Side:氷川ゆいな 隠蔽工作

 ※氷川ひかわゆいな視点



 ダンジョンの第一階層に残されていた死傷者が運び出されていく。



 ダンジョン封鎖作戦成功後、ダンジョンの深層階をうろつくだけだった強個体の魔物が、今日に限って浅い階層まで上がって暴れ回った。



 結果、死亡者20名、重軽傷者120名というダンジョン配信事業が開始されて以降、初めての重大な探索事故が起きた。



 今日暴れ回っていたエンシェントドラゴンは、明らかに自分がチームを率いて戦ってきた個体とは別格の強さで、明らかに力の差を感じた。



 自分が生き残れたのも、颯爽と現れたあの人が、エンシェントドラゴンを一太刀で倒してくれたおかげだ。



 彼がいなければ、自分はそのまま倒され、ダンジョンから飛び出したエンシェントドラゴンによって、もっと被害がひろがっていただろう。



 エンシェントドラゴンの死骸に視線を送ると、助けてくれた彼の無駄のない太刀筋が思い出された。



 深層階から這い出したエンシェントドラゴンは、今までの個体がかすむくらい強い力を持った個体をあの人は一刀のもとに断ち切って見せたのだ。



 はっきり言って、自分とはレベルが違いすぎた。



 彼から見たら、わたくしの戦闘術など子供の遊戯でしかないだろう。



 それくらい、あの斬撃は素晴らしく無駄を省いた必殺の一撃だった。



 でも、名前を聞けずじまいだった……。



 探索者なら協会の名簿を調べれば名前は分かるはず。



 彼は未熟者に名乗る名はないと言ってたけど、せめて名前だけでも知りたい。



 助けてくれた彼のことを思い出していたら、背後から声がかかった。



「ゆいな、無事だったようだな。この規模の探索事故は初めてだ。これじゃあ、うちも無傷じゃ済まない」



 声をかけてきたのは、血の繋がらない父親であり、日本探索者協会会長兼Tチューブ配信運営会社『ダンジョンスターズ』の社長職を務めている氷川武ひかわ たけるだった。



 母がこの男と再婚した時は、自分が物心つく前。



 その後、5歳で母が亡くなったけれど、なぜこの男と再婚したのかは結局聞けずじまいだった。



 それに、この男から父親らしいことをしてもらった記憶はほとんどない。



 守銭奴、サイコパス、マッドサイエンティスト、他にもいろいろと悪名を持つ父であった。



 自分も表情を出さず、笑わないことで周囲から『氷帝』と呼ばれているため、血は繋がっていないが、案外似た者同士なのかもしれない。



「知っている探索者仲間や駆け出しの探索者が、何十人か亡くなっています。会社の心配よりも先に、亡くなった方へのお悔やみとしっかりとした補償を確約してあげるのが筋では?」



 言われたくないことを他人から言われると、露骨に機嫌が悪くなる癖は変わらないままだ。



 ただでさえ、『ダンジョンスターズ』は人の生き死にを見せ物にして、あくどく金を稼いでいると言われているのだし、こんな重大な事故が起きた時くらい、少しは神妙な顔をしてて欲しい。



「ゆいなに言われなくてもそれくらい分かっている。補償に関しては、すでに事故調査部が動いてる。日本政府からも、調査員が派遣されてくるから、お前にも証言してもらうことになるだろうな」



 ダンジョン配信が事業として開始され、探索中の怪我や死亡事故は起きていたが、これほどまでの大規模な事故には初めて直面している。



 会社と政府の調査に協力し、このような重大事故が再発しないよう対策をしっかりと話し合わないといけない。



「承知しました。でしたら、もう一人、調査に協力してもらいたい人がいます――」



 エンシェントドラゴンを倒した彼を呼び、事故の被害拡大防止に貢献したことも報告しないと。



 討伐された魔物の死骸を見ていた父が、こちらの言葉が聞こえていないかの様にふるまう。



「それにしても、ゆいな・・・がこの凶暴なエンシェントドラゴンを倒してくれたとはな。しかも、こんな鮮やかな斬り口なんか見たことないぞ。これでまた氷帝の討伐伝説が1つ生まれたな。今回の犠牲者の名は、氷帝の伝説とともにきっと語り継がれるぞ」



 こちらを見ない父が発した意味不明な言葉に言葉に、不穏さを感じた。



 事実とは、明らかに異なりすぎることを言ってる。

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