第14話 侵略者

「まさか、二日連続でここに戻ってくるとはね」


 俺は思わず呟く。

 元高級住宅街の放棄された町、セラーム。ゲートを手で開け、再びその中へと入っていった。

 特に昨日と変わった様子もなく、相変わらず綺麗である。俺の手によってられた、謎のクワイドたちの死体が転がっていたことを除いては。


「よかった。そのままだ」


 俺はほっと胸をなでおろした。

 とりあえず、恐れていたことは起きていないようである。

 俺は一応様子をうかがいながら、奴らの死体に近づいていった。

 三体とも頭部が損傷している以外は、そのままの状態である。

 ひとまず、俺は奴らの体の方を見てみることにした。

 今までのクワイドと比べ、変異している部分がより筋肉質になっており、しかも皮膚の爛れている感じが少ない印象である。


「やっぱり何か違うな……こいつらは」


 ――本当に進化したクワイドなのか? 


 様々な生物たちが、強くなるため、環境に適応していくために進化し続けてきたように、これからクワイドも進化し始めるとでも言うのだろうか。俺たちは、そんなクワイドとも戦っていかなければならないということなのか……。

 俺は続けて道路に転がっている、あの時右にいた奴の斬り落とした頭部を拾って見てみた。

 こちらも皮膚の爛れ具合が少なく、目の状態も、まだ人間に近いそれに留まっているようだ。

 ふと――その目に、俺は違和感を覚えた。

 光の反射の仕方が、ガラスのようになっている。そして、瞳の周りを囲む黒い縁に、虹彩部分には細かい金属の部品のようなものが見えた。


「なんだこれ?」


 明らかに人工的な何かが、そこにはあった。

 これは――レンズ? 

 こいつが自分で取り付けた? いや、そんなわけない。そうか、これが取り付けられていたのは、こいつがクワイド化する前か。何か目に障害でも抱えていたのだろう。きっと、医療器具か何かだ。

 そう思いつつも、なぜか俺は無意識のうちに、他の奴の目も確認しようとしていた。真ん中にいて、ルーカムを突き刺して殺した奴の目を見てみる。

 すると――その目にも、同じレンズのような何かがあった……。


「え……?」


 俺はすぐさま左にいた、レサイドで頭部を撃ち抜いて殺した奴の目を探し、見てみた。

 そこにもやはり――同じレンズのような何かがある。


「ウソだろ……おい」


 三人とも、同じ目の医療器具を付けていた……? そんな偶然ってあるのか……?

 俺はレンズのような何かを、じっくりと眺めてみた。

 なんだかクワイド化する前に付けていたものにしては、状態がいい。まるで、最近取り付けられたものであるかのようだ。

 俺は気付いた。――これはひょっとして、カメラ?

〈CSF〉でシネスタ軍と戦っていた時、シネスタ兵の死体の目から、コンタクトレンズのように取り付けるカメラが検出されていた。シネスタ軍が開発した、画期的な装置である。こいつらの目に取り付けられているものは、それによく似たものだ。


「まさか……」


 ――誰かがこいつらに取り付けた? いや、そんなのありえない。でも、もしそうだとすれば、誰が……? 一体なんのために……?


 その時、俺はなんだか妙な胸騒ぎを覚えた。


「急いで戻らねぇと」


俺はその場を離れ、ゲートも閉じずに、ラグナへと駆けていった。


 こんな風に全力疾走するのはいつ以来だろうか。道中のクワイドも走りながら、レサイドで射撃して倒していった。それほど切羽つまった何かを感じるのだ。

 徐々にラグナが見えてくる。

 と――見覚えのない巨大なトレーラーが二台、ゲートの辺りに停まっていた。さらに、正面のフェンスの一部が倒されている――あの倒れ方は〈ムスタ〉との戦いで、俺が突入する際に飛び蹴りでやった感じとよく似ていた。


「なんだよ、あれ……」


 そして、爆発音にも似た、激しい音が聞こえてきた。

 これは銃声? まさか……。

 胸騒ぎがより一層強くなった俺は、足を速めた。

 倒されたフェンスから、ジュマーミの駐車場に入る。

 するとジュマーミの駐車場の中央で、先ほど調べたのと同じ、両腕と両脚が変異した二足歩行の謎のクワイドが二体と、もう一体〝別の何か〟が立ち止まっていた。

 そいつらの視線はジュマーミの方へ向けられており、そこからは住民たちのものと思われる、悲鳴に近い叫び声が上がっていた。


 ――俺がいない間に侵入されたのか!?


 周りを見渡すと、警備担当のロイスやメリアたち、それにゲートの見張り台近くでは、クレスまでもが倒れている。


「お前ら!」


 俺の声に、謎のクワイドと〝別の何か〟が反応した。すかさず、謎のクワイド二体がこちらに向かってくる。またしても、左右からの異なる動きによる攻撃だ。右からは下段攻撃、左からは上段攻撃である。俺は即座にそれを見極め、素早くレサイドとルーカムで二体の息の根を止めた。

 そして――腕組みをした状態の〝別の何か〟と対峙たいじする。

 その〝別の何か〟は俺よりもさらに一回り大きく、筋骨隆々とした体格の化物だ。全身が赤みがかったグレーで虎みたいな黒い模様があり、剛毛を生やしている。その顔はまるで――ゴリラのようだ。なぜか俺と同じようなツノが頭部にあり、おまけに毛羽立った、太い尻尾も生えている。ぱっと見た限りでは、ゴリラの要素が入った、一回り大きい俺みたいな化物――といった印象だ。

〝別の何か〟が、じっとこちらを見つめている。


「てめぇ! 何者だ!? ここで何してやがる!?」


 だが、俺の問いに一切答えず、〝別の何か〟はこちらを見つめたままだ。


 ――奴はなんで、クワイドと一緒にいられたんだ?


 ふと俺は疑問に思う。いずれにせよ、状況的にこいつは敵であるということは間違いなさそうだ。

 俺はためらうことなく、〝別の何か〟の顔面に銃弾を撃ち込む。ところが――銃弾は弾かれ、〝別の何か〟は表情一つ変えないままでいる。


「――なんだと……?」


 俺はそのまま〝別の何か〟に銃弾を撃ち込み続けた。だが、結果は同じであった。

 それならば、と俺はレサイドをしまってルーカムを抜き、〝別の何か〟に突っ込んでいった。

〝別の何か〟と俺との距離が縮まっていく。ようやく〝別の何か〟が動き出した。俺は素早く狙い通り、〝別の何か〟の首にルーカムのやいばを突き刺した――はずであったが、ルーカムが刃先から粉々に砕け散っていく――と、〝別の何か〟が右の拳を繰り出した。俺は咄嗟にそれを払う。だが、その刹那に来た左の拳には対応できず、腹部に受けてしまった。


「ぐはっ!」


 俺は衝撃で、後ろへ少し吹っ飛ばされてしまった。今の姿になってから、経験したことのないことである。


「なんてパワーなんだよ……!」


 俺はすぐに体勢を立て直した。どうやらこいつは俺みたいに体が硬く、ジェスが俺専用に作ってくれた武器ですら通用しないほどらしい――。

 レサイドもルーカムも通用しないとなれば、己の肉体で戦うしかない。

〝別の何か〟に再び接近し、連続で打撃を叩きこむ。ところが、奴に効いている感じが全くない。

俺が攻撃したと同時に、奴も俺に打撃を叩きこんでくる。


「ぐっ……!」


 やはり〝別の何か〟の力は別格で、鋼鉄の俺の肉体でも凄まじい衝撃が響く。

 俺はその後も奴に打撃を加え続けたが、効いている様子はなく、逆に奴が俺と同時に繰り出してくる打撃は、俺にダメージを与え続けていった。俺の攻撃がゼロを足していくだけのものに対して、〝別の何か〟の攻撃は二から倍数を加えていくかのようである。


 ――俺にも相当なパワーがあるはずなのに、なぜなんだ……? こいつは一体何なんだ? クワイドとは桁が違いすぎる……。


 だんだん力が入らなくなっていき、体が思うように動かなくなっていく。

 とその時、〝別の何か〟が、俺のみぞおちに強烈な一撃を繰り出してきた。


「――!」


 もはや声すらも出せず、俺は仰向けに倒れ込んでしまった。

 意識が、遠ざかっていく――。


「アルフ! 大丈夫か!?」


 誰かの声とともに、銃声が響き渡る。

 この声は……ブラスか……? 馬鹿野郎……さっさと逃げろ……こいつはお前なんかがどうこうできる相手じゃねぇ……。


「がぁあああ……!」


 ほら……言わんこっちゃない……。

 ああ……これで俺も終わりか……新しい自分、案外悪くなかったな……メシが食えないこと以外は……まさか、今の俺を上回るような化物が出てくるとはね……安全で平和な世界なんて、所詮妄想の中のものでしかないのか……。

〝別の何か〟が、俺の顔を覗き込む。


「おい、こいつを回収しろ。それから、〝取りこぼし〟がないか、もう一度確かめてこい」


 なんだよお前……しゃべれるのかよ……回収ってなんだよ……。

〝別の何か〟は誰かに対して、指示を出しているようであった。

 ライア……マルス……無事か……? すまない……俺はもう……ダメみたいだ……せめて、お前たちだけでも、生き延びてくれ……。

 別の誰かが、俺の顔を覗き込む。〝別の何か〟やクワイドよりも、だいぶ小さい。というより――こいつは人間だ。裾が地面に付きそうなほど長い黒のローブ姿で、奇妙な仮面をかぶってやがる。


「信じられない……本当にまだ生きてたなんて……」


 そいつの言葉を耳にしたのを最後に、俺の意識はなくなっていった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る