第6話 戦場
セラームを出た車両三台が、街の方とは反対側へ走っていく。
外は真っ暗のはずだが、周りの景色がよく見える。どうやら俺の目には暗視機能も備わっているらしい。こちらの方でも、クワイドの姿が散見された。
失敗が許されない作戦なだけに、緊張や不安があるのだろうか、皆黙ったままでいる。
空気を読んで、俺も黙っておくことにしようかと思ったが、張り詰めすぎた糸は切れやすい。そういえば、迷彩の鉢巻き男の名前を聞いてなかったな。
「なぁ、あんた名前は? 俺もみんなの名前を覚える努力くらいはしようと思っててな」
俺は迷彩の鉢巻き男に向かって話しかけてみた。
「俺か? 俺はロイス」
「ロイスね、いい名前だ。不安か?」
「そりゃまぁ……奴らに捕まりでもしたら、何されるか分からないし……」
「俺がガンガン突っ込んで、その〈ムスタ〉とかいう連中の気を引くから、安全な時だけ前に出ればいいさ」
「そうか。じゃあ、そうさせてもらうよ」
ロイスが少し安心したような表情を見せる。
「心配すんなロイス。デカブツが無駄に丈夫なのをゲートで見ただろ。こいつはほっといて、俺たちは自分の身の安全だけ気にしておけばいいってことよ」
だんまりしていたクレスも、得意の嫌味を
「頼りにしてるぜ、元ラジュラのアルフさんよ」
「大丈夫、アルフがほとんどやってくれるから。そうよね?」
すると、ブラスとライアも立て続けに口を開いた。
「ああ、任せておけ」
ずっと張り詰めた空気が車内を漂っていたのだが、少しは和らげることができただろう。
だが、それも束の間の出来事であった。
「そろそろ着くぞ。奴らに気付かれないように、少し離れた所で止めるからな」
ブラスの一声で再び車内に緊張が走る。遠くの方で、明かりが灯されているのが見えた。おそらく、あの辺が目的の場所なのだろう。
軍用トラックは徐々に減速していき、空き地のような所で停まった。
「みんな準備しろ。終わったらエンジンを切るからな」
ブラスからの指示で皆手持ちの武器を確認した後、暗視ゴーグルと思われるものを頭部に着け始めた。こいつら、そんなものまで持っていたのか……。
「そういえば、アルフは暗闇でも目が利くのかしら?」
ライアが準備しながら俺に訊ねる。
「ああ、バッチリ見えるぜ」
「そう。あなたの体は何かと便利ね」
――確かに便利だ。人間の時の自分が、無能と思えるほどに。
軍用トラックからライアが降りる。
「俺は準備できた。ロイスは?」
「大丈夫だ。問題ない」
クレスとロイスも、準備が整ったようだ。
「デカブツは?」
「早く暴れてやりたいぐらいさ」
「上等だ。じゃ、さっさと降りな」
俺が荷台から降り、クレスとロイスもそれに続くと、トラックのライトが消えてエンジンが止まった。
後方の車両でも、暗視ゴーグルを着けて銃を手にしたセラームの戦士たちが降りてきたところで、ライトが消えた。
「みんな準備はいい?」
ライアが皆に最終確認をする。
「ああ、大丈夫だ」
「いつでも行けるわ」
どうやら、全員出撃可能な状態になったらしい。
「よし、ついてこい」
ライアと共に先頭に立つブラスの合図で、覚悟を決めたセラームの戦士たちが進み始める。俺も周りを警戒しつつ、その後をついていった。
一歩一歩、着実かつ慎重に明かりの方へと近づいていく。この辺りも比較的緑が豊かで、なぜかクワイドの姿も見当たらない。これは好都合である。
徐々に、今回の目的地の一つと思われるジュマーミの正面が見えてきた。競技場一つ分くらいの大きさはありそうな、結構な規模の施設である。これだけ大きければ、確かになんでも売ってそうだ。
廃車であろう車が所々に置かれた、広大な駐車場だったと思われる敷地がサーチライトで照らされている。
そして、ジュマーミの右隣に別の施設が見えた。あれが抗生物質を手に入れるための病院だろうか。そっちの方も駐車場は広いが、施設自体はそれほど大きくない。
ジュマーミの左側面と病院の右側面には、工事現場で見られるような縦長で板金のフェンスが隙間なく並べられている。両施設を繋げるように駐車場の正面にも、網目状のフェンスが国境の壁の如く並べられており、合間には両開きのフェンスの扉が複数設置されていた。そこをおそらくゲートにしているのだろう。
二つの施設をフェンスで囲い、中で自由に行き来できる感じにしているようだ。
目的地の全体像が見えてきたところで、ライアとブラスが止まり、皆も一斉に足を止める。
俺は先ほどから、正面のフェンスのあちこちに、腕や脚がないマネキンみたいなものが
ライアとブラスが双眼鏡を取り出し、前方の様子を確認し始める。
駐車場の所には、銃を持った警備担当の者と思われる人影がちらほらと見え、屋上にも、スナイパーらしき人物たちがうろついているのが確認できた。
「見えるか? アルフ」
急にブラスが緊迫した声で、俺に話しかけてきた。
「何が?」
「フェンスの所よ」
ライアが指差しているのは、正面のフェンスである。
――まさか……。
だが、俺は全てを悟った。
「おい、冗談だろ……」
