第21話【マルス】

「みんな、そろそろハラス様による定期演説放送の時間だ。一旦手を止めなさい」


 研究員の人からの一言で、僕たちは科学の実験の作業を止めた。


「諸君に改めて呼びかける。私たちの未来を信じろ。決して、取り残されるな。強者になるのだ。私たちは、諸君にいつか必ず絶大な力を与える。そのための準備は、着々と進んでいる。生き延びるために、あらゆるものを利用しろ! 手に入れるのだ、己の欲するものを! そして見せつけるのだ、己の力を! 私は誰一人として見捨てるつもりはない。皆の者、私たちについてくるのだ!」


 何を言っているのか、よく分からない。まぁ、どうでもいいや。

 数週間前、ラグナがこれまで見たことのない化物たちや怪しい人たちに襲われて、僕たちはこのネアリムとかいう所に連れてこられた。ママにおじさんやおばさんたち、お医者さんたちやジェスにミア、それにアルフも――。

 そいつらに僕たちは殺されたりするんじゃないかって心配だったけど、今のところそういった様子はないし、ちゃんと食べ物も水も与えてくれる。何より、研究員の人たちが教えてくれる科学の実験は楽しい。

 でも――アルフと遊んでいる時の方が、やっぱり楽しいかな。

 そういえば昨日、アルフが無事だったのは確認できたけど、あの変な化物たちや綺麗な顔したお兄さんと一緒にいて、鎖で繋がれてたな。僕たちを見ても、すぐどこかへ行っちゃったし、その時なんだか――凄く悲しそうな顔をしてた気がする。大丈夫なのかな?

 それに、ママは今どうしてるのだろう? 研究員の人に言っても、全然会わせてくれないし。ママに会いたいな……。

 研究室の電話が鳴る。


「はい。――ええ、分かりました。今から全員そちらに向かわせますので」


 研究員の人が、誰かと話している。なんの話だろう? ママと関係あるのかな?


「みんな、今日はこれから別の所で課外実習を行うよ。私についてきなさい」


 課外実習? 何をするんだろう?

 僕たちはこれから何をするのか、クイズの答えを当てるかのようにべらべらしゃべりながら、研究員の人についていった。

 しばらくして、別の建物にやってきた。そこからさらに、奥行きのある原っぱみたいな所に辿り着く。


 ――なんだろう、ここ……。


 いくつか長いテーブルが置いてあり、各テーブルのそばには、怖そうな顔をした男の人たちが立っている。テーブルの上に置いてあるのは、ヘッドホンのようなものと……銃――? 一体なんのために? しかも原っぱの奥にいるのは――クワイドだよね、あれ……立てかけられた壁に鎖で体を巻き付けられ、固定されている。

 よく見てみると、あのクワイドの顔――まさか……ブラス……?

 僕たちは変わり果てたブラスを見て絶句し、足を止めた。


「諸君、よく来たな」


 後ろから声がしたので、振り返ってみる。そこにいたのは――ラグナを襲ってきたあの化物、ハラスだった。


「諸君にはこれから知識だけでなく、この世界を生き抜いていくために必要な力を身につけていってもらう」


 この世界を生き抜いていくために必要な力――?


「諸君もご存じの通り、今この世界はあのような怪物たちによって支配されてしまっている。だから我々は、あの怪物たちに打ち勝っていかなければならない。そのために必要な力、すなわち戦う力を身につけていくのだ。これからやっていくことはその第一歩。さぁ、各自テーブルの前に行くのだ」


 ハラスにそう言われて僕たちは顔を見合わせた後、恐る恐るテーブルの前に立った。


「テーブルに置いてある銃で、あそこにいる怪物を撃つのだ。あのような怪物には頭を狙うといい。銃の撃ち方はそこにいる者たちに教えてもらえ。銃声はそれなりに大きい。慣れないうちはヘッドホンを使うのだ」


 ――え? この銃で、ブラスを撃てって……いやだよ、そんなことしたくない。


「ほら! さっさと銃を持つんだ」


 男の人に急かされて、僕は仕方なく銃を手に握った。そしてすぐに、構え方だとか狙いの付け方なんかを教わる。


「よし、それじゃ撃ってみろ。できるだけ頭を狙え」


 僕はヘッドホンを耳につけ、男の人に教わったように銃を構え、正面にいるブラスの頭に狙いを定めた。

 ブラスはもう、完全に知性を失っているみたいだ。でも――その顔の表情が、なんだか僕には「助けて」と言っているように見えた。


「どうした!? 早く撃て!」


 男の人が僕のヘッドホン越しの耳に怒鳴りつける。僕は慌てて引き金を引いた。

 反動が凄い。どうやら僕の撃った弾は、ブラスの頭の上に行ったみたいだ。


「もう一度! よく狙うんだ!」


 そんなこと言ったって……化物になっちゃったからって……仲間を撃つなんてこと、したくないよ……。

 僕はブラスの頭を狙っているように構えて、わざと弾が当たらないように撃ち続けた。

 ようやく、銃の弾が切れた。他のみんなも同じことを考えていたのか、ブラスには銃弾が当たらなかった。


「ヘッドホンを外せ!」


 男の人に指示され、僕はヘッドホンを外す。他のみんなもヘッドホンを外し、再び僕たちは顔を見合わせた。


「初めてだから、なかなかうまく当てられないのかな? でも当てないと、あの怪物は倒せない。もし外へ出て、あのような怪物に遭遇した時、今の諸君では……怪物に殺されてしまうだろう。もう少し、奴に近づいてから撃ってみなさい。大丈夫だ、奴は今動けないようにしてある。ただし、それも今回だけだ。必ず、どんな距離だろうと当てられるようにするんだ」


 ハラスがそう言った後、男の人たちに背中を叩かれた僕たちは、銃とヘッドホンを持ってブラスの方へと近づいていった。

 先ほどより、半分くらいの所まで来た。ここからなら、銃弾を当てるのは難しくなさそうだ……。


「さぁ、諸君の手で、奴を殺すのだ! この世界で生き残るためには、強者でなくてはならない! そのための第一歩を、踏み出すのだ!」


 ハラスの言葉と同時に、男の人から弾倉を渡され、装填そうてんの仕方を教わる。

 再び、銃を撃てる状態になった。

 僕はブラスの方を見た。呻き声を上げながら、鎖を解こうと必死に体を動かしているように見える……。

 ふと、僕の頭に浮かんできたのは――アルフの姿だった。


「みんな! やめよう! 銃なんて必要ないよ! きっと、彼を殺さなくてもいい方法があるはずだよ! きっと、彼を助ける方法があるはずだよ! だから――やめよう!」


 僕は、みんなに向かって必死に叫んだ。


「『仲間が苦しんでたら、助けてあげるのも大事なことだ』ってアルフが言ってた!」


 すると――みんな僕の言うことに賛同したのか、手を止めた。男の人たちが、困惑の表情を浮かべる。

 僕の目の前に、ハラスが来た。


「君は、本当にそれでいいと思っているのかね?」

「――うん。僕は……アルフを信じる。だから、こんなものはいらないよ」


 僕を見下ろすハラスに向かって、手の平の銃を上げる。


「ほう……そうか。君は――この世界の現実というものが分かっていないようだな」


 ――この世界の現実? 何を言ってるんだろう?


 ハラスがブラスの所へ歩いていく。そして、ブラスを縛り付けている壁の後ろに回り込んだ。

 と、その時。

 壁の後ろで、甲高い音が響いた。あれは……鎖が切れた音? 

 つまり――。

 ブラスを巻き付けていた鎖が地面に落ちる。

 ブラスが――クワイドが――金切り声を上げて、正面の僕に向かってきた――。

 どんどん、こちらに近づいてくる――その恐ろしい姿に、僕は立ちすくんでしまった。


 ――怖い。――助けて。――アルフ!


 クワイドと化したブラスが、僕に襲い掛かろうとしたその時だった。ブラスの頭を、ハラスが鷲掴みし、高々と持ち上げる。

 そして次の瞬間――ハラスが、ブラスの頭を潰した。トマトを握り潰すみたいに……。

 僕は尻餅をつき、手にしていた銃を落とした。


「これで――分かっただろう? 君のような甘い考えを持つ者は――この世界では生き残れない。敵は、容赦などしてくれないのだよ」


 ハラスが膝をついて、僕に語りかける。


「今の君は、弱者なのだ。あのアルフという男もそう。弱いから――強くなろうとしないから、拘束され、私の助手の実験サンプルにされているのだ」


 ――僕が……弱者……? アルフも……?


「強者になりたければ、この世界で生き残りたければ、這い上がるのだ。自分の力で。あらゆるものを利用しろ。手に入れるのだ、己の欲するものを。そして見せつけるのだ、己の力を。私もそうして、ここまで強くなってきた。私を信じろ。私についてくれば、君にも輝かしい未来が待っている」


 ハラスが地面に落ちている銃を拾い上げ、僕の目の前に差し出す。


「強くなれ。この世界で、生き抜くために。これはそのために、必要なものだ」


 僕は、その銃をじっと見つめた。


 ――強くなれ。この世界で、生き抜くために。


 僕の心に、ハラスの言葉が響く。

 いつの間にか僕は、ハラスの手にある銃を握っていた――。

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