第19話【ライア】
「ほーら、綺麗にしてきましたよ。それにしても、元気な男の子ね」
無事に出産を終え、助産師から我が子を受け取った。
――なんて、愛らしいのだろう。
この子の名前はもう、夫と一緒に決めてある。
「マルス」――シネスタの昔の言葉で〝希望〟という意味だ。
その名の通り、この子は私たちにとって〝希望〟そのものである。
だが……なぜだろう? 私の心の中で、くすぶっている何かがあった。
これは――〝不安〟?
思えば、この子がお腹に宿ってから、〝不安〟が私を
――こんな私に、この子を無事に育てられるのだろうか?
――夫も私も、それほど仕事の給料は高くない。経済的に、大丈夫なのだろうか?
――この子が外の世界で、事件や事故に巻き込まれたりしないだろうか?
――この子を……私は守れるのだろうか?
「大丈夫? 具合悪いの?」
「え? ああ、いや……大丈夫よ」
助産師からの一声で、我に返る。
「無理しないで。何かあったら、遠慮なく言ってちょうだいね」
「ええ、ありがとう」
その心配りに、ほんの少しだけ癒されたような気がしたが、私の〝不安〟は増すばかりであった――。
数日後、私は病室で身体の回復につとめていた。マルスは新生児室に預けている。
――大丈夫、大丈夫よ。なんとかなるわ。
――きっと周りの人だって助けてくれるはず。
――あの子の存在が、私を強くしてくれるはず。
そう心の中で言い聞かせ続けた。
だが、私の心の中に巣食う〝不安〟は拭えなかった。
ふと、病室のテレビを点けてみる。そこに映っていたのは、シネスタの大統領ハラスであった。国民への定期演説の映像だ。
「我が国の国民全員に改めて呼びかけたい。決して、取り残されることなかれ。食いしばり、這い上がるのだ。強者になれ。そのために、あらゆるものを利用しろ! 手に入れるのだ、己の欲するものを! そして見せつけるのだ、己の力を!」
這い上がる――強者になる――。
「私は国民を誰一人として見捨てるつもりはない。皆の者、私についてくるのだ!」
これよ――これだわ――。
私はあなたについていくわ、ハラス!
私はあなたに従っていくわ、ハラス!
私はあなたの言う通りにしていくわ、ハラス!
ハラスこそが、きっと私の〝不安〟を取り除いてくれる!
ハラスこそが、今私が求めているもの全てだわ!
それからさらに数か月後、世界は突如現れた謎の化物たちによって支配され、地獄と化していった。
そんな中でも、私はハラスが言っていたことを忘れなかった。
――あらゆるものを利用しろ!
「みんな大丈夫よ、安心して。彼はもともと人間だったの。それもラジュラに所属していた兵士だったみたいで、凄く強いわ。多数のクワイドと戦って、奴らを倒していたのをブラスと見ていたの。この通り、意思疎通もできるみたいだから、私たちの役に立ってくれるはず。そうよね、アルフ?」
――手に入れるのだ、己の欲するものを!
「奴らはモースが言ってた病院に隣接するジュマーミと合わせて拠点にしている。食料も物資も豊富な環境で、私たちより安定した生活を得ているけど、それを私たちのものにしてやるわ」
――そして見せつけるのだ、己の力を!
「なんで殺しちゃうのよ!? こいつには利用価値があったのに! こいつを捕虜として生かすことで、私たちの力を外部に見せつけることができたのに!」
今にして思えば……私は間違っていた……ハラスはただの……疫病神にすぎなかった……。
意識が、遠のいていく――。
「ライア……? ライアァァァァァ!」
――ごめんね……マルス……どうか……生き延びて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます