第28話 魔王襲来
魔法陣の光が収まると、姿を現したディザスタースライムは不気味な明滅を再開した。
下手な攻撃は分裂を招き、ひよっこたちを危機に晒すことになる。
最強の一撃を確実に当てて、この世界から存在自体を葬り去らねばならん。
ぶるぶると震え始めたディザスタースライムが縦に伸びる。
緑色に発光した溶解液が放射状に飛び散った。
「神聖なる光精よ。暗闇を払い、光明の加護をもたらさん!
やはり、もたない……。
瞬く間に障壁が溶解液の影響で削れていく。
なんとか障壁が溶解液の影響を防いでいる間に、生命の精霊ガイアの力を引き出し、自らの身体能力を最大限まで引き上げた。
久し振りに最大限まで引き上げたが、この時は世界の時間の進みが遅くなったように感じられる。
溶解液で削れる障壁のひび割れがゆっくりと進む。
次の一手はどうするべきか……。
転移をされず、確実に最強の一撃をあのディザスタースライムに食らわせる方法。
周囲に視線を巡らせ、何かいい手はないかを高速で思案する。
一つだけアイディアが浮かび上がった。
後のことを考えると、やりたくはないが……。
確実に当てるには、最適な方法なはずだ。
考えている時間ももうないし、やるしかあるまい。
障壁のひび割れが進み、一気に砕け散るのが見えると、俺は剣を引き抜き、溶解液を避けてディザスタースライムの体内に向け突進した。
剣の切っ先がディザスタースライムの皮膚を破ると同時に溶けて消える。
なんとか体内に突入すると、体液が触れるたび、生命のガイアの力で強化した自身の身体が激痛を発した。
今の俺は、エンシェントドラゴンの放つ超高熱の炎すら、何ら痛みを与えることができない耐久度を持つ身体になっているはずだが……。
その身体ですら、ディザスタースライムの体液が触れると激痛が走る。
俺は悶絶するような激痛の中、神級と称せられる魔法の詠唱を始めた。
「漂いし雷精たちよ、我が呼び声に応え、雷鳴とともに我が敵を滅ぼせ!
呼び集められた雷精サンダーバードたちが、怒りとともに、けたたましく叫ぶ。
狭いダンジョンの中に呼びつけられたことに、かなり立腹しているようで、怒りの表明した思念によって、脳みそも身体と同じような激痛に襲われる。
耐えろ! 耐えろ! この一撃だ! 一撃、放てれば、転移することもできず、俺の勝ちだ!
びりびりと大気が震え、ダンジョン内にバチバチと稲妻が周囲に飛び散る。
「ぐぅ! 早くしてくれ! 頼む!」
願った通りに魔法を発動してくれない雷精サンダーバードへ恨み言が漏れ出す。
身体と脳への激痛で、視界が歪み始めた。
「俺の言うことを聞け! 雷精サンダーバードぉおおおおおおおっ!!!!」
強圧的な思念を怒り狂って飛び回っている雷精サンダーバードたちに向け放った。
俺の思念に反応し、稲妻がダンジョン内に迸る。
きた! 来た! 来たぁぁあああああっ!
「その存在を消し去れ!!!!」
紫電をまとった稲妻は、周囲にあるものすべてに破壊の限りをし尽くしながら、俺を体内に取り込んだディザスタースライムへ向かって降り注いだ。
稲妻と紫電がディザスタースライムに触れるたび、皮膚が破れ、体液が蒸発する。
巨大だったディザスタースライムの身体が稲妻と紫電に食い破られ、ドンドンと蒸発し小さく萎んでいく。
いくつか紫電や稲妻が俺の身体に触れ痛みを与えるが、そんなことを構っている暇はない。
「滅びろ! ディザスタースライム!」
生命力、魔力ともに限界近くまで使った最強の一撃が決まったことで、俺は自身の勝利を確信した。
最後の一欠片まで小さくなったディザスタースライムに稲妻が落ち、蒸発して消えた。
「勝ったな……。これで、ひよっこたちまで面倒をかけることはない……はずだ」
ふぅ、何とかなったな。
だが……服や剣が溶け、全裸になったのは、まだ許せるが……。
葵の弁当とチーズケーキバーを入れておいたビニール袋まで溶かされてしまった。
ひよっこを転移させる時、持たせるべきだったな。
この状態で栄養補給ができないのは、大失態だ……。
今の俺には魔力も生命力も回復する術がない。
撮影どろーんが生きてるみたいだから、状況を察したひよっこが援軍を――
精魂尽き果てた俺は、膝を突いて今後のことを思案していたら、地面に再び巨大な魔法陣が浮かび上がる。
光る魔法陣から這い出してきたのは、先ほど倒したディザスタースライムに酷似したものだった。
ただし、先ほどのやつとはちがい、驚くほど透明で透き通った身体をしている。
「嘘だろ……二体目だと……」
愕然とする俺の視界に、見覚えのあるものが入ってきた。
ディザスタースライムのに酷似したもの体内には、角が生えローブ姿をした幼い女の子が取り込まれているのが見える。
あいつ、魔王だろっ! なんで、こっちの世界に!?
額から生えた角が、人ではないことを示すとして、俺のもと居た世界で忌み嫌われた魔族だ。
目の前のスライムに取り込まれている幼い女の子は、その魔族の王として人族の俺と戦った間柄だった。
ただし、強い魔力こそ持っていたが、彼女はお飾りの魔王であり、何ら権限をもたない部下たちの操り人形だったわけだが。
透明のスライムに取り込まれた魔王が目を開けると、ニコリと微笑む。
『ようやく見つけた! そちが魔王たる妾を倒したのに、人族どもに黙って勝手に助けたくせに、自分だけ異世界に飛び立つとは。妾だけ置いてけぼりは酷いと思うのじゃぞ! 勇者シュッテンバイン=リンネ=アルベド』
「置いてけぼりとは心外だ! 俺は王城で開催される戦勝パーティーに呼ばれただけだ。対魔王戦で功労者だった俺が顔を出さないわけにはいかないだろう。会場に就いたら次の瞬間、こっちにいたのだ」
「勇者シュッテンバイン=リンネ=アルベドは、対魔族戦争の勝利で用済みとなり、その力を恐れた者により次元跳躍の罠を仕掛けられたということのようじゃ」
「俺は一介の戦士にすぎん。名誉として勇者の称号はもらっていたがな」
「人族どもは魔族以上にずる賢いということじゃ」
まぁ、大半の貴族連中が俺のことを嫌っていたのは薄々感じていたがな。
さっき魔王の言ったことも、この世界に飛ばされた当初考えたことだ。
猟をやめ、不用品となった猟犬が騒ぐのは煩わしいから、自分たちの目に入らない違う場所へ移したなんて話はどこにでも転がっている話だ。
俺としてもあの戦勝パーティーが終わったら、引退を申し出て、助けた魔王と人里離れた森で隠棲しようと思っていた。
結果として、こっちの世界に飛ばされ、魔王が言った通り置いてぼりにした形になっていしまったが。
まさか、次元を超えてくるとは……。
「そんな些末な俺の話はどうでもいい。お前はどうやって次元を超えてきたんだ?」
「兄様への愛の力じゃな」
魔王は愛らしい笑みを浮かべる。
彼女を魔王城から助けた時に、周囲の目をごまかすため、俺のことは兄と呼べと言った記憶はあるが――
年齢からすれば、俺の数十倍は上だ。
「本当のことを言え! エーリカ!」
俺は気合で身体を動かすと、透明なスライムの中に手を突っ込み、微笑む魔王のこめかみを拳でぐりぐりとしてやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます