第9話【とある少年B】

「今回もよく頑張ったわね。あんたは私の自慢の息子よ! これからが楽しみだわ!」


 また――学校の成績のことで、一番上の兄が褒められている。彼が持ち帰ってくる成績表には、毎回最大評価以外のものが付けられた科目はない。トップ校への進学は間違いなしで、後はどういう道を進むのか、本人が決めるだけである。


「母さん、僕だってスポーツ頑張ってるじゃない! 運動神経だったら、どんな奴にも負けないよ!」

「ハッハッハッ! そうだな。お前は父さんの自慢の息子だよ! 将来はやっぱり、スポーツ選手になるんだろ? どのスポーツがいいんだ? 野球? サッカー? それともバスケ?」

「うーん……どれにしようかな。一番お金を稼げるやつがいいな! いつかデッカイ家を作って、父さんと母さんを招待してあげるから!」

「ハッハッハッ、そうか。そいつは楽しみだ!」


 二番目の兄はスポーツ万能で、色んな有名校からの誘いを受けているほどだ。しかも、類いまれなる運動神経を持つ逸材として、メディアから取材を受けたことすらある。彼もどのスポーツの道を選ぶのか、という問題だけであろう。

 この時期になると、二人の兄の限りなく明るい未来の話で家が持ち切りだ。その時の僕はどうしているかというと――こっそりその場から抜け出すか、話が終わるまで、みんなの死角で息を潜めているかの二択である。今回は後者だ。


 ――早く終わらないかな。


 僕は待ち続けた。冷蔵庫のジュースが飲みたいのに。

 と、その時だった。


「なんだよお前。何そこでコソコソしてるんだよ、気味悪いな」


 しまった。二番目の兄に気付かれてしまった。


「いいから、ほっときなよ」


 一番上の兄も顔を出す。


「何してるのよ、あんた。こっちに来ればいいのに」


 兄たちが引っ込んだ後、母さんが顔を出した。


「お前、何してんだ? そんな所に突っ立ってないで、勉強するなり、ランニングしてくるなりしなさい。まったく、お兄ちゃんたちがこれだけ頑張ってるのに、お前ときたら」


 次は父さんである。


 ――クソッ……。


 僕はジュースを諦め、自分の部屋に戻った。

 そして、いつものようにベッドへダイブする。


 ――僕だって、一生懸命やってるのに……。


 でも二人の兄と比べれば、学業やスポーツにおいて僕がはるかに劣っていることは、一目瞭然だ。


 両親に、兄たちのように褒められたい――。

 兄たちに認められて、見下されないようになりたい――。


 僕が時間を忘れるほど熱中できる、唯一のもの。唯一の取り柄。

 本棚からお気に入りの本を取り出し、ぱらぱらとめくった。


 また――目に留まってしまった。


 この生き物みたいに、力強くなりたいな。

 この生き物に、会ってみたいな。


 ふと思った。


 いつか、誰もが敬うような偉業を成し遂げてやる――。

 いつか、誰もが屈するような絶対的な力を手に入れてやる――。


 僕は本をめくり続けた――。

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