第24話 永遠の弱者たち

 純粋な《フィシウス》ではない、人間とのハイブリッドとはいえ、〝サンプル〟の力は驚異的だ。〝サンプル〟を打ち倒すことさえできれば、操り人形イブラの戦闘能力の向上をテーマとした、僕の研究は成功したと言えるだろう。

 そうすれば、より安全に新しい世界を開拓していくことができる。誰もが危険な目に合わずに済むんだ。

 ハラスはもちろん、誰もが僕を認めてくれるようになる。新世界において、僕の名は――永遠に語り継がれていくに違いない。

 あと一息だ。この間も、いいところまでいった。あと足りないものはなんだ?


 ――〝サンプル〟をもっと、詳しく研究してみることにしよう。


 足りないものさえ分かれば、あとは決して逆らわない高度な知性を加えるだけで、今度こそ完璧な操り人形イブラとなる。

 僕は〝サンプル〟のいる部屋に向かった。

〝サンプル〟は、俯いたままでじっとしている。


「あなたの体の一部分を、採取させてもらいますね」


 血液の採取だけでは足りない。体内組織そのものの資料が欲しい。

 僕は自分の右手を変異させた。〝サンプル〟の皮膚は、変異の力でも使わないと傷付けられない。血液の採取時も、一度変異の力で傷を付けてから、皮膚が再生しないうちに素早く採取する必要があった。

 と――。


「ミーデル……聞いてくれ。お前に……頼みがあるんだ」


 突如、〝サンプル〟が僕に声をかけてきた。

 頼み事――?


「――なんでしょう? 応えられる範囲のものであれば、構いませんよ。言ってみてください」


 一応、聞くだけ聞いておいてやるか。


「俺を――殺してくれ」


 ――え……?


「今……なんて……?」

「俺を殺してくれ、と頼んだんだ」


 ――いきなり、何を言い出すんだ……?


「何を……言ってるんです?」

「俺はもう……これ以上生きている意味がないんだ」

「え……?」


 ――生きている……意味がない……?


「確かに俺は……この姿になって凄い力を手に入れたさ。まるで、スーパーヒーローにでもなったような気分だった。初めは俺の姿を見て気味悪がっていた住民たちも、俺のことを認めて受け入れてくれた。でも、結局は力なんて手に入れたところで――自分のことも、周りのことも、不幸にしていくだけなんだ。今みたいにな」


 ――力を手に入れることが、不幸だって……?


「ミーデル、本当にお前やハラスが言う強者になんてなる必要があるのか? 俺自身 《フィシウス》の力を手に入れて、人間の弱さがよく分かったよ。動物に比べりゃ、力も弱いし、足も遅い。それに、心も不安定で弱い。知恵があるように見えるが、何かを生み出しても、すぐに悪用することばかり考えるし、いつまで経っても醜い争いは絶えない。俺たちなんて所詮、永遠の弱者たちでしかないのさ」


 ――僕たちが、永遠の弱者たち……?


「俺には分かる。今のこの世界は――《フィシウス》の復讐によって生み出された世界なんだ。俺たち人間の、無意味で滑稽な欲望の社会によって壊された自然の神、《フィシウス》の――人間への復讐なんだ」


 ――《フィシウス》の……復讐……。


「人間なんてどうせ弱者でしかないのに、微生物にすら支配されてしまうし、一人じゃ何もできないちっぽけた存在なのに、なんで強者だなんて勘違いした奴になる必要がある? もう、終わりにしろ。くだらない理想を追い求めるのは」


 ――違う……。


「僕は――弱者なんかじゃない。僕にだって、頂点を目指せるんだ。玉座に就く資格があるんだ。この力が、それを証明している」


 僕は〝サンプル〟の目の前で、変異した手を見せびらかした。


「それだって、お前が最初から持っていた力じゃないだろう? 《フィシウス》や《ルドワ》が持っていた力のおかげなんだろう?」

「……」


 ――確かにこれは……《フィシウス》や《ルドワ》がいなければ、手に入らなかった力だ。


「俺は――お前がここで殺した女、ライアと誓ったんだ。あの子たちのために未来を切り開いていこう、化物たちのいない世界を取り戻そうってな。それだけじゃなく、新しい世界を作りたかった。誰もが安心して自由に日々を過ごせる世界。個人の見た目や能力なんか気にしなくてもいい、競争する必要のない世界。みんな平等で、協力し合える世界。どうだ? 悪くないだろう? でもこんな状態じゃ、どうすることもできない……」


 ――誰もが安心して自由に日々を過ごせる世界……個人の見た目や能力なんか気にしなくてもいい、競争する必要のない世界……みんな平等で、協力し合える世界……。


「俺は今、こうして拘束具で自由を奪われている時間がほとんどだ。孤独で――自由になれるのは、お前が生み出した化物と戦っている時だけ。それが終わってガスで意識を失った後は、悪い夢にうなされてばかりいる。一緒に楽しい時を過ごす仲間もいなければ、旨いものを食べる楽しみもない……」

「……」


 ――なんだろう……この気持ち……これは……罪悪感……? 


 しっかりしろ、僕! 目の前にいるのは、ただの〝サンプル〟だ。新しい世界を作っていくための、実験材料にすぎない!


「それに俺は――あまりにも多くの罪を犯しすぎた。息子を死なせ、妻の心に……癒えない傷をつけてしまった……」


 ――え……? 息子さんがいた……? 死なせてしまった……?


「上官なのに……お前の心の闇に気付いてあげられなかった。部下たちのことを……守れなかった。ライアたちを……こんなことに巻き込んでしまった。多くの人たちを――あやめてしまった」

「――!」


 ――僕の……心の闇……。


「どうか……俺のことを――お前の手で、裁いてくれないか? それでもう――終わりにするんだ、こんなことは。自然に対して、もっと敬意を払え。無意味な力なんて、追い求めるんじゃない。お互いが、安心して協力し合えるような世界を作っていくんだ、お前たちが。これからを生きていく、あの子たちのために」


 ――自然への敬意……お互いが、安心して協力し合えるような世界……これからを生きていく、あの子たちのために……。


「お前だって、本当はこんなこと、望んでないんだろう? 自分がやってしまったことに対して、混乱しているんだろう? 今のお前は――俺と同じように孤独なんだ。そうだろう?」


 ――今の僕は……孤独……?


「……言いたいことは、それだけですか?」


 僕は変異した手で〝サンプル〟の太ももの肉を引きちぎり、それを培養液で浸したシャーレの中に入れた。

〝サンプル〟の引きちぎった部分が、みるみるうちに再生していく。


「本当に素晴らしいですよ。あなたのその力」

「つッ……! ミーデル……!」

「……僕だって……世の中がそうであってほしかったと思ってます。でも、無理なんですよ。みんながみんな、そういう風に考えてくれるわけじゃない。どこかしらに必ず、傲慢で強欲な者がいる。それに立ち向かうためには――力がなければ、支配されてしまうんです。あなたの中にある力を、失うわけにはいかない!」

「ミーデル! 待ってくれ、ミーデル!」


 僕はシャーレを胸の高さでしっかりと抱え、〝サンプル〟のいる部屋を出た。


「よし、さっそく研究を始めるとしよう」


 シャーレの中にあるものを、顕微鏡で覗き込む。


「凄い……」


 尋常じゃないほど活発な〈Reinos(レイノス)〉の動き――《フィシウス》を捕らえて研究していた、あの時の衝撃がよみがえる。

 僕は思わず顕微鏡から目を離し、辺りを見回した。

 ネアリムでも一番の設備を誇る、僕だけに許された研究室。研究器具だけでなく、最高級ベッドやコーヒーメーカーなども備え付けられた、ハラスの僕に対する最大限のおもてなしである。

 ここまで僕への敬意を払ってくれたのは、この世でハラスだけだ。

 だからこそ、この研究を成功させたい。ハラスの思いに応えたい。そして僕が持つ能力を、この世界に示すんだ。

 と――その時、なぜかふと――〝サンプル〟の言葉が、頭をよぎった。


 ――ミーデル、本当にお前やハラスが言う強者になんてなる必要があるのか?


