第25話 任務再び

 生き地獄っていうのは、こういうことを言うのであろうか。

 自由を奪われ、楽しみもない日々――。


「お前に与える罰は死刑じゃなくて、終身刑だとでも言いたいのかい、ミスターカミサマよ」


 よくよく考えてみれば、囚人にとって一瞬で楽になれる死刑よりも、死を迎えるまで檻で過ごす終身刑の方が、つらいのかもしれない。俺はふとそんなことを思った。

 とその時、誰かがこちらへやってくるのを感じた。


「……ミーデル、お前なんだろう?」


 気配の主は、俺の予想通りであった。ただ、いつもと違ってなんだか浮かない顔をしている。


「なぁ、お前は――俺を憎んでいるのかもしれないが、これ以上、俺は今の自分でお前たちに悪影響を与えたくはないんだ。どうか……俺を楽にしてくれないか? 頼む」


 もう自分の命なんかどうでもいい。今の自分が存在し続けることで、世界に悪影響を与えたくないだけである。俺は再び自分のことを抹殺するよう、頼み込んだ。

 ミーデルが、俺の方をじっと見る。


「憎んでなんか……いるわけないじゃないですか」


 すると、ミーデルは端末機器のようなものを取り出して操作した。俺の自由を奪っていた拘束具が、後ろへ引っ込む。今の俺には、例の化学兵器が使われていない。つまりこの瞬間、俺は自由に動けるようになる――。


「……何してんだ、お前?」


 ミーデルの唐突な行動に、俺は思わず立ちすくんでしまった。

 大きく息を吸い込み、ミーデルがゆっくりと口を開く。


「アルフ隊長……すみませんでした……」


 突然の謝罪の言葉に、俺はなおさら呆気にとられてしまった。


「僕は……自分に自信が持てなくて、いつだって劣等感に支配されていて……自分を認めてもらうことしか考えていませんでした……【ニトロ】のことも……ハラスとのことも……」

「お前……」

「確かに……今の僕は、絶大な力と地位を手に入れた」


 ミーデルは自分の手を変異させ、それをじっと見つめる。


「でも……それと引き換えに……僕は大切なものを失ってしまった……」

「大切なもの……?」

「夢を――見たんです。〈CSF〉に入って、地獄のような腕立て伏せから始まった、あの日。あなたや、みんなと過ごした日々……」

「ミーデル……」

「ハラスと出会ってから――笑い合ったり、冗談を言い合ったり、支えてあげたいと思えるような、そんな人物に会ったことがない……心の底から楽しいと思って、笑ったことが――ないんです……」


 ミーデルが床に手をつき、泣き崩れる。


「僕にはもう……あなたしか……仲間がいない……でも……あなたに……さんざんひどいことをしてしまった……裁かれなければならないのは……僕の方です……僕は……どうしようもない……ろくでなしです……どうか……僕のことを……抹殺してください……」


 あまりの変貌ぶりに、しばらくの間、俺は言葉を失う。


 ――もう、俺しか仲間がいない……か。やはりミーデルはずっと、孤独だったのか……ハラスの手の平で、踊らされていたんだな。


「立て」


 俺は嗚咽おえつを続けるミーデルの腕を掴み、無理やり立たせた。


「お前は――償いきれないほどの罪を犯した。みんなのことを犠牲にして、世界中の人々を巻き込んだ。俺の姿も、こんな風に変えた。何より、お前たちが連れてきた子供たちのうちの一人、そいつの母親は――お前が殺したライアだ。それがどういうことか、分かるか!?」

「そんな……」


 動揺するミーデルを俺は容赦なく睨みつける。ばつが悪そうに、ミーデルは俺から視線を逸らした。


「本当なら、お前のことをぶちのめしてやりたい。だが、俺だけではあのハラスを止めることは無理だ。ここからみんなを救い出したい。人間たちだけでなく、動物たちもだ。そのためには、お前が必要だ」


 ラグナで、今のハラスが持つ力を思い知らされた。奴を倒すためには、俺だけじゃダメだ。おそらく、今ミーデルが持っている力も必要になる――。


「僕が――必要……」


 すると、ミーデルが何やら意味深な表情を浮かべ、涙を拭いた。


「……分かりました。協力します。少しでも――罪を償わせてください」


 そして腹を括ったかのように、力強く俺に対して言う。


「あの時の任務を――再開するぞ」


 俺はミーデルの前に拳を突き出した。それを見て、ミーデルが変異した手で応える。


「――今度こそ、ハラスのことを抹殺しましょう」


 こうして、あの日思わぬ形で幕を下ろしたハラス抹殺の任務は、俺とミーデルによって再開されたのであった――。


「それで、ハラスの野郎はどこにいるんだ?」


 やっと――牢獄みたいな部屋から出ることができた。だが、シャバの空気を味わう暇はない。俺はハラスの居場所をミーデルに訊ねる。


「ハラスの部屋は、兵器開発の部署の建物にあります。そこに行ってみましょう。ついてきてください」


 とりあえず言われた通り、先行するミーデルの後についていく。

 ほどなくして、ネアリムの研究員三人に出会った。当然のことではあるが、ミーデルと共に歩く俺の姿を見て、驚いた様子である。


「みんな、彼のことなら大丈夫。どこかに隠れていて。もう、こんなことはやめにするんだ。ハラスは――この世を滅ぼす危険ながんだ。これ以上、騙されちゃいけない」


 ミーデルが両手を広げながら、研究員たちに言う。


「何を言ってるんですか? ボス」

「どうしたのですか? ボス」

「気は確かですか? ボス」


 おいおい、ボスなんて呼ばせてたのかよ、ミーデル……。


「僕は――間違っていた。必要ないんだ、こんな研究は。大事なのは、力を手に入れることじゃない。みんなが――ありのままでいられて、平和で、平等で、協力し合える世界を作ることなんだ。そして、自然に敬意を払うことなんだ」


