第16話 佐藤三郎ではない自分



 スーパータカミで悪さをしてた連中は、最近ようやく基礎的なプラーナが使いこなせるようになったしな。



 警備員として、そこらの探索者くらいは容易に制圧できる実力は付いたと思っている。



 いちおう、プラーナの件もひよっこに確認しておくとするか。



「もしかしてだが、身体を強化するためのプラーナの使い方も知らないというわけではないよな?」



「し、知りません。なんですか? プラーナって!?」



「なんすかそれ? あたしも知らないっす!」



 葵もひよっこも同席している女性もプラーナのことをまったく知らなさそうだ。



 本当にこの世界は、精霊も見えず、プラーナも使いこなせない者たちだけで魔物を退治してきたのか。



 よく絶滅しなかったな……。



 改めて自分が飛ばされた異世界が、もとのいた世界に比べいろいろな点で遅れていることを知った。



 まぁ、でも飯は抜群に美味いので、これはこれでありがたいが。



 もとの世界の飯は、栄養重視で美味いものはほとんどなかったしな。



 あと、チョコバーは精神も落ち着くし腹も満たせる万能薬。



 あれを自分で製造できるようにするため、製造法を研究することもせねばなるまい。



「三郎様?」



「ああ、すまん。他の事を考えていた。プラーナの話だったな」



「はい、そのプラーナというのは、魔法とは違うのですか?」



「精霊の力を借りるのは同じなのだが、要は精霊から力を借りて身体に染みこませ、身体能力を強化する技をプラーナと言うわけだが」



「精霊の力を借りて身体能力をあげる? それは三郎様の独自の技でしょうか?」



「ん? 俺の剣の師匠が教えてくれた技だが。普通にこの世界にもあると思っていたが――」



 俺の口を葵が両手で塞いできた。



「サブローししょー。ゆいなさんはダンジョンスターズの社長さんですから、あんまり変なこと言ったらだめですよー」



「変なこと?」



「サブローししょーちょっと記憶が混乱してるんすよ。自分は異世界の勇者だーとか言うんで。たぶん、魔物との戦いの中で、PTSDになって記憶がおかしくなってるかもしれないっす。だから、ゆいなさんもそれを前提にしてサブローししょーの話を聞いて欲しいっす」



 葵がめちゃくちゃ失礼なことを言っているが、俺は記憶障害でもないし、PTSDとかではないぞ。



 国王が認めた戦士の中の戦士たる勇者シュッテンバイン=リンネ=アルベドだ。



 ひよっこも葵の虚言に騙されて、俺を可哀想な眼で見るんじゃない。



 ちゃんと異世界から転移してきた勇者だぞ。



 騙りの偽勇者じゃない。



 なんとか自分の口を覆った葵の手を振りほどき、ひよっこに釈明をする。



「葵が虚言を弄しているが、俺は本当に異世界から来た者だ。この世界で生まれ育った者ではない。こことは違う異世界で勇者に任じられたシュッテンバイン=リンネ=アルベドが俺の本当の名前だ!」



 葵の隣に立つ女性がテーブルの上にあった端末を手に取り操作をする。



「佐藤三郎、西暦2000年、1月1日生まれ。父佐藤夢路さとう ゆめじ佐藤瑠璃子さとう るりこ兄妹や親族に生存者はなし。25年間、生存報告なしだったが、本年、探索者認定の際、生体IDでの照合で生存確認されたということですが」



「俺の両親は父がアルベド、母がリンネだ。その両親からシュッテンバインという名を与えられた」



 端末を持つ女性やひよっこ、そして葵まで俺のことを可哀想な眼で見てくる。



 まさか、俺が佐藤三郎で両親が死んだあと、必死に生き抜いてきた辛い記憶を封印し、新しい記憶を捏造してると思ってるのか!?



「三郎様、魔物との生存をかけた人類の戦いではいろいろと酷いことが起きたことは、わたくしもその最前線にいた者として承知しております。どうぞ、お心を平らかに」



「そうですよー。サブローししょーには、あたしがいるんで安心してくださいっす」



「違う! そういうことじゃないんだ!」



 端末を持つ女性も、俺の哀しそうな眼で見て、何かを打ち込んでいく。



「ダンジョンスターズ社では、提携病院でPTSDの治療も受けられますので、今度そちらをご紹介も――」



「いらん!」



「三郎様のご気分を害してしまったようですね」



 申し訳なさそうに頭を下げたひよっこが、あらたにチョコバーを差し出してくる。



 俺がチョコバーで買収できると思ったら――。



「はいはい、これもらって機嫌直してくださいねー。はい、あーん」



 葵が袋を破ったチョコバーを俺の口に押し込んでくる。



 まぁ、葵もなかなか理解してくれないし、ひよっこがそう簡単に理解してくれるわけがないか。



 葵との半年間の自分の苦闘を思い出し、ひよっこに自分のことを理解させようと思う気持ちは早々に失せた。



「まぁ、いい。それよりも、プラーナについて知りたいなら、戦闘指導している連中の鍛錬日が明日だ。そこに顔を出せば教えてやる」



「三郎様が指導!?」



「ああ、まだまだ粗削りだが、ひよっこよりは強いと思うぞ」



 俺の言葉に全員の顔色が変わった。



 本当のことを言っただけなんだがな……。



 少なくとも今日ダンジョン内で会った探索者よりは強いし、連携して戦えば、エンシェントドラゴン程度は余裕で狩れる実力は持ってる連中だと思うが。



「わたくし、これでもいちおう探索者としてはそれなりの強さを持っているとの自負はありますが……」



 俺以外に自分よりも強い存在がいると聞いて、珍しくムッとした顔をした。



「ああ、まぁ、強いとは思う。まだひよっこで戦士とは言えないが、戦士になりうる器はあると思うぞ」



「三郎様が鍛えた方たちよりは、弱いと申されますか?」



「ああ、弱いな。仁、誠、隆哉の3人ともお前よりは強い」



「三郎様、明日、その鍛錬にわたくしも参加させてもらいます!」



「その時、プラーナの話を教えてやろう。明日、朝8時に葵のアパートまで来れば連れてってやる」



「承知しました。渚さん、明日のスケジュールの変更を!」



 渚と呼ばれた女性は、手にしていた端末を操作する。



 渚が不意にこちらを見ると質問をしてきた。



「終わりは何時ごろでしょうか?」



「昼には終わる」



「承知しました。では、明日の8時から13時までのスケジュールを変更しておきます」



「サブローししょー、あたしも参加するっす!」



 葵もプラーナに興味を持ったのか。



 だが、肉体的な負担がでかいから、ひよっこみたいに基礎的な体力があるやつじゃないともたない。



 残念だが葵は習得できる身体ではないので、少し脅しておくことにしよう。



「プラーナは、使い方を間違えると、身体が弾け飛ぶ危険性のある技だ。葵が見学するのはいいが、習得するなら身体を鍛えないと死ぬぞ」



「じゃ、見学でいいっす! 見学にしまっす!」



「それがいい」



「では、明日の8時、鍛錬に参加するため、葵様のアパートを訪問させてもらいます」



「ああ、動きやすい格好はしてこい」



「承知しました」



 ひよっこは、身体が弾け飛ぶと聞いても怯えた様子は見せずにいた。



「いちおう、待機が解けたらという前提の話だからな」



 タブレット端末を操作していた渚から声がかかる。



「それでしたら、たった今、捜索チームから連絡が入りました。残りの魔物は発見されなかったそうです。探索情報を収集して脅威判定するAIからもグリーン判定が下りました。1時間後にダンジョンの入口の封鎖は解除となります」



 手負いのスライムは、下層に逃げ込んだってわけか……。



 下層なら潜る者も少なくなるし、逃げられるくらいの判断ができるやつらだと思いたい。



 とりあえず、葵の不始末であるため、他人に迷惑をかけないよう、自分の目でも確かめておきたいな。



「そうか……。いちおう、俺も最後に見回らせてもらっていいか?」



「三郎様がですか? もう、探索者たちが捜索を終えてますが?」



「万が一があってはまずいからな」



「1時間後のダンジョン入口封鎖解除は、予定通り行いますが、それまでの間なら」



「それでいい。葵は先に帰ってろ。俺だけで捜索した方が早いしな」



「りょーかいっす。ご飯作って待ってますねー」



「ああ、頼んだ」



 俺はソファから立ち上がると、再びダンジョン内に入り、第一階層での捜索を行った。



 その際、葵が取り逃したと思われる手負いのスライムを発見し、確実なる死をもたらすため、最大級の魔法を撃ち込むことに成功する。



 なんとか、弟子の不始末の尻拭いができた俺は、ホッと安堵して家路につくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る