第16話 再会

 目が覚めた――。


 あれ? 俺は生きてる……のか……?

 灰色でやや光沢のある、見覚えのない無機質な床が目に映った。


 ――なんだよ、ここ……?


 確かめようとして、俺はゆっくり顔を上げる。

 すると――そこにいたのは、俺が気絶させられた、〝別の何か〟であった。腕組みをしながら、じっと俺を見ている。


「き、貴様!」


 俺は反射的に〝別の何か〟に殴りかかろうとした。

 だが、体が動かない。


「なんだ!?」


 自分の体を見てみると、腕や脚、腹部が分厚い金属で作られた、拘束具のようなもので固定されていた。どうやら俺は両腕と両脚を開いた状態で、立ったまま拘束されているようだ。


「クソが!」


 俺は力を込めて、拘束具を外そうと試みた。ところが、全然びくともしない。俺の力でも壊せないなんて……どんな拘束具だよ。おまけに尻尾まで、拘束されている。


「気が付いたようで、何よりだ」


〝別の何か〟が口を開く。その隣には、黒いローブ姿で、奇妙な仮面を被った奴までいる。


「お前ら、何者だ!? ここは一体どこなんだ!?」


 白い壁と灰色の床の部屋。無駄に明るい照明に、それなりの広さはあるものの、牢獄にいるような気分にさせられる所だ。


「ここはネアリム。シネスタが誇る、総合科学研究所だ」


〝別の何か〟が再び口を開いた。

 ネアリム――? 総合科学研究所――?


「へぇ、総合科学研究所ねぇ。俺には殺風景で、無駄に広いだけの牢獄にしか見えないんだが」


 俺は皮肉を込めて、〝別の何か〟に言う。


「しかし驚いたな。私以外にもこのような者がいるとは」

「てめぇと一緒にすんじゃねぇ! お前ら、ラグナで何してやがった!? そこの住民たちはどうしたんだ!? まさか……みんな、殺したのか?」

「いいや、全員ではない。武装して私たちに攻撃をしてきた者だけだ。彼女や子供たち、家畜や農園の世話をしていた者たち、それに医者たちなんかは、全員ここに導いたよ」


 そう言って〝別の何か〟は横に少しずれると、部屋の奥の俺と反対側にいる人物を手で示した。

 そこにいたのは――椅子に座らされ、手足を拘束されたライアであった。


「ライア!」


 俺が声をかけると、ライアはゆっくり顔を上げ、俺の方を見た。ぱっと見た限りでは、ケガなどをしている様子はない。


「安心しろ、彼女は無事だ。それにしても、あれだけの住民たちや、お前のことまで率いていたとは、たいしたものだな」


〝別の何か〟がライアの方を見ながら、感心するように言う。


「ライア、マルスは? 子供たちは? 無事なのか?」


 少し離れた所にいるライアに、俺は声を上げた。


「大丈夫よ。みんな別の所にいるだけ」


 ライアの言葉を聞いて、俺はひとまず安心する。


「もう一度聞くが、お前らは何者なんだ!? さっさと答えろ!」


 再び〝別の何か〟と仮面の奴に、俺は訊いた。

 先に答えたのは、〝別の何か〟だ。


「私か? 君なら知っているはずなんだがね。まぁ、無理もない。姿そのものが変わってしまっているのだから」


 ――俺が知っている奴だと……?


「どういうことだ……? 誰なんだよ、お前……?」


 三度目の同じ質問を、〝別の何か〟に投げかける。

〝別の何か〟は、一度俯きながら大きくため息をつき、再び俺の方を見た。


「君や、私の隣にいる仮面の彼なんかが殺そうとした人物だよ。ここシネスタの指導者――いや、君たちのような者には、独裁者と言われているようだが。そう――私の名は、ハラスだ」


 ――なんだ……って? そんな……馬鹿な……。


「何を言ってんだ? お前……そんなワケ、ないだろ……」


 無意識のうちに、俺の声は震えていた。


「嘘じゃない、本当さ。まぁ信じてもらえないのも、無理はないが」


 ハラスが生きていた――? 


 でも……確かに奴が死んだのを見たわけじゃない。クワイドが現れてからも、生き延びた奴だっているくらいだ。なんら不思議なことではない。


「ハラス……生きてたのか……」

「私の官邸だった『クルシュット』には、ラジュラをも上回る、極めて優秀な護衛を配置していたものでね。彼らが、私をあの修羅場から救ってくれたのだよ」


 ――なんだって!? クソッ! ラジュラ以上の存在を隠し玉として身近に置いていたなんて……どうやら、俺はこいつのことを甘く見すぎていたようだ……。


 それにしても、こいつの姿は一体何なんだ? ハラスはスキンヘッドで、冷たい目つきをした、いかついおっさんであった。


「お前のその姿、一体何なんだよ?」

「ああ、これはだね。この仮面の彼が、私に与えてくれた、素晴らしい力によるものなのだよ」


 仮面の奴が与えた力――? そういえば、こいつは誰なんだ?


 ――今、ハラスが自身のことを「君や、私の隣にいる仮面の彼なんかが殺そうとした人物」と言っていたな……。


「お前は……誰だ……?」


 仮面の奴に、俺は恐る恐る訊ねた。


 すると――。


「お久しぶりです。アルフ隊長。また会えて、うれしいです」


 そいつは俺に近づき、ゆっくりと仮面を外して、地面に捨てた。


「――!」


 俺はそいつの顔を見て固まった――。

 そこにいたのは――ブロンドの髪に、澄んだブルーの目をした――。


「まさか……ミーデル……?」


 俺が【ニトロ】を打った時と比べて髪が伸び、そしてなぜか背も伸びているが、間違いない――ミーデルだ。


「覚えていてくれたんですね。よかった」


 ミーデルが笑顔を浮かべながら言う。


「お前……生きてたのか……?」

「ええ、色々あったんですけどね」


 愕然とする俺とは対照的に、ミーデルは平然としている。

 ミーデルが生きていたことももちろん驚きなのだが、何より――。


「なんで、ハラスと一緒にいるんだよ。それに、お前がハラスに力を与えたって、どういうことなんだ?」


 もう何がなんだか、さっぱり分からない。


「まぁ、そうなりますよね。すみませんが大佐、彼と二人きりにして頂けますか?」

「よかろう。お互い積もる話もあるだろうしな。その後で、ネアリムのことを彼に案内してあげよう」


 そう言い残して、ハラスは部屋の外へと出ていった。

 大佐? ミーデルの奴、ハラスのことをそんな風に呼んでいるのか?


「それにしても、素晴らしい姿だ」


 ミーデルが、舐め回すように俺を見ながら言う。

 そんな少し気味の悪いミーデルに対して、俺は訊ねた。


「なぁ……ミーデル。俺はお前に【ニトロ】を打ってもらった後、こんな姿になっちまったみたいだ。原因は【ニトロ】なのか? それと、外であちこち見かけるあの化物たち、あれも【ニトロ】が原因なのか?」

「ええ、そうですよ」


 ミーデルがなんの躊躇ちゅうちょもなく、あっさりと肯定する。その表情は、どこか冷たい感じだ。


 ――やはり、全ての元凶は【ニトロ】だったのか……。


 だとすると――。


「教えてくれ、ミーデル。部隊のみんなはどうしたんだ? ベクターはあの軍事基地で、化物になっちまっていた。他のみんなは? お前みたいに、生きている奴はいないのか?」


 俺は必死に問いかける。


「ベクター副隊長、ずっとあの軍事基地にいたんですね。彼らしいな。他のみんなは……どうでしょう? かもしれないですね。何せ、みんな変異してしまったみたいですから。今どこにいるのかまでは、分かりませんよ」

「なん……だと」


 やっぱりか……みんな、クワイド化してしまった……クソッ!

 でも待てよ……なんでミーデルだけが、そのままの姿で生きているんだ……? 

 それにあの日以外、俺を含めてみんな【ニトロ】を摂取しても、なんともなかったのに。

 そして、今俺の目の前にいるミーデルが、まるで別人のようであるのはなぜなんだ?


「なぁミーデル……あの日、一体何が起きたんだ? 答えてくれ」


 するとミーデルは腕を組み、俺に背を向けた後、大きく深呼吸をして言った。


「仕方ないですね。いいでしょう。話してあげますよ、何もかも――」

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