第19話 生命の精霊


「ひよっこ。痛みは引いたか?」



 打撲や擦り傷を負ったひよっこに回復魔法をかけ、傷を癒してやる。



「ありがとうございます。三郎様の言葉、やはり本当でした。わたくしは弱い。それが、先ほどの戦いでよく理解できました」



「仁や誠、隆哉は俺に言われてやっただけだから恨んでやるな」



「承知しております。もう一度お聞きしますが、本当にあの方たちは特性検査を受けていないのですか?」



「ああ、そうらしい」



「では、ぜひともダンジョンスターズ社で検査を受けて頂きたい方々です。警備員にしておくにはもったいない。探索者としてダンジョンの探索に力を貸して欲しい」



 最高の探索者と言われていたひよっこですら、この体たらくだしな。



 あの3人を探索者としたい気持ちは分からんでもない。



 あいつらもすーぱーちゃっとや配信分配金で稼げるなら、警備員より探索者を選ぶかもしれんしな。



「それはあいつら次第だ。話だけはしといてやる」



「ありがとうございます」



「あとはお前もだ。まだ、戦士を目指したい気持ちは残っているんだろ?」



 事態を収めるため、父親の代わりに社長業を継いだが、ひよっこの顔にはまだ戦士への心残りが見られる。



 ひよっこは返事をせず、運動着についた埃を払って立ち上がった。



「まぁ、それはお前の問題だからな。俺は頼まれたプラーナの基礎講座をするだけだ」



 待機していた葵に向かって、治療が終了したことを告げる合図を送った。



「治療休憩終わりっすね。そろそろ、配信再開していいっすか?」



 ひよっこは、おかめの仮面を付けて頷いた。



「よろしくお願いします!」



「りょーかいっす」



 葵の手にあった撮影どろーんが飛び上がり、配信が再開される。



「さて、サブローししょーのせいにした模擬戦も終り、これからが本題。プラーナの基礎講座っす。ところでサブローししょー改めて聞きますけど、プラーナってなんすか?」



「魔法とは違い、生命力を呼び水にして生命の精霊ガイアを体内に取り込むことだ。精霊ガイアと一体化し、その力を身体に行き渡らせ、身体能力を引き上げる技をプラーナと言っている」



「生命力を呼び水に精霊ガイアを体内に? 生命の精霊ガイアって、仁さんたちのそばにいるマッチョな人っすか?」



 葵は筋骨隆々の生命の精霊ガイアを指差し、確認するよう俺を見てきた。



「ああ、そうだ。あと、指を差すな。キレるぞ。あいつは精霊の中でも一番扱いにくいやつだ。機嫌を損ねればプラーナを発動中に身体が――」



「言わなくていいっす! 配信が規制されちゃうっすよ! つまり、危険もあるんで素人が真似するなってことっすね」



「ああ、やるならこの世界の言葉で言う『自己責任』となるな。俺は精霊の暴走に対して責任はとらん。そういうことだが、本当にいいんだな? おかめ?」



「はい、覚悟は決めております」



 様子を察した生命の精霊ガイアが、仁たちのところから、ひよっこの近くに移動してくる。



 生物の生命活動全般に影響を与える精霊であるガイアは、その圧倒的な力の強さから精霊王とも言われる存在だ。



 コメント欄に『マッチョ精霊』とか『テカってるのきしょい』といった失礼なものが並ぶ。



 そんなコメントをガイアに見られたら、キレられて身体ごと乗っ取られて爆散するぞ。



 命知らずの連中だ。



「まずは、その生命の精霊ガイアに触れてみろ。敬意を持てよ。精霊王とも言われる存在だからな」



「承知しました。失礼します」



 仮面で表情が見えないが、ひよっこは緊張した様子で恐る恐るガイアに触れた。



「おおぉ、すげーっすよ。おかめちゃん、ガイアさんが触れるのを許してる」



「オレらの時は、最初触れようとしたらだけで弾き飛ばされたっす」



「ガイアさん、女にあめーからなぁ」



 3人とも生命の精霊ガイアに触れられるまでに、1か月くらいは要したからな。



 ガイアは自らが取り込まれる肉体に対し、非常に細かいほど気を使うやつだ。



 3人の身体を気にいるまで、けっこうな肉体の鍛錬を要した。



 ひよっこは、プラーナこそ使えないが、さすがに戦い続けてきたことで肉体的には合格だったらしい。



「ガイアは拒否しないらしいな。では、彼を受け入れろ」



「え? それは? ああっ!?」



 ひよっこの前にいたガイアが、身体の中に入り込んだ。



 コメント欄は『おかめちゃんが、マッチョ精霊の餌食に!』とか『セクハラ通報案件だ!』といったものが流れる。



 ガイアを取り込まない限り、プラーナの力はいっさい使えないのだがな。



「あ? え? これは――」



「ガイアがお前の身体の中に入り込んだ。目を瞑って、体内にいるやつの存在を知覚しろ」



「え? 知覚? 体内にいるガイア様を?」



「ああ、そうだ。やれ」



「え? あ、はい」



 目を閉じたひよっこは、体内に存在するガイアを知覚しようと必死になる。



「ガイアは暗闇に光る光源みたいなもんだ。呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ませば、やつの存在は知覚できる」



 仁や誠、隆哉たちは知覚するまでに数か月かかったがな……。



 さて、ひよっこはどれくらいかかるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る