第12話 迫りくる影

「うわー、速い速い!」


 左肩のマルスが、ジェットコースターにでも乗っているかのようにはしゃぐ。


「どうだ? 外の世界は?」

「どこまでも広くて綺麗! それに、とっても楽しい!」

「そうか」


 マルスの嬉しそうな声が、なんだかよろこばしく思った。

 今までずっと、セラームやラグナという限定された空間で過ごしてきたマルスにとって、近場へ出るというだけで大冒険だ。

 やがて、そんな小さな冒険者を肩に乗せた俺は、綺麗な川が流れる〝とっておきの場所〟にやってきた。ちなみに〈ムスタ〉どもが作ったジュマーミの貯水池は、ここから水を引いているようだ。


「うわー、綺麗! ねぇ、下ろしてよ!」

「あいよ」


 俺がゆっくりと片膝をつくと、マルスは勢いよく俺の肩から飛び出し、川のすぐ近くまで駆けていった。俺もマルスの後を追う。

 マルスは川の様子をまじまじと眺めている。


「これが川かー!」

「『これが川かー!』ってお前、ひょっとして、川を見るの初めてなのか?」

「うん。本でしか見たことなかったから」


 どうやら、マルスは川を見るのが初めてのようだ。川で遊んだりすることぐらい、どんな子でも普通だと思っていたのだが、こんな世界しか知らないマルスには、それが許されなかったらしい。なんだかその時、とても楽しそうにしているマルスの姿が、ひどくかわいそうに思えてしまった。


「あ! あそこに何かいる!」


 とマルスが指差す方で、俺の片手で掴むのにちょうどよさそうなサイズの魚が泳いでいるのが見えた。


「魚か。ありゃなんの魚だろうな」


 俺が呟くと、


「やっぱり魚なんだ。すごーい、本物だ!」


 マルスが弾んだ声を上げる。

 そうか、生きている魚を見るのすら初めてなのか……。

 俺は咄嗟の思い付きで、ゆっくりと川の中に入り、魚がいる方へと慎重に近づいていった。


「何してるの?」

「ちょっとそこで待ってろ」


 それなりに流れの速い川に見えるが、入ってみると全く水圧を感じない。まぁ、たぶんそれだけ俺の体が強いってことなのだろうが。

 のんびりとその場に留まっている魚のすぐ近くまで来た俺は、魚に素早く飛び掛かり、捕まえることに成功する。そして握り潰さないように気を付けながら、魚をマルスの所まで持っていった。


「ほれ、持ってみな。両手でしっかりとな」


 ピチピチと暴れる姿に戸惑いながらも、マルスは魚を手にした。


「うわうわうわ!」


 マルスが自分の手から魚が逃げないよう、必死に格闘する。


「どうよ、小さくても力強いだろ。そういうのは、実際触れ合ってみるのが一番だぜ」

「そうだね。魚ってこんなにぬるぬるしているんだ」


 マルスは初めて魚を手にして楽しそうだ。確か俺は小さい時、初めて素手で掴んだ魚の感触に対して負の感情を抱いていたのだが、この子の反応は俺の時とは正反対である。意外にタフな面もあるんだな。


