第22話 実験動物

 目が覚めた――。


 ここは……白い壁と灰色の床の広い部屋……。

 クソッ! 俺はまた、この牢獄みたいな部屋に入れられたのか。

 体が動かせない。無駄に丈夫にできている、拘束具のせいだ。ちきしょう!

 ふと、俺はミーデルに殺されてしまった、ライアの遺体がなくなっていることに気付いた。

 今の俺は――ただ一人、この牢獄みたいな部屋にいる。文字通り、孤独だ。


「どうして……こんなことになっちまったんだ……」


 重要な任務のためにこの国にやってきて、仲間を失った。

 その原因がまさか、今まで自分が信じてきた部下のエゴによるものだったとはな……。

 やがてそれは世界を壊し、俺の姿さえも変えていった。

 そんな中でも新しい仲間たちに出会い、そいつらもようやく今の俺を受け入れてくれていたというのに――またしても、その多くを失ってしまった。

 それもまた、今まで自分が信じてきた部下によるものであった。

 任務の標的となっていた奴と、自分の部下が手を組むなんて想像もしていなかった、というより、そんなの想像できるわけがない。


「これから、どうしていけばいいんだ……」


 俺がぼそっと呟いた、その時だった。


「目が覚めたようですね」


 部屋の中で、声が響く。どうやらこの部屋の中にはスピーカーがあるらしい。声の主は、ミーデルであった。


「ミーデル……」

「そのままじっとしてても、退屈でしょう? 今からあなたには、思う存分に体を動かしてもらいますね」


 思う存分に体を動かしてもらう……? どういうことだ……?


「へぇ、そいつはありがたい。俺はじっとしてるのが、苦手なもんでな」

「それはよかった。ではこれから、実験場へとご案内いたします」


 実験場……?

 すると突然、俺の周りの床がエレベーターのように下がり始めた。


「なんだ!? おい、どうなってんだよ!?」


 困惑する俺をよそに、エレベーターのような床が動き続ける。

 しばらくして、さっきまでの牢獄みたいな部屋をさらに広げたような、無機質で広大な空間にやってきた。奥の方に、巨大な両開きの扉が見える。


「あなたには――僕が今研究している、イブラの戦闘能力の向上をテーマとした実験に付き合ってもらいますね」


 ミーデルの声だ。ここにもスピーカーがあるらしい。てか、イブラの戦闘能力の向上をテーマとした実験ってなんだ……?

 すると――鈍くて重たい金属音とともに、奥の巨大な扉がゆっくりと開いていった。

 そこから出てきたのは――イブラ? が三体であった。


「その化物たちと、戦ってください」


 ミーデルの言葉と同時に、俺の体の自由を奪っていた拘束具が後ろへ引っ込んだ。俺は自分の両手を見て、指を動かしてみる。あの化学兵器の効果は切れているようで、体に問題はなさそうだ。

 そして、イブラの方へ視線を移した。

 こいつらと戦えって……しかも、こいつらも今まで見てきた奴とは違うような……。

 と――徐々に近づいてくるイブラたちの顔を見て、俺は愕然とした。


「クレス……? それに……ロイスと……メリア……?」


 間違いない。両手両足が変異していて、今の俺と変わらないほどの筋肉の塊と化した巨大なクレスに、両腕が翼のように変異しているロイス、片方の腕が……やりのように変異しているメリアだった――。


「お前ら、大丈夫か?」


 俺は思わず三人の方へ歩み寄る。

 だが次の瞬間、真ん中のクレスが金切り声を上げ、こちらに猛然と突っ込んできた。


「冗談だろ……」


 クレスが右の拳を振り上げ、俺の顔面に繰り出そうとしているのが見えた。俺は間一髪のタイミングでそれを横にかわす。


「おい! 俺だよ、馬鹿野郎!」


 俺はクレスに向かって声を上げた。だがクレスは、気にする様子もないといった感じで俺に拳を繰り出し続けてくる。俺は仕方なく一瞬の隙を突き、クレスの腹部に自分の拳をお見舞いしてやった。


 ――硬い! 


 それはまるで、岩石を素手で殴っているような感覚であった。しかもクレスは微動だにしていない。俺の拳が入ってからすぐに、クレスの拳が俺の頬に入る。衝撃で俺は吹っ飛んだ。


「ぐっ……! クソッ、どうなってんだよ!?」


 その時だった。上の方から何かが来るのを感じた俺は、咄嗟に顔を上げる。

 ロイスだ。なたのような翼を俺に振り下ろしてくる。

 俺は慌てて右腕を差し出した。鉈のような翼が、右腕に食い込む。


「がぁあああ!」


 なんて鋭利な翼なんだよ……!

 幸い、分厚くて硬い筋肉と丈夫な骨のおかげで、右腕は切れずに済んだ。

 俺は右腕を思いきりクレスの方に振り回す。ロイスがその勢いでクレスの方に吹っ飛び、俺がロイスの体をクレスに投げつけたような形になった。

 俺は急いで起き上がり、体勢を立て直す。

 すると、奥の方でメリアが槍のような腕を俺の方に向けているのが見えた。「何してるんだ?」と思った次の瞬間、槍のような腕が、俺めがけて猛スピードで飛んできた。即座にそれをかわそうとしたのだが、間に合わなかった。俺の左肩を槍のような腕が貫通する。


「ぐっ……!」


 銃の弾丸も通さない、今の俺の体を貫通するなんて……!


「どうです? 僕の研究、凄いでしょう? 鋼のように頑丈な肉体。宙を舞い、武器にもなる翼。狩人の如く獲物を仕留める矢のような腕。そいつらは、遺伝子操作をして生み出したイブラなんです」


 ミーデルの誇らしげな声が響く。

 クレスがロイスの体を振り払い、体勢を整える。ロイスが宙に浮きあがり、臨戦態勢に入る。メリアの体から、槍のような腕が再生する。


「おい! お前ら! 俺だよ、アルフだ! 分からないのか!?」


 俺は三人に対して、必死に呼びかけた。

 だが、三人は再び俺に攻撃を仕掛けてくる。


「無駄ですよ。そいつらには、高度な知性が芽生えていない。あなたのことは、敵としか認識していないです」


 なん……だと……。

 俺は紙一重の差で、三人の攻撃をかわし続けた。


「あなたがそいつらを倒すか、そいつらがあなたを倒すか。前者なら、僕の研究はまだ足りていない。後者なら、僕の研究は大きく進歩したと言えるでしょう。本気で戦ってくださいね。じゃないと、研究の成果が判断しづらいですから」


 ――クソッ! なんて奴だ……。


 ここから出る方法はないのか? 俺は辺りを見回す。出入口みたいなものはないし、あるとすれば、三人が入ってきた扉だ。すでに閉まっていたが、俺は急いで扉の所まで行った。

 ところが押したり引いたり、殴ってみても、びくともしない。


「無駄ですよ。そこから出るには上層階に上がるしかないですが、そのための装置は、僕が今いる所でしか操作できません」


 マジかよ……なんてことだ……。


「ミーデル、頼む。やめてくれ。こいつらをこんな風にできるなら、元の人間に戻すことだってできるだろう? お前ならやれる。俺を、元の姿に戻すことだって」

「それはさすがに無理ですよ。そいつらはもうのですから。それに、あなたは《フィシウス》と人間が融合した奇跡のような存在なんですよ。元の姿に戻すなんてとんでもない」

「ふざけんな! おい! ここから俺たちを出せ!」


 クレス、ロイス、メリアが執拗しつように俺を攻撃し続けてくる。俺はその攻撃をかわしながら、ミーデルに声を上げ続けた。


「聞いてるのか!? おい! ここから出せっつってんだろうが!」


 だが、それっきりミーデルが反応しなくなってしまった。


 ――どうする……? 


 ミーデルの言う通り、こいつらは俺を敵としか認識していないらしい。俺がこいつらをるか、俺がこいつらにられるか。その二択しかないようだ。


「ちきしょうが!」


 先ほど三人に傷つけられた体の部分は回復している。やむなく俺は、こいつらと戦うことにした。

 クレスはひたすら俺に突っ込み、肉弾戦を仕掛けてくる。合間に空中からはロイスが、遠くからはメリアが攻撃を仕掛けてくる。

 俺はクレスの動きを見極め、顔面に拳を叩きこんだ。これまでの化物だったら、それで顔面が潰れて終わっていた。だがこのクレスは二、三歩後ろに下がってひるむだけであった。


「ウソだろ、おい」


 そこへ、今度は上からのロイスの攻撃が来る。俺は身を翻し、鉈のような翼をかわしながら、素早くロイスの顔面に後ろ回し蹴りを入れた。

 嫌な感触とともに、ロイスが派手に吹っ飛ぶ。再び襲い掛かってきたクレスの攻撃をかわしながら、俺はロイスの様子をうかがった。

 ロイスが……全く動かなくなってしまった――。


「クソッ!」


 その後も続く、クレスの絶え間ない攻撃が、俺の一瞬の罪悪感をかき消していく。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


 俺はやり場のない怒りをクレスの顔面にぶつける。だが岩石のような今のクレスに、効いている感じはなかった。


「どうすればいいんだよ、こいつ」


 ふと、俺はメリアの方を見る。メリアは、自分が飛ばした槍のような腕を拾い、貪るように食べていた。すると再びメリアの体から、槍のような腕が生えていく。


「マジかよ」


 そしてメリアが、また俺に槍のような腕を向ける。


 ――待てよ。そういえばあの腕、俺の体を貫通したな。ということは、あの腕を利用すれば、このクレスも……。


 俺は咄嗟にクレスの体を掴み、あの槍のような腕の射線上にクレスの体を入れ、メリアの方へ押した。

ドスッ、という鈍い音とともに、クレスの体に槍のような腕が突き刺さる。

 俺はその突き刺さった槍のような腕を掴み、クレスの体を蹴飛ばして引き抜いた。そしてすぐに、クレスの顔面にそれを突き刺す。

 割れたガラスのように、ひびがクレスの顔面に入る。俺がそのまま突き刺さった槍のような腕を振り上げると、クレスの顔が砕けた――。


「クレス……」


 出会って早々スナイパーライフルで撃たれるわ、嫌味ばかり言われるわであったが、今ではそれほど悪い関係ではなかった……。


「ちきしょう! クソッ!」


 メリアが槍のような腕を再生させ、俺に照準を向ける。俺は横に跳び、メリアの攻撃をかわしつつ、手にしていた槍のような腕をメリアの顔面に投げつけた。

 スイカに至近距離からショットガンを撃ち込んだみたいに、メリアの顔が砕ける――。


 ――やっちまった……クレスも、ロイスも、メリアも……俺が……三人を……完全に殺してしまった……。


 俺が呆然としていると、拍手のような音が鳴り響く。


「さすが、アルフ隊長。お見事です。まだまだ、僕の研究が足りていないようですね。とても参考になりました。ありがとうございます」


 ミーデルだ。ふざけやがって……!

 俺は憎しみを込め、声を上げる。


「ここに来て、自分の身で実験したらどうなんだ!? え!? とことん付き合ってやるからよ!」

「今回はここまでです。必要な時に、また声をかけますから」


 すると、周りからシューという音が聞こえてきた。


 ――なんだ? 音からするに……これは、ガス? 


 俺は慌てて鼻と口を手で塞ぎ、息を止めた。だが十秒もしないうちに、身に覚えのある嫌な感覚が体中を駆け巡る。まさかこのガス――。


「あなたには、元の場所に戻ってもらいますね」


 体に力が入らなくなり、意識が朦朧もうろうとしていく。


「ミーデル……ざけんな……俺は……実験動物じゃ……ないんだぞ……」

「これは、あなたが選んだ道ですよ。僕たちに――従えばよかっただけなのに」


 ミーデルの突き放すような言葉を最後に、再び俺の意識は遠のいていった――。

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