 何を言っている、当たり前だろう。


 ――俺たちなんて所詮、永遠の弱者たちでしかないのさ。


 今までは、確かに僕も弱者だった。でも今は違う! 


 ――人間なんてどうせ弱者でしかないのに、微生物にすら支配されてしまうし、一人じゃ何もできないちっぽけた存在なのに、なんで強者だなんて勘違いした奴になる必要がある?


 うるさい、それはお前が弱者なだけだ! 僕は絶大な力を手に入れた。僕には、玉座に就く資格があるんだ!


 ――それだって、お前が最初から持っていた力じゃないだろう? 《フィシウス》や《ルドワ》が持っていた力のおかげなんだろう?


 そうさ。でも僕の力で、それを体内に取り込めたんだ!


 ――自然に対して、もっと敬意を払え。


 うるさい! 〝サンプル〟の分際で!


 ――無意味な力なんて、追い求めるんじゃない。


「うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさあああああい!」


 気が付いた時には――辺りがめちゃくちゃになっていた。


「……何をやってるんだろう……僕としたことが……取り乱すなんて……」


 ――少し、仮眠でも取るか。


〝サンプル〟やハラスのように全くというわけではないが、今の僕の体も、ほぼ睡眠を必要としていない。一日の三分の一ほどを占める睡眠の時間を、何か自分のために使えればいいのに、と昔から思っていた僕にとって、これはうれしい進化である。

 ただ、ここ最近は研究ばかりだったから、たまには息抜きしてもいいだろう。

 僕はベッドの上で横になり、静かに目を瞑った。


              *


 もうこれで何回やったのか、回数すらも分からなくなっていた。


「どうした、お前ら。ペースが落ちてるぞ! もっと根性見せな!」


 この部隊の隊長、全身が分厚い筋肉の塊で強面のアルフ隊長がげきを飛ばしている。

 配属初日、地獄のような長時間の腕立て伏せから始まった。腕が震え、脂汗がにじみ出ている。ほとんど限界に近い……。

 でもこのままやめてしまったら、僕はダメな奴で終わってしまう……せっかく、このカーミア特殊部隊〈CSF〉に入れたというのに。


 ――倒れさえしなければいいんだ。


 僕は必死に歯を食いしばり、腕を曲げ続けた。


「意外とガッツあるじゃねぇか、小綺麗なの」


 アルフ隊長が僕の前に立つ。全身が分厚い筋肉の塊の怪物を目の前にして、なおさら途中でやめるわけにはいかなくなってしまった。


「やるじゃねぇか、新入り」

「見かけによらずタフだな、おい」


 周りの隊員たちも、僕に声をかけてきた。そういう風に言ってくれるのはありがたいのだが、僕は一回一回腕を曲げるので必死なのに対し、周りの隊員たちはペースを戻しているのが現実である。やはりこの部隊となると、今までとはレベルが違う。


「よし、腕立て伏せはここまで! 次の訓練だ!」


 アルフ隊長の合図で、ようやくこの地獄も終わりを迎える。だが、これはほんの始まりにすぎなかった。

 その後も続く体力訓練に潜水訓練、戦闘訓練などで、常に僕の意識は朦朧としており、部隊の中で振り落とされないよう必死にしがみつくので精一杯であった。


「今日の訓練はここまで! 戻って休め!」


 朝の腕立て伏せに始まり、時間や方向感覚さえも失いかけた頃、一日の訓練が終わった。

 もう歩くのがやっとの僕とは対照的に、他の隊員たちは軽快な足取りで兵舎に戻っていく。自分の力不足を痛感させられた一日であった。


「お疲れっす、隊長!」

「おう、お疲れ!」


 みんなとアルフ隊長とのやりとりは、割と気軽な感じだ。アルフ隊長ってああ見えて、意外と気さくな方なのかもしれない。


「よう、新入り。どうだ? ウチの部隊での訓練は」


 すると、足枷あしかせを付けているかのような足取りの僕に、アルフ隊長が声をかけてきた。


「そうですね……みなさんについていくのが精一杯で……情けないです」


 こんなこと、本当は言いたくなかった。だけど、今回ばかりは認めざるを得ない。


「そうか。でも、よくやっていたと思うぜ。俺は」

「え?」

「なんていうか……気持ちだけは遅れないように、っていうのが伝わってきていた。今日はゆっくり休め。期待してるぞ」


 僕の肩をぽんと叩き、アルフ隊長も兵舎に戻っていく。

 兄弟にも学校の先生にも、この部隊に入る前の教官にも、できないことがあったり、少しでも弱みを見せると蔑まれたり、どやされるのが普通であった。初めてかもしれない、あんな風に言ってくれた人は――。

 その時なんだか、どれだけつらいことがあっても、あの人の下だったらやっていける、そんな気がしていた。


〈CSF〉に入隊してから、一か月ほどが経った。相変わらず訓練は厳しく、一日一日を乗り切るので精一杯だ。でも、気さくな隊員たちやアルフ隊長の存在が支えとなり、なんとかやっていけていた。僕の方も、彼らには常に謙虚で気を遣うように心掛けていた。

 そんなある日、一日の訓練が終わった後、アルフ隊長からの呼び出しがあり、兵舎の彼の個室を訪れた。


「失礼いたします隊長、お呼びでしょうか?」

「よう、お疲れ。調子はどうだ?」


 アルフ隊長が机の上に腰掛けながら、僕に問いかける。


「え? ああ、まぁ……もうこの部隊の訓練にも慣れてきて、早く任務にも出てみたいなって思ってます」


 強がりの嘘をつく。下手に弱音を吐いて、ダメな奴だとは思われたくないからだ。


「そうか」


 アルフ隊長が腕を組み、僕から視線を逸らす。


「この一か月のお前の様子を見て決めたんだが、お前には――支援兵として、ウチでは活動してもらおうと思っている」

「支援兵……」


 支援兵は文字通り、兵器の輸送や整備に補給、負傷した兵士の治療や救護といった後方支援が主である。


「僕は最前線で戦っていきたいんです。今はまだ、みなさんについていくのが精一杯ですが、これからもっと強くなれるはず」


 支援兵では家族の無念を晴らすことはできない。最前線に出て、シネスタ軍みたいな野蛮な奴らに一泡吹かせてやりたいのに。そのために、ここまで来たんだ。


「そうじゃない」


 アルフ隊長が、必死に訴えかける僕を制する。


「いいか。どんなに凄いスポーツ選手だろうと、自分一人の力だけで結果を残しているわけじゃない。その後ろにある、色んな支えがあるからこそ、結果を残せているんだ。そいつ一人の偉業じゃない。そいつを含めたチームの偉業なんだ。分かるか?」


 ――チームの偉業……。


「お前は戦闘兵の奴らに比べれば、体の強さは劣る。でも、それだけだ。真面目でガッツがある。そして何より――謙虚で、気配りができる奴だ。そのお前の個性を、チームに取り入れたい」


 ――僕の個性……。


「お前の言う最前線には、みんなが一緒にいる。戦闘兵だって、後方支援がなければ常に不安で、すぐに力尽きてしまうだろう。だからこそ、お前の力を貸してほしいんだ。俺たちには、お前が必要だ」


 ――お前が必要だ。


 そんな言葉、誰からも言われたことがなかった。僕は思わず唖然とする。


「なんだ? どうかしたか?」

「え? ああ、いや……なんでもないです。分かりました。みなさんの支えになれるよう、支援兵として頑張っていきますので」

「そうか。分かってくれたならいいんだ。もう部屋に戻っていいぞ。ゆっくり休め」

「はい、失礼します」


 気が付くと、僕はすでにアルフ隊長の個室を出ていた。

 支援兵――それは僕の望む立場ではない。

「最前線には、みんなが一緒にいる」――か。まぁ確かに、捉えようによっては後方支援だろうと、戦闘兵と一緒に戦っていくことに変わりない。僕の力で部隊の戦闘力を上げられるのであれば、最前線で僕も戦っていたんだ、と胸を張れるであろう。

