第28話 希望の未来へ

「もう大丈夫だ。一旦休憩しよう」

「はぁ……心臓がチョーバクバクしっぱなしだったわ」


 トレーラーが止まり、ジェスとミアの親子が降りてきた。

 気が付くと、周りに何もない、荒れ果てた一本道に辿り着いていた。


「大丈夫か?」


 俺はマルスに声をかける。


「うん、平気」


 俯きながら、マルスが答えた。なんだか少し思い詰めたような顔をしている。


「旦那、ちょっといいか?」


 ジェスがトレーラーから離れるように歩きながら、俺を呼び出した。


「なんだ?」


 荷台から降り、俺はジェスの方へと向かった。ミアも一緒についてくる。俺が近づくと、ジェスは荷台のマルスの方に目をやってから、口を開いた。


「ネアリムで何があったんだ? どうして旦那と坊主しかいないんだよ」


 俺は少しの間、口をつぐんだ。

 ミーデルのことは、ありのままを話せばいい。だが、ヤイスたちに関しては――。


「化物どもがすでに、仲間を増やし始めていたんだ。他の子供たちはもう……そいつらの餌食になっていた。ミーデルは、俺とマルスを守ろうとして……」

「……そうか」


 ジェスはぎこちなく話す俺から、それ以上のことは聞かなかった。


「すまない」


 俺は色んな意味を込めて、二人に謝罪した。


「でも、アルフさんとマルス君が無事でよかった」

「そうだな。最高の顧客がいなくなっちまったら、仕事のモチベーションってやつが上がらねぇしな」


 この失意の中で、出会った時から奇抜であった親子の存在は、唯一の癒しである。


「んで、これからどうするよ旦那?」


 ジェスの問いに、俺は即答した。


「やり直していきたい。マルスや、あんたらと共に」


 もう恐らく元の姿には戻れない。このままずっと、俺は化物のままだろう。

 そもそも互いに生まれ育った国は違うし、血も繋がっていない。それでも、今度こそを立派に育て、ジェスとミアの親子ともやり直していきたい。父親として、そして何より――


「その言葉を待ってたぜ。なぁ、ミア」

「うん!」


 ジェスとミアの親子が、びっくりするほどあっさり俺の言葉を受け入れてくれた。

 だが――。


「なぁ、俺のこと……憎んでいるか? 俺が率いる特殊部隊がこの国に入ってきてから、世界がめちゃくちゃになったのは事実だ」


 俺の心の中でわだかまっている気持ちだけは、どうしても話しておきたかった。


「何言ってやがる。旦那が言ってたろ。世界がこんな風になったのは、みんなのせいだって。その通りさ。みんな本当は分かっていたはずだ。今のままじゃ、いずれ良くないことが起きるって。だが、何も変えようとしなかった。俺やミアだって、ハラスの暴挙を後押しするようなことをし続けていた。それもまた事実さ」

「そう……だね」


 沈んだ表情で、ジェスとミアが俯く。能天気の象徴とも言える親子が俺に見せた、初めての顔であった。


「旦那のことを責める資格なんて俺たちにはねぇ。だからこそ、俺たちも付き合いてぇのよ。旦那の出直しの旅に。それとあの坊主の成長も、一緒に見守る義務があるような気がしてならねぇ。坊主のためなら、俺たちもなんだってやるさ」


 荷台のマルスに再び目を向けながら、ジェスが開き直ったように言う。


「すまないな。恩に着るぜ」


 ――マルスのことはもちろんだが、この親子のこともちゃんと守ってやらなければ。


 その時俺は、そう思った。


「いいってことよ。ほら」


 すると急に、ジェスが俺の前に拳を突き出した。


「これからの友情の証に」


 にぃっと口角を上げながら、ジェスが俺を真っすぐに見る。


「おうよ」


 俺は力一杯拳を握り締め、ジェスの拳に合わせた。


「いててて」


 少し勢いをつけてしまったせいか、ジェスが苦悶の表情を浮かべる。


「わりぃ、わりぃ」

「アタシも!」


 慌てて詫びる俺をよそに、ミアも拳を突き出す。


「はいよ」


 今度は加減をしっかりと調整して合わせた。ミアが満面の笑みを浮かべる。


「これからもよろしくね!」

「ああ」

「これは世界中の壁をなくす第一歩だぜ、旦那。世界中のみんなを、一つのチームにまとめ上げていこうぜよ!」


 ――一つのチーム。


 そう。それこそが、永遠の弱者たちである人類が、平和でいられる唯一の方法――。

 どうして俺たちは、そのことに気付けないまま時を過ごしてしまったのだろうか――。


「んじゃ、出発するぞ旦那。運転代わるかミア? 疲れてるだろ?」

「ううん、全然。チョー平気よ!」


 ジェスとミアと共にトレーラーへ向かいながら、俺はそんなことを思っていた。


「みんなで出直しだ!」

「はーい! 父さん!」


 再びミアが運転席に乗り、ジェスが助手席に乗る。そして俺は荷台に乗って、俯いたままのマルスに寄り添った。


「お前に本当の世界を見せてやる。あの綺麗な川で、みんなが仲良く遊んでいるような世界をな。約束だ」

「うん……」


 マルスは相変わらず思い詰めたような顔をしている。


「俺に寄りかかってもいいんだぞ?」

「ううん、大丈夫」


 ようやく、マルスが顔を上げた。


「しゅっぱーつ! しんこーう!」


 ミアのすっとんきょうな声が響く。

 ふと、俺はトレーラーの後方へ目をやった。

 すると――。

 何やら人影が、目に映り込んだ。


 あれは――ライア……?


 まさか……ありえない。

 至って穏やかな表情のライアらしき人影が、じっとその場で、こちらを見ながら佇んでいる。

 あれは幻影だ。そうに決まってる。

 でも、なぜ……?


「マルスのこと――よろしくね」


 ライアの口元が、そう動いているように見えた。


 ――そうか……そういうことか……。


「大丈夫だ。任せろ」


 俺はライアに向かって呟いた。


「え? 何?」


 マルスが怪訝そうな顔で俺に訊く。


「あ、いや……なんでもない。また揺れるから、気を付けろよ」

「うん」


 エンジンが掛かり、トレーラーがゆっくりと動き出す。

 前方には、荒れ果てた一本道が延々と続いている。

 俺はもう一度、後ろを振り返った。

 だが、ライアの姿はなかった。


「長い旅になりそうだぜ、旦那」


 ジェスが窓越しに声を上げる。


「ああ、分かってる」

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永遠の弱者たち 影浦ねこぼ @kageuranekobo

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