 ふと、〈CSF〉の部下たちの顔が頭をよぎる。


 ――お前たちのおかげで、ミーデルが正気を取り戻してくれたみたいだ。ありがとな。


 俺は心の中でそっと、犠牲になってしまった部下たちに感謝の意を述べた。


「僕たちの未来のために――動物たちを解放し、イブラとハラスを抹殺する」

「そんな……あなたを信じてきたのに……私たちに……力を与えてくれると信じていたのに。大佐と共に、私たちを劣等感から解き放ってくれると思っていたのに……」


 研究員たちが、困惑の表情を浮かべる。こいつらも、ハラスによって洗脳されてしまっているらしい。

 すると突然、


「裏切者め! 私たちは大佐についていく! 大佐こそが、正しい理想! 正しい未来なのだ!」


 研究員の一人がハンドガンを取り出し、ミーデルに向けて発砲した。ミーデルはそれを瞬時にかわすと、研究員の体に変異した手を突き刺す。

 一瞬の出来事に、俺は言葉を失った。


「衛兵、敵襲です。ミーデルが寝返りました。大佐を狙っています」


 残りの研究員のうち、一人が応援を呼び、もう一人がミーデルを銃撃する。


「馬鹿者が!」


 ミーデルがそう叫びながら、二人を次々と変異した手で刺していった。


「おい、何やってんだ!?」


 俺はミーデルの予想外の行動に、思わず声を上げる。


「やっぱり……ハラスのもとに長くいれば、必ず洗脳されてしまう。僕も――あなたや夢の中で見たみんながいなければ、操り人形のままだった……」


 大量の血を流して倒れている研究員たちを見ながら、ミーデルが呟く。


「なんで……こんな白衣着てる奴らが銃持ってんだ?」


 俺は率直な疑問を口にした。


「それが、〝力を与える〟ということです。アルフ隊長、あなたの仲間たち以外、ここにいる者は全て敵だと思ってください。言葉で説得しようなどと思わないでください。いいですね?」

「何言ってやがる、目的はハラスだけだろ!?」

「あなたの仲間たち以外、もう手遅れです。奴らは皆――ハラスなんです」


 ――奴らは皆、ハラスだって……?


 と、ネアリム一帯で、けたたましい警報が鳴り響いた。


「ちきしょう! どうする!?」

「こうなったら、まずはハラスをどうにかしましょう!」


 ミーデルが研究員たちの死体からハンドガン二つと弾倉を取り上げ、俺に手招きする。

 確かに、諸悪の根源をなくしさえすれば、状況は変えられるかもしれない。今はそれに賭けるしかなさそうだ。

 俺は小走りを始めたミーデルの後を追う。

 だがすぐに、前方からアサルトライフルを手にした、屈強な見た目の男四人がやってきた。


「シスル……!」


 ミーデルが足を止める。

 こいつらが――? ラジュラの上を行くというハラスの護衛らしいが……。


「気を付けて! こいつらは僕みたいな強化人間です!」


 ――なんだって!? 冗談だろ!?


「ミーデル! 貴様あああああ!」


 シスルたちが怒りの声を上げながら、アサルトライフルをミーデルに向けて発砲する。

 ミーデルも素早い動きでそれを避けながら、ハンドガンを撃つ。

 すると、シスルたちもミーデルの銃撃を軽やかな動きでかわしていった。どうやらミーデルが言ったことは本当らしい。

 シスルたちの流れ弾が俺に当たる。だが、特にダメージはない。


 ――ジェスの奴、俺の体に〝風穴を開けてやれるようなモノ〟はまだ作れてないみたいだな。


 俺は軽く嘲笑しながら、ミーデルに加勢する。

 シスルたちの動きは速いが、ミーデルよりは劣っており、十分目で追うことができる。

 俺はシスル二人に対して、ミーデルの銃撃をかわした際にできた隙を狙って拳を叩きこんでやった。

 残る二人のシスルは、割って入ってきた俺の動きに気を取られている隙に、ミーデルが頭に銃弾を浴びせて片付けた。


「ナイス援護。さすがですね、アルフ隊長」

「それにしても、お前の動きすげぇな……」


 目にも留まらぬ速さで、踊るように華麗な動きを見せたミーデルに、俺はつい感嘆してしまう。


「《フィシウス》や《ルドワ》が持っていた力のおかげです」

「まぁ、その通りだな」

「僕が自身に打ち込んだ、新しい【ニトロ】にさらなる手を加えたもの……ハラスの指示で手始めに、シスルたちにそれを打ち込みました。でも僕が自身に打ち込んだ量よりも、はるかに少ない量でした。それはネアリムにいる他の人間に対してもそうするつもりでした。ハラスや僕は、最初から自身を超えるほどの力を与えるつもりはなかった……」


 自分が情けなくてしょうがない、ミーデルがそんな表情で自分の変異した手を見つめる。


「まったく、お前らときたら……」


 どこまで器が小せぇんだよ、と言いかけたところで口をつぐむ。俺も色々振り返れば、あまり人のことをとやかく言える立場じゃないしな……。


「行くぞ」

「はい」


 さっさと先に行け、とばかりに俺が首を振ってミーデルを促したその時であった。


「諸君、どうやらここネアリムに、おぞましい侵略者が現れたようだ。一人は私と共に諸君を新世界へと導くはずだったミーデル。もう一人はミーデルが生み出した、元カーミア特殊部隊〈CSF〉の隊長にしてアルフと呼ばれている、恐ろしい生物兵器だ」


 警報の音を上回る音量で、ハラスからの放送が入る。


「世界が今のような姿になる以前、二人は私を暗殺するために、カーミアからここシネスタにやってきた。私の説得も虚しく、二人はついに本性を現し、再び私たちに牙を剥き出したのである。だが恐れるな! 最後に勝利するのは、私たちだ! 立ち向かえ! そして見せつけるのだ、己の力を! 私のもとに奴らの首を持ってきた者には、私と同じ玉座に就く資格を与えよう。子供たちよ、君らは事態が落ち着くまで、身を潜めているのだ。安心しろ、すぐに終わる」


 相変わらずの気障きざな演説である。


「もう、後戻りはできないようですね」

「とにかく、ハラスの息の根を止めるぞ! 話はそれからだ」


 俺の呼びかけで、ミーデルが勢いよく駆け出す。

 ハラスさえ、どうにかできれば――俺とミーデルは同じ思いで、奴がいる場所を目指した。

 だがその思いを遮るかのように、次々と刺客たちが現れる。それはアサルトライフルやショットガンを手にした、警備の者やシスルだけではなかった。先ほどのような白衣を着た研究員など、一見戦闘とは無縁に思える人間まで、銃を手に俺たちに襲い掛かってきたのである。


「お前ら、やめるんだ! 銃を置け! ハラスのやり方に従っていたら、また新しい悲劇が起きるだけだ!」


 俺はそういった奴らに対して、説得を試みる。

 だが――。


「侵略者の分際で何を!」

「裏切者のミーデルと悪魔め!」

「シネスタの未来のために!」


 ダメだ……どいつもこいつも、完全にハラスによって洗脳されてしまっている。


「無駄です、アルフ隊長! 敵対してくる者は殺してください! 僕だってこれだけ大人数の攻撃はかわしきれない! 僕の体は、アルフ隊長みたいに丈夫なわけじゃないんです!」


 なんだって!? そっちの方は強化されてないのかよ。お前も所詮、不完全体なんじゃねぇか……。

 だとすると、ミーデルに集中砲火されるようなことがあれば、確かに危険かもしれない。

 ミーデルが見事な体さばきと射撃で、ハラスに洗脳された刺客たちを一人ひとり仕留めていく。


「クソッ! なんとかならないのかよ!」


 このままじゃ、何も変わらない――ハラスの言う通り、俺たちはおぞましい侵略者で、俺はただの――生物兵器である。

 こうなりゃ、一か八かだ。

 俺は刺客たちが手にしている銃を叩き落とし、奴らをできる限り弱い力で押して転倒させ、頭に衝撃を与えることで気絶させるようにした。


「ミーデル、お前は撃つのをやめろ! 攻撃の回避に専念するんだ!」

「え!? なぜですか!?」

「いいから言う通りにするんだ!」


 俺はミーデルにハンドガンで射撃をしないよう命令し、素早く刺客たちを次々と気絶させていった。

 ほどなくして、今いるエリア内が落ち着いたところで、俺はミーデルに声をかける。


「ミーデル、俺がの奴らが死んでいないか、確かめてみてくれ」

「……ええ、分かりました」


 言って、ミーデルはである刺客たちの脈を調べていった。


「かろうじて、死んではいないみたいです」

「そうか、よかった」


 俺はほっと胸をなでおろした。


「ミーデル、こういう奴らは殺す必要ない。なんとかなるはずだ」

「僕だって、それで済むのならそうしたいです。でも、どうせこいつらは目を覚ましたら、きっとまた襲い掛かってくる」


 ミーデルが、気絶している刺客たちを見ながら呟く。


「希望を捨てるな。俺を信じろ。きっと、違う道もあるはずさ」


 俺はミーデルに訴えかけるように言った。

 すると、ミーデルが渋々頷く。


「分かりました。できるだけやってみましょう」

「それでいい。ほら」


 俺がミーデルの前に拳を突き出すと、ミーデルが変異していない、ありのままの手で応える。

 俺たちは再びハラスの所へと向かった。


「で、あとどのくらいで着く?」

「もう少しです。これ以上、邪魔が入らないことを願いましょう」


 だが、ネアリムの居住者たちのハラスに対する忠誠心は想像以上のもので、これでもかと言うほどに、俺たちの行く手を阻む。それはもはや全員総がかりで、という勢いであった。行く所行く所、ハラスに洗脳された刺客たちが現れる。

 幸いミーデルが俺みたいに刺客たちの銃を叩き落とし、みぞおちを殴ったりして、刺客たちのことを気絶させるだけで対応してくれたのは、唯一の救いであった。


「いいぞ、ミーデル。さすがは俺の部下だな」

「これが報われるといいのですが……」

「報われるさ、必ず」


 そう言い聞かせながら、ようやく研究施設を抜けた俺たちは、別の建物に辿り着く。


「ここが兵器開発の部署の建物です。もともとハイテク設備を整えた物理学の研究施設でしたが、今は兵器製造メインの場所になってしまいました」


 いよいよハラスの牙城まで来たようである。当然、ここでもハラスに洗脳された刺客たちの歓迎を受けるのだろうと思っていたのだが、いざ建物の中に入ってみると、エントランスホールには誰もいない――何者かが複数以上この建物内にいる気配は感じるのだが……俺たちには敵わないと判断して、皆どこかに隠れたのだろうか。


「よし。寄り道しないで、さっさと奴の所に行くぞ」


 いずれにせよ、もうこれ以上関係ない奴と戦いたくはない。早くハラスの所に行ってしまおう。俺はミーデルに奴の居場所へ案内するよう促した。


「ここから両側は銃器製造などを行う研究室で、ハラスのいる部屋に行くには、真っすぐ進んでいけばいいだけです。一応、待ち伏せに気を付けていきましょう」


 確かに、奴らが待ち伏せする作戦に切り替えた可能性は高い。ミーデルが不意を突かれ、攻撃を受けるようなことがあれば、万事休すだ。


「よし、ここからは俺が先に行く。ミーデル、俺の後についてこい」

「分かりました。お願いします」


 俺たちはエントランスホールを抜け、周囲を警戒しながら、長い通路を渡っていった。先ほど感じた複数以上の何者かの気配が、進めば進むほど強さを増していく。

 そして、身に覚えのあるこの感じ――間違いない――。


「気を付けろ、ハラスはこの先にいる。だがその前に、おそらく奴の護衛たちが待ち構えているだろう」

「ええ、分かってます」


 ミーデルも同じ状況を察しているようで、警戒心を強めている。

 やがて、両開きの扉の前に辿り着いた。俺は扉の横に張り付き、この奥の気配を感じ取る。

 大きな気配に、それよりも小さな複数以上の気配――。


「クソッ! 想定していたものより、もっと厄介な状況みたいだ。ハラスが護衛たちと共にいる。どうやら、俺たちを総力戦で潰しにかかるつもりらしい」

「そうですか……ハラスを倒すには、奴の首を落とす必要がある。僕の変異の力は、ハラスと同等のものがあります。僕がハラスの首を落とすので、アルフ隊長は護衛たちを引き付けてもらえますでしょうか?」

「分かった。任せろ」


 ラグナでハラスと戦った時、俺の力では奴にダメージを与えられなかった。情けない話だが、ハラスの首はミーデルに任せるしかなさそうである。


「準備はいいか?」

「ええ」


 ミーデルの意志を確認し、指で三つ数えた俺は両開きの扉をぶち破り、勢いよく飛び出す。

 だだっ広い吹き抜けの空間。

 そこに待ち構えていたのは――俺が察知した通り、どっしりと腕を組みながら俺たちを見下ろす、上階のハラス。

 その下には、ハラスの護衛たちが――。


 ――ちょっと待て。あれは……ラグナの住民たち……?


「おい、みんな大丈夫か!?」


 俺はラグナの住民たちへと近づいていく。そして、気付いてしまった。


 ――そうか。ハラスの奴、みんなを盾にするつもりでいるんだな。クソッ!


 だが、なんだかみんなの様子が変だ。

 みんなの手には銃が握られており、俺のことをまるで軽蔑するかのような目で見ている。


「何が『大丈夫か!?』だ、このカーミアからの侵略者め!」


 ――え?


「私たちのことを――ずっと騙していたのね」

「何が〝シネスタ人で元ラジュラ〟だ。この大ウソつきめ!」


 ラグナの住民たちが、一斉に俺たちに銃を向ける。


「……ちょっと待て。みんな落ち着くんだ」


 俺はラグナの住民たちに向かって両手を上げた。


「ハラス様から聞いたぞ。世界がこんな風になったのは、お前の後ろにいるそいつが生み出した薬物が原因だとな。お前のその姿も、薬物による影響らしいな」

「そいつ、あんたの部下だったそうね。しかもその薬物は、私たちの国を乗っ取るために生み出されたものだと聞いたわ。つまり、全ての元凶はあんたたちよ!」


 ラグナの住民たちによる殺気立った空気が、辺りにみなぎる。


 ――ちきしょう、ハラスの奴め。


「違う。俺たちは、ハラスの暴挙を止めるためにシネスタにやってきたんだ。薬物は――本来そのために生み出されたものなんだ。全ての元凶はハラスだ。みんな、そいつに騙されちゃいけない!」


 なんとかその場を収めようとする俺をよそに、上階のハラスが両手を叩き出す。


「さあ諸君、見させてもらうぞ。私への忠誠とやらを。シネスタを守る、という意志を。そして見せつけるのだ、己の力を」

「ええ、もちろんです。ハラス様」

「私の父さんや母さんは……化物に殺された。あんたたちのせいで死んだんだ! ライアも、ブラスも、おじいさんも……全部、あんたたちのせいよ!」


 そして――ラグナの住民たちによる俺たちへの銃撃が始まった。


「よせ! おい! やめるんだ!」


 俺は両手を前に出し、発砲を止めるよう訴えかける。だがラグナの住民たちは、引き金から指を離さない。

 銃撃による体へのダメージはないが、みんなの怒りや憎しみがこもったその顔に、心がえぐられていく――。


「どうします!? アルフ隊長!?」


 ミーデルが俺の後ろで指示を仰いでいる。

 みんなラグナで農園や畜舎の動物たちの世話などをしていた、温厚な人たちだったのに……。――どうすればいい……?


「みんな、やめるんだ! おい、ハラス! 彼らに銃なんか持たせるな! 用があるのはテメェだけだ! 下りてこい!」


 俺は上階で腕を組んで見下ろしているハラスに向かって叫ぶ。

 すると――。


「出番だぞ」


 ハラスの声とともに、左右の方から扉が開く鈍い音がした。

 現れたのは、刺客たちの援軍と、あれは――ロボット? が二体である。

 今の俺と同じくらいの背丈がある、二足歩行型のロボットだ。右手には大きめの機関銃が、左手にはドリルのようなものが装着されている。ロボットの中心は、ガラスで覆われたコクピットになっており、中には操縦している人間がいた。


「怪物と戦うための武装ロボットを密かに開発していたものでね。まだ試作品ではあるが、そいつの性能を君で試させてもらうことにするよ、。それ以外の諸君は、裏切者のミーデルを始末するんだ!」


 ハラスの指示で、ロボット二体と刺客たちの援軍、それにラグナの住民たちが動き出す。

 まずい……俺はともかく、このままじゃミーデルが危ない――。


「すみませんアルフ隊長。この状況では余裕がないです!」


 言って、ミーデルが射撃を開始した。

 援軍の刺客たちへのヘッドショット。そしてミーデルの射撃は、ラグナの住民たちにも――。


「よせ、やめろ! ミーデル!」


 俺の左後ろの方で華麗に舞い、二丁拳銃で素の人間たちへの殺戮さつりくを始めたミーデルに、俺は大声を上げた。とその時、右の方から銃弾の嵐がやってきた。ロボットの機関銃によるものである。俺の体を貫通するほどではないが、砂漠の砂嵐の如く、体に不快な衝撃が響く。


「クソが! 鬱陶うっとうしいんだよ!」


 思わず俺は顔の前に手を出した。


「うっ……!」


 横目でラグナの住民たちの方へ目を向ける。

 かつての仲間たちが、次々と自分の部下の手によって倒されていく――。


「やめろ! みんな撃つんじゃない!」


 俺は銃声の協奏曲の中心で、必死に叫んだ。と、後ろの方から凄まじい回転音とともに、何かが迫ってくるのを感じた。

 俺は咄嗟にその回転音から逃れるように右へ飛び跳ねる。もう一体のロボットが、ドリルで後ろから俺を攻撃しようとしていたようである。

 ロボットの機関銃は一応俺に効いていないようだが、あのドリルは回転音のえげつなさから

しても、まともに食らえばさすがにまずそうである。

 俺への攻撃を外したロボットが、再びドリルを唸らせ、俺に突っ込んできた。そしてもう一体のロボットが、俺の正面の方へ回り込みながら、目くらましをするかのように俺の顔面を狙って機関銃をぶっ放してくる。

 俺は顔の前に手を出し、目を細めながら、ドリルのロボットの方に意識を集中させた。


 ――ちきしょう、こんなオモチャたちの相手してる場合じゃないのに!


 ロボットは見かけによらず、動きが柔軟で素早い。ナイフを操るみたいに、ドリルを振ったり突いたりしてくる。俺はドリルに触れないようロボットの動きを見極めていった。

 ふと、銃弾の嵐が止(や)む。機関銃のロボットの弾が切れたようである。これはチャンスだ。

 俺はドリルのロボットの突き攻撃をかわしながら、懐に飛び込んでドリルの根元を掴む。そのまま俺は力を込め、ロボットを床に何度も叩きつけた。

 すると、ロボットのドリルが装着されていた方の腕が、肩の関節から外れて俺の手に残った。俺はその腕を投げ捨て、辺りを見回す。

 生き残っているのは俺とミーデル、ロボットのパイロットが二人と、ラグナの住民たちの一人だけであった――。


「侵略者め! よくも! よくもぉぉぉ!」


 最後の一人、ラグナの住民であった若い女が、狂ったようにミーデルへ銃を乱射する。

 ミーデルがその銃撃をかわしながら、女に銃を向けるのが目に映った――。


「ダメだ! ミーデル!」


 だが――俺の叫びと同時に、ミーデルが引き金を引く。

 女の額から、血が勢いよく噴き出した。女は天を仰ぎながら、後ろへと倒れ込んでいった。


「アルフ隊長! そのロボットたちを! 早く!」


 ――どうして……こうなった……。


 片腕のロボットが起き上がる。

 なぜかは分からない。その時俺は――〈ムスタ〉との戦いのように、怒りの感情に支配されていた。

 起き上がったばかりの片腕のロボットを押し倒し、コクピットのガラスを叩き割る。そして中の操縦者を引きずり出すと、すぐさまその操縦者を床に叩きつけ、顔面に拳を入れた。

 もう一体のロボットが、ミーデルに機関銃を撃つ。ミーデルはそれを走りながら避け、ロボットに一気に近づくと、変異した手で機関銃を切り裂いた。

 俺は横から、ロボットのドリルの腕を掴み、強引に引きちぎる。間髪を入れず、両腕の武器を失ったロボットに足払いをして床に倒し、再びガラスのコクピットを叩き割った。

 中の操縦者が、怯えた表情でこちらを見ている。俺はためらうことなく、そいつの胸ぐらを掴んで床に叩きつけると、顔面を足で踏み潰していた――。


「アルフ隊長……?」


 気を取り直したのは、ミーデルの呆気にとられたような声を聞いてからであった。


 ――何やってんだ……俺……。


 一面に広がる、血と屍の海――。


「これで分かっただろう」


 巨大な岩石が落ちてきたかのような重い着地音とともに、上階のハラスが下りてきた。


「この世界を生き残れるのは――真の力を持つ者だけ。打ち倒す力。己の身を守る力。支配する力――我々人類も所詮、自然界を生きる動物でしかないのだよ。こうなる前の世界もそうであった。私たちは、常に生き残りをかけて戦っていたのさ。都合の悪い真実を覆い隠し、あたかも皆が平和に生きているかのように見せかけてな」


 ――うるさい……黙れ……お前が死ねば、全ては解決する話だ!


 俺は一心不乱にハラスへと向かっていった。


「ハァァァラァァァス!」


 だが俺より先に、ミーデルが叫び声を上げながらハラスに攻撃を仕掛ける。

 変異させた手による手刀の突きで、ハラスの首を狙うミーデル。ミーデルの攻撃を紙一重の差でかわしていくハラス。俺の目でもコマ送りのように見えるほど、二人の動きはとてつもなく速い。


「お前は僕の全てを奪った! 家族も、友人も、僕自身のことも!」

「それは違うぞミーデル。私は、君を解き放ったのだ。君を愚弄する者、束縛する者、そして――弱々しかった君からもな」

「黙れ!」


 ミーデルが怒りのままに、ハラスに立ち向かっていく。ラグナの住民たちや刺客たちの死体が、二人に容赦なく踏みつけられていった。


「受け入れられないのだろう? 自分の弱さのせいで、起きてしまったことが。自分の弱さのせいで、失くしてしまったものが」

「黙れ! 黙れ! 黙れ!」


 ミーデルの攻撃がどんどん大振りになる。そして、ミーデルが変異した手を大きく空振りした時、ハラスがミーデルを手の平で突き飛ばした。


「うっ!」


 ミーデルが派手に吹っ飛び、床に転がり落ちる。


「貴様!」


 それを見て、ハラスに立ち向かわずにはいられなかった。

 ラグナの時の借りを返さないとな!