「よし、じゃあそろそろ川に放してやりな」

「なんで?」

「魚は水の中じゃないと呼吸できないからな。ほら、だんだん元気がなくなってきちゃっただろ?」


 あれだけ俺とマルスの手の中で暴れていた魚が、すっかりおとなしくなってしまっている。


「ほんとだ。早く放してあげなきゃ」


 マルスはガラスの器を扱うかのように、ゆっくりと丁寧に魚を川の中へ放した。


「それでいい。仲間が苦しんでたら、助けてあげるのも大事なことだ」

「うん」


 マルスの手から離された魚が、勢いよく川の奥の方へと逃げていく。その様子をマルスはじっと眺めていた。


「満足したか? そろそろ、ラグナに戻るぞ」

「うん……」


 もうちょっとここにいたいのか、なんだかマルスは名残なごり惜しそうな感じである。まぁ、気持ちは分からなくもないのだが。


「ほれ、また俺の肩に乗りな」


 片膝をつき、マルスを再び肩に乗せて、帰路に就こうとしたその時であった。


「ねぇ、もう一つお願いしてもいい?」

「あ?」


 俺は思わず声を上げた。

 あれだけ引っ込み思案だったマルスが、俺に頼みごとをしてくるなんて。


「なんだ? 言ってみろ」

「セラームの家にね、置いてきちゃったクマのぬいぐるみがあるんだけど、それを取ってきたいの」


 しかも、忘れ物を取りにセラームへ一緒に戻れ、という頼みごとである。

 面食らいながら、俺はマルスに訊ねた。


「ラグナへ行く時に持ってこなかったのか? そのクマのぬいぐるみとやらを」

「引っ越しの準備してる時にね、ママに早くしろ、早くしろってかされちゃって……忘れてきちゃったの……」

「これからセラームに戻るのはさすがにな……」

「お願い、きっとあの子寂しがってる……」


 ここに来てから魚を手にするまでのものが嘘のように、マルスの表情が悲しみや罪悪感といったもので満たされていく。


「……しょうがねぇな。分かったよ。ただし、そのクマのぬいぐるみを手にしたら、今度こそ寄り道しないでさっさと戻るからな」

「いいの?」

「ああ。でも、ホントに今日はこれで最後だからな?」

「うん!」


 マルスが返事の勢いそのままで俺の左肩に登る。


「幸い、ここに来るまではクワイドに会わなかったが、今度はどうなるか分からないからな。しっかり掴まってろよ」

「うん、分かった。ありがとう、パパ」

「よっしゃ、じゃあ行くぞ」


 俺はセラームへ向けて大きく一歩踏み出したところで、すぐに足を止めた。


 ――ちょっと待て……今こいつ、なんて言った……?


「おい、今お前……なんて言った?」

「『ありがとう、パパ』って言ったんだよ?」

「パパって……お前……」


 あまりにも唐突すぎるマルスの言葉に、俺は気が動転してしまった。


「なんで……俺のことをパパなんて呼ぶんだよ……」


 左肩のマルスを見上げるようにして、俺は問いかける。


「なんでって、いつも僕に優しくしてくれるし、お願いも聞いてくれる。それに、僕のことを守ろうとしてくれる。だから、アルフは僕のパパだ」


 マルスが上機嫌な声で言う。


 ――何を言ってやがるんだ、こいつは……。

 ――クソ……よりによって、また〝あの子〟のことを思い出してしまった……。


「――いいか。二度と、俺のことをその言葉で呼ぶな」

「なんで?」

「分かったか!? 絶対にだ! お前には、本当の父親がいるんだ!」

「う、うん……ごめん、分かった」


 俺が声を荒げると、マルスは一転してしゅんとした声になった。


「それじゃ、行くぞ」

「う……うん……」


 ――もちろん、お前に悪気がなかったことは分かってる。だが、ダメなんだ……俺は――その言葉で呼ぶのに……ふさわしくない奴なんだ……。


 俺は心の中で声を荒げたことをマルスに詫びながら、セラームへと向かった。


 セラームへ向かう途中、クワイドに何体か出くわしてしまったが、マルスに耳栓を付けて目を瞑るように言った後、奴らの顔面に銃弾を叩きこんで片付けた。ジェスたちが作ってくれたレサイドのおかげで、クワイドに近づかずに済む。ホント、あの親子には感謝しかない。

 しばらくして、俺たちはセラームに無事辿り着いた。どうやらご丁寧にゲートを閉めてから、ラグナに引っ越してきたらしい。ゲートを手で押し、ゆっくりと開ける。

 俺は辺りを見回しながら、ライアとマルスが住んでいた家へと向かった。

 久しぶりのセラームだが、特に荒らされている様子もなければ、誰かの気配もない。町の中はまるで、綺麗な廃墟といった感じである。

 そして、ライアとマルスが住んでいた家に着いた。


「ほら、ここで待ってるから。そのクマのぬいぐるみとやらを取ってきな」

「うん」


 俺は玄関の前でマルスを下ろし、クマのぬいぐるみをマルスが取ってくるまで待った。

 はぐれた子供を見つけた親みたいに、しっかりとクマのぬいぐるみを抱えたマルスがやってくるまで、それほど時間は掛からなかった。


「取ってきたよ」


 クマのぬいぐるみは、マルスの片手で抱えられるほどの大きさであった。

 マルスはとても安心したような顔をしている。


「無事でよかったな」

「うん」

「そんじゃ、さっさと帰るぞ。ママが起きていたりでもしたら大変だからな」

「そうだね」


 マルスを肩に乗せ、ゲートの方へ向かおうと、駆け足で家の前の道路に出たその時だった。

 五十メートルほど先の、そう遠くない距離に、クワイドが三体横に並んでいるのが見えた。


 ――いつの間に……?


 ゲートを開けてからここに来るまでの間、クワイドの気配など全く感じなかったのだが……。

 三体とも、こちらを見ている。


「マルス! 家の中に入れ! 早く!」


 俺は咄嗟の判断でマルスを下ろし、家の中に戻るよう指示した。

 マルスが慌てた様子でクマのぬいぐるみをしっかりと抱えたまま、駆けていく。

 その様子を見届けてから、三体がもう俺に向かってきていると想定し、俺はルーカムを抜いた。

 ところが――。

 三体とも俺の方を見たまま、その場に留まっている。


 ――なんだあいつら? 


 いつもなら、クワイドは標的を認識した後、すぐに金切り声を上げて襲い掛かってくるのに。

 よく見ると、三体とも両腕と両脚が変異したクワイドで、二本足で立っている。両腕と両脚共に変異したクワイドは以前から見かけていたのだが、そいつらは皆四つん這いの姿だった。しかも三体の変異した部分が、赤みがかったグレーの色をしていて、虎みたいな黒い模様がある。こいつらは、初めて見るタイプのクワイドだ――。


「俺たちはこれからジュマーミの方に帰るんだ。とっととどきやがれ!」


 俺は右手でルーカムを握ったまま左手でレサイドを抜き、三体のうちの真ん中にいるクワイドの頭部を狙って引き金を引いた。

 と――俺が狙ったクワイドが素早く体を捻りながら、首を横に倒して弾丸を避けた。


「――え?」


 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 そして次の瞬間、三体が動き始め、こちらに向かってきた。

 驚くべきことに、三体それぞれの動きが違う。

 俺から見て右のクワイドは弧を描くように、真ん中のクワイドは真っすぐに、左のクワイドは飛び跳ねながら俺に向かってくる。


「何なんだよこいつら!?」


 動揺する俺に対して、最初に攻撃を仕掛けてきたのは左のクワイドであった。空中からの右脚による踵落かかとおとしだ。俺はそれを後ろへ飛んでかわし、すぐさまレサイドでそいつに狙いを定める。

 ところが引き金を引く前に、真ん中のクワイドが飛び掛かってきて、右腕による攻撃を繰り出してきた。今度はそれを右へ飛んで避ける。すると、すかさず右のクワイドによる左腕の攻撃が来た。真ん中のクワイドの攻撃をかわしたのとほぼ同時のタイミングで来たから、避けるのは困難だった。俺は右腕を出し、なんとか攻撃を防ぐ。だが、右のクワイドの鋭い爪が腕に突き刺さった。


「くっ!」


 俺は呻き声を出しながら、素早く右のクワイドを蹴り飛ばして、右腕の爪を抜いた。

 他の二体は今どうしてる? と振り返った刹那、左のクワイドが左脚の飛び蹴りを俺の顔面に繰り出しているのが見えた。俺は右に身を捻りながらかがんで、紙一重の差でそれをかわすと、尻尾を左に強く振ってそいつをぶっ飛ばした。

 そして今度は真ん中のクワイドが、右腕を下から振り上げる形で俺に攻撃してくるのが見えた。これも今の姿勢からかわすのは困難で、俺は咄嗟に左腕を出すことで攻撃を防いだ。またしても腕に爪が突き刺さる。


「ちきしょうが!」


 こちらも反撃していかないとまずい、と判断した俺は、すかさず真ん中のクワイドの顔面に右手のルーカムを突き刺した。

 顔が斜めに真っ二つになった真ん中のクワイドが、その場に倒れ込む。


 ――なんとか一体倒したか。


 だが、右のクワイドと、左のクワイドがまだ残っている。

 俺はすぐに体勢を立て直し、残る二体の様子を確認した。

 俺の蹴りと尻尾で遠くに飛ばされた二体は、またじっとこちらを見たまま、その場に留まっている。さっきと距離は異なるが、真ん中の奴が消え、左右の立ち位置が同じ状態である。


 ――こいつら、今までのクワイドとは違う……。


 見た目だけじゃない。これまでのクワイドも、変異している部位によってそれぞれ動きが異なってはいたが、こいつらは変異している部位が同じなのに動きが異なる、という初めて見るタイプの奴らだ。

 それに一番驚いたのが、三体の俺に対する攻撃の仕方が、まるで連係プレーをしているかのようだったということである。


 ――進化したクワイド……?


 一瞬、そんな考えが頭をよぎった。

 残った二体は、相変わらずこちらを見たまま動かない。


「クソ! 何なんだよお前ら!」


 俺は今自分と距離が近い右のクワイドにレサイドを向けて撃った。すると、そいつは先ほどの真ん中にいたクワイドと同じ動きで、俺の銃撃をかわした。そして、二体が動き出す。

 右のクワイドが俺の左側へ回り込むように移動し、左のクワイドは逆に俺の右側へ回り込むように移動する。俺は左右からの攻撃に備えた。

 とその時、二体のクワイドが俺の前で交差するように飛び跳ね、左右の位置を入れ替えた。

 そして右のクワイドは飛び掛かりながら右腕を振り下ろし、左のクワイドは下から右腕を振り上げて俺に攻撃を仕掛けようとする。

 俺は素早く右へ飛び跳ねた。攻撃をかわしながら、すれ違いざまにルーカムを振って右のクワイドの頭部を斬り落とす。

 そのまま空中で、攻撃が空振りした左のクワイドにレサイドを向けて頭部を撃ち抜いた。

 咄嗟のカウンター攻撃が功を奏し、二体を同時に倒すことになんとか成功したようだ。


「ふぅ、危なかった」


 俺は思わず安堵の息を漏らす。


 ――それにしても、こいつらは一体……?


 今の攻撃にしてもそうだ。明らかに、連係したような動きをしていた。

 これまでのクワイドとは完全に別物である。

 もし進化した、あるいは新種のクワイドが出てきたというのであれば、ラグナのみんなにも報告しておいた方がいいかもしれない……。

 それはさておき。


「マルス、もう出てきていいぞ」


 俺が家に向かって大声で呼びかけると、玄関のドアがゆっくりと開き、マルスが恐る恐るといった感じで出てきた。


「大丈夫?」


 マルスが心配そうな顔で俺に話しかける。


「ああ、ちゃんと片付けておいたぜ」


 俺はマルスに余計な心配をかけないよう、平然とした顔で答えた。


「よし、今度こそ帰るぞ」

「うん」


 忘れ物のクマのぬいぐるみを抱えたマルスを、再び肩に乗せる。


「クワイドの死体は見なくていいからな」

「分かってる」


 こうして、久しぶりのセラームでの用事を済ませた俺たちは、ラグナへと向かったのであった。


「ねぇ、アルフ」

「なんだ?」

「今日は本当にありがとう。とっても楽しかったよ」

「そうか、それはよかった」


 色々リスクはあったが、連れてきた甲斐があった。セラームを出てからの道中で言われたマルスの言葉に、俺はそう思った。


 ――これで、少しはマルスの世界を広げられただろう。


 一方で、セラームで出会った謎のクワイドたちのことが頭から離れなかった。

 しばらくして、俺たちはラグナのゲートの前に着いた。相変わらず、クレスが見張り台にいる。


「よぉ、クレス。色々悪かったな。無事に帰ってきたぜ」

「デカブツ……それにマルス……無事でよかった。えっと……お前らに会いたがってる奴が、ゲートの前にいるんだが……」


 どうしたのだろう? なんだか珍しく、クレスが動揺しているような様子だ。俺たちに会いたがってる奴?