 アルフ隊長も色々考慮した上で、僕を支援兵として指名したのだろうし、何より――。


 ――お前が必要だ。


 この言葉のためなら、いくらでも頑張れる。

 僕はそっと心の中で、多少のわだかまりはありつつも、支援兵としての立場を受け入れることにした。


 翌日、訓練前の朝礼でアルフ隊長から、この部隊で僕は支援兵として活動していくことがみんなに伝えられた。


「よう、ミーデル。今日から支援兵の一員になったんだって?」


 昼食時、支援兵の仲間たちに話しかけられた。


「ええ、そうなんです。昨日アルフ隊長からお話がありまして……」

「そうか。さっすがアルフ隊長。目が高いわ」

「え?」

「ミーデルが支援兵になってくれれば、戦闘兵たちだけじゃなくて、俺たち支援兵にとっても心強い。この部隊全体にとって、プラス要素しかないぜ」


 ――そう……なのか……?


 アルフ隊長といい、こんなにも僕を評価して、歓迎してくれた人たちは初めてだ。


「一緒に頑張ろうぜ、ミーデル。よろしくな」

「はい、どうぞよろしくお願いします」

「あと、敬語は使わなくていいぞ」

「え?」

「俺たちは同士なんだから、堅苦しくする必要なんてないだろ? 俺たちの間で、敬語は禁止だ」

「ああ、分かりまし……ああ、いや……分かった」

「うん、それでいい」


 ――こんなにも居心地がいいところ、今まであっただろうか?


 カーミア特殊部隊〈CSF〉――日頃の訓練は過酷だし、任務は危険なものが多いけど、隊長も仲間たちも、みんないい人たちだ。この部隊に入れて、本当によかった――。

 この人たちなら、支えていきたい。この人たちに、もっと認められたい。

 その時僕は、そういう風に思っていた――。


              *


 目が覚めた――。


 今のは……夢……? なんで……〈CSF〉の夢なんか見たんだ?

 もう、過去のことなのに――。

 もう、どうでもいいことなのに――。

 もう、彼らと一緒になることはないのに――。

 でも――彼らといた時のことを思い出すと、つい笑みがこぼれてしまう。

 彼らは確かに……よき仲間たちであった――。


 翌日、僕は被験体のイブラたちの様子を見にいった。


「おはようございます、ボス」

「おはようございます、ボス。昨日の検証データになります」

「おはようございます、ボス。被験体Nに不具合が見られるようです。いかがいたしましょうか?」


 研究員たちによる、畏縮した挨拶と、報告や相談事である。彼らはいつも僕に対してこの有様だ。僕が有能すぎるから、頭が上がらないのだろうか。

 そういえば彼らからボスと呼ばれるようになって、だいぶ経つな。いまだにその呼ばれ方には、どこか違和感を覚えてしまう……。


 ――なぜだろう? 彼らは新世界を共に築き上げていく仲間たちのはずなのに、親しくなれそうもない……。


「どうだ、ミーデル。研究の方は」


 と、たまたま通りかかったハラスに、声をかけられた。


「ご安心ください大佐。〝サンプル〟をもっと研究して、必ず成功させてみせますから」

「そうか、期待してるぞ。やがてはシスルのような力を、民にも与える。そうすれば、私たちの望む、新世界が幕を開けるのだ。その日が来るまで、抜かるんじゃないぞ、ミーデル」

「ええ、もちろんですよ大佐」


 軽いやりとりをした後、過ぎ去っていくハラスの後ろ姿を目にしながら、僕は昨日の夢のことを思い出した。


 今の僕に――笑い合ったり、冗談を言い合ったり、支えてあげたいと思えるような、親しい人物はいるのだろうか?

 僕が最後に心の底から楽しいと思って笑ったのは――いつだろうか? 〈CSF〉のみんなと離れてから、一度でもそんな時はあっただろうか――?


 僕は気付いた――。

 今の僕は――孤独だ。

 今の僕には――本当に仲間と呼べるような者がいない。


 ――いや、一人だけ……いる。


 たった一人――僕にとっての……最後の仲間が……一人だけ……。

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