 だが――あの時と何も変わらなかった。俺の拳も蹴りも、ことごとく受け止められていく。


「弱い」


 ハラスがぼそっと呟いた。俺が右の拳をハラスの顔目掛けて繰り出した瞬間、ハラスは瞬時にそれをかわし、俺の頬に拳を叩きこむ。


「ぐっ!」


 衝撃で、尻餅をついた。だがすぐに俺はハラスの懐に飛び込んで取っ組み、押し倒そうとした。ところが、ハラスは全然びくともしない。俺の力でも動かせないなんて……。


「実に弱い」


 するとハラスは俺を膝蹴りで起こし、体を掴んで軽々とミーデルのそばまで投げ飛ばした。


「クソッ!」


 ――やはり今の俺では、このハラスをどうすることもできないのか……。


「そんな弱さで、世界が変えられると思ったのか? 思想の異なる相手を、取り込めると思ったのか?」


 床に倒れる俺とミーデルを見下ろしながら、ハラスが言う。


「アルフ隊長、大丈夫ですか?」

「まぁ奴より力の方は劣るみたいだが、頑丈さなら負けていないぜ」


 俺の身を案じるミーデルに対し、なんとか強がって見せる。


「こうなったら、二人で同時に攻めましょう」

「いや、俺が奴を引き付けるから、お前は隙を見つけて奴の首を狙え」

「あなた一人にリスクを背負わせるわけにはいかない。僕たちはチームでしょう? ほら、行きますよ」


 ミーデルが立ち上がり、ハラスに向かっていく。俺も慌ててハラスの方へ駆けていった。だが二人のあまりにも速い動きについていけず、ハラスに近づくことすらできない。

 今度のミーデルは闇雲にハラスの首を狙わず、足元から少しずつ攻めている。

 ミーデルの攻めに困惑しながらも、自身の首を守り、俺から間合いを離していくハラス。なんとか自身もミーデルに攻撃を仕掛けるも、華麗な動きでかわされていく。

 いいぞ、ミーデル。見事な動きだ。

 ミーデルがハラスの脚を攻撃し、傷つけていったせいか、徐々に俺とハラスの距離が縮まっていく。そしてついに俺は、ハラスに飛び掛かれるだけの距離まで近づいてきた。


 ――わずかな時間だけでもいい。ハラスの体を押さえるんだ。あとはミーデルがなんとかしてくれるはず。


 決死の覚悟で奴に飛び掛かろうとしたその時だった――ハラスが予想外の動きを見せる。

 まるでミーデルのようにしなやかな動きで身を捻り、俺の腹部を蹴って吹っ飛ばしたのだ。


「ぐはっ!」


 あの巨体でなんて動きするんだよ……思わず俺は愕然とした。

 その後もハラスを押さえようと果敢に立ち向かっていくが、都度しなやかな動きでハラスは俺のことを弾き飛ばしていく。

 ミーデルがハラスの首を狙えるように隙を作るのが俺の役目なのに、なんの役にも立っていない……。

 しかもハラスがミーデルの攻めを見切ったのか、ミーデルの手刀をことごとく振り払っていく。

いつの間にか、ハラスが攻勢に転じ、ミーデルが守勢に回る構図に変化していた。


 ――クソッ、俺のせいで……。


 俺は自分の無力さに打ちひしがれた。それほど今のハラスが持つスピードやパワーは凄まじかった。


「残念だ。貴様らには、この世界で生きる資格がないようだな。ここで死ぬがよい!」


 ――このままでは、俺もミーデルもこいつに殺されてしまう……。


 と――俺がぶち破った両開きの扉の方から、車輪のような音とともに、誰かが近づいてくるのを感じた。


 現れたのは――。


「よう、旦那! 久しぶりだな!」

「お久しぶり! アルフさん!」


 ジェス!? それにミア!? 二人とも何やら大きめの台車を手にしている。


「お前ら、無事だったのか!?」


 俺は思わぬ人物たちの登場に、妙な安堵感を覚えた。

 だが、ジェスとミアが手にしている台車の上に、大きな剣と銃が載せられていることに気付く。あれはもしや――。


「それって……」


 俺は青ざめた。

 ジェスたちがついに、俺の体に〝風穴を開けてやれるようなモノ〟を作り上げ、ハラスのもとに届けに来たんじゃ――。


「ハラスのための武器……?」


 ハラスによる洗脳は、ラグナの住民たちにまで及んでいた。

 ジェスとミアもまた――。


「バッキャロウ! これは旦那のために作ったやつを、パワーアップさせたモノだよ!」


 そんな俺の疑念を盛大に吹き飛ばすかの如く、ジェスが大声を上げる。


「旦那は俺たちにとって最高の顧客! さぁ、この正真正銘の俺たち史上最高傑作を受け取ってくれぃ!」


 ジェスとミアが、武器を載せた台車を俺に向かって放り投げるように押す。

 俺は二つの台車を受け止め、すぐさま武器を手にした。

 ルーカムは以前のものよりさらに一回り大きい〝軍用ソード〟どころか、〝軍用大剣〟になっている。刀身の両側に刃が付いており、なぜか二枚刃で、刃と刃の間には隙間がある。そして柄に付いているもの――引き金? なんのためにあるんだ……?

 レサイドも以前のものより少しだけ大きく、銃身部分の見た目が大幅に変わっている。銃身が上下のフレームに挟まれている形になっており、一見すると、SF映画に出てくるレールガンみたいな構造である。なんだよこれ……?

各々突っ込みどころが満載ではあるのだが、俺はひとまずレサイドをハラスの方へ向けた。

 ミーデルが紙一重の差で、ハラスの攻撃をかわし続けている。


「安全装置にあたる所のレバーを上にしてみな!」


 ジェスが俺に指示を出す。


 ――安全装置のレバーを上にしたら、発砲できなくなるだろ……。


 と思いつつも、俺は条件反射的にジェスの指示通りに動く。

 すると――銃身部分で、プラズマ音のようなものが鳴り響いた。


「必殺のレールガンだ! そいつにブチかましてやりな!」


 ――なんというか……もう、この親子の頭にはついていけないぜ……。


 だが、そんなことを言ってる場合じゃない。

 俺は全集中でハラスに狙いを定める。

 ミーデルとハラスが、相変わらずの速さで攻防を繰り広げている。コマ送りのように動く二人。

 ハラスが拳をミーデルに繰り出す。ミーデルが身を捻ってそれを避け、一瞬だけ二人の動きが止まる。

 コマとコマの切れ目――今だ!

 俺はレサイドの引き金を引く。聞いたこともないような銃声が響き渡った。

 ジェスの宣言通り、風穴が空いた――ただし、俺の体じゃなくて、ハラスの体に――。


「うっ!」


 ハラスが呻き声を上げる。


 ――すげぇ……。


「剣の柄に付いている引き金を引いてみて!」


 今度はミアだ。俺は躊躇することなく引き金を引いてみる。

 すると――ルーカムの刃先に沿うかのように、赤い光が現れた。

 二枚刃の隙間から出ているのかこれ?


「全てを切り裂くプラズマのやいば。それであいつをぶった斬ってやって!」


 ――また出たよ、謎の技術……。


「ジェス、ミア……なぜだ……私を裏切るつもりか?」


 ハラスが風穴を手で押さえ、困惑の表情を浮かべる。


「昔から俺は、あんたのことが好きじゃなかった。あんたは俺を――武器を作るだけの機械としか見ていない。作品を作っても、使い捨てのように扱い、次のもっといいやつを早く作れと急かすだけ。それに比べて旦那は、俺の作品や仕事ぶりに最大級の賛辞を送ってくれる。何より作品を――大事に扱うからな。だから俺たちは、あんたより旦那にこの最高傑作を使ってほしいってワケよ!」


 ジェスが突き放すように言う。


「そいつは、カーミアからやってきた侵略者で、テロリストなのだぞ」

「いいえ、彼は私たちの大切な仲間よ。そもそも、今の世界の混乱を作り上げた根本的な原因は――アンタの傲慢さにある。恥を知りなさい!」


 今度はミアだ。いつもチャラチャラしている印象だが、言う時にはちゃんと言うんだな……。


「馬鹿げたことを。いいだろう、このカーミア人たちを殺し、貴様らの作り上げたガラクタを粉々にした後で、私を裏切ったことを後悔させてやる!」


 ハラスが咆哮を上げながら、俺の方に向かってきた。右手を上げ、ミーデルみたいに手刀の構えを見せる。

 俺の首を落とすつもりか――。

 咄嗟に俺は体全体を右に倒し、ハラスの手刀の突きをかわす。

 そして上体を左に捻りながら勢いに任せ、ルーカムをハラスの方へ振り抜いた。


「ぐはぁあぁああぁ……!」


 ――え?


 あまりにも一瞬の出来事で、俺は自分の目を疑った。

 断末魔の叫びを上げたハラスの上半身と下半身が、真っ二つになっている――。

 これまで奴の圧倒的な力の前に、成す術もなかったのに……。

 恐るべし、鬼才親子。


「おのれ……! 貴様らぁぁぁぁぁ!」


 上半身のハラスが喚き散らす。

 ミーデルが、俺のそばにやってきた。


「なぁ、あいつの体――トカゲの尻尾みたいに、また下半身が生えてくるなんてことないよな?」


 率直な疑問をミーデルにぶつける。


「さすがにそこまではできませんよ。お見事です、アルフ隊長」

「いや、それを言うなら――あの親子に言うんだな」


 俺はジェスとミアの方へ首を振った。


「かつて、俺たち〈CSF〉を苦しめる高性能武器を生み出していた、元シネスタ軍所属の武器職人たちさ」

「……そうなんですか?」


 ミーデルが目を丸くして親子を見つめる。


「綺麗な顔したお兄さん、あんたと旦那のことは――そいつから聞かされた。あんたらの正体を知って、最初は戸惑ったさ。でもミアの言う通り、そもそも世界の混乱を招いた根本的な原因は、そいつの傲慢さにある」


 上半身だけで這いつくばるハラスに軽蔑の眼差しを向けながら、ジェスが続けた。


「今からでも遅くはねぇさ。これまでのことは全部チャラにしてよ、国とか宗教とか個人の能力とか関係なしに、みんなで平和に笑っていられる世界を一緒に目指していかねぇか? 自然も大切にしてな。危険なバケモンを駆除する武器なら、いくらでも作ってやるからよ。人間同士で殺し合う武器は――もうなしだ!」


 俺は思わず頬を緩める。


「さすが、誰にも真似できねぇようなモノを作るだけのことはあるな。俺もこの世界で、この姿で生きてみて――それが一番いいと気付かされたよ」


 ジェスとミアも、頬を緩めた。

 俺はハラスの正面へと回り込み、ルーカムの刃先を奴の顔に向けた。


「残念だ。貴様には、この世界で生きる資格がないようだな。ここで死ぬがいい」


 そしてハラスに言われたセリフを、そっくりそのまま返してやった。

 挟み撃ちをするかのように、ハラスの後ろでミーデルが手刀の構えを見せる。


「……ふふふふふ」


 すると、ハラスが下に顔を向けながら、喉の奥で押し殺すように笑い出した。


「何がおかしい?」


 俺が問い詰めると、ハラスがゆっくりと顔を上げた。


「カーミア人とその従属者ってやつは――本当に自分たちの都合のいいようにしか、ものを考えないのだな。私が、最初からお前たちが言う『傲慢』な人間だったと思っているのか? ん?」

「どういう意味だ?」

「私は――大統領就任から間もない国際会議の場で提言していたさ。今ジェスが言ったような世界を――みんなで目指していかないか、と」


 ――なんだって……?


「格差を生み出す競争社会――弱い立場の者はいつまでも貧しく、飢えに苦しみ、心は病んでいくばかり。私のように、ゴミ山の中からゴミを拾って生活しているような人間たちのことなんて、お前たちは気にも留めなかっただろう?」


 ハラスの言葉に、俺たちは口をつぐむ。


 ――確かに、そういう人間たちのことなんて、あまり考えたことがない……。


「お前たちがワイングラスを手にし、高級そうなスーツやドレスを着て、満面の笑みを浮かべている間、私は生計を立てるためのゴミを必死に探し回っていた」

「……」


 俺はただ黙って、ハラスを見下ろすことしかできなかった。


「環境問題にしてもそうだ。自然を破壊し、大量生産と大量消費を繰り返していけば、この星そのものに住めなくなってしまう。競争社会に自然破壊――それらをやめるよう各国に訴えた私に対して、カーミア政府が投げかけた言葉はなんだったと思う?」


 ハラスが冷ややかな視線を俺に向ける。


「『それは負け犬の発想だ』――そう言われたよ」

「……」

「カーミアだけじゃない。他の国も、『我が国に経済で抜かれるのが怖いのか?』だの『自然というものは、経済発展に利用するためにある』だのと言って、聞く耳を持とうとしなかった」

「そんな……」


 俺は絶句した。

 何も知らなかった――ハラスは、今の俺たちが望んでいるような世界を、初めから作ろうとしていた。それを拒んだのは、カーミアや他国であった――。


「だから私は、この世界を作り変えるために――どんなことをしてでも、牛耳るしかないと考えたのだ。世界を変えるために必要なもの――それは他者を支配する絶対的な力なのだ」


 貧困に苦しんだ幼少時代、互いに手を取り合おうとしない世界、それらが今のハラスという怪物を生み出したとしたら――。

 俺は引き金から指を離し、ルーカムの刃先をハラスの顔から外した。


「……もう、力を追い求めるのはやめるんだ。今のお前の力、それは《フィシウス》や《ルドワ》の力によるものだ。人間の力じゃない。人間たちなんて所詮、永遠の弱者たちでしかないんだ。この姿になって、それに気付かされた。お前が国際会議の場で提言したことは正しい。今からでも遅くはない。俺たちと一緒に、お前が提言したことを――叶えていかないか?」

「はっはっはっはっはっはっ!」


 再びハラスが下に顔を向けながら、喉の奥で押し殺すように笑い出す。


「もう遅い。何もかも、手遅れなのさ。人間という生き物は、この星の癌でしかない。人間という生き物は――どっちみち滅びゆく運命にあるのだよ」


 すると突然、ハラスが自分の左胸に手を突っ込んだ。


 ――なんだ? 何をしている?