 俺はゆっくりとゲートを開けた。

 そこにいたのは――ライアであった。腕を組みながら眉間にしわを寄せ、俺たちのことを睨みつけている。


「ライア……? 寝てたんじゃなかったのか?」


 俺は思わずクレスの方をちらっと見た。「だから言ったろうが」クレスの顔はそんな風に言っているようであった。


「たまたま早く目が覚めたの。二人とも、一体どういうつもり!?」


 おいおい……なんでよりによって、こんな時に早く目が覚めるんだよ……。

 ライアの顔がどんどん険しくなっていく。


「これは……その……あれだ」


 とりあえず、俺が原因だということにしておかなければ。


「俺が……たまにはマルスを外にでも連れて……」

「ごめんなさいママ。僕がアルフに頼んで、外に連れてってもらったの」


 俺の話を遮るように、左肩のマルスが言う。


「アルフ、まずは中に入って、マルスを下ろしなさい」


 言われた通り、俺は中に入ってゲートを閉め、マルスを肩から下ろした。


「マルス、後で話を聞くから病院の教室で待ってなさい。アルフ、一緒に来てちょうだい」


 マルスが申し訳なさそうに俺の方を見る。俺は「ここはなんとかするから、任せとけ」という意味を込めてウィンクし、病院の方へ行くよう首を振って促す。

 マルスはクマのぬいぐるみをしっかりと抱えたまま一目散に駆けていき、俺はライアの後についていった。

 やがてジュマーミの駐車場の中央辺り、廃車のワゴンが置いてある所にやってきた。

 そして、


「クレスから話は聞いたわ! あんた何考えてるのよ! あの子を連れて、どこに行ってたのよ!?」


 駐車場で急に取り乱し始めるライア。〈ムスタ〉どもからここを奪ったあの時と同じような状況になってしまった。


「その……マルスが外の世界を見てみたいって言ったから、近くの綺麗な川まで連れてってやったんだ。とても……楽しそうにしてたぜ」

「へぇ、そう。それはよかった。でもそれだけじゃないでしょ!? あの子が抱えてたクマのぬいぐるみ、あれは確かセラームの家にあった物だわ。まさか、セラームまであの子を連れてったワケじゃないわよね!?」


 さすがに、クマのぬいぐるみのことは分かっているか。


「ああ、連れてったさ。家に忘れてきたから取りに行きたいって俺に頼んできた。『きっとあの子寂しがってる』って。ホント、優しい子だ」

「ふざけないで! 外にはクワイドがいるのに! それに、悪い人間だっている! いくらあんたが一緒だからって、あの子の身に何かあったらどうする気だったのよ!?」


 ライアの身振りが激しくなり、声量も上がっていく。


「あの子に、外の世界なんて見せる必要ないわ! 化物だらけ、悪人だらけの世界なんて知る必要ない! 外の世界は、悪影響を与えるだけでしかないわ! あの子は、この安全な場所にいればいいの! 二度と、勝手な真似しないで!」


 俺は目を瞑り、腕を組んだ。


 ――なるほど、それがライアの考え方か……。


「お前は……昔の俺と同じだな」

「え?」


 俺の言葉を聞いたライアが、一転して唖然あぜんとした表情になる。


「どういうこと?」

「今のお前は、ろくでなしの父親だった頃の俺と同じ考え方だと言ったんだ」

「父親だった頃のあなた……?」

「ああ、そうだ」


 ――このままではライアもマルスも、昔の俺と〝あの子〟のようになってしまうだろう。


 本当はもう、思い出したくもないし、ましてや口にしたくもない。

 だが意を決した俺は、あの忌まわしい過去について、ライアに話すことにした――。

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