すぐにでも行きたいのであるが、頃合いを見てから、ってことか。
なんだか軍事基地での作戦を思い出すな。〈CSF〉のみんながいれば、こんな作戦余裕なんだろうが……。
――もういい……やめよう。
〈CSF〉のみんなのことで思い詰めていると、いつの間にかライアの家に着いていた。
「それじゃ、後で一緒に集合場所のゲートまで行きましょう」
そう言い残して、ライアが家の中に入っていく。
俺は庭でルーカムを振ってみたり、レサイドを構えてみたりして、戦闘のイメージトレーニングをしながら、作戦までの最後の時を過ごした。
どれくらい経ったのだろうか。各邸宅から明かりが消えていき、セラームの町が暗闇と静寂に包まれていった。
しばらくして、玄関のドアからライアが出てきた。先ほどまでとは違い、かなりの装備を身に着けている。
「アルフ、そろそろ行くわよ」
「やっとか。ホントに待ちくたびれたぜ」
ようやく〝お散歩の時間〟である。
「なぁ、マルスはちゃんと寝かせたのか?」
「ええ、ご心配なく」
「そりゃよかった」
「あの子のためにも、成功させないと」
「あんまり前に出るんじゃねぇぞ。確実に安全なことを確認してから行動するんだ。ほとんど俺に任せておけばいい」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
俺はマルスのことを考え、ライアを気遣った。親をなくした子供ほど悲惨な存在はいない。
もちろん、その逆も
俺とライアがゲートに辿り着くと、先頭の軍用トラックを含めた三台の車両が、並んで停まっていた。
「ようライア、アルフ。準備はいいか?」
軍用トラックの運転席から、ブラスが声をかけてきた。
「バッチリよ。あなたは?」
「いつでも来いさ。他のみんなもだ。二人ともさっさと乗りな」
ブラスに促され、ライアが助手席に乗ったのを見て、俺も荷台へ向かう。
そこにはクレスと迷彩の鉢巻き男がすでに乗っていた。
「よぉ、デカブツ。そいつが例のお前用の武器か? ちゃんと使えるのかそれ?」
クレスからの質問の意味が、「その武器はちゃんと使えるものなのか?」ということなのか、「その武器をお前はちゃんと使えるのか?」ということなのか、一瞬分からなかったが、
「ジェスとミアの腕前はホンモノさ。俺の体にフィットした、ちゃんと使える銃と剣を作ってくれたぜ。しっかり試しておいたし、こう見えて元ラジュラだからな。どっちもちゃんと使えるさ」
俺は両方の意味に対する回答になるよう言っておいた。
「そいつはよかった。まぁ、少しは期待しておいてやるさ。とにかく、死なないようにはしろよ。お前がぶっ倒れたら、向こうも片付けるのが大変だろうしな」
クレスの俺に対するこの態度を変えるには、それこそ行動で示すしかなさそうである。
「よし、ゲートを開けてくれ」
ブラスが門番に向かって声をかけると、ゲートがゆっくり開いていった。
「それじゃ、みんな行くわよ」
ライアの合図で各車両が動き始める。
こうして食料や物資、抗生物質を奪うため、俺たちは〝戦場〟へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます