第15話【アルフ】

「明るく人懐っこい性格で、誰とでも仲良くなれるおおらかな少年カイル。彼は多くの人間に笑顔をもたらし、幸せの種をまき続けました。その種はいつか必ず、世界の果てまで芽生えていくでしょう。苦しむ民を救ってくれるでしょう。私たちのもとに舞い降りたこの天使が、神のもとへと帰り、安らかに眠らんことを」


 牧師の言葉とともに、あちこちですすり泣く声が聞こえる。俺の隣にいる妻のエレノアも、ずっと涙が止まらない。なのに、なぜだろう? 父親である俺の目には、涙の感触すらなかった。

 カイルへの最後の別れ。棺に納められたカイルの顔は、覆い被された白い布で見えない。額の所を少しめくり、キスをする。


「すまない」


 それしか、言えなかった――言う言葉がなかった――顔の横に、そっと白い花を置く。

 カイルと親しくしてくれた友人たち、その家族たち。カイルの担任教師。エレノアの友人たち。俺の仲間たち。皆がカイルに優しく言葉をかけ、白い花で包み込んでいく。

 そしてカイルの棺は、ゆっくりと蓋を閉じた――。


 カイルの埋葬場所は、以前一緒に海水浴を楽しんだことがある海がよく見える墓地にした。あそこではしゃぐカイルの姿が、一番いい思い出だったからだ。

 心地いいはずの潮風が、冷たく突き刺すように吹き付ける。

 牧師の言葉を再び聞いて、皆で祈りを捧げた。


 ――お前のかたきは、必ず討つ。


 何を考えているんだろう……こんな時に俺は……だが、今の俺の頭にはもう――それしかなかった。

 埋葬が終わった後、参列者たちから声をかけられる。


「ウチの子と仲良くしてくれて、彼には本当に感謝しているわ。一生忘れないから」

「あんないい子が……こんなことになるなんて……私にできることがあれば、なんでも言ってちょうだいね、カイルのお父さんとお母さん」

「大丈夫よ、エレノア。カイル君はずっと――あなたのそばにいてくれるから。ね?」

「なんて言ったらいいか……分からないけど……俺たちにできることがあれば、なんでも言ってくれよ、仲間なんだから。な?」


 どの言葉も――耳に入らなかった。慰めになんか――ならなかった。

 皆が去っていった後、俺はエレノアを抱き寄せた。


「必ず――カイルのかたきを討つからな」


 エレノアを抱く手に力が入る。指がエレノアの身に食い込むほどに。


「やめて、何を言ってるの? そんなことしたって、カイルはもう……戻ってこないの」


 確かに、それは事実だ。でも、そうでもしないと――俺のこの気持ちは収まりそうもない。


「あの子の死を……無駄にしないで。私たち……心に、ゆとりが足りていなかったのよ」


 心のゆとり――。


 世界の頂点に立つ経済大国であるこの国は、競争が激しい。俺だって、エレノアだって……競争に勝ち抜いて、勝ち抜いて、勝ち抜いて――安全で余裕のある暮らしを手に入れたわけではない。

 体の強さだけが取り柄である俺には、軍隊に入るくらいしか、思い浮かぶ道がなかった。そこにはなんといっても、誇りがある。だが――いつ死んだって、おかしくない。実際、死を覚悟した時もあった。それで妻と子供を置き去りにするようなことがあれば――。

 だからカイルには、健全な道で〝勝ち抜いて〟ほしかった。

 どの子よりも早く、どの子よりも遠く、どの子よりも高く、どの子よりも先に――。


「いつだって……広くて、優しい気持ちでいるの。好奇心旺盛なあの子が……そうであったように」


 ああ……そうか……。

 お前は――あの大海原おおうなばらで、泳いでいたかったんだな。

 色んな所へ、行ってみたかったんだな。

 色んなものに、会ってみたかったんだな。

 色んなものを、見たかったんだな。

 色んな道を、探してみたかったんだな。


 ――俺たちは文字通り、自分の子供を『閉じ込めて』しまったのだ。


 そう気付いた時、ようやく涙が――頬を伝っていくのを感じることができたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る