第10話 祝勝会
日が昇ってから、だいぶ経つ。
雲一つない青空が広がり、遠くの方では鳥のさえずりが聞こえる。
ようやく、片付けと掃除が一段落ついた。
ありとあらゆる物を扱うジュマーミは、掃除用具にも困らない。おまけに〈ムスタ〉どもが整えていた水道設備のおかげで、思っていたよりも綺麗になった。ただ、ジュマーミだけでなく、病院の死体も片付けて掃除するのはさすがに大変だった。今の俺のパワーやスタミナがなければ、この片付けと掃除は何日もかかるものであっただろう。
死体や血には慣れているとはいえ、それらを長時間視界に入れ続けるのは、精神的に来るものがある。戦争などで勝利を収めたとしても、その後に必ず何かしらの代償は払わなければならないのだな、と改めて思った。
俺はジュマーミの駐車場の真ん中で、青空に向かって両手を上げて背伸びをし、そんな鬱々とした気分を和らげた。体に突き刺さる太陽の光が心地よく、失われたエネルギーが再び満たされていくかのようである。このまま大の字で寝たいところだが、相変わらず眠気が全く来ない。
と、右奥の方から、三台の車両がこちらへ近づいてくるのが見えた。念のため、ホルスターのレサイドに手をやっておく。
俺が蹴り倒したフェンスの前で車両が止まり、セラームの戦士たちが出てきたのを見て、俺はレサイドからそっと手を離した。
「よぉデカブツ、一人で寂しかったろ? 戻ってきてやったぜ」
先に声をかけてきたのはクレスだ。相変わらずのイラっとする発言ではあるが、図星かもしれない。
片付けと掃除をしている間、クワイドが来ることもなければ、他の人間が襲ってくることもなかった。畜舎の動物たちと少し戯れてみようと思ったりもしたのだが、こちらを威嚇するばかりでダメだった。文字通りの孤独な時間を、ここで過ごし続けていたのである。
「そいつはどうも。〈ムスタ〉どもは片付けておいたぜ。施設内は、まだ完全に綺麗になったわけじゃないし、物も散らかってる」
「死体はどうしたの?」
すっかり元に戻った様子のライアが、俺に尋ねる。
「全部ここから離れた所まで運んでいって、燃やしておいた」
「フェンスに括り付けられていたものも?」
「ああ、そいつらのことは〈ムスタ〉どもとは違って、一つ一つ丁重に墓みたいなものを作って埋めておいたぜ」
「そう、助かったわ。ありがとう。後は私たちでやるから、あなたは休んでて」
ライアが俺に休むよう促す。
「いや、大丈夫だ。全然疲れてもいないし、一緒にやるよ。んで、セラームの病人たちの方は大丈夫なのか?」
「ええ。モースによれば、抗生物質のおかげでなんとかなるみたいよ」
「そうか。そいつはよかったな」
俺は色んな意味で、ほっと胸をなでおろした。
「信じられないな。ここを俺たちのものにできるなんて」
ロイスが辺りを見回して呟く。
「そうよ、ここはもう私たちのもの。だからこそ、まずは綺麗にしないとね。さぁみんな、掃除よ掃除」
すると、ライアが気概に満ちた様子で呼びかけ、皆ジュマーミの中へと向かった。
「ところでどうするんだ? もうここで暮らしていくのか? 〈ムスタ〉どもみたいに」
店内の掃除を手伝いながら、俺はライアに素朴な疑問を投げかける。
「ええ。セラームでの暮らしも魅力的だったけれど、仕方ないわ。ここの方が食料も物資も豊富だし、〈ムスタ〉の奴らがここで暮らせるようにしておいてくれたみたいだから、利用しちゃいましょう。でもいつか、仲間を今よりもたくさん増やして、あそこもまた私たちのものにしたいとは思ってる」
ライアの言葉には、なんだか欲深さを感じさせるものがあった。
「なぁ、ここをスッキリさせてみんなで引っ越したら、記念にフードコートの所でパーティしないか?」
近くにいたブラスが、目を輝かせながらライアに言うと、
「いいわね! そういえば、パーティなんてずっとやってなかったものね!」
ライアの目にも輝きが宿る。そんな二人の様子を見て、俺は呆気にとられ、蔑むように言った。
「まったく、あの世の〈ムスタ〉どもが聞いてたら、きっと化けて今度は俺たちを襲ってくるぜ?」
とその時――ライアの表情が一変する。
「アルフ、奴らはもう――死んだの。再びこの世に現れるなんてことはない。『あの世』なんてものは、ただの空想でしかないの。死んだらもう――その存在は、それで終わりなの。いい? 二度と、変なことを言わないでちょうだい。それに、あんたにそんなこと言う資格ないでしょ?」
――まただ……このライアの妙な感じ……まるで、触れてはいけないことに触れてしまったような感覚……。
そんなライアに対し、俺は慌てて釈明した。
「冗談だよ冗談。マジになるなって」
「そう、よね……ごめんなさい。私ったら……つい」
ライアも慌てた様子で、あっさりと俺に詫びる。
「まぁ、とにかく、さっさとここを綺麗にしようぜ。あと、病院も。な?」
そして駐車場の時と同様、ブラスが間に入り、空気を変えようとした。
「そうね。さっさと終わらせちゃいましょう」
戸惑う俺やブラスから離れるように、ライアはモップを走らせていった。
その後ろ姿を見つめながら、俺はブラスに尋ねる。
「なぁ、ライアの奴、いつもあんな感じなのか?」
「何が?」
「なんていうか……その……急に言動や態度が、恐ろしいくらいに変わることがあるんだが」
「立場的に不安定になることもあるんだろ。ましてや、これだけの戦闘をした後だしな。その辺は察してやれ」
「まぁ、確かにそうだけよ……」
それだけの話ならいいのだが、俺にはもっと何か深い闇のような――そんなものがライアにはある気がしてならなかった。
とはいえ、俺も人のことを言えないのだが――。
その後、ジュマーミと病院を綺麗にした俺たちは、引っ越しの準備を進めていった。
セラームにいる感染症の患者たちが治るまでの間、ジュマーミと病院を俺と、交代交代のセラームの戦士たちで守り続けた。とは言っても、たまにクワイドがふらっと近づいて来たくらいで、それも俺一人で片付けたのだが。セラームの戦士たちは施設内をふらついたり、自分の寝床はどこにするか決めたり、畜舎の動物たちと遊んでばかりだった。
それから一週間ほどが経ち、次々とセラームの住民たちを連れた車両が行き来するようになった後、全員無事にこちらへ移ることができたのであった。
その日の夜、ブラスの提案通りフードコートにて、引っ越し祝いのパーティが開かれた。料理は質素なものばかりで、酒も安っぽいものばかりだったが、みんな踊ったり歌ったりで楽しそうにしている。
俺は離れた所からその様子を眺めているだけだったが、それで十分だった。料理や飲み物を試しに口に含んでみたものの、やはりあのおぞましい苦味が口に広がるだけであったし、今の俺が歌ったり踊ったりでもしたら、この場の空気がどうなってしまうのか、予想もつかない。
ふと、俺と同じようにみんなから離れた所にいるマルスが、みんなの輪の中に入らず、一人でいることに気付いた。母親のライアは他の住民たちと談笑していて、そのことに気付いていないようだ。
俺はマルスの所まで行き、声をかけてみた。
「よぉ、楽しんでるか?」
マルスがくりくりした目でこちらを見て、小さく頷く。
「うん」
「ホントに?」
「うん」
内気な性格ということもあるのかもしれないが、こういう場での楽しみ方が分からないのだろう。
「みんなと一緒に踊ったりしてみたら? ほら、あの子たちみたいに」
俺は仲良さそうに二人で踊っている男の子と女の子を指差した。
「いいよ、踊ったことなんてないし」
「じゃあ、お母さんたちの所に行って、一緒におしゃべりでもしてきたら?」
「いいよ、どうせ分かんない話ばかりしてるんだろうし」
こりゃ一体どうしたものか……てか、母親であるライアが、ここはなんとかしてあげるべきだろうに……。
「よぉよぉ、みんな! 楽しんでるか?」
突然、誰かが高らかに叫び出した。どうやら声の主はブラスのようである。
「この度、俺たちは無事にここジュマーミを、あの大悪党〈ムスタ〉どもから奪い、新たな生活の場とすることができた! もう食料にも困らないし、物資も豊富! 水も、電気もある。しかも、ここジュマーミの隣には病院もある。俺たちはこれで、ずっと生きていくことができる!」
酔っぱらっているのだろうか、ビール瓶をマイクみたいに扱い、まるで演説するかのようにしゃべっている。すると、周囲から歓声が沸き起こった。
「ここでヒーローを紹介しよう。こうして俺たちがいられるのも、そのヒーローのおかげだ。一人果敢に〈ムスタ〉どもの牙城へ飛び込み、バッタバッタと奴らを薙ぎ払っていった、真の勇者、その名は――アルフ
酔っぱらいのブラスが俺を指差すと、一斉にみんなの視線が俺に集まり、また歓声が沸き起こる。
「俺たちのヒーロー、アルフ
その言葉とみんなの歓声が、マルスの相手をしてやりたい俺を、ブラスの所へと押しやった。気付いた時には、俺はみんなの前に立っていた。
「ええと……その……あれだ。楽しくやってるか? 今回、みんなのために頑張ったから……俺はこんな姿してるけど、みんなのことを襲ったり食べたりはしないし、これからもみんなのためになんでもするつもりだ。だから、どうか……俺のことを受け入れてくれると、うれしいかな。以上だ」
絞り出すようにして、なんとか〝祝勝の挨拶〟を終わらせる。
「もうとっくに俺たちの仲間だろうがよ!」
「あんたは私たちの救世主よ!」
住民たちから、次々と俺への歓迎の声が上がる。初めて俺を見た時は、あれだけ怖いだの、気味悪いだのと色々言ってたくせに……。
「俺たちがこうしていられるのも、お前のおかげだぜ、デカブツ!」
極めつけは、クレスのお世辞である。調子のいい奴め……。
「みんな! 言っとくけど、彼を連れてきたのは、この私だからね!」
今度はライアだ。ブラスと同様、酔いが回っているみたいだ。
住民たちの歓声が、ライアの方へ傾く。
――まったく、付き合ってらんねぇぜ……。
俺はその場を離れ、マルスの所に戻った。
「悪い悪い。急に呼び出されちまって。それじゃマルス、俺と一緒に雰囲気だけでも楽しもうぜ」
テーブルに置いてあった、オレンジジュースをマルスのコップに注ぐ。そして、俺も飲むつもりはないのだが、近くにあった他のコップにオレンジジュースを注いだ。それを指でつまみ、マルスの前に持っていく。
「ほれ、乾杯」
するとマルスが、嬉しそうな顔をしながら、自分のコップを掴んだ。
俺とマルスのコップが当たろうとしたその時、
「ねぇ、ちょっとあんた。大活躍だったじゃない」
水を差すかのように声をかけてきたのはメリアだった。その隣には、メリアと同い年くらいの男が立っている。
「この人、私の愛人よ。感染症でずっと倒れてたんだけど、あんたが活躍してくれたおかげで、この通り元気になったわ」
「ありがとう、君のおかげで、すっかり調子が良くなったよ。みんな君に感謝しているはずさ」
初めて会った時は涙を堪え、絶望に満ちたような顔を浮かべていたメリアが、今では生き生きとした表情だ。
「そうか、そりゃ何よりだ。二人で仲良くやるんだぞ」
俺は適当に二人に対してそう言った後、気を取り直して再びマルスと乾杯しようとした。
ところが、
「よぉ、旦那! 俺たちが作った武器はどうだったよ!?」
今度のお邪魔虫は、ジェスとミアの親子である。
「ああ……もう、そりゃ……最高だったさ。俺的には、真のヒーローは俺にあんな凄い武器を提供してくれた、お前らだと思ってるくらいだぜ」
俺は思わず上ずった声を出した。
「キャー! アルフさんにそんなこと言ってもらえるなんて、チョー感激!」
相変わらず、関わるだけで調子が狂う二人組である。
いつの間にか、俺の周りには住民たちが群がり、どうでもいい感謝の言葉や、激励の言葉といったものを延々と聞かされ続けた。
ふと、俺はマルスの方に目を向ける。
マルスは、俺をなんだか羨ましそうな、あるいは物悲しそうな、そんな目で見つめていたのであった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます