第12話 初めてのスーパーチャット
ダンジョンに入ると、入口付近は天井も横幅も広く、光源が整備されており、岩をくり抜いたような壁が続き、湿ったかび臭い匂いが鼻を突く。
この前潜った時も思ったが、懐かしい……。
向こうの世界にいた時は、魔物退治のために1人でよく潜っていたな。
「サブローししょー、キョロキョロしてると危ないっすよ。あと、人が来るっす」
「問題ない」
端に寄ると、ごつい装備を着込んだ数人の探索者が、チラリとこちらに視線を向け、無言で俺たちの横を足早に進んでいく。
やたらと、こっちに敵意を飛ばしてくるが、こいつらは下の階層に向かう連中か。
ひよっこよりも腕がかなり落ちる感じだが、あんな実力でもこの世界では上位者という扱いだと聞いている。
「Sランク探索者の人たちっすねー。ゆいな嬢と一緒にダンジョン封鎖作戦に参加したって言われてる人もチラホラいるっす」
「よっぽど運に恵まれた連中だな。あの程度の実力で魔物との戦いに生き残れたとは。戦った魔物は雑魚ばかりだったんだろうよ」
「ちょ! サブローししょー、言い方!」
俺たちの声が聞こえたのか、最後を歩いていた男が振り返り、腰に下げた剣を引き抜こうとするのが見えた。
剣を抜こうとした相手との間合いを一気に詰め、男の手を押し返す。
「くっ!」
「遅い。俺をやりたいなら、殺気を放たずに斬れるようになれ。あと、俺に向かって抜いたら確実に死ぬと思えよ」
こちらの放った気迫に呑まれた男が、蒼い顔色をしてごくりと喉を鳴らす。
「た、探索者同士の私闘は禁じられてるっす――」
葵が声を絞り出して警告してくるが、こうも敵意を向けられて、放っておくわけにはいかない。
ド素人を連れてダンジョン探索をしなければいけないのに、こいつらからちょっかいをかけられるのはご免被りたい。
「関係ねえな。俺に喧嘩を売る時は、死ぬ気でこい。そっちの連中もな。抜いたら、俺に喧嘩を売ったと判断する」
男の仲間たちが、それぞれの得物に手を掛け、こちらの様子を窺っている。
こいつらに敵意を向けられる、いわれはないんだが。
コメント欄が『喧嘩売りますbyサブロー』とか『探索者同士の私闘発見! 通報しました』とかで埋まっていく。
その中に『ゆいな嬢のサポート探索者が、サブローに喧嘩売ってる』というコメントがあった。
ああ、そういうことか。
「お前ら、あのひよっこの世話係だった連中か」
途端に男たちの顔色と気配が変わる。
「ひよっこが探索者を引退したのは、俺のせいじゃないぞ。あいつが勝手に辞めただけだ。逆恨みも甚だしい」
「あの日本の宝と言われたゆいなさんが、お前みたいなやつを認めてるのが許せねぇだけだ」
「だったら、抜くか? 抜いてもいいぞ? その前に一瞬で消し炭なるのがいいか、身体を真っ二つにされるのがいいか選ばせてやる。さぁ、選べ、どっちがいい。消し炭か、真っ二つか、どっちだ!」
剣を抜こうとした別の男に、視線を向け、自らの死に様を選ばせてやる。
「ひぃ!」
こちらの本気を感じ取った男が、ぶるって腰を抜かし、床にへたり込む。
「これくらいでビビりやがって! 本当にお前らは魔物との命を懸けた戦いを生き抜いた連中か?」
「サブローししょーの顔が怖すぎるんすよ! ほら、えがおー! 配信中っすよ!」
男たちを睨んでいた俺の頬を、葵の指が吊り上げていく。
コメントに『ワラタ』とか、『w』とか『葵たんナイス!』が一気に流れる。
男たちもこちらの顔を見て、必死に笑いをこらえているのが見て取れた。
「ふぅー、葵。今すぐ、俺の顔から指を離せ。そうしないと破門だ」
「はいはーい。りょーかいっす。サブローししょー、ダメっすよ。配信中に戦闘指導なんて急に始めたら。ほら、皆さんもびっくりしちゃったわけですし。ねー、皆さん」
「え? あ、ああ。そうだった。でも、いい訓練になったと思う」
地面にへたり込んだ男は、配信していることを思い出し、私闘厳禁を誤魔化すため、葵の差し出した救済案に乗ったようだ。
「サブローししょーももう少し手加減しないといけないっすねー。ガチみたいでしたよー」
「俺はいつでも本気だ。指導だろうとな」
男たちは俺からの視線を避けるように、すごすごと下層に向かって通路を進んでいった。
「ふぅー、とりあえず、今のはサブローししょーの『魅せる戦闘術、上級編』っす。あたしができるとは思わないけど、さすがししょーっす。そんけーしちゃったっすよ」
葵は必死に誤魔化そうと『どろーん』に向かって喋っているが、俺は別に悪いことはしていない。
向こうが先に剣を抜こうとしたのを止めただけで、誤魔化す必要はないんだがな。
まぁ、でも、俺に説教してくるよりかはマシなので、好きにやらせておけばいいか。
コメントは『証拠隠滅おけ』や『今のはいい訓練だった』とか『サブローとガチでやりあいてぇー』といったものが流れている。
「無駄な時間を食った。葵、喋りは任せるが、進むぞ」
「は、はいはーい。皆さんもチャンネルは、このままでよろしくっす!」
ピロン!
”引退探索者:2000円 面白い配信です! 三郎様のお食事代にしてください”
おお、こいつはたしか見所のある視聴者だったはず。
これはたしか『すーぱーちゃっと』だったな。
最強生物のスライムの魔核が100円だったのに、見世物をやるだけで2000円だと……。
短時間で、スーパータカミの臨時バイトと同じくらいの稼ぎになるとは。
葵が探索者で配信業をした方が稼げると言ったのは、こういう意味もあったのか。
「スパチャありがとうございマッス! サブローさんへの餌代に使わせてもらいますね」
「葵、置いていくぞ。あと、『すーぱーちゃっと』感謝する! この恩には必ず報いるつもりだ!」
すーぱーちゃっとを得た俺たちは、探索を続けるべく、ダンジョンをさらに奥へ進むことにした。
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