 ハラスの左胸から出てきたのは、小さな管のようなものであった。


「やはりそうであったか。人間――この星を脅かす、愚かで邪悪な存在。導くのではなく、その全てを滅ぼすことこそが、私に与えられた使命なのだ――」


 そう呟くと、ハラスは小さな管の先にあるボタンを押した。


「なんだそれは?」


 ハラスが俺の問いに対し、うっすらと笑みを浮かべる。


「解き放ったのさ。ネアリムにいる、全てのイブラを。お前も見ただろう? イブラが入っていた、あの巨大な筒状の水槽を」


 巨大な筒状の水槽――ちょっと待て。あの水槽、大量にあったが、まさか……。


「なんだって!?」


 ミーデルが声を上げる。


「こうなった時のために作らせておいたのさ。この世界から、人間を消し去る手段をな。核兵器のスイッチのようなものだよ。ミーデル、お前が長年続けてきた研究、今こそ最大限に活かさせてもらうぞ」


 ハラスが狂ったかのように、大声で笑い出した。


「あの水槽に入っているイブラたちには、高度な知性がない。つまり――制御はできず、意のままに人間を襲い続けるだけです」


 ミーデルの顔が青ざめていく。

 俺も全身から、冷や汗が噴き出るような感覚を覚えた。


 ――子供たちが危ない……。


「運命を受け入れるのだ。我々人類は――この世界で生きる資格がなかったのだ!」

「貴様あああああ!」


 ハラスの言葉に、俺はルーカムの引き金を引く。再び、赤いプラズマのやいばが現れた。


「その醜いツラをぶった斬ってやる!」


 ルーカムを大きく振りかぶり、ハラスの顔に振り下ろそうとしたその時であった。

 ミーデルの手刀が、俺のルーカムより先にハラスの首を貫く――。

 ずっしりと重い音を立てながら、ハラスの首が床に落ちた。


「……もういい。この世界で生きる資格がないのは――お前と僕だけだ」


 ミーデルがハラスの首を見ながら、そっと呟く。


「ミーデル……」


 長年に渡って世界を混沌に陥れてきた独裁者は、同じく世界を混沌に陥れた俺の部下の手に よって、最期を迎えたのであった。

 と――。


「アルフ隊長、ハラスの首は落としました。次はあなたが――僕の首を落とす番です」


 ミーデルが、俺の目を真っすぐに見ながら言う。


「何言ってやがる!?」


 俺は思わず後ずさりした。


「世界がこんな風になってしまったのは――ハラスと僕のせいです。ハラスと同様、僕もこの世界で生きる資格がない。ハラス抹殺の任務は終わりました。あなたの次の任務は――僕を抹殺すること。全ての元凶を断ち切り、正しい世界を作り上げていってください。さぁ、やって」


 視線はそのままに、ミーデルがゆっくりと両膝をつく。その表情は――覚悟を決めたかのようであった。

 俺の次の任務が、ミーデルを抹殺すること――。

確かにこれまでのことを振り返れば、ミーデルの罪はあまりにも大きい。万死に値する、と言っても決して過言ではない。

 だが――。

 俺はミーデルの胸ぐらを掴んだ。


「馬鹿野郎! 逃げようとしたって、そうはいかねぇからな! お前には、一生罪を背負ったまま生きてもらう! 俺たちが目指す新しい世界作りに付き合ってもらう! 昼夜問わず、ぶっ倒れるまで働いてもらうからな!」

「アルフ隊長……」

「それに、世界がこんな風になったのは――ハラスやお前のせいだけじゃねぇ! 俺もそうだ! ハラスやお前を狂わせてしまうような世界を作り上げてきた、みんなのせいなんだ! 子供たちには――もうこんな世界は生きさせねぇ! だから、お前も協力しろ! いいな!」


 そして一心不乱に、ミーデルに喚き散らす。

 そんな俺の姿を見て、ミーデルが静かに俯きながら言った。


「……分かりました。一生――罪を償っていきます」


 こんな奴でも、俺にとっては最後の部下だ。自分の手で消し去るなんてことはできない。


「そんで、どうするよ旦那? ここにいるイブラ全部るのかい? 銃の予備の弾は用意してねぇし、その剣のプラズマのやいばだったら普通にイブラも斬れると思うが、そんなに長い間は使えねぇ。エネルギーを使い切ったら、柄の所に内蔵している太陽光バッテリーの長時間の充電が必要になる」


 ジェスが武器の現状を述べたうえで、俺に返答を求める。

 なるほど……そりゃ厳しいな。


「綺麗な顔したお兄さんも、そいつとの戦いで疲れてるんじゃねぇか?」


 確かにミーデルも、ハラスとの死闘でかなり消耗しているだろう。

 あれだけの水槽のイブラが解放されたのであれば、全て倒すのは難しそうだ。


「戦闘は最小限に、みんなを連れてここから出るぞ!」


 と叫んでみたものの、「どうやって!?」とすぐに自分自身に突っ込みを入れる。「そんなのいざとなったら、全員脇に抱えていけばいいだろ!?」とすぐさま切り返す。


「この建物の車庫に、みなさんを乗せて連れてきたトレーラーがあります。それで一緒に逃げましょう!」


 ミーデルが俺自身の馬鹿なやりとりに割って入る。


「そういえばあったな! よし、俺たちが中庭にそいつを回しておく。旦那と綺麗な顔したお兄さんは、みんなを連れてきな!」

「運転は私に任せて! 中庭で待ってるわ!」


 そう言ってジェスとミアは、ロボットが入ってきた扉の一つの方へ駆けていった。


「頼んだぞ!」


 俺は親子の背中に向かって声を上げる。


「僕たちも急ぎましょう!」


 俺がぶち破った両開きの扉の方へとミーデルが駆けていく。

 ふと、俺は床に転がるハラスの首に目を向け、辺りを見回した。

 死屍累々ししるいるいと転がっているラグナの住民たちや、刺客たち――。


「すまない、みんな……」


 最後にもう一度、ハラスの首に目をやる。


「ハラス、お前も……な……」


 そっと呟き、俺はミーデルの後を追った。

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