正面のフェンスに括り付けられていたのは、マネキンなどではなかった。
麻薬組織同士の縄張り争いなどで、死体を吊るしたり、生首を道路上に並べるといった手法が、見せしめのためによく用いられている。おそらく、あそこで行われているのはそういった類いのものだろう。
どうやら今回相手をする〈ムスタ〉とかいう奴らは、俺の想像以上にヤバイ連中のようだ。
「てっきり、マネキンでもあそこに括り付けてるのかと思ったよ」
「これで分かったでしょう? あいつらは、そういう連中なのよ」
「要するに、酌量の余地は全くないってことだな?」
「そういうことよ。遠慮なく、片っ端からぶっ殺してちょうだい」
教会での作戦会議の時に見せたあの表情が、再びライアの顔に浮かび上がる。
「で? どうするんだ? もうデカブツを突っ込ませるのか?」
クレスがライアに確認を取る。
「いつもの二チームで、今回は別々に行動しましょう。私のチームはアルフの援護を、ブラスのチームは病院へ行ってちょうだい。アルフはできるだけ目立つように、派手にジュマーミで暴れて。そうすれば、奴らはあなたの方へと集まっていくわ。きっと手に負えなくなってきて、病院にいる奴らも向かうはずよ。その隙を突いてブラスたちは抗生物質を奪ってちょうだい。それとアルフ、施設内の物はなるべく壊さないで。特に、食料品関係には気を付けてね。みんな、無線機の確認をしましょう」
ジュマーミに突撃する俺と、それを援護するライアのチーム。混乱に乗じて、病院の抗生物質を奪いにいくブラスのチームとで分かれることになった。人数的には俺を除けば、ちょうど半分ずつだ。
全員無線機のチャンネルを合わせ、通信状態に問題がないことを確認する。
「それじゃ、ブラスたちは病院の前で待機してて」
「了解した。みんな、行くぞ」
ライアからの指示で、ブラス率いるチームが病院の方へと向かっていった。
俺とライア率いるチームも、ギリギリ見つからないような所までジュマーミの正面に近づき、低い姿勢を保ったまま待機する。
見せしめのためにフェンスに括り付けられたものの様子が、はっきり見えた。腕や脚の切り方からして、それが人の手によるものであることは明らかであり、中には拷問したような痕が見えるものまであった。もはや、人間の所業とは思えないものである。
一瞬、〝あの子〟のことが俺の脳裏をよぎった。
二度と思い出したくない、あの忌まわしい記憶――。
「安心しろデカブツ。屋上のスナイパーどもは俺たちが片付けてやる」
クレスが俺の膝をぽんぽんと叩き、スナイパーライフルにサイレンサーを取り付けた。確かにあそこのスナイパーどもがいなくなれば、だいぶ気が楽になる。
「頼むぜ。ゲートの所で俺を撃ったみたいに、あいつらを撃ち抜いてくれ」
「ああ、任せな」
あえてあの時のことを蒸し返してみたものの、やはり俺に詫びる気はさらさらないようである。
「俺たちは援護に特化したチームだからな。俺とロイスは元シネスタ軍のスナイパーで、ここにいるみんなも俺たちが鍛え上げた、今や一流のスナイパーたちさ。特に、このメリアの腕前は目を見張るものがある。お前は自分のことに専念してりゃいい」
クレスが自分の隣にいる、三つ編みでポニーテールの女を親指で指差しながら話す。
「ねぇあんた……ちゃんと援護するからさ、ブラスたちが無事に抗生物質を取れるようにしてちょうだい」
その女が、俺に声をかけてきた。そういえばこのメリアっていう女、「どうしよう、このままじゃあの人が……」とか言って教会で涙を堪えていたな。誰か大切な人が感染症にかかっているのだろうか。
「大丈夫だって。ちゃんと言われた通りにやるし、ブラスたちもうまくやってくれるはずさ」
不安そうな顔をするメリアを俺が
「ブラスたちが配置についたそうよ。いつでも行っていいわ、アルフ」
ライアから出撃の許可が下りた。
「そうか。よっしゃ、思いっきり暴れて、あのイカれ野郎どもを蹴散らしてくるか!」
ここまで色々なことがあったし、ライアの家の庭で、長い長い退屈な時間を強要されていた。ストレスなら、これでもかというくらいに
首を回して、肩を回す。準備万端だ。
「じゃあ、行ってくるぜ」
「よしデカブツ、派手に暴れてこい!」
クレスから背中を押された俺は、前方へ飛び出した。
下手な小細工は一切無用だ。体の大きい化物になってしまった以上、こっそり一人ひとりを倒していくようなステルス行動はできない。思いっきり突っ込んで、片っ端から倒していくのみである。
ふと、フェンスに括り付けられた、拷問したような痕が見えるものを
――まただ……内から湧き上がる〝あれ〟が抑えられない……。
前方で何かを話し合っている男女が見える。いよいよ〈ムスタ〉の連中とご対面だ。男女は、まだこちらに気付いていない。
――落ち着け、落ち着くんだ俺……。
自身にそう言い聞かせたが、いつの間にか俺は猛然と突っ走り、飛び蹴りでフェンスを派手に倒していた。そして背中からルーカムを抜くと、「なんだ?」という顔をして固まる男女に向かって突っ込んでいた。
――もうダメだ、止められない……!
男を斜めに真っ二つにし、そのまま女も横に振り抜いたルーカムで真っ二つにする。
「ひぇえええ! なんだよコイツ!?」
近くにいた別の男が悲鳴を上げて腰を抜かす。俺はすかさず左もものレサイドを取り出し、そいつの顔面にお見舞いした。男の顔が、ペットボトルの的のように木っ端微塵になる。
射撃場で試し撃ちしていた時は、こんなに威力のあるものを人に向かって撃っていいのだろうか、と少しためらいのようなものを感じていた。が、見せしめの死体を見て〈ムスタ〉がどういう連中なのかを知った後では、そんな感情もどこ吹く風だ。
「お前らにかける情けなんてねぇ! 容赦なく全員ぶっ殺してやる!」
俺は駐車場にいる他の見回りの〈ムスタ〉どもを次々とレサイドで射抜いたり、素早く接近してルーカムでぶった斬っていった。
奴らも慌てた様子で俺を銃撃し始める。だが奴らが使っている銃器は、クレスとロイスにゲートの所で食らった、あのスナイパーライフルと比較してもやはり威力は低いようで、体のどこに弾が当たってもすぐに跳ね返った。一瞬弾が目にも当たったのだが、
屋上のスナイパーたちも俺を銃撃しようとするが、その前に次々と倒れていく。どうやらライアたちが、バッチリ援護してくれているようだ。クレス
それにしても、こいつらの使っている銃器、どこかで見たことあるような――。
「やめろ! こっちに来るな!」
天然パーマの男が、狂ったようにゴツい銃を乱射する。その銃から絶え間なく放たれる、多数の細かい弾丸のシャワーに突っ込んでいきながら、俺は天然パーマの男をカットしてやった。
――ちょっと待てよ……。
ふと、真っ二つになった天然パーマの男の横に落ちている、ゴツい銃に目を落とす。
マシンガンの如く連射できるショットガンって――。
――まさかこいつら……。
俺は確信した。こいつらが使っている銃器は――ラジュラのものだ。
全員ではないにしろ、こいつらの中にラジュラが混ざっていて、ここの居住者に対して戦闘訓練でもしていたのなら、この場所を長い間支配できていたのも頷ける。
「こんな形で再会できるとはね」
思わず俺は口角を上げた。
やがて警報のようなものが鳴り響くと、ジュマーミの中が明るくなり、いよいよ辺りが騒がしくなってきた。――狙い通りだ。
ジュマーミから、〈ムスタ〉の援軍が次々と現れる。
「なんだあいつは? アブリか?」
「いや、何か違うぞ。顔が人間のものじゃないし、おまけに武器を持ってやがる!」
アブリってなんだ? ひょっとして、俺たちがクワイドって呼んでいる化物のことか? こいつらはアブリと呼んでいるらしい。
そうさ、俺はアブリじゃねぇんだ。あの知性のない、単細胞の化物とは違うんだよ。
援軍の〈ムスタ〉どもに銃弾を撃ち込んでいき、ひるんだ奴らをルーカムで斬りつけていく。
すると、一部の奴らがジュマーミの中へ逃げていった。
「クソが! 逃げるんじゃねぇ!」
追いかけるか? いや、先に駐車場をスッキリ片付けてからにしよう。
俺は駐車場にまだ〈ムスタ〉がいないか探してみた。だがそこら中にあるのは、奴らの死体だけであった。どうやらライアたちが屋上のスナイパーだけでなく、駐車場の〈ムスタ〉どもも一緒に
と、俺がライアたちに感心していたその時、銃声が別の方向から聞こえてきた。今度は病院から来た〈ムスタ〉の援軍である。
よしよし、ライアが予想していた通りの展開だ。
「ヤバイぞ、みんなやられてる」
「この化物め!」
――化物ね……。
なら、俺からはこう言わせてもらおう。
このケダモノどもが!
俺はルーカムを構えながら、病院から来た〈ムスタ〉の奴らに向かって突進した。
すると奴らが、次々と倒れていった。ライアたちの援護射撃だ。それを見て困惑している残りの〈ムスタ〉どもを俺は素早く斬り伏せ、病院からの援軍を全滅させる。
今のはいい連係だったな。俺はライアたちに向かって、ルーカムを振って
ブラスたちもそろそろ動き始めただろうか。あっちもうまくいくといいのだが。
俺は駐車場にもう〈ムスタ〉がいなくなったことを横目で再度確認し、「中に入るからな」とライアたちに建物を指差して意思表示した後、ジュマーミの中へと向かった。
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